65話 ゆい君≠魔法少女(?)
「……それは、どういうこと」
「ん? 言ったとおりだよ?」
どうしたら、だいふくの――魔法少女の力を使えるのか。
そう聞こえた沙月の足は止まってしまう。
数十メートル先で千花と美希が戦っているおかげか、それともゆいと沙月が周りの魔物を減らしすぎたのか……偶々産まれた空白で、彼女は止まる。
「だってほら、これ難しいからさぁ」
「きちんと説明して頂戴」
「難しいなぁ……みどりちゃんは?」
「みどりは、……あの子、そう言えば」
「ここにいますよ?」
「――――――!?」
「あ、いたんだ」
「うん、ずっと」
にゅっ、とゆいの真後ろから出てきたのは普段通りの彼女だった。
「だって、ちょっと休憩してたらみなさん戦い始めちゃって暇だったので。 半分休眠状態になって魔力回復してたんです」
「へー」
「……それは分かったけれどその登場の仕方は止めて……心臓が止まるかと思ったわ」
「そうしたらゆいくんからのマウストゥマウスを」
「結構よ」
「えー」
ざんねーん、と冗談を――声の抑揚がほとんどないもののかすかに聞こえる彼女の感情を表しつつ、深い緑の魔力を纏って変身する。
「じゃ、今は代わりに私が戦ってるね。沙月さん、ゆいくんのことお願いします」
「いえ、みどり、貴女、それより彼の言葉の翻訳を」
「大丈夫です。 少し回復しましたから……千花先輩のところで戦って来ます」
「いえ、そうではなく彼の」
「行ってきますね」
黒をベースにした魔法少女衣装――ゆいによると沙月とおそろい、美希によると闇落ちした魔法少女――な格好のみどりが飛んで行く。
「いいなー。 みんなだいふくの力で戦えて」
「……あなたもそうでしょう」
「んーん、違うんだ。 最初そうしようとしたんだけどうまく行かなくって」
「……どう言うこと?」
「んー」
みどりちゃん、もうちょっと残っていてくれたら上手に説明できるのにとつぶやきながらうんうんと唸るゆい。
これでも彼なりに考えているらしいが、致命的に感覚派なのを沙月は身をもって体験していた。
♂(+♀)
「応援に来ました」
「おわ、みどりちゃん!? あ、そう言えばさっきの作戦のとき」
「忘れられていました……だから私は学校でもひとりぼっちで」
「み、みどりちゃん、それ、わたしも苦しいからやめよ……?」
「ぼっち仲間ですね、美希先輩。 ふたり組作れますよ」
「うっ……心臓が」
「あー、もう良いから! そういうの美希ちゃんに効いちゃうからNGなのみどりちゃんっ。 ……とりあえず沙月センパイたちが休んでるあいだ私たちががんばるよっ!」
メインアタッカーの千花とサポーターの美希という安定していたところへみどりが加わる。
数十分戦闘を続けていても魔物はまだまだ山肌を埋め尽くしていて終わりが見えず……少し気圧され始めていたから助かったと冗談交じりで声を上げる千花が、一段と威力の高い攻撃を――腕ほどの長さの包丁を投げながら始める。
「どうしても料理道具なんですね」
「どうしても料理道具なのよ――……けど、これ、魔力でできてるから形は違っても沙月センパイの短刀とおんなじ使い方なのよね。 それに比べて美希ちゃんもみどりちゃんもいいないいなー、ふたりとも魔法少女っぽいエフェクトの魔法で戦えて。 魔法少女っぽいわぁ」
「ちかちゃんは『お母さん』だもんね。 面倒見のいい性格とおっぱいと料理道具とで」
「美希ちゃん」
「中学生の義母……良いですね」
「みどりちゃん?」
「夜だから余計に魔法の綺麗な光が羨ましいの」と言いながら長い包丁を投げ続ける危ない魔法少女と、銀色と緑色の魔法で軌跡を描いて攻撃をする魔法少女たち。
ゆいがよく見ているアニメの魔法少女たちは可愛らしいステッキから綺麗な色の魔法を出して攻撃する。
美希とみどりはそんな素敵なステッキを持たない代わり、彼女たちのような実体の無い魔法を――美希曰く「攻撃音のないゲームのエフェクトっぽい」それを使えるが、千花はただただ包丁を創り出しては投げつけるだけ。
確かに絶望的なまでの悲しい差があった。
しかし、場面によっては実体の方が効きやすいとは沙月の話。
「でも、おふたりとも前より強くなりましたよね」
「そうね、不思議なくらいにパワーアップした感じ? あれかな、激戦の中で成長しちゃったり?」
「ま、魔王とかと戦ったもんね……」
「そうそう。 だから今日なんか、体は疲れてきてるのに戦いはここから本番って感じちゃうのよねー」
ほら、こうするとセンパイみたい、と、10を超える包丁を宙に出現させて放射状に発射させる千花と、それに合わせて同じように銀色の魔力を細い針のように展開し、千花が倒した魔物の周りへ飛ばしてまとめて吹き飛ばす美希。
「……美希ちゃん……ずるい。 まねっこ。 かっこいい。 私もそれ欲しい」
「で、でも、わたしコントロール下手だからちかちゃんの攻撃を見ながらじゃないと……」
「ふぅん……そうですか。 成長して……」
「美希ちゃんらしいって言えばらしいんだけど……ね。 でもでも、なんか今日はまだまだいけそうな気もするわね?」
「そう、だね……ほとんど戦って来てないから……かな」
「それでは千花さんお願いします。 ゆいくんを無茶させたくないので」
「みどりちゃんはいつもゆい君のことばかりねぇ」
「はい、私の命より大切な存在ですから」
「お、重い……」
――どす黒い光というものが地面から沸き起こる空間を、黄色に続いて銀色と緑の髪が照らし、流れるように宙を移動する中銀色と緑の光が瞬き、地味に黄色の小さな光が点々とチカチカと映る。
「おー。 みんな光ってるから遠くても見えるね!」
「ええ。 3人なら問題は無いでしょう。 けれど」
通訳担当のみどりが仕事をほっぽり出してしまったため、手を尽くしてゆいから聞き出そうとしていた沙月は徒労に疲労と脱力を覚えつつ……何度目かに逸れてしまった女装少年の興味を引くついでに疑問を口にする。
「あそこまで魔力、増えるものなのかしら……いえ、この状況では助かるのだけれど。 下手をすると美希まで魔女の領域に食い込んでいるではないの」
「そーなの?」
「ええ……戦況によっては上位になるくらいには。 事態が落ち着いたら彼女たち、学校生活が遠くなるかもしれないわね」
「かわいそう……学校楽しいのに」
「千花はともかく美希はそうでもないと言っていたわね」
「そーかなー」と、学校というものが遊び場でしかない小学生は口にしつつ、一瞬変身を解いたと思ったらスカートのポケットから飴玉を取り出す。
「さっちゃんチェリーあげる」
「苦手な味を押し付けると言いなさい」
「もー、何でも文句言うー。 眉毛のあいだにシワ寄っちゃうよー?」
「………………………………はいはい、有り難う」
ころころ、と、ふたりして口の中の……何時間かぶりの刺激に会話が途切れ、眼下で飛び回るみっつの光を眺める。
「………………………………ごりごり……ふぅ。 でも良いんじゃないの? 魔物とか悪いやつがいるんだから。 強くて損はないしかっこいいし」
「そうやって噛んでしまうから幾らあっても足りないのよ……けれど、そうね。 それには賛成よ。 進んで人を護る仕事をしている以上には力はあるに越したことはないわ。 ――貴方のように命を削ったりしなければ」
「もー、まーだ根に持ってるー。 女の人はいつもそう」
「一括りにしないで頂戴」
「だってそうじゃん、さっちゃんだってお母さんみたいに気分屋だし」
「……初対面の件については謝ったでしょう………………はぁ……」
光の内の銀色がするすると沙月の目線辺りまで昇ったと思ったら、ぱあっと膨れ上がり……放物線を描くようにして無数の光のシャワーとなって地上の魔物に襲いかかる。
「……今のは美希……? いえ、でも、今の攻撃は」
「美希すごいねー、範囲攻撃だー! ゲームみたい」
「あんなのを使ったら継戦能力が……大丈夫かしら」
「ちかと一緒なんだし平気じゃない?」
「もう、そうやって自然に仲良くなってるのを認めないんですから」
「あ、またみどりちゃんだ」
「………………みどり。 不自然に現れないで頂戴。 あちらで戦っていたのではないの?」
「あのですね、その。 ……美希さん、強くなったのは良いんですけどあの攻撃、私にも効いちゃうって言うか」
「? 私たちの魔法は私たちには効かないでしょう?」
「そうなの?」
「そうよ。 でないと同士討ちが頻発して今のような乱戦はできないわ」
ふたりのあいだを割くように、にゅっと地面から出てきたみどりは軽く焦げていた。
「でもみどりちゃんの服少し燃えちゃってる……かわいいのに」
「あ、えっと、なんて言うか、その」
「ああ、そうね。 あれだけの範囲攻撃だと地面から舞った石などで怪我をしてしまうこともあるわね。 後で注意しておくわ」
「えっと……あ、じゃあそういうことで」
「……………………じゃあ、って?……」
魔力で生成した武器や周囲の破片以外で、魔法少女同士の攻撃は成立しない。
その前提知識がある沙月は頭をかしげるが――みどりは知らんぷりを決め込むようだった。
「女の子の秘密には深入りしちゃいけないんだって!」
「なら女同士なら良いのよね?」
「ゆいくん以外には話しません」