61話 対峙
「じゃあ、行くね。 真っ暗なのが続くけど私に掴まっていれば平気」
「うん!」
「それにしても遠いわねぇ……遠足で行ったとき、朝バスで学校出てふもとからちょっと登っただけでお昼になってたもの。 しかも真夜中だし走りだし」
「ひとりじゃ、こわそうだね」
「絶対ムリ。 ……って言いたいとこだけど、魔法少女になってる今じゃ別に怖くも何ともないのよねー。 悪い男の人なんか魔物より弱いもの。 ま、変身してなくても不意打ちでさえなければ何とかなっちゃうけどねー」
「わ、わたしはそれでも怖い……かも」
ぽつぽつと光る電灯と月明かりを頼りに、ひたすらに変わらない景色を走る魔法少女たちと公務員と精霊。
「でも、そんなに成長するものでしたっけ、魔法少女って。 確かに私は最初から魔力ありましたし美希ちゃんも結構だって言われてましたけど……」
「別に珍しいことじゃないわ。 魔力をたくさん扱っていれば上手く馴染む子もそれなりにいるの。 特に貴女たちは二度も大きな魔力を目の前にしていたんだし。 あたしたち精霊がこっちに来た最初期以外ではそうそうに無い体験よ」
「ゆいくんと魔王さんのおかげ……かな?」
「美希ちゃん美希ちゃん、魔物にさん付けは必要ないと思うわよ……?」
「使えば使うほど伸びしろが出てくるんだ、魔力って。 確かに使い手の少ない才能ではあるけど、何か……そうだね、文章を書いたり絵を描いたり、話をしたり運動をしたり。 時間を掛けるほどに得意になる感じかな。 あぁ、ゲーム的に言えばレベルアップだね」
「分かりやすいですけど、なんか急に魅力が……」
「え? そう? ゲームで例えるのって好評なんだけどなぁ」
数十分走り続けてさすがに疲れてきたのか渡辺は上着を腕にシャツも着崩している。
……特別に運動をしているわけではない公務員が数十分全力疾走をして息を切らさない辺りはさすが元魔法使いか。
それも込みでのこの仕事なんだけどね、と笑う。
「あ、そう言えばだいふくちゃん」
「どうしたの」
「だいふくちゃん、ゆい君と会ったばかりのころは私たちの前ではぬいぐるみちゃんに戻ってたけど……最近はずぅっと女の子の姿になってるなぁって。 ほら、微妙に魔力使うからーって言ってたじゃない? いえ、かわいいから私としては今の方が良いしモフれるから」
「そうね、もみくちゃにされるなら千花の前じゃ止めようかしら」
「わー!? ダメダメ、ウソウソそんなことしないしないっ!!」
さっと着ぐるみの尻尾を抱きしめて距離を取り始めただいふくを追いかけるようにして……田んぼに落ちそうになる千花。
「……別に理由はないわ。 別に変身を解けないわけじゃないの。 それは今度ね」
「ふーん。 ま、いっか」
「そ、そうだ……沙月先輩、もうこの先に着いちゃってるんですよね。 何してるんでしょうか」
「分からないねぇ、GPSからはほとんど同じ場所をうろうろしているってしか入らないし、そもそも電波が届きにくい場所だからそれも合っているか分からないんだ。 ……どうして、魔物が襲ってきて迎撃もそこそこにあっちへまっしぐらなのかも、ね。 責任感が強い彼女だ、投げ出したはずはない……んだけど。 …………自分から確証を持って向かっているんだろうね」
昔から対人関係以外でのトラブルを起こしたことはないから、多分何かが理由で何かを掴んだんだとは思うけど、と付け加える。
「魔女さん、しかもエースの人ですよね、沙月センパイって。 なら、なんとなくで強い魔物の居所分かったりするんじゃないですか? ほら、ゆい君もそんな感じですし」
「わたしでも近くなら……こう、ぴりって感じで分かるもん、ね」
「あんなに遠くからかい? 僕にもだし、魔女の人たちも分からなかったけど……。 あと、それでも沙月君なら先に、簡潔に理由を話して向かう許可をって言ってきそうなものだけど……タイミング悪く僕が電話してるときだっただけかもね」
「あっ」
うわずった声がだいふくの口から飛び出して思わず全員の足が緩くなる。
「………………………………」
ふわり、と。
だいふくの髪の毛と着ぐるみの毛が風に吹かれて少しばかり飛んで行く。
「何かあったかな、だいふく。 僕に連絡が来ていないから大きな戦況の変化はないと思いたいけど」
「……ええ、そうじゃないわ」
「じゃあどうしたのだいふくちゃん。 ……あと、ハゲちゃう前にだいふくちゃんもお休み取ったほうが良いわよ……?」
「はげたりしないわ。 ……しないはずよ……」
「だいふく、汗かいてる……」
「…………ええと、その。 先に言っとくけど、むしろ良いことなの。 良いこと、なんだけど心配と言うか」
「?」
「…………渡辺」
「うん」
「この国っていうくくりの中で、あたしたちが来た場所から向かってる場所まで転移できる魔法って、何人が持っていたかしら」
「……10キロくらいを何回か、それか一気に100キロを移動、か。 ……この前ひとり引退しちゃったから、今は魔女が2人魔法使いが1人だね」
「――それなら、今後はそれに魔法少女がふたり、加わりそうね」
「……ゆい君とみどり君か」
「ええ」
「ゆいくん、そんなことまでできるんだ……?」
「みどりちゃんじゃないかな? ほら、この前の結界でも」
「あー」
「そうね、そうだと信じたいわね。 これ以上ゆいのできることが増えちゃうと」
「彼への期待がさらに……だね。 うん、確かにみどり君が運んだって考えたいところだ」
今回も戦闘後の何日かは缶詰決定だなぁ、と肩を落とす渡辺。
公務員の悲哀が漂っていた。
「ところで」
足を止めた公務員がゆらりと振り向き。
「この前の件。 そう言えばどうして彼らが戦いに駆け付けていたのか描いていなかった気がするねぇ、千花君。 僕も忙しくて斜め読みしてオッケーしちゃってたけど」
「あ」
「聞き取りのときにも、なんにも言っていなかった気がするんだけど僕の気のせいかなぁ?」
「……他のことでいっぱいだったのと、眠かったので忘れて、ました……そ、そうだよね、ちかちゃん」
「…………わ、忘れたのはふたりの責任よね、美希ちゃん!」
「でもこういうのってまとめ役で経験も多くて慣れてるちかちゃんのお仕事だと思うな」
「ひ、卑怯よ美希ちゃん!?」
「だって、怒られるのこわいもん」
「私だって怖いわぁ!?」
「――――――――――――――千花君」
「ひゃっ!?」
「報告書。 今回が片付いたら。 今回の分に加えて、前回の分の書き直し。 頼むね? 追加ってことで良いからさ。 全部描き直さなくて良いけど……ね?」
「……はぃ……うう、やぶ蛇だぁ……」
ピロン、と渡辺がスマホに何かを打っていたと思ったら千花のそれへ連絡が来て――「タスク」と書かれた表示がふたつ、光っていた。
「学校でも家でもいつもこう……なんで私、要らないこと言っちゃうかなぁ」
「ちかちゃん、わたしも手伝うから」
ピロン。
「………………………………………………あぅ」
「美希君も、自分のを。 さりげなく千花君に押し付けないように。 ね?」
「……はぁい……」
深夜、農道のど真ん中。
そこには教室で教師に生徒が怒られているような光景が広がっていた。
♂(+♀)
「……っはぁっ……! これは、逃げ遅れたかしら……ね」
投げた短刀を回収する余裕もなくなった様子の沙月が――既にゴスロリ姿へと変身もしているのに肩で息をしている彼女が、膝をつく。
油断のつもりは、なかったわ。
今回もあの魔王級の敵だろうと警戒していたし、何よりも私は孤立している。
その中でクレーターを埋め尽くす魔物を相手にするなんて無謀なことはしなかった。
敵の全容を把握して適度に削って反撃の前に退散――したかったのだけれど。
「魔物が組織的に動くというのを、知っていたはずなのに……失敗よ」
逃げ回りながら遠距離で削る作業をしていた沙月は、決して油断していなかった。
追いかけてくる魔物を時折方向を変えたりして誘導し、充分な数を減らせる見込みだった。
――ただ、魔物は彼女の動きを見て思考し、包囲するようにゆっくりと移動していた。
それに気がつくのが遅れ、包囲網を突破して距離を取ったら残りが心許なくなり始めていた。
悔しいけれど、ここで退きましょう。
私に何かがありそうになったら、今は契約しているだいふくが身代わりになってしまうもの。
以前の私ならそれで良しとしていたかもしれないけれど、今は……。
沙月はそう判断して高い木の上へ飛ぶ。
魔物が密集しているすり鉢状の魔力の渦、そこへ近づけたら何かが分かったかも知れないが彼女自身が押し潰されては意味がない。
戦い慣れている彼女だからこその、まだ余裕を持っての撤退の判断。
そうして彼女が上方の枝に足をかけ、跳ぼうとしたとき――夜空より深い炭の空間が地面に出現する。
――――魔物の新たな攻撃手段?
一瞬遅かったら危なかったかしら。
こめかみを流れる汗を感じながら、彼女はその漆黒へ刃を向ける。
新しいパターンの攻撃と見られるからには、それだけを把握したら戻ろう。
彼女に向けて攻撃が飛んでくる予想をしながら対峙すること数秒。
そこから出てきたのは。
「――――――――――――――ゆい!? みどり!?」
「うげ、さっちゃん」
「お疲れさまでした」
変身をしたばかりで元気な状態の、ゆいとみどりだった。