63話 ●REC
「……わ――……、見て見て美希ちゃん」
「すごい…………ゆいくんとキスしてる」
だいふくと渡辺の案内するままに必死で山を登ってきた――魔法少女に変身していても結構疲れる感覚があった――千花と美希の目に飛び込んできたのは、ゆいにすがるようにしてキスをしている沙月。
それは、渡辺という引率がいても心細い思いをしていた少女たちにとってのご褒美。
少女たちへのご馳走は続いている。
どう考えても3人と1匹分の足音で気がつくはずだったが、よほど夢中になっているのかそれとも音が誰かに遮断されていたのか。
「……結界……に似ているものが張られているわ。 これ、みどりかしら」
「そうなのかい? 僕には違いが分からないなぁ」
「気配でね。 ……けれど、アレ。 どうするの」
「深入りはしたくないなぁ」
高校生の女子が小学生の男子――最近目覚めた美希によると「男の娘だからセーフ」だそうだが、男女キスにも取れるし女子同士のそれにも取れる光景が暗がりにあった。
「こんなに話してても聞こえないんだね、沙月センパイ。 ……さっちゃんセンもがが」
「ちかちゃん。 ……そんなの、もったいない……! だいふく、魔物は?」
「……みどりが戦ってくれているのね、少し逸れていくわ。 ……あたし、見てくる」
「じゃあ僕もそっちに行こう。 邪魔しちゃ悪いしね。 ……美希君、それはほどほどにしてあげてね?」
「●REC」
「美希ちゃんずるいっ! ●REC」
「わたし、反対側に回るね」
「了解ですっ」
そうして彼女たちはしばらくのあいだ美しい光景に――――――――。
「――――――――――――って言うわけでばっちりあ痛ぁ!?」
「人のっ、…………~~~~~~っ! 動画を消しなさい!!」
「今沙月センパイが自分で消したでしょ!?」
「信用できないわ!」
「うぅ……とっても良い画だったのに……加工して『歳の差百合』と『オネショタ・男の娘』のタイトルで上げてみてどっちが伸びるか見てみたかったのに……」
「……美希ちゃん? さすがにそれはエグくない……?」
「だいじょうぶ、ちゃんとふたりだって分からないようにするから」
「や、そういうことじゃないのよ?」
「…………消せて良かったわ……」
暗がりで分かりにくくはなっていたが、ゆいの髪色の濃いところより赤くなっている顔を膨らませつつ怒るしかない沙月。
「せっかく撮ったのにぃ……」
「今はそう言うことをしている場合では」
「キスをしている場合ですね!」
「怒るわよ?」
「さっちゃん怒るとこわいよね!」
「ややこしくなってくるからゆいは黙っていて」
「あ、みなさんも着いたんですね。 ゆいくんのホキュウもらいます?」
「みどりちゃん」
「あいかわらずの調子になってるのね……」
三度の前例の無い戦い――しかも長期戦、更には深夜の山中とあって心細かったのか一斉に話し始める少女たち。
「あれ。 そういえば渡辺も来てる!!」
「町を離れるからには引率がいないとね」
「遠足に着いてきてくれる先生みたい!」
「先生かぁ……似てるのは状況だけだね」
しかも女子のグループのね、と口にする渡辺の前には魔女が1人と魔法少女が3人、精霊に「魔法少女」。
でもゆい君は見た目以外はことごとく男の子だから男ひとりでなくて良かったよ、とため息をつく。
「? 男の人って女の子大好きでしょ?」
「その格好で誤解を招く発言は止めてね?」
「渡辺さん女の子好きなんですかー?」
「……………………………………!!」
「止めてね? 本当、今時は冗談じゃ済まないからさ。 美希君も録画止めてね? ほんとにね? 僕、この先マトモに生きて行けなくなるから」
「……引率お疲れ様ね。 もっとも、ここからが大変ですけれど」
「あたしの周りでマトモなのは渡辺、あなただけだからがんばって」
「困ったなぁ、せっかく原因不明をって来たのに社会的な危機だよ」
ごう、と風が吹いてきて話が止まる。
山脈をえぐり取ったような地面は不気味に光り、みどりが引き寄せていた群れがゆいたちの方向に動き出したらしい。
「魔物いっぱい!!」
「それで喜べて良いねぇ男の子は……」
「ちかちゃん、男の娘だよ男の娘!!」
新人研修のときにやったみたいに……と、千花が陣形を説明し出すと「ちょっとこっちへ」と沙月を離す渡辺。
「……僕は特に何も見ていなかったけどね。 うん、暗くてよく見えなかった。 けど……聞くところによるとだね、精霊たちは見聞きしたものを共有してしまうみたいなんだ。 意識してオフにできるみたいだけど……ほら、今は非常時だからたぶん、オンのままじゃないかなぁ」
「…………………………………………………………………………」
「まあ、ね。 しちゃったことはしょうがない。 どの道この前のときに魔法少女たちがたくさん彼と……だし、うん。 そういうことだし、前のも知られてるからもう手遅れかな、これ」
「……あぁ……」
目を逸らしながら、どうにか穏やかに伝えようとしてくれている渡辺だったが……「そのこと」を知らされる沙月はうなだれるしかない。
背中に変な汗をかいている。
顔が痛いくらいに熱い。
「せめてもの……普段から世話になっているからね、本部に帰ったらその分の調書のところは飛ばしておくし、だいふくに頼んで今以上に知られないようにはしてみるよ」
「……お願いします……」
年下の男子(女装済み)に……彼からされるならまだしも自分からしている姿が上司や同僚、後輩、下手をすると世間に知られてしまう。
その恐怖は――沙月が先ほどまで独りで戦っていたものよりも、ずっと大きいものだった。
「さっちゃんセンパイ、やっぱりショタコンですね?」
「それとも百合さんですか……?」
「……もう、好きにして…………」
♂(+♀)
「じゃあ行きましょうっ! いつも通りに私が指揮……で良いんですか?」
「ええ、私は前線の方が得意だから。 千花は普段から指揮しているのだから今は貴女が適役よ」
「はーい。 じゃあ今の戦力で目の前の何かすんごい魔物たちを食い止めます! と言ってもみんなはまだ町にいるから助けは来ないし、無理のない範囲で。 私たちはただの偵察だからね? 情報を安全に持ち帰るのがお仕事ってのを第一に。 ……特にゆい君?」
「分かってる!」
「うん、ならいいの。 せっかく来たんだしできるだけ削っておいて任せたいからがんばりましょうっ! 町を襲う前に邪魔するって言うイメージです!」
張り上げられた彼女の声に従って少女たちが暗闇を駆ける。
もう戻った方が……という意見もあったが、放っておけば彼女たちの町以外へも被害が拡大しかねないというのと、何よりゆいが無茶をしでかすのが分かっているからだった。
だったらある程度叩いてそこそこの成果とそこそこの満足を与えた方が良い。
その方針になった。
だいふくと渡辺はそれぞれ見通しの良い場所で待機しつつ、町との連携。
この場を純粋な戦闘員に任せようということらしい。
いざというときに回収して撤退するためにも拠点は必要だった。
「それで、ゆい。 もう一度聞かせてくれないかしら……その。 見分け方を」
「もー、飲み込み悪いなー」
これだけの人数がいるからと山の斜面から魔法の補助を使いつつ駆け下りながら届く範囲の魔物から叩いて行く彼女たち。
「普通の、私たちの知っている魔物と……異世界で見たという魔物の違い」
「だーかーらー」
魔女という職業で魔物と戦い続けてきた沙月、やろうと思えばいくらでも魔法を使えてしまうゆい、謎のみどり、魔法少女の中では上澄みの千花と、千花に着いて行けている美希は――ゆいがもたらした、ある情報をついでで確かめていた。
「ゆい君の説明ね? ちょーっと分かりにくいかなぁお姉さんたちには」
「か、感覚派……なんだね」
「あっちのが普通の魔物」
ぶん、と獲物でなぎ払うついでに差したのは魔物の群れ。
「それで、あっちのが魔法の世界の魔物」
もう一振りした先で差すのは……やはり同じような魔物の群れ。
「普通の魔物は普通に叩いたら普通に消えるけど、あっちの魔物はあんまり弱く攻撃すると強くなっちゃう不思議な感じなの。 あと、弱い攻撃とかは魔力ごと吸収されてパワーアップするズルい感じ。 あとあと、弱ると増えるの。 わかめみたいに」
彼が言うには、この場には――予想通りに今までとはちがう勢力……地球外の魔物という存在が紛れているらしい。
ただし、その見た目は彼以外には識別不可能のようだった。
魔物とは魔力が動物を始めとする生物に擬態しただけの存在。
個体の区別などはつかず、大きさや速さで強さをランク分けする程度。
「……ワカメって。 どちらにしても私たちには分からないわね、やっぱり」
「は、はい……なんとなーく言われればそうかなーってときもありますけど」
「え、美希ちゃんそれホント? ……んー、私はセンパイみたいにムリかな」
「私は少し分かりますけどね。 えっと……どう表現すれば良いのかまでは」
「…………美希とみどりが少しだけ分かるのね。 それだけでも助かるわ」
少しだけ分かる、と言う感じのふたりもその感覚を言語化するのは難しいらしい。
なら任せられる範囲で「中途半端な攻撃は逆効果」だという異世界産の魔物は彼と彼女たちに任せるわね、と千花が指示をしつつ。
「解読にはもう少し待ってください。 ゆいくんの行動を観察しないと分からないんです」
「……貴女がそういうのならそうなのでしょう」
珍しくゆい関連で疲れた顔をするみどりを観察する沙月だった。