55話 再びの、夢
「そういえばですね、沙月センパイ。 ゆい君ってあのときなんかもったいないなーって思っていたんですよ」
「何がなのかしら」
「必殺技っぽい一撃だったのに技名も叫ばなくてもったいないんです!!」
「何を力説するのかと思ったら……馬鹿らしい」
びしっと……人目があるからかスプーンを生成して沙月に向ける千花。
「魔法ってすっごいエフェクト出せないのかなって最初の頃から思っていたんですよ」
「ものすごくどうでもいいわね」
「良くありません!!」
「……わ、わたしもいいなぁって」
「……ああ、確か貴女たちは。 そうね、中二病とか言うものがあると聞いたことがあるわね」
「それでも良い! 私はかっこよくビシッと決めたいんです! ……どうしてか私のメインウェポン、台所にある物ですし……かっこ悪いんですよ、これ……ゆい君みたいにビシッと決める武器がない以上エフェクトで補いたいんです……」
ああ、と納得の眼差しが彼女に向けられる。
「ちかちゃん、確か」
「うん……その、ね? 衣装のことはしっかり考えてたんだけどね? うん……小学校は料理クラブだったから……」
「運動系かと思っていたけれど違うのね」
「入っておけば良かったかもです……」
ちかちゃんの見た目も雰囲気もお料理の得意そうなお世話焼きだから「お母さん」なんだよね……と思っていても口に出さない美希。
「でも、わたしも欲しい……です。 必殺技。 そう言うのがあったら、もうちょっとがんばれそう……」
「……かけ声は士気を上げるし、別に良いのではないかしらね」
「はい、引き継ぎ終わったわ。 お疲れ様、千花、美希」
「……もーちょっとセンパイと話してちゃだめかなぁだいふくちゃん。 最近会ってないから楽しくって」
「休みの日に会えばいいでしょう。 早く帰って勉強というものをしなさい」
「あー! だいふくちゃんは勉強しないからってー!」
♂(+♀)
明晰夢。
夢の中で「これは夢の中だ」と理解できている状態のこと。
一般的には眠りの浅いわずかな時間なのよね……と、最近仕入れた知識でぼんやりと考える沙月。
恐らくは明け方までの巡回を終えて帰ってからのことも済ませて寝ただろうことは、普段のルーチンから分かる。
……でも。
彼女の目の前には………………………………また、彼女の想像だとは思えないほどに明るい景色が広がっていた。
高い丘の上。
眼下にはあちらこちらが欠けている城壁で守られた陸の孤島に見える城下町。
煙がたくさん上がっているが火の手が上がっているようには見えないことから食事時だろう、とぼんやり考える。
青い空、わずかな緑、城壁――その外側は黒ずんだ大地。
――これは、前の。
ゆいが見ていた夢の――。
「見て、ゆい君。 晴れた空、真っ黒になっちゃってるけど見渡せる景色。 この世界がね? ……私が産まれた頃からずっと失ってた外側なの」
「私たちでしたらこれでも素敵だと思えますね。 空が青い、だなんて、おばあ様たちから聞いていただけだったもの。 ……まぶしいですけど、綺麗です。 黒い地面が、光を反射するだなんて……初めて見ましたし」
頭の上から振ってくる声に視線が向くと、先日の夢で見た少女たち。
――私、また、ゆいの夢に。
「これからどうするの?」
幼い声。
「そうねー、私たち戦える部隊で悪いのを倒しながら古い地図に残ってる町とか国をひとつひとつかなー。 そっちで隠れながらでも生きてる人、探したいもん。 もう戦いは終わって隠れなくても良いんだよーって。 かみさま、じゃないね、ゆいサマのおかげだーって」
別の少女が覗き込んできている。
「結局、姫様の説得で王様も折れてね、こっそりじゃなくてちゃんとお見送りできそう。 ……王様、ゆいさえ良ければこっちで暮らして、将来は婿入りして王様になってほしいーって言ってたけど。 ゆいはまだお子さまだからそれより家族の方が良いよねぇ」
「何百人でも何千人でもハーレム作れちゃうのにもったいない……」
「あなた、その感想が出てくるって……」
……ハーレムは……ま、まあ、世界を救った英雄なら納得できなくも……納得はできないけれど、け、桁が違わないかしら!?
………………………………………………。
……ゆいが幼い頃で、しかも興味が自分の可愛さという物にしか無くて良かったわ。
意識しか無いが、明らかに体が弛緩する感覚を覚える沙月。
「帰還の術式は?」
「あと少しで完成。 なるべくゆいサマが連れて来られたタイミングにーって、みんなで計算してるところ」
「それでしばらく町じゅうの魔法使えなくなっちゃうけど、誰も怒らないもんね。 だって、神様で■■■■なんだから」
時折不自然に聞こえなくなったり見えなくなったりしているが、これは過去のゆいの記憶。
……つまり、このような感じに記憶が封印されていたということ。
でも、夢で見ているということは、現実のゆいも思い出してしまっていて……。
「あ、そだ。 ゆいー、お願いあるんだけど」
「なぁに? 僕にできることならなんでもするよ!」
「……、何でも。 あの、それでは……目、閉じてみてくれませんか? ゆい様」
「こー?」
視界が遮られ、彼が本当に素直に目を閉じたのが分かる。
「……警戒心なさすぎません? ゆいサマ」
「でも、そうじゃないと恥ずかしくない?」
「そうね……いくら他の人がいないって言っても」
上方から、複数の……唾を飲み込む音。
………………………………………………。
……まさか。
「お礼ですから、やましいところもありませんし!」
「うん、そうだよね! ……お待たせ、ゆい君」
両肩に手が乗せられる感覚。
待って。
貴女たち、まさか。
だって、当時のゆいなんてたったの8歳くらいよ!?
ゆいからならともかく、貴女たちからするのなんて!
「なにかくれるのー?」
「……うん。 とっても甘い……と、いいな」
だから待ちなさいって!!
「――夢の中の相手に大声出しても意味ないですよ、沙月さん」
っ!?
急に夢の中の没入感が薄れ、映画館で上映中に停電になったような感覚。
それに、耳元でささやかれた声に驚き――振り向けてしまった、沙月。
「……あ、あら?」
「こんばんは、沙月さん。 あ、沙月先輩」
「……………………………………みどり?」
「はい、ゆいくんの夢の中のではなく現実の私です」
暗闇の中にひとり。
普段の調子のみどりが、ぽつんと立っていた。
「気になる人のスマホの操作履歴とか会話内容とか何を見たとか何を考えていたのかとか分刻みの行動とか誰と何秒話したとか目を何回擦ったのかとかお手洗いに行った回数とかおふろの時間とか寝相とかを知りたくなるのは女性としては当然ですけど、流石に夢の中まで気になるとはドン引きですよ」
「どうやって発声しているの」
「私は夢の中まで気になるのでこうして入り浸っていますけど」
「今それをドン引きと言わなかったかしら」
「私は良いんです」
「……そう」
「はい」
一切息継ぎなしで表情も変えず微動だにせず。
淡々と何か恐ろしい表現をしているみどりに戸惑う沙月。
「ゆいくんが気になる人っていうの否定しないんですね。 1歩前進です」
「貴女の変貌っぷりに驚いてその暇も無かっただけよ」
「そういうことにしておきましょうか」
「…………………………………………」
つい最近に明らかに、もとい隠さなくなってきたらしいみどりの本性。
これまでの、静かにゆいにくっついて歩くだけのおとなしい子という記憶が抜けきらないのよね……と思いながらも、よく分からない状況について知っていそうなみどりに問いかける。
「それで、これはいったい」
「ゆいくんの夢――魂の中です」
「た、魂……?」
「はい。 魂。 その人そのものです」
「…………………………………………」
「沙月先輩」
ずい、と、一瞬で目の前に浮いていたみどりの――重そうなまぶたの下の深い緑の瞳が、沙月の蒼い瞳と合う。
「遠く離れた想い人と夢で会話する、という話をご存じですか? あれはただの妄想なんかじゃなくて、本当にできることなんです。 ただ、お互いの心が深く求め合っていなければ、そして素質がなければ無理なだけ。 家族レベルでの心のつながり。 ゆいくんと私は当然ですけど……一緒に暮らして何回も濃密なキスをされて、ゆいくんを流し込まれた沙月さん。 あなたは、もう。 こちら側……ですよ?」
「ゆいくんに流し込まれてゆいくんの中にいる私たち。 ふふ……」
「……? 何が嬉しいのかしら……?」