80話 温泉 その3
「嬉し恥ずかしなハプニングです。 沙月さんがゆいくんの」
「黙りなさい」
「ちょっと!? 今貴方のが私に…………っ!」
「あははっ、さっちゃんにおちん――いだぁ!?」
「あっ、……」
「……ゆいくん、大丈夫……?」
じゃれ合っていたゆいと沙月だったが……偶々偶然にゆいの一部分が沙月に触れてしまい、それがおかしくて笑い出したゆいのそこへ偶々沙月の手が反射で当たり――ゆいは撃沈された。
「……沙月さん。 その、ゆいくんもいくら可愛くても男の子ですから……その」
「え、ええ……流石に理解はしているわ。 ええと、ごめんなさいね……?」
「………………………………ぶくぶく」
水面に長い髪の毛が広がる。
「ま、まあ、これで女の子になっちゃったとしても私はゆいくんのこと愛するから」
「ええと……本当に大丈夫かしら。 ……ちょ、ちょっと?」
形の良いおしりがぷかりと浮いたままのゆいに沙月が近寄り、そっと抱え上げようとして――。
「……ぷはっ! なんかだいふくごめん!!」
「きゃあっ!?」
「……あー、すごい痛みだからとっさにだいふくに。 ……自分にないところの痛みってどうなるんだろ」
ぷるぷると犬のようにしぶきを飛ばしながら元気よく飛び上がってきたゆいに驚いた沙月が水面に沈み……少しして上がってくる。
「……心配して損したわね」
「痛かったのは本当なんだからねー、さっちゃん。 おちんちんより金玉の方がすっごく痛いんだから!」
「ご、ごめんなさい」
「沙月さん、痛いところはなでなでしてあげないと」
「貴女はことごとく邪悪ね」
内股になって痛いらしいそこを抑えてぶーぶー言うゆいは……隠れている分もあって本当の少女のよう。
……でも、まだまだなんだ。
沙月さんはとっさに手が出る程度にはまだまだ慣れてない。
……なら、もっと慣れさせて……今みたいな事故を誘発して。
「今なにか考えたわね」
「あら、沙月さんも同じ系統の魔法を」
「殺気に近いから分かるわ」
「あら怖い」
「?」
沙月とみどりのあいだに見えない火花。
そんなことには全く気づきもせず「あー、痛かったぁ」とそこをさすりながらお湯に浮く。
「………………………………、そんなに痛いものなのかしら」
「痛いに決まってるでしょ! ……あ、さっちゃんには無いもんね、分かんないかぁ」
じーっと。
ゆいの視線を辿った沙月は……タオルは背にしていた岩に乗せていたのを思い出し、気をつけていたそこが丸出しになっていたのに今さら気がついてばしゃりと湯に潜る。
「さっちゃんつるつるだね。 僕たちとおんなじ」
「黙りなさい」
「沙月さん。 顔にお湯がかかりました」
「……ごめんなさい」
「あら素直ですね」
「先ほど私が言ったことだもの」
「……けれど、そこまで痛いものなの。 その、それは」
「金玉?」
「………………………………そうね」
「んーとね、この痛みって言うか苦しさ。 ん――……そうだなぁ、魔法使えなきゃ10分くらい響くよ? 嫌な汗が止まんなくて息ができなくって、お腹の奥を思いっ切りねじられてる感じ? かなぁ。 悪いもの食べちゃったときみたいなお腹の痛みかな」
「………………………………そうなの」
「うん。 たまに鉄棒とかで思いっ切りやっちゃって保健室運ばれる子いるし」
「……そうなのね」
「けどお母さんもたまになるんだって、そういうの。 せりーつーって言うんだって。 せりーつーって?」
「生理痛ね。 ええ、女性だけに……」
「……うーん」
ここまで仲良くなっているのは良いんだけど……。
みどりは熟考している。
ゆいくんにとって沙月さんはまだまだお友だちとお姉さんを合わせたような間柄。
このままお姉さんポジに落ち着いちゃうとそれはそれでまずいかも。
どうにかして女って言うのを認識させたいんだけど……。
みどりが調査したところによると……クラスの男子のほとんどがゆいに近く男女を本当には意識していない。
一部は明らかに「そういう情欲」を醸し出しているのを確認しているものの、それ以外の男子にとって女体は「気になるけど女子だし」と言う程度のもの。
……まぁ、ゆいくんたちが読むみたいな漫画とかだと女の子のパンツとか胸って笑いを誘うだけのものだもんね。
やっぱり中学生くらいになるのを待たなきゃなのかなぁ。
それもそれで良いんだけど……。
「みどり」
「冤罪です」
「貴女ねぇ」
「あ、そうだみどりちゃ」
「どうしたのゆいくん」
「……反応が速いわね」
「あのね、聞いてみたいなって思ったんだけどさ」
「なんでも聞いて」
「最近おっぱいが、乳首がちくちくするんだけど」
「!?」
「!?」
がばっと……沙月だけでなくみどりもゆいの胸に視線を送る。
……が、肝心のそこは濁った湯の中で今は確認できない。
「……どんな感じなの?」
「んー、たまーにぴりぴりするっていうか虫さされみたいにぢくぢくする感じ? けど何度見ても別に変な虫にやられてるわけじゃないみたいだし」
「………………………………………………………………」
「………………………………………………………………」
さらさらと葉のこすれる音、弱い風の切る音、湯が流れ込む音だけがちょろちょろとするが……完全な沈黙。
しばし考え込んだ沙月がおずおずと尋ねる。
「…………貴方、本当に男子よね?」
「さっき見たし思いっ切り叩かれた」
「ご、ごめんなさいと……ではなく、そうよね。 貴方には確かに」
「少し待ちなさい」と告げて沙月がみどりの元へ。
「……貴女はもう来ているのかしら」
「? ……ああ、まだですけど胸が成長するときそうなりますね」
「そう……私も5年か6年生くらいでそうなった記憶が有るけれど……でも」
「そうですねぇ、男の子のゆいくんがなるわけないですよね。 だとすると……ゆいくん」
湯の中で胸を揉んでいたらしいゆいが……半分くらい興味を失いつつある表情をしていたため急いで尋ねる。
「ゆいくん、それお母さんとかに言ってみた?」
「ううん、ちくちくって一瞬だからすぐに忘れちゃうの。 でも今はたまたまここでぴりってなったから聞いただけ」
「……魔法少女のことが関係あるのかしら」
「どうでしょう。 でも確かに……ゆいくんは初めて男の子で魔法少女になったケースですから何が起きても不思議じゃないですし、予測もできませんね。 ……困りました」
みどりはあくまでゆいのことを男子として好きだ。
そのゆいが女装を好きだからと言う理由で男の娘として可愛がっているが……流石に本物の女子になったら困る。
「そうしたら子供産ませてもらえませんから」
「お願いみどり。 ……今は真面目にお願い」
「真面目ですよ? 本気で困っているんです」
「そう言うときってなんかおっぱい全体が……こう、張る感じ。 お姉さんが言ってたのを思い出して大きくなるのかなーって。 大きくなったらもっと可愛くなれるから嬉しいんだけど」
「……良くはないでしょう、貴方が女性になったら私も困るわ」
「え? さっちゃんが? なんで?」
「何故も何も、…………何でもないわ」
とっさにそう答えてしまい、そう答えた理由にひとつ思い当たってしまった沙月は視線を逸らした。