64話 決戦へ
「あ、だんだん分かってきました」
戦闘が始まってから数分のこと。
みどりが、ゆいに張り付いて戦っていた彼女がつぶやく。
「彼のことについては流石ね」
「きっと沙月さんもすぐにこちら側へ来ますよ?」
「そんな未来は訪れないわ」
「そうでしょうか?」
のぞき見るようなみどりの視線に何となくで逸らした沙月の視線はゆいに向かう。
……この前に散々言い含められたからか、きちんと無茶をしない戦いをしているように見えるゆい。
彼にしては珍しく一体一体を丁寧に、無駄な力を使わないように……まとめて倒そうと危なっかしい動きをしなくなっていて、それだけで少女たちは安心できていた。
「それで?」
「はい。 私たち、多分目を使いすぎなんです」
「目?」
「多分……ほら、ゆいくんって感覚派ですからもしかしたらと思いまして」
「何も考えていないの間違いでは?」
「それはさすがに酷いですよ? 沙月先輩。 ゆいくんだって考えてはいます。 ただ言葉ではないだけで」
「つまり動物と同じね」
「それはそれで」
ひらりひらりと踊るように伸縮自在の槍で――力をセーブしているのに沙月よりも効率的に魔物を屠っていくゆい。
「ほぇ――……ゆいくんすごい」
「ねー。 やっぱりかわいいは正義ね?」
「もちろん!!」
「あ、で、戻しますけど……沙月さんたちはみんな、ゆいくんからキスされて」
「戻していないわね」
「戻していますよ? …………これは冗談とかではなく、です。 キスされてゆいくん自身を、濃いゆいくんをたくさん注ぎ込まれて」
「…………………………………………………………」
「……魔力を、ですよ? もちろん。 で、ゆいくんが分かっている感覚っていうものが少しだけ私たちにも伝わっているみたいなんです。 私、ゆいくんを真似して頭の中から文字を消すみたいにして戦ってみてるんです」
「――私は魔女になるまでに。 天才と揶揄されてはいたけれど、これでも相当に戦闘技術を叩き込まれたわ。 その際に練習したことが頭を介さずに目と手足の反射で行えるように……と言われてきたの。 そうすれば良いのね?」
「沙月先輩」
「何」
「……できるなら始めからしてください」
「即席の仲間と連携しているなら無理でしょう……ほら、ゆいだってスタンドプレーをしているじゃない。 何より危なくて目を離せないのよ」
「ゆいくんは良いんです」
「露骨な贔屓ね」
「沙月さんが身内枠になるならひいきしますよ?」
「結構よ」
「残念です」
「……なんか沙月センパイとみどりちゃん、仲良くなってません?」
「気のせいよ」
「えー、でも良い感じです」
「具体的に表現しなさい、美希」
ゆいのテンションが上がってきた様子で、楽しそうな声を上げながらさらに魔物を細切れにし始め……魔物が押してくる勢いを上回ってきたためか、息を整えるついでで沙月とみどりのあいだに入って来るふたり。
「おふたりにも聞こえていましたよね?」
「う、うん。 ……わたしもなんとなくだけど分かる気がする。 ……気がします」
「私も私もですっ。 んーと……私たちの知ってる魔物は親近感あるけどゆい君が言ってる外の魔物って言うのは冷たい感じ? ですかね? あえて言葉にしてみると」
「わたしはごつごつ硬いって感覚かな」
「そー? なら人によって違うのかな」
「外のって、例えばあれとかだよね」と美希が差す魔物の一群に「そうそう」と頷いていた千花。
そうして刺した先で回転しながらそれらを――強めに攻撃して散らせるゆい。
どうやらふたりはゆいの言う違いが分かるようになって来たらしい。
「沙月さん!」
「どうしたのみどり」
「ゆいくんのパンツ……今日はなんと黒です……!」
「落ち着きなさい。 ……と言うか、この暗がりで良く見えるわね?」
「ゆいくん、割とパンチラしますから。 コレクション見ます?」
「コレクション……!」
「美希ちゃん…………」
すっとみどりがスマホを取り出しかけ――沙月から鋭い目線を浴びていそいそと仕舞い、悲しそうな表情をする美希と呆れている千花。
「あ、そうだ」
そこへ――ちょうど良い感じの足場に留まっていた彼女たちの元へゆいが降り立ち、かいていた汗を魔法で飛ばし。
「外の魔物って強いんだけど僕たちが手を出さないとあんまり攻撃してこない。 だから見逃しやすくって気をつけて? って言いたかったかも」
「……それはあちらでも同じだったの?」
「んー。 ……忘れた!」
「……………………そう」
結局は感覚頼りなのね、とつぶやく沙月。
しかし彼女の腕は唐突に小さな手に掴まれる。
「……え?」
「この中で分からないのってさっちゃんだけだよね? なら今から教えてあげるね!」
「いえ、結」
「じゃあ行くよーっ」
「いえ、待ちな――」
勢いよく飛びだしていくゆいと、構えていなかったためそのまま引っ張られて行く沙月を見て――みどりは嬉しそうな顔をしていた。
「ねぇ……もしかしてだけど、みどりちゃんって寝取られ」
「そういう趣味は無いですよ? 美希さん。 ただのハーレム容認派なだけです」
「本音は……?」
「さあ?」
「美希ちゃん……みどりちゃん……あなたたちって、随分遠くに行っちゃったのね……」
戦闘は緩くなり、雰囲気も緩くなり。
純粋な魔法少女をしたい千花は、悲しんでいた。
♂(+♀)
「あの子たち何やってるのかしら」
「会話、聞こうと思えば聞けるんじゃないのかな?」
「ゆいを除いて少しリラックスしているから今は少し安全なのでしょう。 そこまでプライベートに干渉したくないの。 意識的に聞かないようにしているわ……さっきのもあるし」
「だいふく君も律儀だねぇ……けど、まあ」
こんなことになるならバッテリー持ってくるべきだったなぁとごちる渡辺は、町や本部との連絡がひととおり終わったのか熱くなったスマホを下ろし、ほうっと息を吐く。
「わざわざ伝える必要もないしね。 この場所は僕たちにとって完全な未知の世界。 そこに偶々ゆい君が来てくれたから……来て欲しくはなかったんだけどね、ともかく来てくれている以上はここに集中させてあげたい」
「いつもしつこく連絡は必要だって言っているのに……良いのかしら、伝えなくて」
「良いのさ」
だいふくがふわりふわりと浮いている金髪をいじりながら――青くなった表情を押し止めながら。
「だって、町が大変なのでしょう?」
「おや、まだ話していないんだけど」
「町の精霊たちから聞いたわ」
「ああ、そうか。 忘れてた」
こういう嫌な報告は良くあるから慣れてはいるけど、とストレッチがてらに屈伸をしながら公務員はつぶやく。
「町が、この前のように完全に統率された形で襲われ始めただなんてね」
「ええ……本当、魔女の子たちが来ていなかったら被害が出ていたわ」
「その意味では幸運だね。 ……あとは、本部からの応援か。 今度こそ、ゆい君が彼自身を犠牲にし始める前に到着して欲しいところだ」
「どうかしらね。 この前も間に合わなかったし、何より近隣も襲われているのでしょう? ……でも、ええ」
1人と1匹は桃色と蒼に光る魔力の線が舞うのをじっと見つめる。
「あの子には――これ以上、酷い目に遭って欲しくはないわ」
♂(+♀)
「うぉ――……ぐるぐるしてるぅ――……」
「それだけ周りながら戦っていたらそうでしょう……ほら」
「ありがとーさっちゃん」
変わらずに語彙力に欠けるゆいから魔物の群れを前にする度にどちらがどちらかと教えられるも、まだ把握しきれない沙月。
彼が魔力を節約しながら戦っているのが分かるため、仕方なく付き合っていた彼女だったが……とうとうに。
「でも、貴方……そろそろ魔力が足りなくなってきたのでしょう?」
「分かる?」
「分かるわよ……私が何年魔女をしていると思っているの」
「あ、そっか。 さっちゃん僕が産まれる前からだもんね」
「……ぎりぎり産まれているわよ」
ふと、小学校4年生と高校生という歳の差がそれほどのものだと思い知らされるもめげず、沙月は気にしなかったことにしてみた。
「それより、そろそろ退がりましょう」
「……ね、さっちゃんさっちゃん」
「『じゅうたん』は駄目」
「えー」
「……いくらここが異常だとは言っても応援が来れば持ちこたえられるでしょう。 魔王のときだってそのコピーのときだって、全国から一斉に招集されていれば倒せたかも……いえ、倒せたはずよ。 何も貴方の命を……とにかく無茶をする必要はない場面」
沙月へ上目遣いでのアピール――最近みどりに教わってから家の中で何回もされたもの――をして落とそうとするも無理なのを悟ったゆいは、唇を曲げる。
「ぶー」
「ゆい。 貴方を大切に想う人たちのことを考えるなら止めなさい」
「………………………………ずるいよ。 それ、お母さんが怒るときと一緒」
「そうね。 守るべきものがあるからこそ貴方自身も大切になさい。 私も退き際は守るわ」
「けれど、今夜は無茶をしていないのだけは褒めましょう」
「ん――……もうちょっとなんだけどねぇ……」
「? 何がなの?」
「えっとねー」
サイドテールをもふもふとしながら珍しく真剣に考え込んでいるゆいは「喉のところまでは来てるんだけどねー」とつぶやきつつ。
「どーやったらだいふくのくれてる魔法少女の力、使えるのかなぁって」
沙月の予想外の言葉を口にした。