74話 約束
「どれだけ過酷な代償でも分け合えばその分軽くなるの。 私たちがだいふくたち精霊のおかげで戦闘時のとっさの痛みも半分になっているわ。 私はそれを、貴方としたいだけ」
「でも、さっちゃんが」
「他人が寿命を削って戦う。 その気持ち、分かったかしら?」
「……ん」
「それなら、貴方だけにそれをさせる私たちの気持ちも分かるでしょう?」
「…………うん」
「これでは不公平ではないかしら」
「………………6年くらいかもよ」
「貴方1人で?」
「うん」
「それなら尚更。 1人で6年でも2人なら3年。 そこまでのものではなくなるわ」
うつむきながらそれを告げるゆいを見つめながら――6年分の未来を平気で捨てようとしていた事実にじわりとした恐怖を覚える沙月。
そんな平気そうな顔をして何度もおなじことをしていて――平気でその力を他人に分け与える。
それはヒーローの気質ではあるが危なさ過ぎる。
幼いころに使い慣れてしまったのと、彼が幼いころに死が身近な世界観に染まってしまった結果だとも理解できてしまう。
「それに死ぬわけではないでしょう?」
「うん、でも」
「貴方だけにさせるのは嫌だけれど、ね」
「…………………………………………うん」
「さあ、私にも手伝わせなさい」
膝をついて魔法少女な少年の顔を見上げる魔女。
どのようにするのかは知らないものの、こうした方が良さそうだと思っただけの動作だった。
「……ほんとに、良いの」
「ええ。 確認は不要よ」
「…………………………」
「…………………………」
きっとまたキスでもするのだと思って目を閉じて待つ沙月。
「…………………………………………」
……程度の差はあるけれど、ゆいは何故か唇だけでなく舌を合わせてくるわ。
そのときにはこそばゆさでたまらなくなってしまって熱くなってしまうけれど、今は大切な場面だから我慢しなくては。
そういえばみどりが変な表情をしていたけれど、これは結局………………。
「…………………………………………」
まだかしら。
キスをされる直前って彼の香りが顔にかかってくる感覚があって分かりやすいのだけれど。
先ほどだってそうだったし……、先ほど?
「…………………………………………」
細く目を開けてみる。
さっきのように外野から見られているという状態になっていないか不安になったためだ。
しかし当然ながらに――みどりでさえも居ない空間だ、他の存在は無い。
そして沙月の前にもゆいは居なかった。
「……え?」
「ん? もう終わってるけど?」
焦って立ち上がった彼女の横から――ロッドを素振りしている彼が反応する。
「……まだなにもしていないのだと」
「だいふくだって半分こするときなんにもしないじゃない?」
「……そういうものなのかしら?」
「そういうものらしいよ? なんか感覚でしゅいーんってする」
あいかわらず感覚でしか会話しないわね……と、こっそりため息をつきながら――すっかり紅くなっている顔を意識しないようにして。
「それなら倒せそうなのね?」
「うん。 閉じ込められるくらいには弱ってるし、逆に閉じ込められてるから絶対に攻撃が届くの」
「そう。 みどりが姿を現さないのが気になるけれど……先に倒せたら安心ね」
「みどりちゃんなら大丈夫じゃないかなー。 危なくなったら本能で隠れるって言ってたし」
「あの子、本当に何者……」
「さあねー」
振り回していたロッドを正面に――ゆいの向いている方向が恐らくは「食いしんぼ」とやらの居所なのだろう――向けて魔力を込め始めるのを見て、そっと歩み寄ると桃色の髪へ、ぽん、と手を置き。
「――今度また使いそうになったら思い出しなさい。 貴方はどうせ止まらない性格……でも、どうしても使わなければならなさそうだったりしないのなら、少しだけ考えなさい。 使う必要がありそうだったら……その場にいる誰かに言いなさい。 きっと、傍にいるその誰かも貴方を背負いたいだろうから」
「……ん」
撫でられるままに目を細めて数秒、「それじゃ」と彼と彼女の周りに桜色のドームを展開する。
「ええ。 さっさと倒してしまって――封印だったかしら、してしまってケリをつけましょう。 町の魔物も朝になるまでに始末しなければならないもの」
「そうだね。 みんなが起きて来ちゃう前に……うん」
「結論は先送りだけれど――それは時間を掛けて皆ですること。 こういうときにこそ組織というものに投げてしまえば良いわ。 そのための時間、未来。 貴方に預けるわね」
「さっちゃん、やっぱり難しい言い回しー」
「……もっと本を読んで理解できるようになりなさい」
「ぶー」
「……ふふ」
家で、居間で……沙月が借りている部屋でのような会話に静かな笑みが漏れる。
そんな彼女を見て――来たばかりの頃にはまともに笑うことも無かった彼女を見た彼もまた、嬉しそうに口を開け。
「……うんっ! さっちゃんの未来預かった! じゃあ、これでおしまいだっ! ――――――――――――いっけー!」
ゆいの衣装についているたくさんのリボンが魔力が吹き上がるに任せて浮かび上がり、彼のサイドテールも後ろの髪もふわりと漂い――沙月もまた桜色の風に包まれながら軽く目をつぶる。
そして膨れ上がっていく梅色の魔力はロッドの先端に収束し、彼がそれを体重を乗せて一振りすると飛び出し。
――――――――――――町を幾つも巻き込んでの深夜の大騒動は、一般人には知覚されることなく収束した。
♂(+♀)
「……~~~~まぶしーい!」
「目が痛いよぉちかちゃん……」
朝日をまともに見てしまったらしい千花と美希がもだえている。
「運が悪かったわね……さっきの光の方向がちょうど」
「東だったなんてね。 暗闇で慣れていたし一晩酷使していたんだ、それは染みるだろうねぇ。 いや、本当に規格外の存在だったよ」
魔物……「または未知の存在」の完全な消失を確認できたらしく、渡辺はボロボロになったスーツ――変身していない自前の服装だからか中でもいちばんにくたびれていた――の上着から土埃を払い、だいふくはぐてっと寝そべっている。
「筋肉痛……ちかちゃん、体じゅう痛いよぉ……」
「あー、魔力すっからかんだものねぇ……ゆい君のも使い切っちゃった。 おかげで眠ーい……」
夜に急いで出てきたためあり合わせの――年頃の少女たちにとっては「ダサい」私服に戻っているふたりは風の強い山の頂上で寒い寒いと口にしていた。
「それ考えると渡辺さんすごいわねぇ……変身もせずにここで私たちと戦ってたんだもの」
「それより寒いよちかちゃん……あ。 ここの気温5度だって……」
「聞いちゃったら余計に寒いっ!」
「……はい、渡辺です。 はい、こちらでも元凶と思しき魔物の討伐を確認しました。 ――町もつい先ほどクリアです」
「あ――……あたしたちもこの後の処理があるのねぇ。 何時間か寝てからにしようかしら」
「だいふく」
「ぴっ!?」
ぬるりと地面から湧いてきたのはみどり。
仰向けになっていただいふくの真下からゆっくりと着ぐるみのポケットに両手を差し込みながらさわさわとしながら抱きかかえて地面から出た。
「……あれ。 だいふく、この前触ったときお胸、無かったのに」
「いきなり現れて体まさぐらないで頂戴!! もう受肉しちゃったんだから……あっ」
「へぇ、受肉。 言葉的にはこの前の『せいしょくこうい』と関係あるのかしらね……ふふ……」
「…………わたなべ――!!!」
千花と美希は太陽光で弱っており、渡辺は電話で動けない。
その隙を狙っていたらしいみどりが遠慮なくだいふくをまさぐり続ける。
「この前とは違ってちゃあんと中にも服着てる……あと生きてる匂いもしてるし…………ねぇだいふく」
「――止めなさいったら! ……あっ」
「ふふふ…………もう限界…………あぅ」
覆いかぶさるようになっていたみどりに向けられただいふくの拳が腹部にストレートに入る。
普段なら問題ないはずのその拳でも……魔力を使い切っていたらしいみどりを倒すには充分だったらしい。
「……………………………………………………」
「……あたし、勝った……? みどりに……?」
一晩をかけての人知れずの激戦地、その中心で密かに念願の下剋上を果たしていただいふくだった。