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70話 問:「できちゃった」と聞いたとき男性の気持ちを応えよ

「そうか、できちゃったんだね」

「ええ……恥ずかしいんだけど」


ふむ、と渡辺は考える。


「……………………………………」


明らかな異常が起きている最前線で、突然何を思ったか「できちゃった」と言い出すだいふく。

顔は赤く、人間で言う羞恥の感情がはっきりと感じられる。


だいふくは本来普通の精霊よりも感情の起伏が抑えめな個体。

それを渡辺はよく知っている。


「……………………………………」


しかしゆいに掴まりみどりのお気に入りになってからはかなりの影響を受けているのも把握しており。


「なるほどね。 ふたりには聞かせたくないわけだ」

「年頃のあの子たちに聞かれたら……ずっとからかわれるわ」


大きな音と振動。

またどこかの山が削られたのだろうか。


「で? なにができちゃったのかな?」

「肉体よ……受肉したの」

「ふむ」


受肉。

体ができること。


体。

できちゃった。


……………………………………。


「つまり君は、ゆい君のことが好きなんだね?」

「なっ!? ちがっ、………………わ、な……」


「それで、何がきっかけでなのかな?」

「……この前ゆいから補給を受けたときよ。 魔力を注ぎ込まれたときに」

「ほう」


管理職になりたくないのになってしまった公務員の脳はフル回転している。

とりあえず慎重に質問をする。


周囲の状況が状況だからなおさらだ。

下手にだいふくがパニックになってしまったら何が起こるか分からない。


全ては渡辺にかかっていた。


彼は見つめる。

顔に汗が浮き出ているだいふく。


どう見ても小学校低学年の金髪の少女。

精霊には性別は――最初は、ないらしい。


最初は、と言うのは……成熟して番いになる相手を思うと性別ができるのだとか、渡辺はかつて聞いたことがある。

ふたりの関係性や性格できちんと男女に分かれると聞いて合理的なんだな、などと考えた記憶もある。


――それを、この場で言われるとは思ってもいなかったから彼はフリーズしていた。

どうして今なのかとか突然すぎるとかは後回しだ。


「……あたしだって認めたくはないの。 けど、できちゃったから仕方ないの。 ……もう、今までみたいに別の形態にはなれなくなって」

「そうか。 そうなると今後が大変だね」


耳から素通りしていくだいふくの声。


……ああ、なるほど。


将来娘ができたとしたら、いずれは似たような気持ちになるんだろうな。

いや、どちらかというと受け持ちの生徒から悩み相談で暴露されたときの気持ちなんだろうか。


そう考える渡辺は……混乱の極みにいた。

しかし助けが舞い降りた。


「――渡辺さんも無事だったんですね」

「おや、沙月君」


1周回って冷静になれた渡辺は、結界の中に飛んできた沙月と抱えられた小学生たちを目にした。


「みどり君のももちろんだけど、ゆい君のでも無理だったかぁ」

「信じたくはありませんが……はい。 いえ、確かに一度は倒したかと」


とりあえずだいふくの話をストップさせるために沙月たちに注目を集めることにした。


「さっちゃんセンパイ無事で……あ、ごめんなさいだいふくちゃん」

「……良いわ。 あたしのことより沙月たちだし」

「け、けど、ゆいくんでもダメだったなんて……」


「あ、そういえばだいふくちゃん何の話だったの?」

「千花君、今はゆい君とみどり君を見てあげようね」


渡辺の必死のインターセプトで千花の疑問も引っ込んだようだ。


……ふたりの『最初の一撃』をもっての撃破が失敗したと知って不安がっていた美希と千花が近づいて来たし、秘密の話を続けられる雰囲気でもなくなったためだいふくは結界を解除し、沙月の両脇に抱えられていた小学生たちは合流した魔法少女たちに抱きかかえられる。


「ぐてってしてる…………」

「魔力、空っぽだものねぇ」


「……けれど、本当に何なのかしらね、アレは。 いえ、心当たりはあるのだけど」

「魔王、……と比べられないくらいの強さ、って感じます……」

「そうねぇ、私でもはっきり分かるもの。 山でばったりクマちゃんに出くわしちゃったらこうなるのかな、って感じで鳥肌が止まらないのよね」


「ゆいくん、あっちで強いのとたくさん戦った……って言ってたのに、今動けない。 予想外、だったのかも」

「そうであって欲しいわね。 ……いえ、それだと姿さえ見えないあれに対抗する手段が無いと言うことになってしまうのかしら」

「え。 それ、ヤバくないですかさっちゃんセンパイ……」


「ええ、とても困った……という表現では追いつかないでしょうね。 ……渡辺さん」

「応援……って言うより報告はしたよ。 緊急の招集も。 でも、今は真夜中だしここまで判断が付かなかったんだ、早くても朝になるだろうね。 それに魔女や魔法使いの人たちの多くも寝てしまっている時間だ。 もちろん招集で駆け付けてはくれるだろうけど、昼間に比べると数十分のラグが……ねぇ」


深夜の3時。


地方都市の夜とあってほとんど人通りのない時間帯は早く訪れ、それから町が襲われ――数時間で今に至る。


その数時間で魔女と魔法少女たち……の中でも上位陣が疲労の色をにじませており、ゆいとみどりの渾身の一撃も不発ではないにせよ敵の勢いをわずかに止めた程度の結果になってしまい。


「とりあえず沙月センパイ、体休めてください。 ほら、そこに良い感じの岩ありますし」

「……そうね、5分でもかなり変わるから」

「わ、わたしたちが見張りますし、こっち向かってきたらどうにか時間稼ぎますから……」

「ありがとう。 甘えさせてもらうわ」


疲れからか普段見せたがらないゴシックに変身し直し、わずかにクッションを作って仰向けになって目をつぶる沙月。

……もぞもぞと美希の腕から抜け出したゆいがその真横へ潜り込むも、文句も言わない。


言う元気すらなくなっているようだった。


「沙月君の魔力……相当減っているね」

「『最初の一撃』の直後です、から……普通ならとっくに後ろに退がっているんですよね、普段の危険度の高い戦場でしたら」


「……センパイが、センパイたちが魔王と最初に戦ったときよりも」

「比べものにならないわね……あのときでさえ魔物のランクが新設されたけれど、今回で一気に幾つ増やされるのかしらね」


「でも、着いて行ったのが沙月で良かったわ。 子供とは言えふたりも抱えてここまで逃げてきてくれて。 あたし、反応できなかったもの」

「今の千花たちでもできたとは思うけれど……あのときに手が届いたのは私だったから。 反応できたのだってほとんど運だもの」


「……うー、あたまがんがんする」

「あー、うん。 私も最初のときそうなったっけ」

「疲れすぎるとなるよね。 ……わたしも体育がある日は必ずなるもん」


「美希はもっと体力を付けなさい。 ……沙月がひと息ついたら離脱ね」

「うん。 町の方はなんとかなっているみたいだし、途中で追いつかれさえしなければ休める。 もう少しだよ」


「あ、そうだ。 みどりちゃん、あの瞬間移動できる魔法……って、あ」

「……使い切っちゃいました、魔力。 これじゃいたずらもできません」

「や、しなくていいけど」

「えー」

「元気だねぇみどりちゃんは」


戦闘不能が2人。


戦闘において負傷者というのは扱いが難しい。

なにしろ自衛ができないどころかある程度走ったりもできないため一般人よりも手がかかってしまう。


回復すれば戦力にはなるが、その時間が緊急時においては致命的。


――だから、この場をひっくり返せる可能性のあるゆいがだるっとしているのは、何よりも危ない状態だ。


「……予備の、ゆいから補充されてまだあちらに送っていない魔力がひと瓶、魔女ひとり分あるわ」

「それ、貴女が使うかゆいに使うかで相当変わるわね。 ……どうしたらいいのかしら」


「み、みどりちゃんに使ってもらえば戦わないで町にっ」

「あ――……ごめんなさい。 この人数全員は無理です」

「そっかぁ。 瞬間移動って言っても大人数は無理かぁ」


「んー? さっちゃん、まだ送ってなかったの? それ…………」

「寝ていなさい。 ……こっちの衣装にしまったままだったのよ」


ゴシックなロリータのポケットの中に入っていた、栄養ドリンクほどの瓶。

それが、「安全」にこの場をやり過ごせる唯一の道具。


もちろん誰も口にしない。

もうひとつの方法――ゆいの『じゅうたん』という危険な魔力のチャージ手段を。


「……ね、さっちゃん」

「駄目よ。 まだ私たちが全滅すると決まったわけではないの。 そんなことで使っていたらキリがないわ」

「むー」


自分が傷つくのは平気だが、他人が傷つくのは苦手。

英雄にとって必要な資質を逆手に取られ、その手段を封じられてむくれるゆい。


そんな彼の横顔を――沙月は少しのあいだ眺めた。



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