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71話 再びの『じゅうたん』とキスと

「――まずいね」

「何か動きが?」


電話に出ていた渡辺が――ゆいを見ながら言う。


「他の地域にもあふれ出した。 応援は、そっちに行ってしまうみたいだ」

「……ここが大元だと!」


「その根拠はゆい君の証言しかないんだよ、沙月君。 それに、まずは近隣の町の防衛だ。 うちの町みたいに魔女が数人も来ているわけじゃない、ね」

「……………………………………っ!」


時間が過ぎるほどに悪化していく状況。

それは魔物が湧き出ていた――今は近づきがたい巨大な「何か」のせいなのだろうが、確かに人を守るためには先に人が密集しているエリアが優先。


――それは、ゆいを止める理由がなくなってしまったという事でもあり。


「……そうなんだ」

「駄目だよ、……って言っても聞いてくれないかな、ゆい君」


「ごめんね、渡辺。 でも僕はやらなきゃ。 今、できるのは僕だけだから――――――――――――めがみさま」


魔法少女に変身している少年は、何も無いところを見上げる。


「じゅうたん。 ――年分お願い」

「ゆい!?」


その声にあわてて沙月が――真横で眠っていたはずの彼へ手を伸ばすも届かず、まばゆい光にかざすだけになってしまう。


慣れてきた目を開いた先には、見なれた桜色の魔法少女の格好に戻ったゆい。

髪も目も濃い魔力を放って周囲を桜色に照らしている。


「……あ……ゆい君、使っちゃった……んだ」

「…………うん。 でも、わたし、ダメって言えない、かな。 もしこれが、ゆいくんにしか……って考えちゃったら」

「……美希ちゃん……」


目の前の少女の格好をした少年が「何年分」を消費してしまったと知り、立ち尽くすだけの千花と美希。

そうさせてしまったし、それを止めなかったために視線を逸らすしかない渡辺とだいふく。


――あと一瞬反応が早ければ腕を掴んで止められたはず、と、揺れる瞳で見上げる沙月。


そんな彼らを――そのような視線に慣れているのか申し訳なさそうに、普段は幼い言動の彼がそんな表情ができるのかと驚くくらいに、様々な感情の入り交じった笑みを浮かべていた。


「ごめんね」


そうぽつりとつぶやいた魔法少女は、何かを言われる前にと全力で飛ぶ。


「――そう思うのなら……………………止めなさいと言っているでしょう!」


とっさに瓶を開けて魔力を流し込んだ沙月は深い蒼に光った鞭を放ち――彼の足に絡めたと思ったら追いつこうと飛んで行く。


「……やっぱり。 この場のヒロイン役はあなたですね、沙月さん」


その光景を――まるで予測していたかのように、普段通りの態度で眺めていたみどり。


「ゆいくんを、お願いします。 ……ゆいくんと私の関係では、それができませんから」


♂(+♀)


「あれは、食いしんぼなんだ」


「食いしん坊?」

「もっと難しい呼び方されてたけど覚えてないの。 だから、食いしんぼ」


足元には生理的拒否感を醸し出す光の渦。

それが、えぐり取った地中深くから生暖かい風と共に上がってきている。


「うぷっ……酷い臭いね」


「1日もあれば慣れるよ。 けど、あっちでもそうだったんだ。 弱肉強食? とかで、僕たちみたいな生きものとは絶対に仲良くできない相手。 その本体」

「……明らかに体に悪そうな色をしているけれど」


「うん、かすっただけでも色が変わっちゃって、触り続けるとじわって腐っちゃう。 それで1回、僕も死にかけた」

「……本当に運良く貴方たちを助けられて良かったわ……」

「ありがとね、さっちゃん。 みどりちゃんも助けてくれて」


空気ごと遮断する結界でしゃぼん玉のように浮くふたり。

魔法少女と魔女は、手を繋いで宙から見下ろしている。


「なら、どうやって倒すの。 触れたら行けないのでしょう」

「なんとかぎりぎりまで近寄って思いっきり殴るしかないよ」

「それでは貴方が」


「腐っちゃうまでにはちょっとかかるから、それまでに倒せたら大丈夫。 倒せたら腐らなくなるから」


「……倒せなかったら」

「んー。 危ない?」

「本当に危ないですむのかしら、それは……」


間に合わず、止められず……ゆいは、もう「数年分の魔力」を「どこからか」持って来てしまった。

それに、相手は恐らく彼しか知らず、彼しか倒せない未知の敵。


――沙月が止める理由が、なくなってしまった。


「……せめて、貴方のそれを無駄にさせないよう援護するわ」

「……………………怒らない?」

「もう怒っても意味がないもの」

「………………………………ん」


しばらく撫でられるままに任せて目をつぶるゆい。

明らかにほっとした様子の彼を見て……命を危険に晒すのに慣れすぎてはいるものの、やはり彼は年相応の、小学4年生の子供なのだと分かる。


「僕たちの世界。 僕の町が、地球が、あんな風になっちゃうのはイヤだったから」

「ええ、分かっているわ。 貴方はどうしても止まれない。 ならせめて、傍で少しでも貴方の無茶を止めないと、ね――それで」


頭上にいるゆいと沙月に気がついたのか、先日の魔王の攻撃――の上下逆の形で地中から収束した魔力が放たれる。


「――あれはどのようにすれば良いのかしら!」

「食いしんぼは普通には倒せないの! 僕たちとはちがう生きものだから……だから、どうにかして弱らせて、動かなくしてから!」


ふたりはそれを慎重に躱したが、魔力のレーザーは止まらずに結界を焼きながら照準を合わせてくる。

止まらないよう気をつけながら当たってはいけないそれを回避し続けるのには神経を使うが、必要なこと。


「そうしてからどうするの!」

「……………………分かんない」

「……え?」


「あっちじゃめがみさまが最後やってくれてたから分かんないの」

「それではどうしようも!」

「でも」


我慢ができなくなったのか、2本ほど追加され――ゆいと沙月は3本の対空レーダーに追われ続ける形になる。


「こうやって魔力吐き出させて、攻撃して弱らせて。 魔力がすごく少なくなったら卵に戻るんだって言ってた。 昔はそうやって封印……寝ちゃったら起きないように管理してしのいできたんだって」


「――――――――――――なら、結局は普段通りにすれば良いのね」

「なるべく強い攻撃でね」

「難しい注文ね……確かに一時的に回復したけれど、あれと根比べは厳しいわ。 今だって私たちで逃げ回るので精いっぱいでしょう。 ……手が足りないわ」


「お呼びでしょうか」

「呼んでいないわ」

「そうですか、では」


「みどり。 貴女、魔力を使い切ったのではなかったの?」

「くすん。 びっくりしてくれるかって思っていましたのに」

「いくらなんでも慣れてくるわ。 何回目だと思っているの」


いつの間にか沙月の背中に張り付いていたのはみどり。

先ほどまで横になっていた彼女がどうして――とも思ったが。


「そんなに便利な魔法を扱えるのなら最初から言いなさいよ」

「だって、便利に使われちゃうでしょう。 ゆいくんと一緒がいいのに」

「貴女ね……」


「で、それよりもゆいくん。 沙月さんと私に魔力分けて?」

「……みどり?」


「ゆいくんが攻撃する瞬間は無防備になってしまいます。 その直後だって。 それは、さっき沙月さんが見た通りです。 ……未知の敵ですよね。 何かあったとき……さっきだって沙月さんが動けたからこそ私たち無事だったんですし、そのために少し魔力もらっておいた方がいいなって思って」


「ん――…………確かに」

「不要よ。 私は1人で」

「じゃあ私だけキスして?」

「え? いいけど」


沙月を押しのけてゆいとのあいだに移動し、唇を突き出すみどり。

ちらり、と――挑発する視線が沙月の瞳に刺さる。


「――――――――――――っ」


いくら鈍感な沙月でも理解している。


みどりは「恋愛的な意味で」ゆいのことを好きで――沙月もまた、そんな彼女を見ていらつきを覚える程度には惹かれていると。


歳の差、性別、女装趣味、少女にしか見えないし聞こえないという要素を抜きにすれば、それを否定できないのだと薄々分かっていた。


――この子の思い通りに動くのは癪だけれど。


「……ゆい。 私にも……しなさい」

「え、いいのさっちゃん。 ヤなんじゃないの?」

「……嫌ではないわ。 不要だと思ったのだけれどもしもに備える必要性を覚えたのよ」


「……………………………………ふ――――――――――――ん……」

「みどり?」

「いえ。 意外と素直になるんだなぁって思っただけです」


そうして――沙月に対して、初めていたずらが成功した表情を見せるみどり。


ゆいにだけ見せていた表情のひとつ。

それが初めて沙月にも向けられていた。

「私のデレ、どうです?」

「…………………………」

「みどりちゃんお友だちいないからよかったね!」

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