53話 魔法と、命と
「黙ってたことを聞き出されて、それを聞くだけだからつまらなくて寝ちゃったゆいくん。 でも、命を代償にする魔法っていうのはみんなが心配してるよ」
「………………………………………………ん」
ご両親には本当のことを伝えなきゃいけないけど……いつ、どこまでにするのかが悩みどころだね、と寝不足で血走っていた目と下の隈を濃くしてため息を吐く渡辺。
「けれど、命を縮める……と表現したけど、使いすぎたからと言って別に死ぬわけじゃなさそうだ。 ――だからこそ、知られるわけには行かないね」
「ええ。 ゆいの見て聞いたことが正確だったら」
「うん。 少しだけは安心だけど、だからこそ使わせるわけには、ね。 なにしろ、町中には――侵攻を防ぐために先に犠牲になった人たちが、廃人のようになって生きていたらしいから」
「廃人……いけないお薬を使った人とかがなるやつですよ、ね」
「魔法とは生命力よ。 貴女たちだって動きすぎたら疲れて足を止めるし、詰まらなければぼーっとするし、具合が悪ければご飯を食べられなくなるでしょ」
「私、1回無茶しすぎてやっちゃったから分かるわぁ……その感覚」
あー、あのときはずっと青かったからすっごい責任感あったのよねー、と突っ伏している千花。
「千花君は以前、まだまとめ役になって間もない頃だったかな……責任感から戦わせ過ぎちゃってね。 魔力が切れて寝ちゃう寸前の状態に繰り返しなっていたのに気がつけなかった。 ――そのせいでしばらく魔力が回復できない状態になって寝込んじゃったんだ。 あのときは肝が冷えたよ」
「その節はご心配をお掛けしましたぁ……うう、耳が熱い……」
「精霊たちの魔法じゃ命を……と言うことにならないのが逆に危ないっていう例だったね。 真面目すぎる子は、僕たちがきちんと見てシフトを管理してあげないといけなかった。 僕のミスだよ」
「…………つまり、ゆいにとってその異世界の魔法は」
「劇薬だね。 うん、確かにその世界に、合いすぎた」
すうすうと寝息を立てている、ゆい。
――暇になるとすぐに寝てしまうと言う彼の幼い行動も、もしかしたら魔法を先取りしすぎたせいで……と、今となっては不安でしか無くなっていた。
「問題はあっちの魔法。 どんな感じで魔力を持ってくるか、よ」
「だいふくたちは、ある程度魔法を使ったらパスをせき止めているんだっけ?」
「ええ、だって小さな子ほど使い切っちゃいそうになるから。 だから、貴女たちも。 ある程度魔力を使うと眠くなるようにして使わせないようにしているわ。 そうじゃなければ、疲れすぎて――呼吸をする力も、残らないから」
「え!? それ、死んじゃうってことなの!?」
「そうよ。 だからあたしたちが『契約』で間に入っているの。 方法はあたし自身も教わってないけど、人が勝手に魔法を使う方法も長老たちなら知ってるだろうし」
「……だいふく、わたしたちを守ってくれてるんだね」
「痛みを半分にするのも同じ理由で同じ方法。 そのついでで話をしなくても意志が通じるし、酷いケガを負いそうになったらあたしたちが引き受けられる。 ……大丈夫、あたしたちは肉体を持たないもの。 ガマンすれば耐えられるんだからあたしたちが肩代わりするの」
「その理屈で行くと、ゆい君は精霊――だいふくたち地球の、だね――っていうストッパーを介さないで限界まで魔法を使えてしまうし、未来の自分から魔力を借りてしまう『じゅうたん』も使えてしまう。 それは」
「危険、ですね。 幼いから判断力に欠けていて、将来廃人になるということがどういうものなのかを正確に理解できていないわ。 そうでなければ、命を投げ出すような戦い方なんてできないもの」
「ん――……」
夢の中にいるゆいがもぞもぞと動く。
「……でも、ゆいくん。 たぶん、分かっています。 分かっていて、だからしているんです。 怒られる、心配されるって分かってるからこそ、自分からは言わなかったんです」
「こんなに大事なことなのに、この子は」
「こんなに大事なことだから、ですよ、沙月さん。 魔法を使って人を護るお仕事をされている方は、普通の人よりも責任感が強い。 命の危険があるとき、自分と誰かの命だったら自分の命を優先、しません」
「けれどっ、この子は!」
「さ、沙月先輩……ゆいくん、起きちゃいますから」
「そーだねー、正義感からだもんねぇ……私は強く言えないかなぁ……」
「でも、です」
すっと姿勢を正すみどりに、さらに何かがあるのかと身構える一同。
「――ですからこそ。 ……すぅ――…………ゆいくんは考えることと動くことがいつも完璧に同時で自分の気持ちに正直で絶対に曲げなくて一途というものでそれが私大好きなんですけどちょっとズルすることくらいはありますけど基本的に正義と悪なら正義の方を好きなのでそれに反する嘘は大嫌いですしごましかたりできなくてさっきみたいに心配されて問い詰められても困って動けなくなって黙っちゃうところがもうこの上なく心をくすぐられてでも言い返したい気持ちはちゃんとあるのでよく見るとほっぺを膨らませて文句を言っているのが分かるのでとてもとても」
「みっ、みどりちゃん……ゆいくん、起きちゃう、よ?」
「あ、失礼ました美希さん」
「落差ぁ!?」
「……みどり、貴女、今ひと息で……」
無表情で淡々と息継ぎなしに……何かと思えばゆいのことを熱くアピールし、少し言い間違えをした程度の雰囲気で謝るみどり。
「……うん。 ええと、まあ、なんて言うのかな。 みどり君がゆい君のことを好きなのはよーく分かったから」
「ごめんなさい、独身の渡辺さんには毒でしたね。 20代後半なのに彼女さんもいないみたいな渡辺さんには」
「毒吐くね、みどり君」
「気を回しすぎたようです」
それきり黙ってしまうみどり。
することが無くなったのか、ゆいの髪を手で梳き始めた彼女に視線は向かいつつ、また今度話してもいいかな、と話を打ち切る渡辺だった。
♂(+♀)
「でも、ゆいの調子ですといずれは」
「うん、だろうね」
千花と美希はそろそろ眠気が限界だからと後にし、だいふくはゆいを運んで行った先で一緒に眠ってしまい、それを確認したみどりがさらに同じ布団の中に引きずり込み――玄関での沙月と渡辺。
「すでに充分に怪しまれてはいるしね。 精霊たちの反対が無ければとっくに中央の病院で細かい検査だらけだったはずだから。 ……せめて『あれ』は知られたくないんだけど」
「あ、だいふく、もう寝てしまって。 ……そうですね、ゆいが魔力を――たくさん、使えるのは」
「魔王くらいのが出てきたら――拒否権も、彼自身も」
「………………………………………………………………」
「だから、できるだけ彼を戦わせないようにって考えてる。 幸い、今回のことで君の同僚も何人か町に留まってくれるみたいだし」
「丁度良い休暇だと言っていましたから」
「それは嬉しいね」
とん、とスーツのズボンの下のスニーカーを合わせる公務員に首をかしげる彼女。
「……革靴では無いんですね?」
「うん、あっという間にすり減っちゃうし、緊急時に走り続けられないから」
「渡辺さん、前は魔法使いだったんですよね? 変身とかは、今」
「できないことはないけど、しないかな。 もう学生のときみたいには行かないしね。 あれだよ、スポーツ選手もそうだろう? 20歳くらいがピークなんだよ……悲しいことにね」
年を取るって嫌だね、と言いつつも、魔法使いやってたから老化は遅くて感謝しているよと笑う。
「……ゆい君のこと、頼んだよ。 みどり君の次に懐いているようだからね。 いや、年上ということを考えると」
「ホームステイさせて貰っている分は面倒を見ます。 それだけです」
「ま、そういうことにしておこうか。 君も大変だったし、2、3日はゆっくりしているといい。 また連絡するよ」
「……だから、違うと言っているのに。 どうして誰も彼もが、ゆいと私のことを……」
静かに鍵を掛けた沙月は、そうつぶやくのだった。