92話 「ハーレム」 その10
「この前は大変だったわね……色々と」
「沙月まであたしと同じだものね……」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
「……少しは違うわ」
「裏切るの沙月!?」
「ふたりとも仲が良くて眼福ねー」
後日、三度ゆいの家のダイニング。
普段通りに昼寝をしているゆいを膝枕している姉と、その近くに座ってスマホやら本やらで思い思いに過ごす沙月とだいふく。
「ゆいくんはよく寝るわねぇ。 小さい頃からなんだけどー、これって魔法のせいなのかしら?」
「……そうかもしれないわね。 普通の人間とは桁の違う魔法をあんなに使うんだもの。 負担は大きいはずよ」
「あれ以来静かになったから持て余すくらいね。 それくらいでちょうど良いと思うのだけれど……昼寝の頻度も変わらないわね」
「沙月ちゃん……? 安全になったら帰っちゃうって前に言っていたわー。 ……お姉さん悲しいわ」
「……今すぐというわけではありません。 それに、こっちにいるあいだにこちら側の仕事も振られて前線でなくともそこそこ忙しくて」
「あらあらー、魔女さんは大変ねー」
「そんな沙月さんに朗報です」
「……みどり。 貴女、また」
にゅるんと地面から頭を出したのはみどり。
普段通りの神出鬼没さに慣れ切っている自分を発見した沙月がいた。
「みなさんを拉……連れて来ました」
「みどり。 そんなに好き勝手すると渡辺に言いつけて」
「秘密にしてくれる代わりにあのときいろいろしたのに?」
「うぐ」
「……だいふく、諦めなさい。 ああ言えばこう言う子よ、みどりは」
「そういうことです。 ですのでおふたりともどうぞ」
にゅるにゅるとドブの中から出てくる印象とともにヒト型の陰が2つ。
「……みどりちゃーん?」
「逃げられなかった……」
黒の中からは美希と千花。
学校帰りだったと見えて制服に鞄に……靴。
それに気づいた2人は慌てて脱いで揃って玄関へ走る。
「……んう?」
「ゆいくん。 もう起きる?」
「……んー、寝てる」
「そう。 おやすみなさい」
「おやすみ……ぐー」
「図太いわね」
「肝が座っているんです」
「ゆいってば本当に起きないときは起きないのよね……」
「ゆいくんだから……♪」
そうして眠っているゆいを除けば2度の会議の主賓たちが揃う。
♂(+♀)
「さっちゃんセンパイいいなー、ゆい君の寝顔毎日飽きるまで」
「見ているはずがないでしょう」
「じゃ、じゃあキスをっ」
「美希も落ち着きなさい」
「来ちゃったんだからしょうがないわよね」と、帰ってから食べようとしていたコンビニスイーツというものを食べる女子中学生たちは変わらない茶々を入れてにぎやかだ。
「どーせーって良いですね♪」
「そうね。 だから次の訓練」
「じょーだんですってばぁ!」
「先輩の次の日って学校休みたくなるくらい疲れますよぅ……」
「あ、じゃあセンパイゆい君とケンカしたりするんです?」
「え? ……別にしないわね」
「ま、前に勝手に入ってこられるとか……」
「まずもって彼に悪意も邪念も完全に無いの。 それに1回叱ったら数日は持つし……思えば喧嘩らしい喧嘩だなんて」
「最初の逆恨みのときくらいですか?」
「………………………………そうね」
「ち、ちかちゃん……あんまり言うと厳しくなるよぉ」
今日は薄い桃色のワンピースに朱色のソックスを身につけてすやすやと眠っている少年の周りは結構に騒々しくなるが、全く起きる気配のない寝顔。
……それに至近距離で見入っていた姉とみどりがおとなしかったのは観察していた時間だけだった。
「ゆいの家……月本家の方たち自身、普段から喧嘩もその雰囲気もないもの。 私がするという気分になれないわ」
「……んー、そうねぇ。 最後のケンカっていつだったかしら……?」
「のんびりって感じのお姉さんもケンカしたことあるんですかで?」
「あるわよー。 私だって少し前までは中学生だったんだものー」
「でもゆいはそれなりに叱られているわね。 お母さんに」
「だいふくちゃんいつも見ているものねー」
「沙月に迷惑かけて叱られて、学校のプリントって言うものを忘れて叱られて。 まぁそれでも本気で怒っているのは聞かないわね」
「いいないいなー。 うちとは大違いよー」
「う、うん……雰囲気とっても穏やかって言うか……」
「ところで沙月さん」
「きちんとものを考えて発言をしなさい、みどり」
見えない緊張の糸がみどりと沙月のあいだにぴんと張るのを感じて静かになる室内。
「沙月さん」
「変なことを言ったら怒るわよ? 私はこの家の人間では無いの」
「いえいえ。 普段のことを言うだけです。 ……そう、普段のこととこの前のことと今度のことでちょっとだけ必要なことを」
「……何かあったかしら?」
「ええ。 ここに居るみなさんにご提案したいことも」
「変なことではないわね?」
「……沙月さん、さすがの私も傷つきますよ?」
「御免なさい……けれど」
急に普段のことと言われて考え込む沙月。
……そうして注意を逸らされていることに気づけたら少しは違ったかもしれない。
「……ここにいる人間のことだから魔法関係かしら? いえ、でもお姉様も居るのだし」
「ゆいに関係あることならお姉さんがいても不思議じゃないわね?」
「ええ。 良いですね?」
「早く言いなさい」
「そうですか。 それでは同意と見なしまして。 ――楽しかったですね?」
「何がよ」
だいふくと揃って首をかしげてただただ不審にしか思えない彼女に向けて……特大の爆弾が投げられる。
「この前の温泉旅行」
「ええ、そうね。 たまになら良いものね」
「えー!? さっちゃんセンパイとみどりちゃんずるいわー!」
「おんせん……日帰りですか?」
「いえ、泊まりね。 あのときは」
「沙月さんと私と――ゆいくん。 3人で行って家族風呂に入って楽しかったですね?」
「――――――――――!?」
しまった。
沙月がそう思ってももう遅く……顔を上げれば千花と美希が興味しか浮かべていない顔を向けてきていた。
「1泊2日は短かったですよね。 だってお風呂も3回だけでしたもん。 ……どうせなら今度は長く。 それも、全員で楽しみたいですよね……?」
「……図ったわね……!」
「よく分かりませんね」
「そうでなければこの場で言うべき事項では」
「いえいえ」
ふっと視線の合う姉を通り越し、千花に美希……だいふくに流すみどり。
「ふたりじめしたら申し訳ないですから。 今度は全員でゆいくんとおんなじお風呂に入りませんか? それも、またお泊まりで。 そう言いたいんです。 だって沙月さんだけずるいじゃないですか、普段からゆいくんとふたりっきりでお風呂に」
「み、みどりっ」
「……さっちゃんセンパイ」
「さっちゃん先輩……未成年同士なので逮捕はされません」
「違うわ!?」
がばっと立ち上がって否定しようとするも、彼を膝枕する姉に「
しーっ」と押し込められてしまう。
「3人で楽しかったですよね? 3人で。 家族風呂を借りて生まれたままの姿で一緒に居て。 あ、タオルも最初こそがんばってましたけど最後の方は完全に諦めてましたよね、沙月さん。 ゆいくんに見られていても平気そうな顔で。 だって普段からふたりで入っていて慣れていますものね。 ずるいですね。 ゆいくんが全身くまなく見ても平気な顔してゆいくんの全身をくまなく眺め返して」
「み、みどり」
「あ、失礼しました。 帰り際にもう1回入ったので4回ですね。 事実と異なる説明をしてしまいました」
「いいのよーみどりちゃん。 ごめんなさいすれば許されるわー」
「さすがですお姉さん」
血の気が引いて脚が震えている沙月。
彼女の視線は……妙に目が据わっている年下のJCたちに押されていた。
「さっちゃん先輩。 わたしにも教えてください」
「そうですよさっちゃんセンパイ? 日常的な入浴と温泉での入浴について♪」
「ふ……ふたりとも? なんだか様子が」
「……みどり。 貴女、焚きつけたわね?」
「だって本当のことだよ? 私はなにひとつ嘘言ってないもん」
「………………………………………………人間って怖い……」
――そうして嫉妬の感情が出ている時点でおふたりもゆいくんの虜なんだって証拠なのにね。
口元の歪む無表情は沙月を引き入れる段階から次に進んだ喜びを表していた。
「……むー?」
一方で姉のひざでずっと頭を撫でられていたゆいは、ただならぬ気配に1度は目を覚ましかけたが……家族に限りなく近い存在たちが集まっているのを感じて安心して再び眠りに落ちて行った。
「……ゆい! ねぇ、今起きかけたでしょうゆい! ちょっと起きて説明して頂戴! ゆい!」
「……沙月。 諦めなさい……ゆいは何をしても起きないの。 知っているでしょう?」
そんな中で唯一誤魔化せるとしたら当のゆいを起こして何もなかったと言わせるくらい。
だが、だいふくに言われたとおりに彼の寝付きの良さと眠りの深さを知っている沙月は――崩れ落ちるという経験をしてしまった。