79話 温泉 その2
「女子2人とお泊まり、しかも温泉に。 普通の男の子なら嬉しくて仕方ないシチュエーションです……もちろん性的な意味で。 でもゆいくんは男の娘だからあくまで楽しんでる。 それもまた良いんです」
「何が良いのかさっぱり分からないわね。 あと、貴女の言うような意味で彼が喜ぶのだったら全力でぶん殴っているわね」
「照れ隠しで?」
「もちろん貴女もよ」
「あら怖い」
「…………」
ゆいの小さな尻が目に入って慌てて視線を落とし直す沙月。
「……寒い!」
「うん、外で裸になってるんだもん。 お湯をかけてから入ったら?」
「うん!」
「……やはり私は後にするわ。 貴女たちだけで楽しんで」
「そんなもったいないですよ沙月先輩」
ぎゅ、と両腕を沙月の腕に絡ませて体重を乗せるみどり。
「……離しなさい」
「やです」
「さっちゃんも早く早くー」
「ほら、愛しのゆいくんが呼んでいますよ?」
「………………………………」
「わざわざ来たんですから、ね」
後ろを向くと沙月の背がゆいに見られてしまう――既に何回もゆいの家の風呂で見られているためもう誤差でしかないが――ためにそのままの向きで後ずさろうとしていた沙月。
…………けれど、ここに居る以上みどりは諦めないでしょう。
それに、もう何度も彼から押しかけられて入っているのだし。
女の体に思うところがないみたいだし。
男らしい衝動もないみたいだし。
見慣れているのだし。
10歳の子供に意識する必要なんて。
「………………………………」
「沙月さん」
「……貴女の思い通りなのが癪に障るけれど仕方ないわね」
大きくため息をひとつ。
とぼとぼと沙月は全裸で待っているゆいの元へ歩くしかなくなっていた。
……けれど思ったよりも狡猾ね、みどりは。
すでに温泉に飛び込んでいてばしゃばしゃとしているゆいを意識しながらかけ湯をする。
泊まりがけで温泉。
最初は美希も千花も、ゆいの母親も来るという話だったから承諾したのよ。
けれども次々と予定が入ってしまって、それもキャンセルができなくなってから。
だから行けるなら行かないと、と言うことになって……ゆいとみどりだけではいくら何でも不安だからと言う理由で私が。
一応未成年だけれど魔女ということで成人扱いだし……と押し切られたのよね。
ちゃぷ、と足を温かい湯に沈めていく。
……あら意外と熱くないのね。
「さっちゃん、もう1個のお湯は熱いから止めた方がいいよ!」
「そう。 あら私は後でそちらにするわね」
普通に取るととんでもなく高いところとあって、よく見たらもうひとつお湯が張ってあるのね。
………………………………。
私ひとりでは絶対に払いたくない金額でしょうね……。
「ねーさっちゃんさっちゃん」
けれど、温泉も悪くは無いわ。
申請も出したから完全なオフ。
こういった時間はここ数年……。
「ねー、さっちゃんってば」
「……近いわ、離れなさい」
じっと覗き込んできているゆいに……みどりが居る以上過剰な反応を避けようと静かに返す。
……長い髪を後ろの大きなクリップで留めていて女顔で、小学生らしい体つき。
胸は無いけれど両腕で挟むようになっているから少しあるように見えるし、お湯で腰から下が隠れているからどう見ても小学生の女子にしか見えないわ。
口に出すと喜んでしまうため言わないが、普段の風呂と違い濁っているお湯ならそこまで気にならないかもしれない。
そうして少しだけ安心する沙月。
「ゆいくん、また一段と女に磨きがかかって来たね」
「ほんと!? やったー!」
最後に入って来たみどりが褒めると嬉しくなったのか、ばしゃばしゃと泳ぎ始める。
「他の人がいないからマナーとか良いですよね?」
「……顔にかけないで頂戴」
「良いって、ゆいくん」
「温水プールみたーい!」
お湯は坐っている状態の沙月の首元までの深さ。
狭いながらもぶつからない程度にくるくると泳げる広さとあって泳ぐのを止めないゆい。
みどりにとっては深すぎるのか、岩が浅めに積まれているところに腰掛けて半身浴のようにしているようだ。
……自分の胸を見られてもほんとうになんにも思わないのね。
「むしろ嬉しいんですよ?」
「……人の心を読まないで頂戴」
「以心伝心ですよ?」
「それも貴女の魔法のせいかしら」
「ご想像にお任せします」
「…………………………」
「かいほうてきー」
「……暢気なものね」
「そこが良いんです」
ばしゃばしゃと……平泳ぎを始めたために見えてしまったそこから慌てて目を逸らす沙月に視線を当て続けるみどり。
「でも温泉は好きです。 何もしないのは普段と同じですけどこうしてぜんぜん違う環境でのんびりできるので」
「……確かにリラクゼーション効果には期待できるわね」
「まぁ私たちは魔法って言う不思議な力で変身のオンオフで汗も眠気も飛びますから効能とかは意味なさそうですけど」
「旅館の人に怒られるから止めなさい」
「だってそうですよね?」
「……そういう面もあるけれど良くはないわ。 そんなに頻繁に無理をしてはいつかしっぺ返しが来る」
「ゆいくんは1週間寝ないでゲームしてましたよ」
「それについては叱って理解したみたいだから良いの」
ちゃぷんとお湯に潜ったらしいゆいの裸足が一瞬だけ水面に浮くのを眺めながら少女たちは妙な緊張感の元にどちらともなく話している。
「……ひとつ聞いて良いかしら」
「みなさんでしたら本当に予定が入ったんです。 これについては嘘じゃありません」
「………………………………なら良いわ」
なら何が嘘なのかしらね。
そう思うもののどうせはぐらかされるからと口をつぐむ。
「ぷはっ! プールと違って目が染みる――……あ、そっか」
目を擦りながら水面から顔を出したゆいは……一瞬だけ桜色に包まれてツーサイドアップに変身し……たと思ったら再び包まれて乾いていて下ろしている髪に戻り、さらさらと水面に落ちて水分を吸う。
「変身したら目も痛くなくなる!」
「ゆいくん、濃い温泉とかは肌も溶かしちゃうからお目々とお口は危ないよ」
「そうだったんだ!」
「そうだったんだ、ではなくいい加減にしなさい。 今私にも跳ねたでしょう」
「さっちゃんごめん!」
「……いい機会だからマナーというものを教えてあげましょう」
「やだー! 楽しいのにお説教やだ!」
沙月の説教から逃げようとしてばしゃばしゃと潜って逃げようとするゆい、それを捕まえようと同じように水を跳ねさせながら追いかける沙月。
「……ふふ。 沙月さん、タオルで隠してないっていつ気がつくのかな。 でも、良い傾向良い傾向……ふふふふ……」
お互いに全裸ということを忘れて……ゆいは気にしていないだけだが、追いかけっこをしている高校生女子と小学生男子の戯れを眺めながら、みどりが笑う。
何回もゆいくんをけしかけたおかげで、ふと忘れちゃうくらいには裸の関係に抵抗が無くなってる。
ゆいくんはまだまだ男の娘な男の子。
かわいい男の娘でもお兄さんみたいに「男」には、まだ、目覚めていないの。
まぁ10歳だからしょうがないけど……でも、少しずつ擦り込まないと、ね。
そう思いながら自らの、最近少し膨らんだ胸を撫でる少女。
――私には女性らしい魅力、まだみたい。
それにゆいくんのお母さんもお姉さんも大きいけどふたりは家族でそういう対象にはなれない。
だから……沙月さんはちょうど良いの。
「捕まえたわ! ……ちょろちょろと犬みたいに」
「さっちゃん髪の毛はダメー! 痛んじゃう!」
「魔法でどうにでもなるのでしょう?」
「……さっちゃんのいじわる!」
勝ち誇った顔をしているものの充分に豊かな胸を反らしている沙月を眺め、一切に気づいていない様子に満足げな笑みを浮かべ。
女性らしい体を日頃から頻繁に見ていれば、ふとした瞬間に気にしてくれる可能性が高くなる。
それまでしっかりと……1日でも長く沙月さんをゆいくんのところに張り付かせてけしかけ続けなきゃ。
そう決意する――とても「悪い女」な考えで一杯のみどりは最高に満足していた。