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72話 戦場のキスは短めに

「つまり美希さんと千花さんが急に強くなっているのはゆいくんのおかげです」


はぁ、という吐息とともにみどりとゆいの唇が離れる。


「おふたりがゆいくんと繋がったおかげでゆいくんと……だいふくの言うパスが繋がっているんです。 それは夢にまで現れた沙月さんも納得できますね? 私的には充分納得ですけど」


ふぅ、と熱くなった息を静かに吐き出す。


「ちなみに今、私たちの町でみなさんが耐えられているのにもゆいくんが貢献しているはずです。 ゆいくん、辻キスとかでもう100人くらいとキスしましたから」

「辻キスって…………」

「そんなにしたっけ?」


ゆいから離れたみどりが、沙月に忍び寄る。


「と言うのは予測ですけど」

「断定口調だった気がするわね」


腰の辺りを撫でようとしたみどりを華麗に躱す沙月。


「いえ、状況証拠に以前だいふくから聞いた精霊たちの『せいしょくこうい』とか精霊たちのテレパシーとかから、ゆいくんの魔法も似た性質を持つ。 そう考えた結論ですので大きくは外れていないと思います。 それより沙月さんも早く」


「ちょ、ちょっと……」


ずい、とゆいの前に沙月が捧げられる。


「ゆいくん、もうチャージしちゃいましたから。 今さら怒ってもしちゃったことは変えられない。 だから沙月さんも怒らなかったんですよね。 だから沙月さんも仕方ないんですよね、未知の敵との勝率を上げるのと『もしも』に備えるためには沙月さんもホキュウを受けた方がいいはずですよね」


「貴女がしたいだけでしょう?」

「いえ、私、シェアに理解がありますので」


「ほらー、さっちゃんも早く早くー」

「そうです、早くしてください。 下のが見失ってるあいだに」


今3人は、みどりの創り出した漆黒の空間にいる。

みどりによると外からの攻撃がすり抜ける性質だから安心とのことで。


「……ここに引っ込めば」

「これ、創るのに数十秒かかるので……いくらなんでも間に合いません」

「ぐ……」


キスはただのスキンシップと理解してしまっているゆいが、何も考えずに唇を突き出してくる。

小学4年生の少年の癖に妙に手入れがされていて、沙月のそれより小さい唇。


「んー」

「……………………………………」


「ほら、沙月先輩。 早くゆいくんからたっぷり注ぎ込まれてください」

「言い回しがなんだか気になるわ」

「気にしないでください」

「気にするわ」


「んー」


ゆいの唇が尖る。


「ところで千花さんたちですけど、魔力、実はもう沙月さんに並んでいるみたいです。 少し疲れているときの沙月さん、ですけど」

「……突然また出鱈目を」


「んー」


「渡辺さんの報告書……シークレットって書いてあった方に載っていました。 美希さんも同じです。 ふたりとも、いきなり数字が跳ねたのでお偉いさんが連れて行こうとしてるのを渡辺さんが何かと理由をつけて遅らせてます」


「……本当、なの」


「はい。 なんでもありえない飛躍なので、これまでの計測がまちがっていたってことにしようとしているらしく。 ……ふたりも、となると共通点はそれくらいしかありませんし、ゆいくんとたくさんキスした沙月さんも、そういうの計測していませんよね? 最近」


「んー?」


「当たり前でしょう……前線を張って長いのよ」

「なら、自覚がなくても上がっているはずです。 ゆいくんと繋がっているって言うのはそういうことみたいですから」

「……………………………………………………」


迫ってくるゆいを押しのけながら抵抗する沙月。


彼の魔法の使い方からしてこの世界のそれとは大きく異なる。

だいふくたち精霊が人間に魔法を与えているように、契約――とは違うだろう何かで全員にバフを与える存在があるのを否定はできない。


畳みかけるみどりと目をつぶってひたすらキスを迫るゆいに挟まれ、揺らぐ沙月。


「ほら、急がないと」

「んー」


「……………………………………………………分かったわ」


♂(+♀)


「1分もしないで良いんですか?」

「1分もしないで充分よ。 あまり続けると集中力が削がれるみたいだし」

「……まだ理解できていないのがほほえましいですね、その感覚に」

「貴女も軽口が好きね」


梅色に輝くゆい、蒼に輝く沙月、碧に輝くみどり。


魔女と魔法少女を名乗る少年と魔法少女を名乗る少女は散発的な攻撃を躱しながら準備を進める。


「話はシンプルね。 ゆいの『じゅうたん』で得てしまった魔力を叩き込む」

「さっちゃんトゲトゲしてるー」

「その分のお説教は残しておいてあげるから心配しないで」

「うげ――……」


「それで……みどり」

「はい。 渡辺さんたちとも相談して了解もらいました」


『うん、それでいい……っていうかそれしか無さそうだし、他に今できる手立ても無いし。 なにより僕たちが駄目って言ってもどうせゆいくんならやってしまうんだ、ならきちんと連携を僕たちでしてあげながらもう1回……今度こそ成功を願ってやってみよう』


みどりの持つスマホからは渡辺の声がスピーカーで流れる。


『これっていちかばちかってやつですよねー』

『さっき失敗したのに……』

『いいでしょ。 ゆいがあっちでしていた戦いをそのままする形なんだから。 ……代償は大きすぎるように思えるけれど』


どうやら魔法少女たちと精霊は反対意見のようだったが、いつまた未知の敵が暴れ出すか分からない。

ために渡辺がその場でみどりたちの案を了承し、千花たちがサポートに回ることも決定された。


『あー、でもあれですねぇ。 学級委員長とか先生が音頭取ってくれると楽って言うのと似てますね』

『それが現場指揮の役目だからね。 褒められるのも怒られるのも恨まれるのも含めて』

『お……大人……』


美希が「ゲーミング魔物さん?」などと意味不明な表現をしている異世界の魔物の直上にはゆいと沙月とみどり。


ゆいが『じゅうたん』でどこかから持って来てしまった魔力で再度攻撃するあいだ沙月とみどりが補助するという、先ほどと似たような戦闘を試みる。


成功しようと失敗しようとこの場に留まるのは危険ということで、それが終わり次第わたなべとだいふくが3人を回収して退却……殿を務めるのは千花と美希という形で決まった様子だ。


「――ふたりはまだ、戦えるのよね?」


念のためにと沙月が問うと、少し考えた間が開く。


『あ、うん。 なんだか不思議なんだけど急に力が戻って来た感じ』

『魔力すっからかんになっちゃった――んだけどねぇ。 だいふくちゃん、これどうしてなのかな?』


『分からないわ。 けれど、使えるものは使ってしまいましょう』


着ぐるみに包まれた幼女もとい精霊は金色に輝きながら――みどりに告げられた仮説のままに集中する。


――ゆいが使えている魔法はだいふくのそれと似ており、他者とパスを通じて繋げることができる。


もしそうであれば、だいふくからも――だいふくはゆいと契約しており、ゆいからキスをされて魔力を受け取ったこともあるためそちらのパスも繋がっている。


なら――だいふくが受け皿となってゆいを中心として魔力の流れを作り、彼が『もってきた』魔力の余剰分を――普通なら周囲の空気に溶け込んでしまうそれを吸収してこの場の魔法少女たちに分け与えられるのではないか、という話になった。


「しかし」


千花が普段着に入れ忘れたままだったバッテリーでスマホを充電しつつ、伸び始めた髭をこする。


離れた空中にはゆいたち3人の魔力の色が輝いている。

それを眺めながら再度、反撃に備える渡辺たち。


「みどり君も考えるねぇ……いろいろ教えてほしいけど無理だろうなぁ」

「ゆい以外に告げる気はないそうだし……まあ、良いんじゃないの? 誰にだって秘密くらいあるわ」


「だいふく君に『できちゃったこと』とか?」

「……まだあたしが受肉したことは秘密よ。 絶対にみどりからからかわれるわ」

「明日にはそうなってる気がするけどなぁ……ま、他人の恋愛に首を突っ込む趣味は無いけど」


『じゃ、行くよ! 僕が使える最大の出力で――――――――――――』


そこでスマホの電波が途切れる。


そうして山脈を一望する高さからの2度目の桜色。


それはいつかの再現のように、空高く――宇宙からくっきりと観測できるほどの光の柱を映し出す。


「……………………………………………………」


それは、彼の町で魔物の猛攻を必死で抑える彼女たちの元にも届いていた。

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