52話 異世界の魔法
「ところでだいふく。 また確認させて申し訳ないけど結界魔法の状態をこの場で確かめさせてもらっても良いかな」
「また? ……もう、仕方ないわね」
唐突に話を切り、声にも不自然さが残るふたりの会話。
それは、先ほどゆいから聞き出していたときにも――。
「――これで大丈夫。 テーブルの上のデンシキキまでを結界の外にやったわ」
「うん、ありがとう」
「……さっきもありましたけど、これ……何です? 渡辺さん」
「ね。 後で説明するって……」
「うん、盗聴と録音防止だね」
「と、盗聴……!?」
「こ、こわい……」
さらっと物騒な単語を口にする渡辺に、千花と美希が肩を上げる。
「渡辺さん。 ……それって、スマホとかのバックドアというもの?」
「お、みどりちゃん知ってるんだ。 最近の小学生は進んでるねぇ、さすがはデジタルネイティブ」
「そういう発言をすると、気にされている『おじさん』というものになりますよ?」
「おお、みどりちゃん辛辣だね」
うとうとし始めたゆいに頬ずりしながら「それほどでも」と謎の照れ方をするみどりに「でも、20代の男をおじさん呼ばわりは止めてね?」と困った顔をする渡辺。
「バックドア、ですか? スパイものの映画で聞いたことがあります」
「うん、千花君、似たようなものだよ。 まあ周知の事実っていうものなんだけど、こういうスマホとかネットに繋がってて音を拾える機器はね、こっそり周りの会話を集めて送っちゃうんだよ」
「え」
「ウソ!?」
「あはは、美希君大丈夫、今はだいふくがシャットアウトしてくれているし、聞かれてるって言っても僕たちの会話すべてじゃないさ。 ……特定のワードや特定の人物の周辺の会話を優先して……今だとAIで自動識別だし本当に人は聞いていないさ……収集されていて、犯罪とか大きなことに関係ありそうだったらー、っていうヤツさ。 だから君たちの会話なら、まず大丈夫。 場所だって一般家庭のこちらを選んだわけだしさ」
「……じゃあ、まさか……こ、恋人とかとの会話もぜーんぶですか!?」
「おや、千花君にはもうそんなお相手が?」
「いえっ、いませんけどっ!」
「いずれにしても大丈夫だよ。 大きな機関はいちいち個人には関わっていられないからね。 この国だけでも1億を超える人がいる。 時間も手間も足りないよ」
まあ、聞かれて恥ずかしい会話とかは直接会っての方が良いかもね、と言う言葉に顔を赤くする千花と――分かったような分からないような、という表情の美希。
「……あとで教えましょうか? 美希先輩」
「い、いえっ、その必要は無いわよ、みどりちゃん!!」
「なんでちかちゃんが答えるの……?」
「さて。 僕たちにとっての本題はここからだね。 ――ゆい君が、命を削って戦っていることについてだ」
弛緩していた空気がぎゅっと引き締まり、とうとうみどりにもたれかかって寝てしまったゆいを除いて真剣な表情が並ぶ。
「うん、彼も気にしていたからね、そうして寝ていてくれる方が気が楽だ」
「大物ですね……ゆい君」
「つ、つかれてるんじゃ」
「そうね、ゆいは朝までの戦いより今さっきまで問い詰められていたときの方が緊張していたみたいよ」
「だろうね。 で、だ。 異世界最後の国の首都。 王城。 国どころか滅びた国々の……だっけ、その面々が頭を下げながら膨大な魔力を消費してまで呼び寄せたんだ。 ゆい君の潜在能力は計り知れなかったんだろう。 例えそのときまでは眠ったままとしても、どうにかして探り当てられたそれは――起死回生の、最後のバクチを打つのにふさわしいって判断されるくらいには」
寝顔。
あどけない幼さが残る小学生――低学年にも見えるゆい。
まつげは長く頬は丸い母親譲りの顔、腰まで伸ばした髪と左右に跳ねるサイドテール。
みどりとお揃いの服。
声も高ければ「かわいい」に関係する会話なら間違いなく小学生女子としか見られない彼、男だと言われてもなかなか納得できない彼。
とても、そんな存在には見えなかったが――彼女たちは知っている。
この世界の誰もが太刀打ちできなかった魔王を、たったの一撃で葬ったあの瞬間を。
「で、彼が言うには『魔王』って言うのもあっちでの『せいぜいが中ボス、敵地の奥だとザコ』らしい。 つまりは、そういうことさ」
「……ゆいくん、すごいん、ですね。 知って、いましたけど……」
「私は前から知っていました」
「みどりちゃん、今張り合わなくてもみんな知ってるから。 ねえ、沙月センパイ」
「どうして私に振るの? 千花」
ゆいの顔を見つめ続けていた沙月がわずかに慌てつつ――みどりからの視線を否定する。
「そんなことより。 その、ゆいが教わった魔法。 だいふくたち精霊とは違って……命を削るんですよね。 『めがみさま』に繋がって使う『じゅうたん』というもので」
「うん、沙月君がゆい君と仲良くなってくれたおかげで聞き出せたね」
「違います。 それは偶然」
「沙月先輩の心はゆいくんに」
「偶然よ。 今はふざけていないで」
「はーいっ」
「……それは、明らかにだいふくたち精霊から僕たち人類が――地球の人類が教えてもらった魔法とは違うものだ。 僕たちは僕たちの魂っていうものに貯まった分の魔力しか使えない。 それ以上使おうとしても眠くなってしまう。 ちょうど、ゲームのMPみたいなもの。 ……だけどゆい君のそれは、例えるならHPを魔力に変換できちゃうっていう感じかな? それも、寝たら戻る分のHPもどんどん使えちゃう」
「あ、分かりやすいです」
「渡辺さんもゲームとかするんですか?」
「僕も子供のころはね。 ……ありがたいことに彼がその魔法の仕組みとかを理解していないから、仮にこれが上層部に知られても……多分、応用されてーってことはできないと思う。 けど、今後魔王級の魔物が出た場合、倒せるからって言ってゆい君を半ば強制的に連れて行く可能性もあるからね。 なによりゆい君の性格なら、聞いたらきっと行っちゃう。 だから、隠しておきたいんだ」
「――そうですね。 私も魔女をしていますから、ときには……魔王相手のときのように命をかける気持ちにもなります。 もっと悲惨な世界を見てきた彼と彼の性格なら」
「うん、自分から向かっちゃうね。 そうされたら僕たちでも止められない。 彼が知覚する範囲で発生したのなら仕方は無いけど……海外からの要請とかになったら、それこそ」
「ヒーロー。 ゆいくんが喜びそうな展開です」
「駄目よ」
「分かってます、私も反対ですから。 止めませんけど、反対です」
「……そう」
「ふにふにぽめい……」
「……………………………………………………………………………………」
「……………………………………………………………………………………」
「……………………………………………………………………………………」
「あ、ゆいくんの変な寝言ですのでお気になさらず」
ふにふにぽめい、と、さっと片手でノートを出してメモをしているみどり。
「……ええと。 あっちの魔法もこっちと似ていて『めがみさま』と契約して魔法を使うみたいだね。 精霊をまとめたような存在がいるっていうことかな」
「でしょうね、分体は沢山いるらしいですけどだいふくたちのように個性は無い、と言っていましたし」
「……その女神という精霊、大精霊と呼ぶべきなのかしらね。 あたしたちとは違うから……時間というものを操って、明日より先の魔力をどうにかして今日に持ってくる方法で無理をさせるんでしょうね。 ……人間が滅びそうになって、あたしたちにその力があれば……あたしたちだって、させるかもしれないもの」
「……だいふく」
「精霊っていう、優しい存在のおかげで僕たちも守ってもらっているね。 で、それが『じゅうたん』。 たぶん時間単位……ゆい君はまとめて何日とか何ヶ月とか分かって貰っていたらしいけど、それをこっちでも使えちゃってる。 ……今朝の戦闘でも、しちゃったらしいね」
「はい。 ゆいくん、見えない誰かに話しかけて貰っていました。 止めませんでしたけど」
「みどりはゆいのこと」
「沙月先輩よりも好きですね」
「私はどうでもいいの」
「そうですか?」
「そうなの」
「……沙月先輩は頑固なので認めませんけど、私はゆいくんのことが私の命よりも大切です。 でも、止めません。 ゆいくんがしたくって、ゆいくんが判断したことですから」
「みどり君はゆい君のことが本当に好きなんだねぇ」
「重いわ。 あと、私は違うわ」
「だいふくだいふく、今は沙月センパイとも契約してるんでしょ? 沙月センパイの気持ちを……痛ったい!」
「ちかちゃん、いつもそうやってからかうから……」
「……暢気で良いわね」
「だいふくも巻き込もうかしら」
「止めて頂戴!!!」