82話 「ハーレム」 その1
「あ、そういえばさ? だいふくちゃん、最近は誰かのお家……って言うかほとんどゆいくんのとこに居て巡回のとき来なくなくなっちゃったわよね? 連絡取れるしテレパシーで話しかけてくれるしだから別に気にしてないんだけど」
「た、確かに……言われてみれば」
「………………ちょっと、あって」
「…………………………」
月本家の居間。
全員が休みということでなんとなくで集まった魔法少女たちが思い思いに過ごしていた合間にふと、千花が気づいた事実がだいふくを襲う。
「ちょっと、って?」
「……何でもないわ」
「なぁにー、気になる気になる!」
「ち、ちかちゃん……ムリには止めようよぉ」
「…………………………」
ゆいと遊んでやる……と言うよりは自分も夢中で遊んでいるゲーム機を脇にやった千花がだいふくへとにじり寄る。
今日は昼を魔法少女仲間で食べてからぶらつく予定の彼女は、軽いカーディガンを羽織ったパンツ姿。
最近伸ばしているらしい軽くパーマのかかった髪を揺らしながら着ぐるみ姿の金髪の少女に見えるだいふくへと……珍しく言いよどんだだいふくへ興味を持ってしまった年頃の少女の彼女は止まらない。
そんな友人を止めようと、形だけはしている美希も遠慮がちではあるもののだいふくへの興味は深い様子で、肩までストンと落ちている髪をいじりながら見守っている。
シンプルに袖の長いシャツにひざの隠れるスカートにソックスで控えめながらも体の重心はだいふく寄り。
……急に訊ねられたから迂闊だったわ……。
そう後悔してしまうもこの場の流れは止められない。
秘密を知りたい欲求と共有したい本能を持つ少女たち。
だいふくが普段は好むその性質が裏目に出ていた。
「ねえねえだいふくちゃんだいふくちゃん! 私たちもう長い付き合いでしょう? 隠しごとは良くないって私思うなぁ」
「親しくても話せないことなんていくらでもあるでしょう」
「だいふく…………わたしたち、お友だちだよね?」
「こういうときにその言葉は使わないでほしいわね」
「…………………………」
じり、じり。
攻防は1対2の包囲戦。
圧倒的に不利で、しかも逃げ場のない状態のだいふく。
着ぐるみのフードを目深に被りつつ後ずさり続け……ついにこつんと隅に追い詰められる。
「……あれ。 だいふく、抜け毛減った…………?」
「そんな言葉に……え。 み、美希? それ本当?」
「…………だいふくが教えてくれたら教える、よ?」
「それは無いんじゃないの…………?」
「美希ちゃんってたまにエグいわよねぇ」
「え?」
思わぬ方面から状況を打開できるかもしれない流れ。
それに乗ろうと試みるだいふくだが「でも」と非情に。
「だいふくちゃん? とりあえず教えてちょうだい? だーいじょうぶー、誰にも言わないから! ねっ、美希ちゃん!」
「う、うん! ほんとうだよ!」
「ゆいの『大丈夫』よりも信頼できないわね……」
「ひどっ!?」
「…………………………」
「でもだいふくちゃんの様子がおかしいの心配してたのは本当よ? そうねぇ……確かゆい君が『じゅうたん』とか使っちゃってたって分かってとき辺りからかなぁ?」
「うん……頻繁にため息つくし隅っこで脚と尻尾抱えてはみはみすること増えてたし。 あ、けど、最近はなんだかほっとしてる?」
「……そんなに分かりやすかったのかしら、あたしって」
「うんうん、ゆい君が女装好きってことくらい」
「ゆいくんが女の子の服装に目がないってことくらい?」
「…………………………あたしって……」
小学4年生……よりも幼く見える見た目と言動の彼よりもわかりやすかったと告げられて露骨に落ち込むだいふく。
そんな精霊を目にして少しは悪いと思ったのか、気づけばふたりで壁際に押し付けるようになっていたのから少しは引くも……聞き出さなければ今日はずっとこのままだというような態度を続ける。
しかしだいふくもくじけない。
伊達にみどりという天敵とやり合ってきた訳ではない。
つい先日に下克上を果たしてからは大人しい恐怖の象徴を思い浮かべて抵抗を続ける。
「気になるわー、だいふくちゃんの挙動不審っぷりの原因!」
「あたしたちも人みたいに気分が上下することくらい」
「あれ、でもだいふくたちは体がないからそういうの少ないって」
「……どうして貴女はそう頭が回ってしまうのかしらね、美希」
「えへへ」
「美希ちゃんは冷静に人を見ているものねー。 だいふくちゃんは精霊ちゃんだけど私たちとこうして普通に会話できる相手だし、美希ちゃんからは逃げられないわよ? だいふくちゃん!」
「…………………………ねえ。 あの戦いで疲れたから気が抜けて……と言うのでは駄目かしら」
「うーん、私たち中学生女子の知的好奇心を満たしてはくれないかしら」
「ちかちゃん、もうひと押しだよ……!」
「ただの野次馬根性と言ったらどうかしらね」
「…………………………」
「ムリには聞き出したいっては思わないけどできたら教えて欲しいかなぁーって」
「ね、だいふくっ! どうしてもって言うんならわたしだけに」
「…………美希ちゃん、そういうの良くないって思うわぁ私」
「え、でもちかちゃん、知ったら今日中に魔法少女関係の子全員に教えちゃうでしょ? ここだけの話だって」
「…………………………そんなこと、ない、わ、よ?」
「この世でいちばんに信頼できない言葉を聞いたわね」
そうして1匹孤独な戦いを強いられているだいふくと囲むようにして座っている少女たち。
――そんな彼女たちを醒めた目で見ていたのは沙月だった。
「ねぇ沙月センパイもそう思いますよね!」
そうしてとうとう彼女へも飛び火する。
「そうして人を共犯者にしたがるのは女性の本能なのかしらね」
「もー、そう言いながら今の今まで耳をそばだててたくせにー」
「そんなことは」
「……沙月。 貴女、読んでいたはずの本のページ。 全然進んでいないのあたしは知っているわ」
「…………………………御免なさい、だいふく」
離れたソファで脚を組みながら横を向いていた……ように見せていたのが被害者から咎められて巻き込まれてしまう沙月は、薄手のセーターに長いスカート。
ぱたんと本を閉じると、気まずい雰囲気から逃れようとして……。
「逃がしませんよ沙月センパイ」
「離しなさい」
「私、将来は沙月センパイの後輩かなーって」
「魔女の仕事は大変……ではなく、盾にするのを止めなさい」
「沙月先輩」
「美希」
「だいふくちゃんの秘密。 わたし知りたいです」
「……貴女たちねぇ……」
居間のドアにたどり着く前に……スカートの裾をふたりがかりで掴まれて動けなくなった沙月は、親しくしてくれて嬉しいやら……じとっと見てくるだいふくに申し訳ないやらで固まってしまう。
「……そもそも私はそこまで興味はないわ。 だいふくも言ったでしょう、誰でも秘密はあるものよ」
「そういう会話聞いてたくせにー」
「同じ部屋にいるのだから聞こえるわよ……ゆいではあるまいし」
「あー、ゆいくんってゲームとか服の話題とかに夢中ですと他のことぜんっぜん気にしませんよね」
「す、すごい集中力だよね……ね、だいふく。 そのときのゆいくんの気持ちとか伝わってくるんでしょ? よく変身してるし、お家でも」
「……ええ、そうね。 まるっきり隠す気持ちがないからかストレートにね。 彼、心底にゲームと校庭や公園での遊びと御洒落にが好きみたいね。 知っていたけれど」
「ま、まぁねぇ……ゆい君は分かりやすすぎるものねぇ」
「いつも冷静なみどりちゃんの成分とか分けてもらったらいいのにね」
「……あの子が、冷静…………………………?」
運良くこの場に居ないみどり。
彼女のことを思い浮かべるだいふく。
……これから話させられる内容でもそこまでのことではないわね、あの子にまとわりつかれることを考えたら。
「あ」
そう思ってしまい……はらりと金色の毛が床に舞う精霊だった。