67話 作戦会議
魔法少女、魔法使い、魔女。
ある時期から突如出現した魔物と対になって現れた、精霊を名乗る存在が人と契約して空想上の存在だった魔法を使えるようになった名称。
内の魔法少女――広義には第一線ではない自警団のような扱いの少女たち。
小学生から高校生という多感な時期で不安定さはあるものの、純粋な心というのを好むらしい精霊と日々の暮らしを守る程度の働きをする、正義感の大きめで魔力という潜在能力を備えている乙女たち。
少年、青年と比べると感情の浮き沈みが激しくコントロールの難しい彼女たちにも彼らと同じ割合で精霊に見出される素質を持つが、魔力とは超常……使おうと思えば悪用できてしまう強力な力を与えられる。
だからこそ一定の素質と精神の安定度を基準に、後は専業としているかどうかの基準として男子とは違い「魔女」と「魔法少女」とにわざわざ分けられており。
史上、少なくとも公式に記録の残る範囲では初めて精神肉体ともに――女装癖や性同一性障害などで同様のケースがあるのではないかと推測されているが――医学的にも主観的にも男子なのに、魔法少女だけを相手にする精霊に見出されて魔法少女になる契約を「成立させてしまった」月本ゆい。
「始めの経緯からしてイレギュラーでしかなかったけどねぇ……まさか」
「あたしが上げた力……確かにあのとき、うまく使えないとか言っていたけれど」
地球で人類が扱えている魔法という力――それを、別の方法で器用に運用していたという彼の発言は、間違いなく今後問題になるものだった。
「これ、どうしようかなぁ……報告しないと拙いよなぁ……けど、なんとか抑えてきたゆい君への調査って名目の研究がなぁ」
「渡辺は真面目で優しすぎるわ。 ここまで来たら隠しても無駄だし……あたしたち抜きで使える力があるんだったら」
「でも、それって使いすぎると廃人っぽいんでしょ? だいふくちゃん。 廃人ってこわーい表現ねぇ」
「……あくまでゆいが見聞きした情報、それも幼い頃のものをあたしたちが推測しているだけ。 ちゃんと調べたら無茶じゃない使い方もあるかもしれないじゃないの」
金髪が着ぐるみから流れつつゆいの頬を撫でる。
「むー」
「……そうやって自分が心配されているときはしおらしいのね。 いつもそうしていたら可愛いのに」
「僕かわいい!?」
「ええ、顔と声は」
「だいふく大好き!」
「顔と声だけよ?」
少年なのに「可愛い」と言う褒め言葉ではにかむように喜ぶ女装少年。
「……さっちゃんセンパイじゃなくってもショタコンになっちゃいそう……あ、この場合ロリコンになるのかなぁ」
「おねショタもおねロリもどっちも良いものなんだよ、ちかちゃん」
「ごめん、最近美希ちゃんの言うことが大分分からなくなってきた」
「だいじょうぶ、扉を開けるだけだから」
「何の扉……?」
跳ねるサイドテールと腰まで伸びた桜色の髪の毛と母親譲りの幼い顔を見下ろしつつ、少女たちは現実逃避するように。
「……そんなに大切なことを平気な顔をして隠していたのね」
「私、表情に出にくいので」
「わざとそうしていると言っていた気がするのだけど」
「そうでしたっけ? もう忘れました」
「…………………………………………」
そんな、見ているだけでハラハラしてしまいそうな彼の事情を飲み込んでいる沙月とみどり。
「あと、げんこつはひどいです」
「仕方のない嘘ではなかったでしょう?」
「くすん」
「無表情で声色だけ変えるのはこの上なく不気味だから止めなさい」
「えー」
「えっと、仲良いのは良いんですけど話戻しません?」
「良くはないけれどそうね。 つまりゆいは」
「『最初の一撃』、実はまだ使っていないのよね……信じられないけれど、ゆい自身が言うんだからそうなんでしょう。 あの威力以上って考えると、あたし、ちょっと怖いけれど」
「使ってもらえば……あのときであの威力だったんだし、地面から湧き出ているように見えている魔物、間違いなく倒せるだろうね。 この原因まで倒せたら助かるんだけど……悩むなぁ」
「また魔王のような……ううん、異世界レベルの魔物が原因だったら温存する方が良いのかしらね。 現状はゆいのそれを使わなくっても対処できてるんだし」
話はその点に戻って来てしまう。
ゆいが魔法少女としての力を使っていなかったのは衝撃だったが、それでも並みの魔法少女を遙かに超える戦闘経験のおかげか踊るように戦える彼。
――「明確に敵が判別できている訳でもないのに」という意見と「他の戦力は町中にくぎ付けでこちらへ来る余裕はなく、本部も動いていない状況でじり貧になるのでは」という意見とで……ゆいが飽きてしまう程度には堂々巡り。
「で、でも。 山がいっこめり込むほどの魔力で……その、あんなにうじゃうじゃ」
「石をひっくり返したときの虫みたいに?」
「こーら、ゆい君? 虫の話は女の子相手は駄目だぞー?」
「あ、そっか」
「非常に嫌な例えだけれど、確かにそうね。 それに、私たちの魔力も半分を切っているわ。 余裕を持って退くなら30分は持たない。 ……決めるなら早い方が良いわね。 どうしますか、渡辺さん」
「う――ん……だいふく君は?」
「分からないから人間であるあなたに丸投げするわ、渡辺」
「ずるいなぁ……ま、この場の責任者は僕、か」
床屋で適当に切りそろえている髪を抱えながら悩む渡辺。
「……………………………………」
「あ、気になったんだけど」
「何かあったかしら? 美希ちゃん」
「う、うん」
美希のちょうど肩に乗る程度の髪が銀色に輝きながら揺れる。
「ちょっと思ってたんだけど、みどりちゃん」
「なんでしょう」
「……わたしたち。 ちかちゃんならともかくわたしまで、急に強くなれたりしたのって。 関係、ある、のかな……?」
「どうしてそう思うんですか?」
「え、だって……うーん、うまく言えないけど……なんだかそんな気がするの。 わたしたち、急に出力が上がったし、魔力もなかなか切れなくなったし……強くなったし。 けど、それって最近急に、で……それって、ゆいくんがこの前『じゅうたん』使ったあたり、だから……かな……?」
「なるほど。 ゆいくんに似て感覚派なんですね、美希先輩」
「あ、じゃあ」
「……ゆいくん?」
「………………」
ぷい、と。
ゆいの、以前と同じように……視線は合わせつつも口を閉ざして動かなくなる癖が出る。
「ゆいくんがNGみたいなので黙秘します。 ごめんなさい、美希先輩」
「……ああ、またゆい君の秘密なのね」
「みどり。 ゆい。 今は非常時で、渡辺一佐にとって大切な判断材料で」
「んー。 魔王とかが襲ってきてるみたいな状況でもないので黙ります」
「貴女…………はぁ」
「まあまあ、沙月君も落ち着いて。 黙秘って言うことはだいたい合ってるって分かるから」
「……………………………………!! ……渡辺さん、さすが大人なんですね」
「大人同士の会話に比べたらかわいげがあるんだよ。 ……利権とか絡まないしさ」
そう口にする渡辺の表情は、ゆいとみどりを相手にするときのだいふくに似ていた。
「そもそもです。 今、近くの町でも同時に魔物の襲撃が起こってるのとゆいくんと千花さんたちのそれは別々のものですよね。 ゆい君の件まで答える必要はないはずですよ?」
「え、貴女、みどり、どうしてそれを」
「……だいふくちゃん? それ、ほんと?」
「他の町でも……どど、どうしよう……」
「…………他の町も襲われてるんだ。 じゃあ、僕も」
「駄目。 ゆいくん、全部ゆいくんがする必要ないの」
「でも」
「みどりの言う通りよ。 周りを信じなさいと言ったでしょう」
「………………………………………………………………うん」
納得の行っていない様子のゆいだったが、少しむくれるだけで移動しようとはせず。
……少しは言うことを聞いてくれるようになったのね。
危なっかしさは相変わらずでも、一応は勝手に飛び出そうとしない彼を見て……そっと、優しい眼差しになる沙月だった。
「沙月さんがゆいくんに色目を!!」
「……貴女、どういう思考回路なの」