54話 休息
「さっちゃんさっちゃんただいまー!」
「……今日はきちんと私が返事をするまで待てたわね。 偉いわ」
「えへへー」
「それで、きちんとうがいまでしたかしら?」
「あ。 ……手、手は洗った!」
「明日はできるように。 ね?」
「はーいっ!」
とんとんと開いていた参考書やノートを机の上に立て掛ける沙月と、いつも通りにランドセルを背負って彼女の物になっている部屋に入って来た、ゆい。
いくら説いても帰宅後即沙月へ突進の癖は直らなかったため、せめてもと……みどりの通りにひとつずつ覚えさせるように根気強く教え込んでいった結果、沙月が不快にならない程度にはなりつつある。
今日の彼は半袖のシャツに短パンというシンプルな服装。
――もっとも、半袖のシャツは同級生で休日に繁華街に出向くような女子たちが好むような「かわいい」ものだったし、ズボンもふともものつけ根までしか無いようなホットパンツに髪留めとチョーカーという格好だったが。
「あとはおっぱいあればなー。 でも、上の学年のおっぱいない子から、ない方がいいんだーっていつも言われるし」
「……異性とそういう話をするのはなるべく、いえ、思い出したらで良いから控えなさい」
「なんで?」
「いいから」
「ぶー」
対する今日の沙月はトレーナーに裾の広いズボン(ゆい相手に「パンツ」と言うのはなんだか抵抗があるらしい)という楽な服装。
これじゃどちらが男でどちらが女か分からないわね、と、ふと思いながら席を立ちドアの前でじっと待つ彼の元へ行く。
「……そろそろ髪、切った方が良いと思うわ」
「そうだねー、前髪目にかかってきた。 目隠れもかわいいんだけどねー」
「まだ小学生でしょう、目を悪くするからどうしてもと言うわけでなければ止めておきなさい」
「はーいっ。 でねでねさっちゃんさっちゃん、放課後にみんなでね!」
「はいはい、まずはランドセル置いてうがいしてきなさいな。 今お菓子出してくるから」
帰ってきた彼の話を適当に聞いてやりつつ家族が用意したおやつ――沙月の分も用意されてしまうため仕方なく一緒に食べる毎日だ――を出してやり、テレビや動画を適当に眺めながら相づちをうつ。
もうすっかり慣れた、彼と彼女の放課後だった。
♂(+♀)
「そろそろ行くわね。 だいふくが待っているわ」
「……そっか! さっちゃんはこれから夜中なんだよね。 どんな魔物をばっさばっさ倒したか教えてね!! あと魔女さんたちとどんな話したとか!!」
「魔物なんてほとんど出なくなっているし……私たちの雑談なんて聞いてもおもしろくないでしょう?」
「おもしろいよ?」
「……そう。 話してあげるからきちんと寝ていなさい。 魔法を使って睡眠時間削って、起きて待ったりしないこと」
途中で姉が帰ってきたり兄が帰ってきたり兄が着替えて出て行ったりする夕方、沙月が家を出るところまで張り付くゆい。
部屋着にコートを羽織って出る彼女のことを家の前の道路まで付いて来て、見えなくなるまで手を振るのまでが1セット。
周囲の目が気恥ずかしいため彼女の方は軽く頷く程度しか返さないが、それでも嬉しいらしくサイドテールを左右にはためかせながら見送りする彼。
一見は姉を慕う妹という光景だが、その中身は弟でもない男子。
「良いじゃないですかぁ沙月センパイ。 年下の男子にそこまで好かれていて!」
「……はぁ……貴女たちはいつもそれね。 ええ、もう否定するのも面倒くさくなってきたし、良いわ。 確かに単純に慕われるのは嬉しいわね。 決して……決して、男女のそれにはなり得ないけれど」
「えー」
「諦めなさい」
「詰まりません」
「なら貴女がくっつけば良いのではないかしら」
「いえ、それはご遠慮です。 みどりちゃんいますし」
「……なら私も同じよ」
一般人とは違って魔女という、治安維持の仕事を職業としている沙月や町に滞在している魔女たちは、ほとんどが魔法少女というアルバイトたちが携われない夜間の巡回を担当している。
今日は交代する相手が千花と美希だったことから「30分だけ!」とコンビニの前で軽食を取りつつ過ごす。
「……けど、ゆい君そこまで落ち込んでないんですね」
「あれだけ魔法少女するの、楽しそうだったのに、ね」
「ええ、普通の小学生らしく放課後まで走り回って遊んでから帰って来ているおかげで体力もきちんと消耗してくれていて楽よ」
「でも……いいなぁ、沙月先輩」
「美希、貴女また」
「だってだって、あんなに沙月先輩のこと好きだーって全身で言ってるんですよ? ゆいくん。 わんこみたいでかわいいです」
「美希ちゃん年下シュミだもんね?」
「別にそういう訳じゃないけど……かっこいい系よりはかわいい系かなぁって」
「そっかなー、私はかっこいい方が……あ、でも、みどりちゃんがいるからムリだけどゆい君だったら私もいいかも。 …………私より可愛いからときどき落ち込みそうだけど」
「う、うん……女子としては複雑だよねぇ。 普通の女の子よりも女の子らしい男の子って」
「……貴女たちって飽きないわね。 同じような会話ばかりして」
「楽しくないです?」
「全然ね。 おかげで同僚とさえもあまり話が合わないわ」
ことり、と飲み終えたコーヒーの缶をごみ箱に入れ、やっぱり缶の味がするから嫌ね、とつぶやく。
「でもでもっ、やっぱりわたし、羨ましいです。 おはようとかおかえりとかって、毎日して」
「生活リズムの関係で無い日もあるわよ?」
「毎日のようにしてくれるなんて。 甲斐甲斐しいって言うか、新婚さんみたいっていうか」
「聞きなさい」
「新婚さんにしては可愛すぎるお婿さん……お嫁さん? だけどねー」
「10年早いわ。 それに、私だってそういう相手には頼りがいを求めたいもの」
「……沙月センパイが最近は乗ってきてくれる……!!」
「貴女たち、こういう会話しかしないもの……」
あまり買い食いばかりしているとダイエットが大変よ、特に魔法を使えなくなったら……という声に魔法少女たちの手元が止まり。
「あ、でも、私そこまで恋バナしてませんよ? どっちかっていうと美希ちゃんがしてきますし」
「そ、そう……? で、でも、ゆいくんのこと見てたら誰だって言いたくなると思うなぁ、男の子なのにかわいいって」
「何かずれている気がするけれど……」
「最近は沙月センパイもだいぶデレてきましたし、みどりちゃんも嫉妬してる気配無いですし、まだお付き合い……どう見てもしてるけど、ふたりとも別にそういう仲じゃ無いっていってますし、沙月センパイにもチャンス、ありますよ? ゆい君見えない尻尾、沙月センパイには大きめに振ってますし」
「だから違うわ。 私があんなお子さま好きになるだなんて、有り得ないでしょう」
「そうですかー? 頼られるところとかで案外きゅんと来ちゃうかもですよー?」
「無いわね」
「即答!?」
「……沙月までゆいの話ばかりするようになったわね」
「この子たちがそれしか振ってこないのよ……だいふく」
別の魔法少女のところにいたらしいだいふくが姿を現す。
細くて柔らかい金髪ごと犬とウサギのキメラな着ぐるみにすっぽりと入っているという……いつもと同じ格好の、幼い少女に見える存在。
「あの子が悪さ、していないみたいで安心ね」
「魔法を使ったりしたら分かるんでしょう?」
「ええ。 鍵を開け閉めしたり、離れたところのものを取ったりで1日に10回以上使っているわね。 変身も頻繁にしているけれど戦っていないのは分かるから諦めたわ」
「……テレビを観ている最中にも気になった服装に変身してしまうのよね……微々たる魔力だし、誰かに迷惑かけるわけでもなしで叱ったりはしないけれど」
沙月とだいふくは同じような目をしながらどこを見るわけでもなく。
「……ところで貴女たち、美希に千花。 何も、たかが巡回中に見つけた驚異度の低い魔物相手に全力で戦わなくても良いのよ? 貴女たちのペアは充分に戦えるんだし」
「でもねぇだいふくちゃん、私たちの巡回も魔女さんたちのおかげで週3から週1にすっごく減っちゃったから体が鈍っちゃうのよ。 特に私はほら、何年もしてるから余計に」
「う、うん、わ、わたしも……わたしはまだまだだけど、でも魔法使わないと、なんか……こう、むずむずする感じする、ね。 不思議。 あれ……でも。 この感覚、最近どこかで」
「み、美希と千花はっ!」
不意に話を大声で切るだいふくに視線が注がれるが、当のだいふくは……何を言おうか決めていなかったようにあたふたとして、はっと何かに気づいた様子で。
「そっ……、そう! 貴女たちは魔法少女としては! 千花はずっとこの町のまとめ役するほどだし、まだ伸びしろがあるみたいだし美希はまだまだこれからなのに魔力は多いし! だから近いうちに貴女たちのでーたを更新して貰おうって渡辺と話していたの!」
「……? 急にどうしたのよだいふく……いえ、そうね。 確かに貴女たちは魔法少女としてもっと高みを望めるわ。 時間のあるときに手ほどきをしてあげましょうか」
「うぇっ!? 現役の魔女さんからお稽古!? いえ、嬉しいですっ」
「わ、わたしも……ゆいくんやみどりちゃんに迷惑かけないように、強くなりたい……ですっ」
「この地域、いえ、この町は2度も対処の難しい魔物に襲われたわ。 偶然でしょうけれど、3度目がないとは限らない。 そのときに後ろを守ってくれる人がいると、私たちが楽だからよ」
「沙月センパイツンデレだーっ! ゆい君相手ならしょっちゅうのデレ、私たちも頂きました!!」
「ち、ちかちゃん茶化しちゃダメだよ……」
少女たちは姦しく戯れ。
精霊は……何かを隠し通せたからか、ほうっとするのだった。