90話 「ハーレム」 その9
「……ね、ひとつ聞いて良いかしらみどりちゃん」
「どうしましたか千花さん」
「みどりちゃんってそんなにゆい君のことを好きになったのに。 しかも最初に好きになったのにどうして平気そうなの?」
ぽつりと千花が疑問を投げかける。
それは皆が薄々思っていたことで、けれども「口にしたら何か自分に不利なことを言われるかも……」と気づかなかったことにしていた大前提。
みどりはゆいのことが――女性の恋愛的な意味で好き。
それは明らかすぎるほどで、ゆい以外の関係者が知るところ。
なのにやたらと沙月をけしかけたり千花や美希、だいふくや姉までを引き込もうとこうして集めたりしている。
「そんなに不思議なことですか?」
「不思議よ。 みどりちゃんだって嫉妬の感情くらい……きっと人一倍あるって思うもの。 ねぇ美希ちゃん?」
「………………………………………………うん」
「……美希ちゃん、私の後ろに隠れないでよ……」
「だってみどりちゃんってこわいもん」
「じゃあ私が怒られてもいいの?」
「うん」
「……美希ちゃん……」
さらっと親友を裏切る返答に地味に傷つく千花。
「そうね。 そもそもみどり、貴女はどうなのよ」
「私ですか?」
「沙月の言う通りね。 ゆいはひとりしか居ないんだから……その、例えばだけどあたしたちがゆいの……になっちゃったら」
「ほー」
「だいふく……!」
「例えばって言ったでしょう! 良いから! それで!?」
「別に良いですよ? ゆいくんがモテモテすぎて月に1回くらいしか相手してもらえなくなっても。 平気ですし」
けろりと言ってのけた少女は……普段通りに薄い表情をくせっ毛の中に浮かべるだけ。
「……そう」
「別に良いんです。 ゆいくんの初めてを沙月さんに捧げても」
「? 初めて? 初めての何なのかしら」
「もう、沙月さんは疎いんですから。 けど小説とかで言葉くらいは知ってるでしょう、あれですよあれ。 男の子の最初って言えば、ど――」
「みどりちゃーん、お姉さんそういうの良くないって思うわー」
「あら千花さん。 千花さんは分かるんですか?」
「みどりちゃんの言いそうなことはね……」
全く分かっていない様子の沙月と美希は首をかしげ、だいふくと千花は少しうつむき……姉はただ笑顔を浮かべて聞いているだけだ。
「まぁとにかくそういうことです。 それを取られたからって言って怒ったりしないんです。 本気で」
「だからってその気持ちをあたしに飛ばして来ないで!!」
「だいふくって良い反応してくれるよね」
「ぴっ!?」
「みどりちゃんがしているのって逆ハッキングみたいなものなの?」
「私もそこまで理解はしていないのだけれどそうみたいね」
「みどりちゃんすごいわー」
「すごいのひと言で片づけるお姉さんの方がすごい気が……」
しっぽの毛をぶわっと逆立たせてしがみついてきて唸るだいふく……を上から見下ろす沙月は「本当に犬みたいな反応……」としばし見入っていた。
「でも本当に何故なの?」
「理由が必要ですか?」
「必要ね。 納得できないもの。 何かを企んでいるとも」
「まあひどい」
「みどりちゃんは度胸と根性があるものねー。 私は好きよー?」
「ありがとうございます。 私もお姉さんが大好きです」
「ゆいとどっちが?」
「おふたりと一緒になりたいくらいに」
「まあまあー」
「……ふたりは波長みたいなものがぴったりね」
「ええ、本当に……」
「でも私ってゆいくんと少しだけ前に出会って手籠めにされただけですので」
「みどりちゃんが隠してた秘密をゆいくんが見つけちゃって大げんかになったって聞いているわー」
「それで奥の奥で繋がり合ったので満足しているんです」
「つまり沙月がゆいに突っかかってなんだかんだで同じ家に住むくらいになったということ?」
「そうよ、だいふく」
「違うわね」
「違うんですか?」
「違うのよ……」
♂(+♀)
「あ。 私、みなさんが妄想されているようなことはまだしていませんよ。 さすがにゆいくんが幼すぎますから。 精神的にも肉体的にも」
「?」
「?」
「さっちゃんセンパイと美希ちゃんはそのままで居て……」
「どうせみどりに汚染されるのよ。 あたしは知っているわ」
「だいふくちゃんやさぐさていてもかわいいわー」
「……ああ、そういうこと。 ゆいはまだ子供過ぎて好きという感情を理解できないということね?」
「そういうことってことにしてちょうだいみどりちゃん!」
「千花さんの必死さに免じてそういうことにしますね」
あまりにも爛れすぎている気配を振りまくみどりに対抗するには、ゆい並みにピュアな心が居なくてはならない。
そうして千花はそっとだいふくと千花を前に押し出すのだった。
「……みどりちゃんってほんとうに小学4年生なの……?」
「美希さん、疑うんですか?」
「だって、あんまりにも大人びてるもん。 それに比べたらわたしなんて……わたしなんて……」
「いじけないでください。 本当にゆいくんと同い年の普通の女子です」
「普通?」
「普通です。 ただ少しばかり私の家の事情って言うものを解決してもらっただけです」
「あの奇妙な魔法のことも渡辺さんが見なかったことにしていたのだし納得しておくわ」
「そうね……たまにみどりくらい歳のわりに随分ませている子も何人か見て来たから不思議ではないもの。 あの魔法は不思議でしかないけれど」
「…………………………………………!!」
「……どうしたの」
「沙月さんとだいふくがデレました……!」
「貴女、本当にそういうのが好きね」
「みどりだもの」
無表情でくねくねと演技するみどりを見つめながら……疲れ切った目をしたふたり。
「……みどりとお姉様はともかく、恋愛なんてこの時代のこの国では自由でしょう。 外がとやかく言うことではないから良いと言ったのよ」
「つまりゆいくんのハーレムも承認と」
「当人同士が良いのならそうでしょう。 私は違うけれど」
「独占欲ですか?」
「無欲なだけよ」
「……ちょっとゆいのところへ行ってくるわ」
「だいふく……ぬけがけ?」
「ぴぃっ!? 違うわよ! ゆいが急に寝ちゃったみたいで体を揺すって起こされようとしているのが伝わってきたの! どこかで迷惑かけているかもしれないじゃない!!」
「……あー、ゆい君まーた魔法で変身したままなのねぇ」
「ゆいくんだから♪」
「お姉さん、すごい笑顔……」
逃げ出すには良いタイミングだという下心も手伝って俊敏に出て行くだいふく。
「…………逃げられちゃいました」
「はずかしがりやさんだものねー」
「……はぁ。 あの子はほんとう、いつもそうなんだから……」
「いつもそうなんですか? さっちゃんセンパイ」
「ええ。 遊び疲れると急にその辺で眠ってしまおうとするから……夜だったりするとパジャマに着替えさせて歯みがきをさせなければならないから大変なのよ」
「いつも悪いわねー沙月ちゃん」
さらりと。
何でもないことのように言いながら、けれどもどこか嬉しそうに彼を探しにだいふくの後を追う沙月。
「……同棲って言うのは伊達じゃないわね……!」
「家族の距離感になっていますから、あとひと押しです」
「でもなかなか素直にならないのよねぇ」
「何かきっかけがあれば発展しそうなんです。 ……ふたりでお風呂に入っても進まないので、何かもっと過激なことを計画中です」
「……みどりちゃんが本気だ……!」
「だいふくだって似たような感じになってきているので、今度……」
その場に居ないというのは発言権も拒否権もないということ。
ゆいが気になるというのとその場を逃れたいという気持ちから離れてしまった1人と1匹は、残る女子たちによって知らぬ間に計画されていく。
もちろんその相手の男の娘が拒否しないだろうという確信の元に。
例え彼が機微を理解したとしても、最後には受け入れてくれるだろうという根拠のない自信に気がついていたり気がついていなかったりしながら……少女たちの会話は続いていく。