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76話 純粋と無垢と達観と

「さっちゃんさん」

「……変な呼び方は止めて」

「えー、だってゆいくんからはさっちゃんって呼ばれてますし千花さんたちからはさっちゃん先輩って呼ばれているじゃないですか」

「止めても聞かないだけよ」


「でも、ゆいくんにそう呼ばれてるとき沙月さん、にやけてますよ?」

「…………………………………………気のせいよ」


月本家の居間で沙月が押されている。

身長も30センチ以上、歳も5歳以上離れているとは思えない押しで。


「嬉しそうににこにこしていますって。 あと、話し終わったらさらに……こう、困ったなって感じなのに口がいつまでも」

「止めなさい」

「えー本当なのにー。 私この前見ましたよ? にやけたのが戻らないからって鏡の前で必死に」


「ちょっと沙月! いきなりぶたないの! あたしまで痛いじゃない!」

「そうですさっちゃんさん! だいふくが痛がってます!」

「それは貴女がいつまでも……ごめんなさいだいふく」


ソファに腰掛けていた沙月の膝の上にまたがってにやにやとしていたみどりは、軽く小突かれた頭を抱えて泣く――フリをすることもなくだいふくが可哀想という形にしようとして失敗した。


「仲が良いのは分かっているけれど喧嘩は止めなさいよ貴女たち。 分かったわね、みどり」

「えー、私? 叩いてきたのは私よりずっと年上の沙月さんなのに?」

「会話、同じ部屋にいたのだから聞いていたのだけれど?」

「精霊も空耳ってするんだ」

「そんな訳ないでしょう……ゆいでもないのに」


軽くコツンとする程度、別に痛かったわけでもなくびっくりした程度。


本気で痛かったわけではなく、みどりが沙月を煽って手痛いものを食らう前に……と口を挟んだだいふく。

言いたいことだけを言うと……自分に戦火が及ばないようにそそくさと離れて行く。


「後でゆいくんに言いつけます」

「好きにすると良いわ」

「ゆいくんに嫌われても良いんですか?」

「元々好かれようとも思っていないわ」


「でも、沙月さんゆいくんとお風呂に入るの喜んでますよね?」

「っ!? そ、そんなことっ」

「ゆいくん気分で人のお風呂に押しかけるのは前からですけど」

「……前からなのね」


「はい。 でも最近は何も言わずに一緒に洗いっこするほどの」

「そんなとこはしていないわ」

「そうですか。 とにかくそれくらい沙月さんはゆいくんのこと好きですよね?」

「違うわね」


変わらない――隠さなくなったみどりのちょっかい。


……何となくでそれが、人付き合いの苦手な彼女なりの接し方なのだと感じているため大して怒ることなく――いや、ゆいとの関係を勝手にささやかれるのは世間体的にも困るため否定するしかない沙月。


「もう、頑固なんですから。 あんなにも可愛い男の娘のこと好きにならないなんて冗談は止めてください」

「……そこに可愛らしいというのは必要なの……?」

「必要です。 だってあんなに可愛いのにおまたにはちゃんとかわいいおち――」

「止めなさい」


一緒に入浴して見慣れてしまった、まだ第二次性徴を迎えていない少女にしか見えない少年の少年な部分を思い浮かべてしまう沙月。


……あれくらい小さいのなら。

ではなくて。


「……そもそも貴女がどうしてそれを」

「ゆいくんが自慢していましたよ?」

「…………あの子……」

「ゆいくん隠しごとは嫌いですから。 それに、それが恥ずかしいとすら思っていませんよ?」


「もう10歳でしょう? いくらあの子でもそんなことがあるわけが」

「女の子の下着が欲しいじゃなくて自分の可愛い下着が欲しいって言うのに?」

「…………………………………………」


「純粋に女の子になりたいんですよね、ゆいくん。 でも別に心までなりたいとか男の人が好きとかじゃなくて、単純にかわいいのが好きって言うだけで。 ……こういうのってどんな呼び方をするんでしょう」


「知らないわよ……」

「そのついでで自分のことを男子よりは女子って感覚なんだと思います」

「それは大変ね。 彼の周りの人間が」


つい数十分前の彼の服装を思い出す。


公園で遊んでくると言い残してシールとキーホルダーで埋め尽くされたランドセル(赤)を置いて走って行った彼。


走り回りたい気分なのかスカートではなくふともものまぶしいホットパンツにニーソックス、太陽の光をきらきらと反射する素材で彩られたシャツに首筋から除く――。


「……ひとつ聞いて良いかしら。 その、彼、ブ、ブラとか」

「今日はつけていましたね」

「……………………そう」

「あくまでおしゃれとしてみたいですけど。 純粋なんです」


「貴女の分を吸い取ったかのように純粋ね」

「私のどこがどす黒くて陰険でネガティブなんですか!」

「言っていないでしょう……」


「ということでゆいくんは幼いんです」

「貴女の気分の乱高下について行けないわ」

「今年からプールとかも男女に分かれたのを、みんなが恥ずかしがるからだって勝手に思っていたり」


「……そういえばその頃からなのね、体育などが男女に分かれるのは」

「うちの学校は保守的ですから。 あと、同じベッドで寝たりするのは意外とまだ、ほとんどの男子がなんとも思わないらしいです。 女子は漫画や雑誌に影響されて急に駄目になりましたけど」

「……? そういうものなの?」

「あ。 そうでしたね、沙月さん小学生のときから……失礼しました」


みどりは見上げる。


すらりとしている印象の沙月という少女。

目つきが鋭く見えるのは切れ長な瞳と意志の強そうな唇のためで、常在戦場な生活のためか常に気を緩めない姿勢は彼女をさらに数歳上に見せる。


……なのに内面はむしろゆいに近く幼い。


小学校高学年からまともに通学もせず勉強は独学、基本的に夕方から朝までの時間帯に起きているため人との接触も最低限度。


……それでよくこれだけまともなメンタルに。

でも初対面でゆいくんを逆恨みしちゃってた辺り感情を抑えるのは苦手、と。


ならやっぱりこうやって煽った方が……。


「何かやましいことを考えたわね」

「沙月先輩とゆいくんがお似合いだと」

「いい加減にしなさい。 あんな子供と」


「そうですね、ゆいくんは子供です。 ……漫画や映画でのお色気シーンもおっぱいおしりって指差して笑うだけですから。 だからお母さんも安心して観せられるって」

「……小学生男子だもの、そんなものでしょう」


「男女のいろいろなことを理解するのにはまだ遠いんです。 そういうのを仕込む楽しみというものにご興味は」

「ゆいの逆で貴女は随分とませているのね」

「沙月さんと同じくらいには」

「貴女は小学生、私は高校生。 土台が違うわ」


本当はあなたよりずっと……ですけどね。


そう思うが「今後の計画」のためにも口にはしないみどり。


「……ひとつ聞いて良いかしら」

「ふたつめですね。 良いですよ」

「……貴女、早熟すぎないかしら。 いえ、精神面が」

「そうでしょうか。 小4なら女子は目覚め始めますよ?」


何を当たり前のことを、と、あまり動かないながらもとぼけたような表情になるみどり――普段から、眠そうというよりにらんでいるような目つきが伸ばしたくせっ毛に覆われているような印象のある彼女を見下ろしながら沙月が言う。


「……貴女、ゆいのことが好きなのでしょう。 なのに彼のことを独占するわけでもなく私たちに妬くわけでもなく、彼に合わせているほどに」

「…………………………………………」


「普通は……あくまで本で読む程度だけれど、女はそんな風にはなれないわ。 それも、20……30になっても」

「それは沙月さんの知識ですよね?」

「そうね。 けれど一般的な女性というものはそうでしょう?」


「……一般的。 ねぇ沙月さん、普通って何でしょう。 魔法を使えない人たちのこと?」

「…………………………………………」


「冗談です。 でも、そういうことです。 私たちは『普通』からは外れています……けど『普通』の中に溶け込んでいます。 要は隠し通せれば良いんです」

「……それで隠しているつもりなの?」

「だからお友だちも作らないんです。 本当に好きなごく一部の人だけで良いから」

「…………………………………………」


「良いんです。 ゆいくんが男の子に目覚める――男の娘にでも良いですけどね、その日まで、私は待ちます。 その日まで、私の気持ちは子供らしい範囲でしかゆいくんには見せません。 それこそ沙月さんとじゃれているときに不意に目覚めちゃって取られちゃったりしてもいいんです」


「良くないわね」

「良いんです。 それでも。 私はゆいくんさえ居れば」


そう告げるみどりは――どう見ても小学4年の少女には見えなくて。


「恐ろしいわね、貴女。 背筋が凍ったわ」

「くすん。 ひどいです」

「そうやって誤魔化すのも恐ろしく感じるわ」

「あら」


ふう、とため息をついてみどりを膝の上から下ろす。

ゆいのように抱きついて来ようとする彼女を引き剥がして――目の前に肉食獣がいるかのような錯覚が消えてほっとする。


「それより今度温泉に行きましょう」

「唐突ね」

「ゆいくんが『お友だち』と一緒に行きたいって言ったんです」

「なるほど」


そう言い残して居間を後に――恐らく外で遊んでいるゆいの元へだろう――するくせっ毛を眺め、沙月はつけっぱなしだったテレビを消した。


途端に静かになる中、もぞりと動いただいふく。


「……苦労するわね、お互いに」

「……だいふく、少しはやり返さないと駄目よ?」

「良いのよ」


すみっこで丸まって寝ていただいふくが、誇らしげに言う。


「この前やり返したんだから」


「あら、そうなの。 本当にいじめられていたらと思っていたのだけれど」

「やられっぱなしではないの。 あたし、精霊なんだから」


「そう」


――ふんすっ、と鼻息荒いだいふくを廊下からこっそりと眺めている視線に気づくことなく、1人と1匹はとりとめもない会話をしていた。

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