62話 三度四度の口づけ
「あ……あなたたち、どうしてここに」
「ねーみどりちゃん、なんでさっちゃんここにいるの?」
「先に向かっててもらったの。 ゆいくんが寝てるあいだに」
「ちょっと、みどり!?」
魔女としての経験の長い沙月でも押されて撤退しようとしていたその場に、普段通りの緊張感皆無な様子で出てきてしまったゆいたち。
一瞬はあっけにとられたものの……この場に不釣り合いなトーンで会話が始まりそうになり、沙月が焦りの声を落とす。
――みどり、貴女、ここを頼んでおきながら……!
同時に「また」ゆいが危なっかしいことをするのも分かってしまい、その矛先はみどりへ。
「もう、怒らないでください沙月さん。 ゆいくんだったら起きたら来ちゃうの、分かっていましたよね?」
「っ! それはそうだけど!」
「さっちゃんこわーい」
沙月から隠れるようにみどりの後ろに退がる、ゆい。
……どう見ても魔法少女なのがまた憎らしいわね。
「あ、それよりゆいくん、お願い」
「え? あ、そうだったっけ」
「だからあなたたち、――――――――っ!?」
おもむろに後ろを向いたみどりが目を閉じると――そこへゆいが、何のためらいもなく唇を付ける。
「んっ………………………………♡」
「んー」
「………………………………!? …………っ!!?」
まだまだ文句を言い足りないがそろそろ魔物が追いついて来そうだから……と考えていた沙月の意識は、全てその合わさった部分に吸い寄せられる。
――ゆいからの、キス。
彼の舌の感覚が、まだ彼女の脳裏に焼き付いている。
ぬるぬるとぞりぞりと、不快ではない強い刺激が脳にまで達しそうな――。
「……彼のペースに乗せられてはいけないわ、知っているじゃない」
それを無理やり頭から除けて、枝の上にいたのを思い出した沙月はわざと音を立てながらゆいたちの傍へ降り立った。
「……………………………………」
「んっ……ん、んぅっ…………♡」
「んー♪」
「……………………………………」
ゆいはただただ楽しそうに出し、みどりは何かを我慢するような様子で受け入れている。
「……………………………………」
町まで駆けるにはこの格好は不向きね、と、ゴスロリからライダースーツに変身する。
「……………………………………」
戦闘に夢中で髪が解けていたのね、と、時間をかけて腰のところで結い直す。
「……………………………………」
魔物は、もう数分で追いついて――。
「――いい加減にしなさい!」
「ぷはっ」
「……ざんねん」
我慢できなくなった沙月が、ますます体を押し付けていたみどりを引き剥がす。
「見た感じそこまで魔力をもらったわけではないでしょう!?」
「あ、分かるんですね。 はい、最初の2、3秒でチャージしてもらいました」
「ちゅーってね」
「うん♡」
「……お願いだから危機感を持って。 ここにはとんでもない数の敵がいるのよ……」
やっぱり私子供は苦手だわ、とため息をつきつつ、さっさと変身しなさいとみどりをせっつき。
「…………沙月さんは早くて激しいのが好み、と」
「意味深長なことをいちいちつぶやくのは止めて」
「えー」
「みどりちゃん、さっちゃんのこと好きだね!」
「うん!」
「嘘でしょう!? あなた、目の前の会話を!?」
結局はゆいに振り回される沙月だった。
「けど、あっちで慣れてたのにちょっと時間が経つだけでこんなに忘れちゃうんだね」
「こういう感じに魔物がわさって出てくるの、異世界でも同じだったの? ゆいくん」
「うん」
「いきなり真剣な調子に戻らないで……いえ、良いわ。 情報があるのは助かるもの」
「すっごく集まってるねー」とえぐれた山肌を覗き込んでいる、ゆい。
寝起きだからか若干舌っ足らずな感じだが、変身もしていて隙の無い立ち方をしているゆいの後ろ姿が「あちらの世界」で戦って来た経験を感じさせる。
「まずは沙月先輩、先に抑えておいてもらってありがとうございます。 ゆいくんがいればそんなに大変じゃないと思うので、私、少し叩いてきますね」
「……みどり、危ないわ。 数がとても」
「起きたばかりなので大丈夫です。 それに、時間稼ぎするだけですから」
「いえ、だから」
「そんなことより、ゆいくん。 沙月さんにも魔力、分けてあげて。 疲れてるみたいだし」
「うん、分かったっ!」
「えっ」
そう言い残すとさっさと魔法少女姿で走って行ってしまうみどり。
みどりはいつも通りに人の話を聞かず、ゆいはいつも通りに素直に沙月の方へ振り向く素直さ。
不安で仕方がないが、一応は……多分……きっと……常識的な方かもしれないみどりなら無茶なことはしないだろうと思いつつも、爆弾だけ残して行かれて困るしかない沙月。
「……い、いえ、ゆい? 必要、無いわよ? み、みどりが戻って来たら町へ引き返すの。 ……魔力、無駄に使わないで欲しいと伝えたでしょう?」
「うん、聞いた。 だから必要な分だけあげるよ」
ずい、と近づいて来られて1歩2歩と退がる沙月だったが、ゆいの方がわずかに速い。
「今回は私、余力を残すようにしてきたのよ。 だから」
「でも、みどりちゃんが上げてって」
「だから」
「ほら、しゃがんでしゃがんで!」
前から両腕で沙月の腰にしがみついてくるゆい。
「ねえ」
「でも」
「さっちゃん」
少しだけ不安そうに、上目遣いになり。
「……さっちゃん、キス、いや?」
「――――――――っ…………」
この子ははときどき、こういう顔をする。
普段は何も考えていないみたいなのに、普段は私が何を言おうとどう反応しようとまるで気にせずに好き勝手しているのに。
私を無理やりにホームステイさせたときも、異世界のことを聞かれていたときも。
こういうときにはしおらしい少女にしか見えない、彼。
……………………………………。
「……必要、無いのだけれど」
「でも、さっちゃん疲れてる」
「――ええ、そうね。 こんなところにひとり走らされて戦っていたから」
どういう原理かは分からないままの、精霊と同じだと言う魔力の分け方。
……もう何回も、私自身へや同僚へ返すためにしてきたもの。
1回くらいは誤差、よね。
意識せずに……彼に口づけをされているときの表しようのない気持ち良さを思い出しつつ、いろいろと理由を思い浮かべながら体を落としていく。
「さっちゃんは強いけどひとりじゃダメだよ、危ないよ」
「……、ええ」
そうして沙月は、敵地の真っ直中だということを忘れながら目をつぶった。
「…………………………………………………………………………」
「…………………………………………………………………………」
遠くで戦っている音――恐らくはみどりだろう、が響いてくる。
沙月が薄くまぶたを開けると、目の前には目を閉じた「魔法少女」。
――こんなに近くで見ることはあまりないけれど、まつげ、長いのね。
肌が綺麗――なのは思春期前だからなのかもしれないけれど、そこは母親譲りなのかしら。
……いえ、あの父親も付けまつげでなければ――どちらの可能性もあるわね。
女装癖を考えると父方の遺伝だと考えたいところかしら。
そうして長い前髪にサイドテールが桜色に輝いていて、形の良い眉があって。
……何も考えないでいると女同士でキスをしているように感じて、いくらかはマシね。
前に嫌がってからはキスのあいだ舌を動かさないでくれるようになったみたいだし、これなら別にいつでも……。
……………………………………。
けれど、不思議。
魔力をもらうというのは精霊たちがするらしいけれど、少し癖になりそう。
ちょうど良く温かくて心地よくて、体が芯から温まる感じがするの。
それにこうしていると、ゆいの体臭……臭いという意味ではなくてあの家からも漂っている匂いがしてくるわ。
私の家とはぜんぜん違うあの匂いを濃くしたような……何とも表現しづらい香り。
絶対に口には出せないけれど、結構気に入っているのよね。
そんなことを、ぼんやりとしてきた頭で考えるともなしに流しつつ――ふと、耳元で発せられた声で意識がはっきりとしてくる。
「……………………………………っ!」
「! ――――――――………………」
外の音が気にならなくなってきたけれど、まだ終わらないのかしら。
だって、寿命を削るような真似をしないようにと言い含めてあるのだから……。
と、彼女がすっかり重くなってしまったまぶたをゆっくりと上げる。
「あ」
「あ」
「……!?」
「むぅ――」
――――――左右から迫っていたのはスマホのカメラ。
それが、沙月とゆいの真横から来ているということは。
「いい感じです沙月センパイ。 あとちょっとそのままで」
「と、年下の男の子と真剣にキスしてる先輩……はぅぅぅ」
「……………………………………もう終わりで良いでしょう!?」
「あー」
「あー終わっちゃったー」
「さっちゃん、もういいの? あ、でも、そんなもんかな」
ちゅぽん、と、いい音が深夜の山で響いた。