83話 「ハーレム」 その2
「まー今はそれよりだいふくちゃんのことよね!」
「……本当に好きね、貴女たち」
「沙月先輩はもう少し興味持った方が……」
沙月まで加わってしまうだいふく包囲網の中心。
だいふくは何をするでもなくどこか遠くを見ている。
「けれど、精霊だって人間ほどでは無いけれど個人差……個体差があるわ。 最近のだいふくはゆいの影響か喜怒哀楽が大きいようだし良い傾向ではないかしら」
「んもー、センパイは真面目過ぎますっ。 なんかおもしろそうな秘密って思っておいた方が楽しいじゃないですか!」
「私は思わないけれど」
「えーつまらないですよーもっと楽しく生きましょうよー」
「裾を引っ張らないで頂戴」
「あ、だいふくにみんな。 こんなとこにいたんだ」
「……お家にお揃いですね」
「あ、ゆい君にみどりちゃん」
「……窓から帰って来たの?」
「うん、その方が速いもん!」
「靴はきちんと玄関ですから」
巡回も無いはずなのに魔法少女衣装に変身しているゆいとみどり。
ゆいは桃色がまぶしく、みどりは光を吸い込むような黒という極端に反対の組み合わせは……控えめに言っても目立つ格好だ。
「……その格好で白昼堂々?」
「? だって魔法少女だし」
「いけないって規則はありませんよね」
「や、君たちが良いんだったら……うん。 私たちはムリだけど」
「ザ・魔法少女」というデザインそのまま……もちろんゆいが好きな魔法少女の印象から来たわけで、人気のアニメの主人公そのままな上に長いツーサイドアップな彼は、それはそれは派手だ。
今やネット社会。
きっと2人の姿は今ごろSNSに上がっているだろう。
魔法少女や魔法使いの数も多ければそこまでの規制も無い。
プライバシーや過激なものでなければ国も追求しないのもあって、特に可愛らしい魔法少女たちは格好のターゲットになっていた。
もちろんゆいも「魔法少女」として。
だってゆいが「彼」だと知っているのはごく一部だけだから。
自分が魔法少女だというのを普段から特に隠すでもないしむしろカメラを向けられるとポーズを決めるし、移動の際には変身してショートカットする。
目立たない方が不思議だった。
「ねえねえゆい君ゆい君、だいふくちゃんが毎日ゆい君のお家に入り浸ってるの、気にならない?」
「別にー」
「あら意外」
「僕だいふくがいつもいてくれるから嬉しいよ? 尻尾柔らかいし良い匂いだしー」
「……毎日もふってるの……!?」
「うん、前はダメってこと多かったけど最近は少しだけなら良いよって。 くすぐったいらしいからすぐにおしまいだけどね。 尻尾の先っぽを顔に当てるとふわってして柔らかくて良い匂いで包まれるんだー」
「……ごくり」
「言っておくけれど千花と美希は駄目。 加減を知らないから」
「そんな!! モフられたら嬉しいでしょ!」
「ゆいの方がよっぽど気遣いができて繊細ね」
「そんなぁ――……」
少女たちの手がだいふくの腰から足先までの長さを誇る尻尾に伸びるも……さっと反対側へ逃げてしまう。
……もしかして尻尾を触らせたら誤魔化せるかしら……?
そう思いつくだいふくだったが、年ごろの少女の興味深さはそう甘くはないと考え直してうなだれる。
「あらあら、みんなお泊まりかしらー? 家はいつでも良いわよー?」
「あ、お邪魔してますお姉さん!」
「お邪魔しています」
自室に居たらしいゆいの姉が入って来て「いつ見ても可愛らしいデザインよねぇ」とゆいとみどりの魔法少女衣装を見ながら台所へ向かう。
「だいふくちゃん、ゆい君に提供しているその尻尾!」
「嫌よ」
「わたし、そんなに力入れないよ……?」
「美希はしつこいのよ」
「貴女の尻尾、着ぐるみのものよね? 感覚あるのかしら」
「服ごとあたしって感じなのよ。 ああ、沙月なら良いわ」
「別に人が嫌がっているものを無理に触る趣味は無いわ」
「ならその権利を私に売ってください沙月センパイ!」
「非売品ね」
「だいふくー、尻尾くらい良いじゃん、触らせてあげたら?」
「……貴方は一見雑そうでいて丁寧だから良いの。 沙月は少し触っておしまいだし」
「……私は?」
「ひっ!? ……みどりは…………ゆいと一緒なら」
「……………………………………………………そう」
少女が5人と少年が1人と精霊が1匹になる姦しい空間。
……もうすぐその割合が変わるが、それを知るのはだいふくだけ。
「とにかく嫌。 しつこいし魔力の扱いも力任せだし、あたし、千花だけは嫌ね」
「ひどい!?」
「な、ならわたしはいいよね、だいふく」
「美希ちゃん……裏切るのね」
「だって、ちかちゃんのせいならしょうがないでしょ?」
「ふふ……美希さんにはこちら側の素質がありますね」
「……おやつ!」
元々だいふくの尻尾には興味のなかったゆいが、台所から漂い始めた良い香りに釣られる。
「お姉さん、ゆい君のためにお菓子まで作るんだっけ?」
「ええ、お兄様も。 ああして全力で喜ばれるなら嬉しいのでしょう」
「それで、沙月先輩もゆいくんと一緒に食べてるんですね」
「……勧められるから仕方なくね。 ホームステイしているわけだし」
「……このスキにっ! あ、だいふくちゃんすばしっこい!」
「そうやってどさくさに紛れようとするから信用できないわ」
「こうなってくると、だいふくのしっぽ。 ぜったい触りたい」
「……みなさん元気ですね」
「そうねー、お家が賑やかで嬉しいわー」
「お姉ちゃんクッキー?」
「うん。 昨日とおんなじでごめんね?」
「ううんっ、 おいしいもん!」
だいふくの尻尾争奪戦の裏。
台所ではゆいの姉を左右からゆいとみどりが囲むようにして熱の籠もったオーブンを眺める。
「魔法少女さんの衣装って着替えるたびに綺麗になるのよね。 掃除いらずで羨ましいわー」
「着てる服とか体もきれいになるよ!」
「ゆいくん……お風呂はさぼっちゃ駄目だよ……?」
……ゆいがこっちに居なくて良かったわ。
部屋を隔てているもののテレパシーで……変身しているために彼の見聞きしているものが筒抜けなだいふくは思う。
千花と美希を抑えられそうにないと諦めた精霊にとって……その内容は男であるゆいにだけは聞かれたくない内容だからだ。
もっとも彼が聞いたとしても「へー」くらいで興味は無いだろうとの確信はあったものの……それでもやはりだいふくは聞かれたくないらしい。
「ねー、だいふくちゃん」
「まずはあたしに近づかないで千花。 ……次触ろうとしてきたら貴女の秘密をばらすわ。 とっても恥ずかしいものを」
「やーん、なぁにだいふくちゃん、そんなことで良いのー?」
「…………………………………………」
「ちかちゃんの秘密……」
「何となくだけれど止めた方が良いと思うわよ? 千花」
「だーいじょうぶですってセンパイ、あの尻尾を堪能するためなら安いですって!」
……警告はしたわよ。
ゆいが姉との会話に夢中だと確認しただいふくは、自爆覚悟で千花を止めることにした。
「おとといの夕食後の時間よね、あれ」
「え? おととい? ……昨日ならすぐに思い出せるけどぉ……」
「そのくらいの時間って、いつもチャットしてるよね……たぶん」
「うーん、そうなんだろうけどだいふくちゃんがわざわざ言うことだし……なんだろ、普段とおんなじだから覚えてないかしら?」
「だいふくが知っているということはゆいや私もということ。 ……いえ、一昨日は会っていないわね」
「ですよねぇ、だってその日は私たちが巡回して……っ!?」
「それ」に思い至ってぼんっと赤くなる千花。
「……え、え。 あ、あの……だいふくちゃん? え、嘘」
「…………………………………………変身は切りなさいって、この前に言ったばかり。 きちんと伝えたわよ、あのときに。 なのに……一応あたしも恥ずかしいんだからね、こういうこと伝えるの。 けど、貴女が悪いのよ、こんなにしつこいんだから」
「え? 変身? ちかちゃんまたお家で変身してたの? どうして?」
「ゆいでも無いのに……もしかして貴女」
「さ、さっちゃんセンパイ!?」
「この前だいふくが言ってた気がするけどなんだっけ」と飲み込めていない美希と、自宅で変身する必要性について考察する沙月。
……そんな2人が気づいてしまわないか、だいふくの尻尾や隠しごとなどはすっかり頭から飛んでしまった千花だった。
「千花さん。 もしや知られる嗜好がおありで?」
「…………………………………………みどりちゃん、みんなには黙ってて……?」