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81話 温泉 その4

「どしたのさっちゃん」

「……何でもないわ」

「えー? ほんとー?」

「顔を覗き込まないで」


急にそっぽを向く沙月を見て逆に興味が湧いたらしいゆい。

沙月の表情を見ようとばしゃばしゃと彼女の周りをくるくると回り始める。


先ほどの逆の鬼ごっこを始めたのを見ながら熟考を続けていたみどりは、ぼそりと言う。


「とりあえず帰ったら渡辺さんとかに相談だけど……たぶん大丈夫。 えっと、別にお胸が大きくなるわけじゃない……かな」

「えー!?」

「男の子でもこれからの年頃でお胸が痛くなることってある。 そういうの聞いたことある気がするの。 ゆいくんだけのおかしな症状じゃないって思う」


「ま、まぁ、そうよね? ゆいは男子なのだし」

「むー、ざんねーん」


「でもお父さんもお兄さんもお薬飲んだり『工事』したりしていなくてもブラジャー必要なくらいお胸あるんだし、ゆいくんもそれくらいにはなるんじゃ?」


「……待って頂戴、何故それを」

「おふたりから直接聞きました」

「……そう」

「何回かおふたりともお風呂に入って確認しましたし」

「え〝」

「ゆいくんに混ざろうってしたら一緒だったことがあって」

「…………そう」


沙月がとっさに見下ろしたみどりの体はゆいと同程度の、まだ男女にはっきり分かれていない子供のものだ。


胸はかすかに膨らみ始めているものの所詮は子供。

ゆいと同じようにそういう対象ではない……はず。


しかし「家族同然の付き合いとは言え家族以外の男性に裸体を……」と思った沙月だが、あの父親と兄を思い浮かべて「下手な女性より沙月でさえ色香を感じるのよね」と妙に納得してしまう。


同時に彼らには妙なだが絶対的な安心感も覚える。


おふたりとも……お父様はお母様と結婚されて3人も子供が居て、お兄様は彼女さんが何人も居るとんでもない人だから女性に興味がないわけではないのに不思議ね。


いえ、恋愛対象が明確だからこそ安心できるのかしら。


仮に自分がばったり薄着で遭遇してしまった場面を想像しても、あの女性顔負けな男性に襲われるというイメージが湧かない。


これが「男の娘」というものなのね。


……さりげなくみどりの吹き込んだ誤解を誤解と知らない彼女だった。


「おふたりともお股を隠すとお風呂でも女性にしか見えませんでしたよ? お化粧落としていても。 ゆいくんのお母さんもお姉さんもよく羨ましがっています」


「……流石ね」

「お父さんもお兄ちゃんも可愛いから!」

「可愛いより美しい系統ね。 素直に羨ましいわ」


「そうだね、ふたりともスレンダー美人さんって感じ。 お風呂でのケアとかおふたりから教えてもらいましたし」

「そう」

「豊胸マッサージとかも」

「そう、………………え」


「僕もやってる! 毎日ちゃんと!」

「……そのせいではないのかしら」

「!! 成果が出てるってこと!?」

「近寄らないで」


ざばっと一段浅い岩に上がって膝下までしか湯に浸かっていない状態になったゆいは、当然ながら全裸。


沙月が目を逸らしみどりが視線を集めるそこを気にすることなく少年は自らの胸を揉み始める。


「うーん、吸い付く!」

「……普通の男の子でもそれくらいはできるんじゃ?」

「そうかも!」


年下の男子が自分の胸を……あるとは認めたくないそれを両手で楽しそうに揉みしだいているのを見るしかない沙月は、今さらに自分が股を隠すことしか意識していなかったのに気がつき、慌ててタオルを手に取る。


「さっちゃんはずかしがりやさんだよね。 もっと堂々とすれば良いのに」

「貴方は堂々としすぎよ……」

「? 可愛いからいいじゃない」

「そう言い張れるのはさすがね」


「……そうだ。 確かお兄さんから聞いたことがあったんです。 男の子でも女性ホルモンが多い人って、何もしなくてもゆいくんのお父さんとかお兄さんみたいに柔らかい体つきになるんだって」


「……そんなことがあるの?」

「女性だって筋肉質だったりいかつい体型の方もいますし」

「言われてみれば……そうね」

「プロレスラーの人とかマラソンの人ってかっこいいよねー」

「乳製品とか大豆とか。 効果がどうかはともかく普段の食事も影響するって言いますし」

「牛乳も納豆も毎日がんばってるよ!」


胸を揉むのに飽きてちゃぷりと湯に沈み直すゆいは……そろそろ温泉に入る集中力が切れかかっている様子だ。


「あと、そうでなくても大人になるまでは胸が痛くなったりすることもあるとか。 だから気にしなくて良いんじゃないかな」

「気にしたかったなぁ」


「でも帰ったらお父さんかお兄さんに聞いた方が良いって思う」

「そうね、加えて念のために渡辺さんに頼んで検査も」

「ですね。 だいふくのせいで女の子になっちゃうかもしれませんから」


♂(+♀)


「ぴっ!?」

「……どうかしたかな、だいふく君」

「…………またみどりが良からぬ念を飛ばしてきたわ」


「ああ、みどり君からテレパシーかな? 普段からいつも傍にいるみたいだし仲が良いみたいで何よりだよ」

「……これだから人間の男って鈍感って言われるのよ」

「?」


♂(+♀)


「よく分かんないけど、結局僕おっぱいできるの? できないの?」

「お兄さんみたいになるんじゃないかな」

「! Bカップのブラジャーだね! 寄せてあげたらCカップって!」

「その情報は要らないわね……え、そんなに大きいの」


「……ちくちくしてるときが成長期ってことは、今も揉んであげたらちょっと大きく……いだい」


「……それにしても。沙月さんったら」

「また何かを言いたいの」

「ええ。 ゆいくんに男の子でいて欲しいからって必死な顔で訊ねていたのを思い出すとほほえましくって」

「なっ!? そ、そんなことはっ!」


「やっぱりぴりぴりして痛すぎる……ムリはダメってお兄ちゃんも言ってたし。 ……むー」


「だってゆいくんが女の子になっちゃって将来男の子としてキノウしなくなったら困る。 そう思ったんですよね?」

「……4年生が言う台詞ではないと思うのだけれど」

「恋する乙女は強いんですよ。 沙月さんと同じです」

「違うわね」

「そうですか?」


露天風呂。


すっかり飽きて湯から上がってうろうろと辺りを観察し始めた、下ろした腰までの髪が水分で少年としては少々肉付きのいいように見える体に張り付いているゆい。


話題が話題のため我を忘れて……再びタオルで隠すのも忘れて年下の少女に抗議する沙月。


そんな状況を心から楽しんでいる様子のみどり。


温泉という非日常を、それぞれに別の楽しみ方をしている少年と少女たちだった。

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