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58話 異常事態:幕開け


「沙月さんを弄るのはとても楽しいんですけど」

「みどり……あのね、私は貴女よりも5つ6つ」

「そういえば実は外が大変なことになってきているんです」

「…………………………………………………………大変?」

「はい、大変です。 なので、ちょっと強引に覚醒させます」


小さいゆいたちを並ばせて座らせていたみどりは、ふと先ほどまでの浮ついた調子から戻る。

散々にからかわれていた沙月も、それを察せないほど鈍感ではない。


「……今度は何があったのかしら」

「説明は後です。 おはなししているあいだに準備を整えていましたので」

「もしかして今の会話は」

「それでは沙月先輩」


ふっとゆいたちどころか光が消え、ふたたびの漆黒に戻る空間。


「目が醒めたら……何が起きても、誰が何を言ってきても。 上の人からの指示が来たりしても見えなかった、聞こえなかったって言うことにして、まっすぐに全速力で。 北へ、向かってください。 沙月さんのできる最速で」


「北。 ……こちらの地理には疎いけれど、確か高い山脈があるのよね? そこが」

「時間が無いんです」

「でも、今し方まで」

「時間が無いんです」


これまで散々に自分を……と言う気持ちと、みどりの極端に変わった雰囲気に戸惑いを隠せない沙月。


「急がないと、間に合いません。 それができるのは、この瞬間では沙月さんだけ。 ……夢の中なので時間の流れが遅くなっていたのが幸いです。 私はこれから……ゆいくんが目を覚ましちゃわないよう、1秒でも引き留めます」

「ゆいが、起きたら。 ……まさか、また!? もう3度目よ!?」


「2度あることはって言いますし……ゆいくんですから。 また『じゅうたん』を使ってほしくはないんです、私だって。 いえ、介護生活という一切の生殺与奪を私が握る甘々な時間も悪くはないんですけど」

「……悪趣味ね」

「そうでもありません」

「褒めていないわ」


「あと、今回はたぶん……もっと、大変。 なので、荒技なわけです。 ……あとで怒らないでくださいね?」

「仕方のないことなら怒らないわよ」

「そうですか。 本当ですね。 ……なら」


ジャコッ、と……みどりが肩に乗せているのは太い筒のようなもの。


……沙月も、大型の魔物が出た現場でそれを見たことがある。

しかしそれは一般人、更には小学生の女子が扱えるものではないはずで。


「………………待ちなさい、それはジャベリ――」

「お先にどうぞ、ゆいくんのハーレム要因の先輩」


沙月の体が反応する前にその筒は火を噴き――跳んできたそれに押されながら彼女は宙高く待って行った。


「夢から覚めるとき、人はほとんどを忘れてしまいます。 でも、それだと困るんです。 ――なら、特別に刺激を加えたら良いはず。 ちょっと痛いですけど……まあ、夢の中ですし魔女さんですしゆいくんからたっぷりもらったから平気ですよね?」


♂(+♀)


「――――――――――――――ゼロ距離でロケットが爆発して平気なわけがないでしょう!? ………………………………………………、あ」


とてつもない衝撃と痛みを経験した――「ような記憶」を持ち帰った沙月はベッドで目を覚ます。

全身に汗をかいていて、寝起きなのに体は臨戦態勢。


――荒技ではあったが、沙月は確かに全てを覚えたままで飛び起きたのだった。


「……終わったらお説教ね。 年上を……恋愛経験がないからと言ってからかったり、あんな顔でほくそ笑んだり。 ……はぁ」

「ん――……さっちゃん……」

「っ!?」


かなり近いところで聞こえる、ゆいの声。


「………………………………………………」


おそるおそるめくりあげた彼女の布団の中には、パジャマを着てサイドテールを解いているゆいが丸まって眠っていた。


……また、潜り込んできたの。


小学生相手に貞操の危機を覚える必要がないと分かってはいても、幼い頃からのひとり暮らしと免疫の無さから未だに体はぎゅっとこわばるが……いくら叱っても懲りずに鍵を開けて入って来て、こうしてベッドに潜り込んで来るのになれてしまった沙月は、さらに上がってしまった鼓動を抑えようと深く息を吐き出す。


「……寝相、悪いんだから」


はだけて胸元が――少女にしか見えない彼のこと、見えてしまっていると同性の彼女でも心臓が跳ねてしまうそこのシャツを正してやってボタンを留めてやり、さらには何故か半分脱げておしりが少しばかり見えているズボンを穿かせてやり。


これで、しばらくは起きない……わよね。


念のために部屋へ結界を張り、窓から外へ出た沙月は――それを知る。


「……みどりが急ぐのも、分かるわね。 なるほど、これは……」


町の中は――ゆいの暮らす町は、3度目に。

沙月の知覚できる限りの全方向を埋め尽くす魔物に迫られていた。


♂(+♀)


ゆいの家に、敷地に、地域に結界を何重にも張って彼と外とを遮断しつつ、沙月は夜の町を駆ける。


魔物の大群――普通とは違う、それ。

普通なら特定の場所から湧き出る魔物という存在が、今回はまとめて郊外で発生したのかもしれないが、それを知る手段は今は無い。


幸いにして今は沙月の魔女の同僚も複数人おり、町の魔法少女もそれなりにいるし……最近は魔物の発生が少なくなっていたためかなり温存できているはず。


町は任せましょう。

私はみどりからの情報を頼りに北を目指さないと。


進路上の魔物を適度に狩りつつ、体力と魔力の消費を最低限に。


「あっ……ありがとうございますっ!」

「天童沙月……さんですよね! 魔女の方の!」


……こういうのは苦手なのよ。


既に戦っている魔法少女たちと遭遇して適当に投げた短刀で魔物を倒すたびに憧れの目を向けられる。


普段の巡回だと他の魔法少女と遭遇するのは稀だ。

そもそも町中とあって変身もしていないことが多いことから、すれ違ってもお互いにそうだと気づくことも少ない。


――けれど今は三度の乱戦となっていて、しかも今回沙月は魔物を倒しながら最短距離で町の外へと向かっていて。


あの子たちは私のこと、そこまで特別に見て来なかったからすっかり忘れていたわ、この注目されてしまう感覚。


「けれど」


沙月は電柱に付いている防災無線に目をやる。

既にこれだけの状況だというのに、住民の避難を促す放送すら聞こえない。


あちらこちらで戦闘が起き、爆発音や魔物の咆吼、電柱などが倒れる音、車のセキュリティで派手なのにサイレンの音すら聞こえない。


「………………………………………………」


魔法少女が複数出ている時点で連絡は行っているはず。

……なのに対応ができていない?


今度はいったい何なの。

魔王もその子供もゆいが倒したわ。


何。

これ以上の何があると言うの。


――こんなの、まるでゆいの記憶の中の異世界みたい、――――――。


嫌な想像がよぎり、ただの妄想だと切り捨てる。


――ゆいが異世界の精霊とやり取りできたり異世界の魔法を使えたりするように、異世界の魔物もこちらへ来られる。


「そんなわけ……無いでしょう!」


ゴスロリ形態になった彼女は、ひゅんと数十メートルの鞭を振るう。

大通りを埋めていた魔物が一瞬で消し飛ぶ。


つい先ほどに温存すると決めた体力と魔力を非効率的に消費してしまった沙月。

それでも、彼女の頭の中からその考えは消えてくれなかった。


――もし、万が一に魔物の驚異度を数十年ぶりに更新する自体が異世界、そうでなくともこれまでにない何かのせいであって、偶然に起きているのでなければ。


犠牲を出さずにそれを解決できるのは、ただひとり。

ゆいという、この世界に無い魔法を扱える少年だけ。


……ただ、代償として彼自身の未来という時間だけを犠牲にする。


少女にしか見えない、ゆい。

キスはしてくるわ抱きついてくるわ、鍵を開けて部屋に入ってくるわ風呂場に――あれから何回も――入って来るわ。


ずっと近くにいても、ぱっと見ると少女にしか見えない彼のことが心配だった。


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