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73話 白い空間

「……………………………………………………此所は」


沙月はふと目を覚ます。

周囲は何も無い――本当に何も無くただただ白い空間。


「……寝ぼけているわけでは……ない、わね」


上げた腕は普段の戦闘時の衣装――ラバー素材の動きやすいライダースーツを参考にしたもの。

各国の軍隊の装備を眺めている内に「別に魔女だからと言って可愛らしい要素は必要ない」と彼女が決めたデザインのもの。


体を改めても――汚れが目立つのは何時間もの戦闘をしていたから当然だったし、それが逆に彼女の直前までの記憶の通りだと告げているようだ。


――なら、私はどうして。


どの方向を見ても物体の存在しない空間。

幸いなことに足元の感覚だけはあるためすぐに精神がやられることはなさそうだが……。


「幻惑魔法? それにしては静かすぎるわね」


つぶやいた声も確かに耳に届くもの。

普通の魔物の幻惑魔法――稀にかけられたことがあるが――ならこうして考える暇もなく意味の分からない展開になるはず。


なのに、ただただ静かな空間が続いている。


「……そうよ。 ゆい。 ……ゆい? どこかにいるの?」


直前までの行動を思い起こした彼女は、ゆいが攻撃するのを補助していた事実を思い出して大声を上げる。


「ゆい! みどり! ……こういうのはみどり、貴女の得意分野でしょう」


自分がやけに落ち着いているのは、ここが一度訪れた場所に似ているから。

みどり経由でゆいの夢の中に入り込んだときとそっくりだからと思い至るが……返事はない。


……こちらかしら。


手がかりの一切無い空間で、沙月は適当な方向へ足を向ける。


♂(+♀)


「あ、さっちゃん」

「……居たのね。 みどりは?」

「いないかなー」

「…………そう」


程なくしてあっけなくゆいと合流する。


ゆいは魔力を使い果たしたのか変身を解いていて、沙月が家を抜け出すときに見たパジャマ姿。


寝ているときには流石に髪を解いているのよね……と、完全に髪を下ろして少しだけ雰囲気の変わるゆいを見下ろす。


…………………………………………。


余計に男の子には見えなくなったわね。


その感想しか浮かんでこない。


「……そういえば貴方、寝相悪いわよ」

「そう?」

「ええ、私の布団に潜り込んでいたとき、貴方、上も下もはだけていたんだから」

「えー、うっそだー。 さっちゃんが脱がしたんじゃないのー?」

「みどりではないからしないわね。 不必要だから」


かっこいー、と言いながら沙月の周りを子犬のようにぐるぐると走り、普段はあまりじっくりと見ない彼女の衣装をつぶさに観察するゆい。


……映画とかに出て来そうと言いながら興味深そうな姿は男子そのものね。


ゴシックではやたらと男女から見られていたが魔女になった際にライダースーツという地味な衣装を洗濯した結果、魔法少女時代ほどには注目されなくなった記憶から……ホルスターなどを物欲しそうにしている少年を見て無意識の緊張がほぐれる。


「あ、けどどうしようさっちゃん。 これ」

「……そもそもこれはどのような状況なの」


「えっとね、うまく説明できないんだけど」


♂(+♀)


「――つまり。 貴方は不気味な光の魔物を倒せなくて……あまりに強すぎたのね?」

「うん、あいつ、あっちにいたときでもみんなと協力して倒すレベルだった」

「そう」

「やっぱり昔のことだからだいぶ忘れちゃってるな――……あと感覚も鈍いし」

「……それで鈍くなっているの?」

「? うん。 前だったら強さをまちがえたりしなかったはずだし?」


そして――ゆいからの数分をかけての聞き取りを終えて頭痛を抱えながら沙月が確認する。


「それで、私たちは取り込まれた? 強い魔物に変わりは無くても貴方の攻撃でのダメージはかなりのもの……それが自分を守ろうとする殻の中に」

「僕たちも巻き込まれちゃった感じ」

「……もう少し断定してほしいところね」

「んー、難しいかなー」


あ、ちょっと魔力回復した、と言ってすぐに変身する。


「無駄遣いは止めなさい……つまりは彼処にいた魔物はゆいのことを脅威に感じたのね。 こうしなければならないほどに」

「たぶん? 今攻撃とかぜんぶ止まってるんじゃないかなぁ。 あ、たぶん町の方のも。 こういうでっかいのってあっちの人を食べちゃえーって命令してたから」


「魔王のときと同じ……ね。 私たちのことはともかく周りの勢いが落ちている。 それだけでも有り難いわ」


周囲の町での戦闘が有利になれば、その分応援が到着する確率もそれまでの時間も期待できるものになる。

何も起きないのならこのまま此所に居座って時間を稼ぐのも手ね――と考えるも、彼の思いは違うらしく。


「さっさと出よ!」

「……出られるの?」

「うん、どっかに穴開けたらできるはず。 そうやって脱出したことあったし」

「……このまま待つというのは?」

「えー、倒せないじゃない!」


「国から派遣されてくる、準備を整えた人たちに任せても良いと思うのだけれど?」

「……んー、それでもいいけどなぁ……倒しきれなかったらまたこうなるんだし……」

「……………………………………………………」


確かにそうだった。


ゆいの言うことが正しいのなら、今回の魔物はどれも中途半端な攻撃は逆効果かつ倒せない存在。

確実にその防御を破って倒せる攻撃でなければ意味がない。


……だからこそゆいには期待していたのだけれど。


ゆいの攻撃だったら、………………………………。


「……………………………………………………ゆい」

「んう?」


「ねえ、正直に答えて欲しいのだけれど。 ……貴方は私とパスが繋がっているのよね?」

「あ、みどりちゃんが言ってたやつ? んー、そうかも?」

「……その前提で行くわね。 その場合」


ゆいは、そう言って近づいて来て――自分の両肩におかれた沙月の両手を見て首をかしげる。

桜色になった髪の毛が腕をくすぐるのを感じながら、沙月は言う。


「感覚的なもので良いの。 ……私の、その。 未来からも魔力を持ってこられないかしら」

「……………………………………………………でも」


できない、と即答しないし考える様子は無い。


……ただの思いつきだったのだけれど、当たったようね。


彼の普段の癖の、答えたくないときに黙って目だけ合わせるのを見た沙月は少しだけ屈んで視線を合わせる。


「できるのね」

「…………」

「私たちのように数回ならともかく」

「さっちゃんとは10回以上じゃ」


「それは良いから。 ……貴方が町で1回キスをしただけの相手の魔法少女の人たちに、貴方の影響が出ているそうね。 それって、貴方の『じゅうたん』で持って来た魔力の一部が流れていたのではないかしら? ……それなら関係の近い千花や美希があれだけ急に成長しているのも納得が行くの」


既にかなり成長しているため自覚はないが、沙月もだと考えると辻褄は合う。


ゆいのキスはあちらの魔法で魔力を受け渡すもの。

一方通行かどうかは不明だが、とりあえずゆいからキスを受けた少女たちへ魔力が流れるのは沙月自身も何度も経験した。


なら……ゆいの、『女神さま』に頼んでの『じゅうたん』という魔法。

それも彼経由で――という、ふとした閃き。


「……でも、さっちゃんまでする必要は」

「前にも言ったでしょう、ゆい」


沙月の蒼とゆいの桜が合う。


「私たちに頼りなさい。 私たちは貴方と同じようにこの世界を守っているの。 私は……貴方が異世界に行く前からこの世界を守ってきたのよ」

「……………………………………………………」


「嫌々ながら戦っている人ももちろん居るし、魔力というものを持っているからという理由で生活のためだけに戦う同僚も居るわ。 それは否定しないけれど――私は違う。 加えるなら貴方と戦って来た美希や千花、だいふく……みどりや渡辺も同じよ」


ぎゅ、と口を結ぶゆい。

何か言いたいことがあるのだろうが、それを押し止めて沙月の話を聞いている。


「みんな、貴方と同じ。 程度の差はあっても人を守るためなら多少自分が傷ついても気にならないの。 ……だからこそ、貴方だけが傷ついているのを眺めているのは耐えられないのよ」


装飾過多気味なゆいのワンピース衣装の裾が、彼の両手で歪む。


「あちらでも同じような事……きっと言われたことがあるでしょう? 貴方だけが……って。 いいえ、あちらにしてみれば異邦人の貴方だけがそうなるのは、もっと早い段階で」

「……………………………………………………ん」


「だから、背負わせなさい。 何も全部とは言わないわ。 半分。 だいふくたち精霊と同じように――貴方の人生の半分を、背負わせなさい」


「なるほど。 そうやって横からかっさらっていくんですね、沙月先輩」

「……? どうしてむくれているのよ、みどり……?」

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