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88話 「ハーレム」 その7

「さて、ゆいくんをどうでもいいその辺の女の子に取られちゃわないようにっていうための会議2回目です」

「物騒なネーミングね」

「女の敵は女ですから」

「人間って怖いわ……」

「女が怖いのよ? だいふく」


前回から数日後。

再度に沙月の部屋に集められたハーレム要因が揃う。


例によってゆいは不在だ。

居ても多分話を聞かずに昼寝をするか漫画を読むかだろう。


その中で口火を切るのは当然のように最年少のはずのみどり。


美希と千花は別の名目で姉に呼び出されて姉に捕縛され、沙月とだいふくは家に居たところを部屋に引きずり込まれた形。


「み、みどりちゃん……私たちは」


しかし自分たちは無害な存在だと伝えたい千花と美希が腰を浮かせて会議が始まってしまう前に脱出をと試みる。


「名前の通りにぬけがけさせないためのものです。 別に退出しても良いですけど、もしおふたりが今後、万が一にでも心変わりしてゆいくんとそういう仲になってしまったら」

「……なっちゃったら…………?」


「私たちが本気を出します」

「ずるっこさんはおしおきよー?」


「……い、いちおう話だけでも」

「ちかちゃんと一緒します……」

「賢明です」


言い知れないなにかを抱えているらしいみどりと、姉という立場を振りかざす姉に雰囲気で負けた中学生たちは……浮かしていた腰を下ろし直す。


もう逃げられないのだと、2回目だからこそ悟る。


「それで今日もゆいを追い出したのね」

「お兄様に頼んで遊んでもらっています」


「いっそのこと直に頼めば良いのではないかしらね。 貴女が好きなのでしょう? 二つ返事で良いと言うでしょう」

「沙月さんも好きなゆいくんですけど、多分あんまり分からないままに良いよって言ってくれちゃうので。 それにゆいくんは囲われるだけですからここにいる意味がありません。 どうせ私たちと結ばれるんですから」


「どうしてそこまで執拗なのよ、貴女……」

「だいふくに先越されなければもう少し後でも良かったんだけどね?」

「………………………………知らないわ」


「み、みどりちゃんっ。 だいふくのそれ」

「美希ちゃん……気持ちは分かるけど……」


「うーん……切り札で取っておいた方が何でも言うこと聞いてくれそうって最近思って来たので」

「貴女ね……またこしょうふりかけてやるんだから」


「こしょう?」と首をかしげる美希たちに苦笑交じりで「ほどほどにしなさいねぇ」と言うだけの姉。


だいふくが子供っぽく反撃したのかしらね。

……そう言えば何日か前に胡椒の瓶が別のメーカーのものになっていたけれど、もしかして……?


あいかわらずにスキさえあればだいふくにじゃれついているみどりを眺めながら、少女と精霊の変な友情のようなものを思考する沙月。


「話を戻しますとゆいくんはモテます。 すっごくモテます」

「何も考えていない彼のどこが良いのかしらね。 貴女の思い込みではないのかしら? みどり」

「そんなことありませんよ? 好きだからってムキにならないでください沙月さん」

「…………………………………………」


ああ言えばこう言う。

反応を逆手に取られるために黙るしかないが釈然としない沙月。


「バレンタインの日の朝ってお母さんがゆいに大きな袋を渡すのが毎年だもの。 カバンに入りきらないくらいのをもらっちゃうからって。 ……ゆいくんだから帰って来るまでに中身は全部食べちゃうのよねぇ――……毎年その時期だけ丸々して可愛いのよ。 甘いものしばらく要らないって言うくらいなの」


「あー、ゆい君ならそうなるんですね。 ……ちょっとやせ気味だからお姉さんとしては不安なんですか?」

「背も低いしずっと動き回ってるから体重は軽くても良いかもしれないけど……今は良くても大人になるときどうかなー? って思うとねぇ」

「そ、そうですね……男の人って身長、気にしますから」


同学年どころか下の3年生としても背の順で先頭に来る勢いのゆいを思い浮かべる。


小さくていつも人を見上げていて、だからこそのくりくりとしたつり目とツーサイドアップが余計に幼く見える彼を。


「でも、包み紙とか箱とかお手紙とかはちゃあんと綺麗に持って帰ってきてしばらく飾るのが可愛いのよー!」

「あ、それ見てみたいです…………!」

「ますます女の子みたいねぇゆい君は」


「学校でもらうとき、その子の前でお礼を言いながら包み紙を丁寧に開けておいしいおいしいって言いながら食べるんです、ゆいくん。 ビターな味だけは困った顔しますけどそこもまた渡した子にとってはぐっとくるもので」


「気持ちは分かるけどみどりちゃーん、抑えようねー?」

「失礼しました。 ゆいくんへの欲求はひとりで消化です」

「お姉さん何のことかさっぱりだけど、もうちょっと落ち着こうねー?」


ひと息に……普段は表情がほとんど変わらないみどりがゆいの話になると急に明るくなり、気を抜くと息継ぎもせずに早口になる癖をひととおり知っている千花は、そのくせっ毛を撫でながら抑えてやる。


……こーゆーのだけなら素直に可愛いって言えるのよねぇ、みどりちゃんって。


最近は隠さなくなってきた年齢不相応な「女」としての発言やらだいふくとのじゃれあいやらを思い出しながら、今日もまた集められてしまった思いでもやもやするしかないらしい千花。


みどりちゃんから男の娘っていうの教えてもらって良かったとしか思っていない美希。


親友同士だという彼女たちは策略により既に分断されていた。


「目の前で食べられるなんて……情緒というものがないのね」

「ゆいくんのこと好きな子だったらむしろその方が良いんです」

「私には理解できないわ」

「本当にそうですか?」

「ええ」


……分かっているでしょうに、どうして執拗に私をゆいにくっつけたがるのかしらね。

これだから恋愛脳って言われるのよ、女は。


「何か不穏なことを考えていますね……だいふく?」

「そんなことで人の考え読まないわよ……変身もしていないのに」

「………………………………………………」

「そ、そんな顔したってしないんだから!」


「まぁ良いです。 そんなわけで女装していても、いえ、女装が似合いすぎているからこそ女の子からモテているゆいくんだって分かってもらえましたか?」

「……本当、どうしてそこまで好かれるのかしらね。 もちろん人間として好きにはなるだろうけれど」


「ほう」

「さっちゃん先輩、くわしく……」


「貴女たちもすっかりそうなったわね……別に。 ただ裏表がなくて明るい彼みたいな性格なら老若男女問わずに好かれると言いたいだけよ」


「沙月ちゃんがゆいくんのこと好きだって言ってくれてお姉さんうれしいわー。 結婚式は何年後にしようかしらー」

「そういうのは要りませんから」

「えー?」


「でも、あたしもそう思うわ。 どうして男の子なのに女の子のカッコしてるゆいみたいな男子が女の子に好きって思われるのか。 だって変じゃない、普通はそうしないんでしょ?」


「だいふくからもそう思われるんだから世間一般的な普通ではないのよ。 私は偏見を持たないから不思議だとしか思わないし悪いこととも思わないけれど、中には囃し立てる人も居るでしょう」


「そういう人たちは教育するので問題ありません」

「人の自由意志に介入するのは問題しかないわね」

「冗談です。 男の娘の良さを布教するだけです」


「それが問題……いえ、今はそういう風潮なのよね……」

「ま、まぁ、学校とかでも今はデリケートっていうか」

「スカート穿く男子は少ないですけど、でも髪の毛伸ばしてもOKな校則に変わったり……あ、女の子でズボンなら冬にはいます、ね」


「時代なのかしらねー。 私も見てみたかったわー」

「……お姉様だって私たちの世代でしょう」

「10代って1年が長いのよー。 ゆいたちくらいの年齢とはやっぱり感覚が違うわねぇ。 バレンタインだってもっとシビアだもの」


「でも、私たちでもゆいくんみたいな男の娘、クラスにいないです……」

「や、ゆい君とかお兄さんとかお父さんとかは特殊なのよ? 美希ちゃん」

「ゆいくんみたいな子がいたら、みんな男の娘が好きになるのに……」

「美希ちゃん……」


気づかない内に親友だと思っていた美希がみどりに染められていた。

そのやるせなさで何とも言えない表情になっている千花を、沙月とだいふくがそっと眺めていた。


美希は、こちら側。

千花は……残念ながらあちら側なのね。


そう同じ意見を抱えながら。

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