66話 ゆい君=魔法少女
みどりが変なことを口走っているが、もはや日常のこと。
「初心者の攻撃は確かに本人にも予測しづらいもの……分かったわ、みどり、少し休んでいなさい。 貴女でも怖いものは怖いでしょうから」
「どういう意味ですか?」
「どうとでも取りなさい」
本当に大切なことならきちんと言うはず……多分……よね、と、いちいち相手をする面倒くささから逃げる沙月。
ゆいたち月本家で揉まれた彼女が学んだ収穫だった。
そろそろ自分も行かなければ……と思いつつも、目を離すとすぐに『じゅうたん』という危ない魔法を使ってしまいかねないゆいが気になるし、千花と美希が活躍しているため足が止まったままの沙月。
「んー」
「……ゆいくん?」
「べろの先っぽまで来てるんだけどなぁ」
「それはどのような状態なのかしら」
体をぐねぐねとさせながら唸るゆい。
それに対し、こういうときは大抵ろくでもないことを口にするのよね……と、魔物の不意打ちよりも警戒してしまう沙月。
……と。
「あ」
「あっ」
「……美希、攻撃に夢中になるあまり飛んでいるのを忘れたわね……」
何回目かの銀色のシャワーが光ったと思ったら不自然に傾き、銀髪がシャワーと同じように落ちていくのが見えてとっさに沙月が脚に力を込める。
「ちかが追いつきそうだから大丈夫みたい」
「……動体視力が良いのね。 けれど、私はもう行くわ。 負担をかけすぎてしまったようだから」
「ゆいくんのことは私が見ていますのでどうぞ」
「あ―――――――――――――――――!!!」
耳元――正確には胸のあたりから響いてきた大声に思わずで短刀を取り落としてしまった沙月は、跳ね上がった鼓動で反応が遅れてしまう。
……ゆいの、何かを思いつくと大声を出してしまう性質。
同居して何度となく経験してきたつもりだが……人はどっきりには弱いもの。
それも、普段と違い警戒している今は特に効いてしまった。
「……何度も、何十回も言うけれど……ゆい」
「できるようになった!!」
「だからゆい、いつも言っているように」
「あの、ゆいくん、なにができるように」
……ひとり嬉しそうな顔をして勝手に喜び、驚かせた相手のことを気にするはずもない小学4年生は――何を思ったか変身を解く。
「まずはこーして」
そうして桜色の魔力が髪から消えて暗くなり。
「で、今度はこーする……で良さそう!」
その状態から全身が桜色に包まれ直す様子は、再び変身するようにしか見えないもの。
「……ゆい?」
「………………………………ゆいくんは、本当。 なんでもできるんだね」
光が収まって見えてきたのは――つい先ほどまでの彼の姿。
桜色に光る長いサイドテール、白と梅と桜色のふりふりの魔法少女衣装、白いストッキングに紅い靴。
魔法少女と言えば、そのままな格好に戻った彼はとても満足げだ。
「むふーっ」
「……何も変わっていないでしょう」
「変わったよ?」
「何処がなの?」
「んーとねぇ」
くるっと1回転。
パニエもなしにふわりと膨らむスカートの裾。
「これで、なれたよ?」
「だから何に」
「魔法少女」
とん、と獲物を伸ばして体の支えにし。
「だいふくと契約したときにも、僕、うまく繋がれなくって。 だから、だいふくの力で変身しなかったの」
衣装がほのかに朱色を帯びる。
「なんか使いにくいみたいだし、だったらこのままでいっかー、って思ったからやり直しもしなかったんだ。 だいふくにも最初言ったけど忘れてくれたっぽかったし」
「貴方、それは」
だいふくという精霊の支えなしにただの人間が魔法を。
そう口にしようとして――ゆいの夢で見た光景が浮かぶ。
「だから今まで僕、魔法少女じゃなかったんだ。 ニセモノだったの。 でも、今から僕は本物の魔法少女っ!」
そう、女装少年は楽しそうに言った。
♂(+♀)
「……やっと。 どうにか納得できる形で聞き出せたからまとめるわ」
「お疲れさまです……沙月先輩」
一方で。
疲れ切って頭を抱えている沙月と地面に突っ伏しているみどり……寝そべっているゆいという凄惨な状況の中、沙月の声が遠くの攻防の音にかき消されない程度に響く。
「大丈夫かい、ふたりとも」
「呼ばれて急いで来たら……てっきり強力な魔物に襲われたかと思ったじゃない」
ふらつく沙月を支えるだいふくに、寝そべっている小学生たちに駆け寄り……ただ疲れているだけと確認してほっとする渡辺。
「千花君と美希君に負担を押し付けすぎていると思ったら……」
「まあ……けれど。 聞いたら、そうね。 今、この場で聞き出さなければならなかったのは分かるわ」
魔法少女たちの戦闘状況は魔力の光で把握できるからと、いつかのように通信を完全に遮断する手筈を整えての、沙月とみどりの聞き取りによるゆいの状況説明が始まった。
「先ず――大前提。 ゆいは、これまで私たちが貸してもらっているだいふくたち精霊による魔法少女のシステムの外にいた。 いえ、実際に契約こそしているのだけど、だいふくを通しての力は……変身能力と身体強化能力、このふたつ以外は使ったことがなかった」
ぐだっと、細かいところまで根掘り葉掘りされて――小学4年生の男子の主観でだが――頭が疲れてしまったゆいの衣装に視線が集まる。
「戦闘はと言うと、この前聞いた通りに異世界の女神という大精霊を介して。 つまりは彼が以前に行使できていた力を取り戻せていただけと言うことね。 ……だいふくにもそれが分からなかったのは、恐らく」
「あたしと心が繋がっていたから。 ……痛みを半分こできたりもしたんだし、まさかその状況であたしたちの力を使っていなかっただなんて」
「分かるはずはないね。 うん、僕たちも想定していなかったんだから仕方ない。 ……男子が魔法少女に、という段階で上から押しかけられそうになっていたのを無理やりに止めてしまったからこそ気がつけなかったなぁ。 精密に測定したら分かったかも……って言うのは後にしようか」
「あたまくらくらする……」
「ゆいくん、明日からもうちょっと本を読む練習しよう……ね……? マンガだと……今みたいに擬音ばっかりになっちゃうし……」
超の着く感覚派からの事情聴取は死屍累々を招いた様子だ。
感覚派へも、常識人へも……感覚派をある程度分かっている少女にも。
「で。 流石は異世界の人間を特定して召喚する魔法があったり、キスなどの手段を介して魔力を未来からでも集められる世界だ。 ゆい君が地球に戻ってくる際に使い切っていなかった魔力とかを魂に保存したままにしたり、さらには最初の頃聞いたように山の奥や神社と言った少量ながら僕たちでも魔力を集められるスポットに行って吸収していた魔力。 『じゅうたん』を使うまでは、それだけでやりくりしていたと。 ……改めても凄まじいね」
渡辺が口にした説明を聞き出すだけで6、7分を要したらしい。
みどりと沙月の疲れ具合も分かるというものだった。
「……2種類の全く違う性質の魔力というものを、よくそこまでコントロールできていたねぇ……」
「経験が大きいのでしょう。 実際ゆいは、異世界の問題を解決して戻って来たようですから」
「その辺りは沙月が直接に……夢で、だったかしら? 見ていてくれて助かるわ」
「だいふくは見なかったのかしら。 テレパシーで思っていることが伝えられるし分かるのでしょう?」
「…………ゆいの思考。 あたしが理解できると思う?」
「ごめんなさい、無理ね。 みどり以外は無理でしょう」
「みどりでも無理だったと言うべきかしらね、あの様子だと」
「……普段からそれなりに苦労させられているみたいだもの」
「そんな相手が好きになって大変ね」
「……………………………………」
「……………………何よ、だいふく」
「いえ、特になんでもないの」
何かを言いたげなだいふくの視線を――心当たりがあってしまうため逸らしつつ「それで」と話を強引に戻す。
「問題なのは、みどり」
「みどり君だねぇ……こういうのをそれなりに知っていながら僕たちに黙っていただなんて」
「ゆいくんとハジメテしたかったんです」
「『最初の一撃』を一緒に、だよね?」
「そうとも表現します」
「そうだと表現してくれないかな……確かにみどり君はほとんど戦ってこなかったからまだ使ってもらっていないし。 待たせた僕たちも悪かったね」
魔法少女が最初に――契約する前に溜め込んでいた魔力を使う攻撃。
一定以上の魔法を使わなければ温存できる性質から、次に近隣の町で使いたい場面ができるまで待っていて欲しい、と我慢を強いられていたらしいみどり。
――ゆいが、本当のそれをまだ使っていないと知った彼女。
ゆいへの浸かりっぷりを見れば――確かに黙って一緒に使う機会をうかがうだろう。
「あーあ。 ぜんぶばれちゃったね」
「うん、残念。 ゆいくんと初めての共同作業を」
「? 図工とか体育とかでいつも一緒じゃない」
「……………………………………うん、そうだね」
残念、と言う割には大して気にした様子もなく起き上がるみどり。
「……つまり、ゆいは」
「うん。 みどり君と似た状況だね。 魔法少女の契約はしているけど――きちんとした力を、使ったことがない。 まだ、『最初の一撃』も出したことがない。 ――――――――まだ『魔法少女』になっていなかったんだ」
♂(+♀)
「………………………………なんか沙月センパイ遅くない……?」
「みどりちゃん、はぐれちゃったのかなぁ。 だいふくがなんにも言ってこないし、ケガとかはしてない……と思うんだけど」
「あと無茶させたくないって言ってもゆい君ほしいなぁ。 サポートで。 こー、手が届かない絶妙なところに気がついてくれるのよねー」
「あ、分かるかも。 疲れてきたって感じる前に休んだら、って言ってくれるし」
「………………………………………………………………」
「………………………………………………………………」
「……みんな、戦ってくれてる……のよね……? 私たちだけじゃないわよね……?」
「き、きっとそうだよ。 だいふくと渡辺さんは忙しいんだろうし。 ……さっちゃん先輩も、きっと別のところで……忘れられてなんて、ない…………と、いいなぁ」
数十分。
一瞬だけみどりが加わったものの、ついに放置されていることに気がついてしまった魔法少女たちは……魔物を削るだけという簡単な作業と化した退治作業に飽きてしまっていた。