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77話 着替え

さりげなくメインストーリーが終わっていたので、後は少しだけ。

最後までゆいくんと周りの女の子たちをお楽しみください。

とある日、とある小学校の4年生の教室。


「やったぁ体育だぁ体育!」

「月本、お前元気だな……」

「だって体育だよ体育! 勉強しなくて遊べるんだよ!」

「いや、一応体育って科目だが」


その中に響いている声はゆいのもの。

周囲の生徒も――小4のとあるクラスの生徒たちはそれに特段意識を向けることなく、持って来た体操着袋を机に置いている。


体育。


それはゆいがいちばんに好きな教科……ではなく時間。


起きている間中話して動いていないと気が済まない彼にとっては、昼休みよりも楽しいかも知れない時間だった。


「今日はお天気だし校庭だよね!」

「そうだな、先生も言ってたし」

「聞いてなかった!!」

「あ――……」


ゆいはサイドテールとスカートの裾を跳ねさせながら教卓の傍で同級生のある少年と、ゆいの体操着袋を投げ合う。


当然ながらゆいがし出したのを友人が付き合ってあげている形だ。

……女子のあいだで流行っている体操着袋の柄と色のそれを。


ゆいの相手をさせられている少年は、耐えている。

その袋から漂ってくる……何故かしている女子の香りを。


「じゃあ目いっぱい走れるね! 今日も競争だよ!」

「月本速すぎ……サッカー部でも入ればいいのに」

「サッカーも楽しいけど家帰るの遅くなるしー」

「そっか」

「そう!」


投げ合う内に女子は更衣室へと出て行ってしまい、今その空間に残っているのは男子だけ。


………………………………男子だけだ。


「じゃーさっさと着替えよ?」

「お前、本当飽きるの早いな」


ぽすっと受け取った体操着袋を机に投げるように落とすと……何も気にせずにぐいっとTシャツを脱ぐゆい。


「………………………………」

「………………………………」


その途端に周囲の生徒……男子たちは静かになり、ちらりちらりとゆいを視線に入れる。


……Tシャツを脱いだ下には黒いシャツ……の肩周りが紐になっているもの。

つまりはキャミソールという下着だった。


別にゆいに胸があるわけでもないため、単なるファッション。

……だが、そのファッションが露わになるのを見ては動きが止まってしまうのが幼くとも男という種族だ。


ゆいやその兄やその父などごく一部を除いて。


「………………………………」

「………………………………」


そんな周囲の異変にも気にせず、ゆいは脱いだシャツを丁寧に畳んだ。


少女のような輪郭の周りを長いもみあげ、または横髪。

後ろには腰までの長い髪と結ったままのサイドテール。


そうしてキャミソール……ブラジャーというものに近いもの。

それは同級生の女子でもつけていない方が多く、だからこそ希少性のあるもの。


小学4年生のゆいの同級生の男子たちは、ゆいの姿に吸い寄せられていた。

何故だかは分からないけれど、女子の格好をしているゆいが気になって。


「? なんか最近みんな元気ないね? 体育始まるまで」

「そ、そりゃあ……」

「ほら、さっさと着替えて遊びに行こうよ。 遊び始めちゃえば元気なんだし」

「……一応体育な?」

「そうだよ? 何言ってんの?」

「お前……」


ゆいの相手をしている彼は目を背けながら着替えを……するたびに視線を逸らし直す。

ゆいと机を繋げている彼。


席替えで隣同士になった彼は、今月のゆいの担当だった。

……ゆいのいろいろを耐えるという、小学4年にとっては戸惑いを隠せないその役割を。


しかしゆいはその視線に気づく気配が全くない。

ただ周りの「同性の」男子の元気がないな、と思っているだけだ。


そうしてゆいは「スカート」に手をかける。


男子なのにスカート。

ゆいは小学校に入る前からズボンの代わりに好んでいた。


今日のそれはキャミソールとお揃いの黒。


つまりその下は……。


「失礼します……ゆいくん」

「あれ? みどりちゃん」


ほぼ全員の視線が彼の腰でスカートのファスナーにかかっていた手に集中していたそのタイミングで唐突にドアが開けられる。


がらりと入って来たのはみどり。

学校での常のように感情のない瞳と口元で、ゆいだけを見ている。


「忘れ物? けど男子、まだ着替え終わってないよ? 後で持ってく?」

「いいの」


扉を閉めると堂々とゆいのスカート目がけて歩くみどり。


「い、一ノ倉っ! じょ、女子はダメなんだぞっ!」

「ヘンタイだぞ一ノ倉!」


一斉に飛ぶみどりへの非難声明。

もちろんたかが小4の男子だ、本気でそう思っているわけではなくただみんながそう言っているからはやし立てているだけ。


女子が何かにつけて「男子はヘンタイ」と言ってくるから反撃しているだけだ。

……あとは、ゆいの動きが止まってしまったのも効いているだろう。


しかしその声はみどりには届かない。


「おい、ムシすんな! おい!」

「け、けど、一ノ倉怒らせると」

「止めとけって。 この前アイツ6年生を」


「ゆいくん」

「どしたの? みどりちゃん着替えないと間に合わないよ?」

「いいの、それよりね」


すすっと良い具合に自分の体でゆいを他の男子から――隣の席の無害な男子とのあいだにも入って遮り。


「とりあえずシャツ着て?」

「なんで?」

「いいから」

「はーい」


よく分からないもののみどりの言うことだから間違いないとばかりにもそもそと……サイドテールをぴょこぴょこと出しながら再び着替える前の姿へ。


「これでいい? けどなんで?」

「先生が、ゆいくんは今日から女子と一緒ねって」

「へ?」


「……月本が女子と!?」

「なんでだよ!?」


それに反応するのはゆい以外の男子。

「ずるい」という声が一切に無かったのにはみどりだけが気づいている。


「先生が? でも、男子はここで女子は女子更衣室でって先生が去年言ったじゃない?」

「ゆいくんは特別にいいって」

「そう?」


「……女子がイヤだろそれ! 月本は男なんだぞ!」

「今の一ノ倉みたいにノゾキだしヘンタイって言われるぞ!」


「みんな怒ってるよ? みどりちゃん」

「先生がいいっていたの。 あと、女子も全員賛成だって」


机の上にぶちまけられていたゆいの体操着がみどりの手でしまわれて行く。


「んー。 まぁ女の子たちがいいなら僕は別にどっちでも?」

「そうだよね」

「でもなー、なんかめんどくさい。 移動するの」

「でも更衣室だったらじろじろ見られないよ。 ここみたいに」


ちらりと他の男子を軽く――くせっ毛から鋭い視線が教室全体に回されて文句を言っていた男子を黙らせ。


「嫌でしょ。 そう見られるの」

「もう慣れてるから平気だよ? あれでしょ、僕が女の子の下着着てるのがうらやましいんでしょ? みんな」


「う…………」

「お、俺はっ」


……本当にゆいくんは無自覚なんだから。


そう思いつつも口には出さず、彼の体操着袋というお宝を胸で抱えたみどりはとどめのひと言。


「……女子更衣室ならみんなの下着。 かわいい服とかも教えてもらいやすいよ……?」

「うん、なら行く!!」

「うん。 女子はみんな、ゆいくんになら見せてもいいって」


そんな爆弾発言もあったが、もはやゆいを除く男子にそれを否定する元気は残っていなかった。


「じゃあ、行こっか」

「うんっ!」


「で、でも月本!」


教室を後にしようとするふたりの前にある男子が立ち塞がる。


「どいて」

「一ノ倉!」


「――どいてって言ったの。 いいの。 これ、女子の総意と先生が言ってることなの。 何か言いたいんだったら帰りの会で言えば。 ……たぶんひっくり返せないだろうけど、ね」


「うぐっ……ヒキョウだぞ!」


小学生にとって担任と帰りの会は絶対だ。

みどりに楯突こうとあがいた彼もそれには抗えず……みどりの手で押しのけられる。


「あー! 一ノ倉が男子の体に」


「……ゆいくんが可愛いのも下着姿が扇情的なのも仕方はないよ。 本当のことだから」

「せ、せん……?」

「でも」


ぼそりと。

後ろ手で繋いでいるゆいにも聞こえないよう、小さく……しかしはっきりと告げる。


「あげないから。 ゆいくん。 あなたにも、他の男子にも」

「ひっ!?」


彼女の口から出た予想外に低い声に彼は飛び退く。


「みどりちゃん?」

「うん行こうか。 じゃあ男子のみなさんお邪魔しました」


がらがらと扉を開けてゆいを追い出し。


「今日からはゆいくんのこと気にしないで着替えていいから。 体育のときはこっちで着替えるから、もうなんにも気にしなくて」


小さいものの教室中に通る声で伝えるとぴしゃりと閉ざされる。


「………………………………」

「………………………………」


「みどりちゃん、更衣室こっちだっけ?」

「うん。 あ、休み時間の残り……」


ゆいの大きな声が遠のいていくのがしんと静まりかえった教室に――廊下から響く。


けれどもその声も次第に聞こえなくなり、教室には物言わぬ男子が取り残された。


「……月本、女子の方だって」

「ま、月本だしな」


「……でも、アイツがいないとなぁ」

「…………お前月本の背中じーって見てたよな!」

「お、俺は違うぞ!?」


「でも、最近の月本。 ……さらに女子にしか見えなくなったしなぁ……」


落胆か、それとも安堵か。

男子だけ……ゆいという女子にしか見えない男子がいなくなった教室は、静かなままもそもそと着替える空間となった。


髪や服から、体から「女の子」の香りを発していたただひとりの男子がいなくなり、灰色の空間となったそこで。

「……それって大丈夫? 他の男の子たち歪めてない?」

「ちかちゃん、それがいいんだよ」


「そうです千花さん。 あげませんけど焦らすのだけならいいんです」

「あたし、そもそもいろいろとおかしいって思うのだけど……」


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