90話 「ハーレム」 その9
ゆいに好意を寄せている……女子と男子の人数までを口にするみどりに待ったをかける勇気のある千花。
「……え、えーっと。 ちょっと待って? みどりちゃん」
「女の人ってちょっと待つのが好きですよね。 良いですよ千花さん」
「……それってどこ情報なの?」
「私調べです」
「根拠は?」
「ゆいくんの行動を全部追っていれば分かりますよ? ゆいくんが離れた後に女の目をしていれば誰だって分かります」
「……どんな目なの?」
「あー、美希さんは分からないかもです」
「そ、そうなんだ……」
……それってどのくらいの基準なのかしらね。
沙月はそう思うが……得体の知れないと分かっているみどりのことだ、また夢か何かで確証があって言っているのだろうと解釈する。
下手に口を出すとまた押されるのは目に見えているため、自分の数歳下の少女を見つめるに留めていた。
「ちなみに魔法少女さんたちも50人くらいですね」
「……あー、町で辻キスして回ったって言う……」
「そうです。 あの人たちはみんな、ゆいくんのこと女の子だって思っていて、なのにずっとどきどきしているみたいです。 自分が女の子を好きになったのかもって相談されました」
「罪作りねぇ……」
「だからそうかもしれませんねって言っておいてあげました」
「みどりちゃんも酷い子ねぇ……」
「……罪作りって言えば……えっと、男の子もなの? ゆいくんのこと、その」
「はい。 可愛いでしょう?」
「や、可愛いけどさぁゆい君。 けど」
「想像してみてください」
ぴっと挙げられたみどりの指に全員の視線が注がれる。
「学校でも放課後でもどこでも女の子の格好しているゆいくんです。 どこからどう見ても元気な女の子です。 それは良いですか?」
「……女子にしか見えないわね、彼は」
「精霊のあたしも間違えたくらいだもの。 人間に見破るのはまず無理よ。 だって心までほとんど女の子だもの。 ……なのにやっぱり男の子だから変なのよ、彼」
「そんななのに学校では普通に男子と過ごしているんです。 ……それは、体育の前と後も」
「体育?」
「……着替えは?」
「少し前までは男子たちと一緒でした。 プールもです」
千花と美希は揃って想像してみる。
髪は腰まで伸ばしていて普段はツーサイドアップで、顔は母親や姉とそっくりで背が低くて……どう見ても少女にしか見えないゆい。
そんな彼が全く気にせずに……普段の「女装」している服を脱いでいって……。
「………………ちょ、それヤバくないの!?」
「男の子……男の娘……おきがえ……ふへへ」
「美希さんがトリップしているみたいな感じです。 ……最近一部の男子のゆいくんを見る目が危なくなってきたので、先生に相談して女子に混ぜてもらったのでもう大丈夫です」
「そ、そっか」
「……それは貴女たち小4とは言え女子の方が困るのではないの? そのくらいから……その、体の変化もあったりするでしょう」
「ええ。 けど女子も男子に見せるのはマズいよねってことでオッケーでました。 ゆいくん、女子と服見に行ったりしますし」
「……そう」
小4ならそこまでのことではないのかしら。
彼も……私と入るときのようにいやらしいところは一切ないのだし、邪気がなければ同級生も許すの……かしらね。
「沙月さんがゆいくんをお風呂に招くのと同じですね?」
「全く違うわね」
「さっちゃんセンパイ!!」
「さっちゃん先輩……はだかのつきあいをっ」
「勝手に入ってこられるだけだと前に言ったでしょう」
「後はそうですね、おトイレも男子の方です。 あの格好で。 スカートとかワンピースとかホットパンツとかで。 小学校ですので……男子は特に立ったままで」
「みどりちゃん……けどそうね。 中学ならともかく小学校ならそうなるのよねぇ」
「ゆ、ゆいくんの方が嫌じゃないのかな……だって、見られるし」
「ゆいくんはぜんっぜん意識してないんです……だから問題なんです」
はぁ、と頭を軽く抑えるみどり。
彼女が困る様子をする時点でどうしようもないというのが分かる一同だった。
「ゆいくんのことじとっと見るようになった男子を追い詰め……ではなく問いただしました」
「可愛そうね」
「だいふくもこの場で問い詰めてあげ」
「良いから先を言いなさい」
「……ざんねん。 で、やっぱりそのせいだったみたいです。 どう見ても女の子にしか見えないゆいくんが普通に男の子みたいにしているせいで壊れたようで」
「性癖がこわれる……男の子が好きな男の子……」
「美希さんのことは置いておきまして、少しばかり反省です。 女の子にしか見えないゆいくんが、それも少しずつおしゃれとかお化粧とかが上手になってきたゆいくんのせいで女子にしか見えなくなって。 それなのに普通に話をしながら体育の前に着替えたりするのを見ていたら……こう。 服を1枚ずつ脱いでいくとおかしな気持ちになるそうで。 シャンプーもボディーソープもお母さんやお姉さんと同じものですし、こう、教室に女子の匂いまでが」
「同性に変な気持ちを起こさせるのね」
「美希ちゃんも変にしちゃってるわ……」
「うへへ」
「あとはスカート穿いたままおトイレしているのを見たり、じゃれあって同性だからってぎゅうぎゅうくっついてくるときの匂いだったりだそうです」
「ゆいくんって魔性ねー♪」
「無自覚な魔性です。 私が保証します」
「詳細はこちらに」と彼女が取り出したのはスマホ。
「全員のことを書いてありますよ」と言って差し出してこようとするのを静かに抑えて戻させる沙月。
名前まで載っているのが見えたからこそ忍びなく思ってしまったらしい。
「それが貴女のしたかったことなのかしら。 いつも貴女は他人を焚きつけているじゃない」
「そうですか?」
「……貴女ね」
「冗談です。 ……ですけどやっぱりこれは私のミスです。 女の子はいくらいても良いんですけど……男子は、その。 もっと子供だって思っていたのでまだ大丈夫だって思っちゃっていたんです。 まさかゆいくんの魅力が……女の子の格好をした元気な男の子って言うのが、学年中の男子に広がっちゃってただなんて想像もしていなかったので……」
珍しく言いよどみながら顔を伏せるみどり。
「そういうこともあるわよー」と暢気に彼女の頭を撫でる姉を余所に、犠牲者となった彼の同級生の同性たちが不憫に思われる。
「……みどりちゃん? あなたの学校の男子たち、大丈夫?」
「さあ……」
「どんな風に目覚めたのかが問題なんだ……むへへ」
「しょうがないじゃないですか、ゆいくんはかわいいんですから!」
「うんうん、そうよねー。 かわいいは罪だものねー」
「そのせいで多くの人生を歪めたのは……もう取り返しがつかないのかしらね」
「あたしは良く分からないけれど……ムリじゃないかしら」
「ムリかもねぇ……美希ちゃんみたいに」
「へへ……ぇへへへへ……」
少女たちの揃う密室。
そこでは女装男子のしでかしに頭を抱えるか、責任など知らないとばかりに彼のことを褒めちぎるか……「女装男子」というカテゴリーに染まってしまった犠牲者。
彼女たちのトークは、本人のゆいが泥だらけで戻って来るまで続いたのだった。