50話 接続/暴露
「ゆい」
沙月に詰め寄られるも逃げたりはせず、ただ何も言わず表情も作らず――彼女を見上げるだけのゆい。
危ないことをしていないか、と言う問いに無言での回答。
ゆいのそれは――変な価値観を持っている彼は、嘘を吐きたくないときにはそうやってただただ黙るというものを彼の家で見てきた沙月は、さらに一歩、彼に近づく。
「何で、そんなことをするの」
「………………………………」
「危ないと理解しているのでしょう」
「…………………………………………」
「……そんなに危ないものを使わないの……! 今日だって確かに私たち危なかったかもしれない。 けれど、それだって必要最低限だけにして撤退して、残りは私の同僚に任せたら良い! 魔王の子供と言ってもだいふくの結界を破れない力しか発揮できていなかった! あなたが――命を削るまでする必要は無いのよ!!」
「…………………………………………………………」
そこで初めて。
沙月の声に涙が混じっているのを聞いた彼は、少しだけ視線を下げる。
「私たちのこと、そんなに信用できない? ええ、観たわ。 あなた、本当にここではないどこかで――私たちが接してきた魔物なんかよりずっと強力なものと戦って来たのでしょうね! でも! あなたが変身するまでなんとか守ってきた私たちを信用しなさいよ! あなたは! まだ、小学生の子供なのよ!!」
「あ、あの……沙月先輩」
沙月の剣幕があまりのものだったのか、おずおずと美希がゆいとのあいだに割り込む形になる。
「ええと、沙月先輩。 沙月先輩が起きてから急に怒り出しちゃったの、わたしたちびっくりしてて。 あと、さっきから何の話を……?」
「……見えたのよ。 いえ、観えたわ」
「?」
「……箝口令が敷かれていたんだけど、もう美希たちも良いわよね」
「だいふく?」
「ゆいは、夢で見たとかじゃなく、ね。 本当にここではないどこか、『異世界』という場所へ行ったらしいの。 月に何回かセイフの人が彼に直接聞いてる。 そこでゆい、前からそっちの魔法を使っていたから……って」
「……そんなこと、だいふくちゃん」
「ごめんなさい。 千花たちが知っても面倒になるから」
気まずそうに目を逸らしながら口を開くだいふくと、何年も一緒だったパートナーなのに大事なことを伝えられていなかったショックを隠しきれない千花。
全員の目は、互いに合っていなかった。
「今話しちゃったから明日にでも……いえ、もう今日、なのね。 セイフの人が来ていろいろ説明して来ると思うわ。 美希も、千花も。 別に危ないこととかは無いから安心して頂戴。 ただ、他の人に話しちゃダメって約束するだけよ。 ――――――――――――――けど」
だいふくがつかつかと沙月に向かい――ゆいよりも少しだけ低いところから彼女を見上げる。
「どうして貴女がそれを知っているの? 沙月。 しかも、何かしらの代償がありそうだということも」
「そんなのはもちろん、――――――――――――――もちろん?」
沙月の眉間の皺が、起きてから初めて解ける。
「……え? え。 どうして私分かるのかしら。 ええと、ゆいが……最初はお城のホールみたいなところで傅かれていて……ゆいが、今より幼いときでも理解できる口調にするのが大変そうな大人たち……『じゅうたん』『めがみさま』。 あ、あれ……? 先ほど観ていない知識までも……ええと、どうして」
「沙月さんがゆいくんに首ったけだからです。 本当の意味でのハジメテをあげても構わないくらいに」
「……………………………………………………………………………………え」
「……………………………………………………み、みどりちゃん、また!?」
「ちかちゃん、初めてって?」
「みどり、今は真面目な話をしているの」
ずい、と、すっかり下を向いてしまっているゆいを庇うようにしてみどりが割り込み、またまた物騒な単語を口にした。
「嘘は言っていません。 真面目な言い方ですと……ええと。 みなさんにとっての恋人……は人によってばらばらですので、家族。 そう、家族に対しては心が開けていますよね。 大抵のことは許せちゃいますし、とっさのときに頼るし助けたいって思いますよね。 魂のつながり、強いですよね。 ――それと、同じ。 沙月先輩にとってのゆいくんは、それくらい近い存在になっているということです。 あ、あとでだいふくはおしおきね」
「何でよ!?」
ぴぃ、と声を上げて――普段の反射でゆいの後ろに抱きついて耳と尻尾を丸めるだいふくを眺めながらほっこりとしているみどり。
――他の少女たちにとっては、ほっこりなどしている場合では無くなった。
「――ちっ、違うわ!? 私、別にゆいのことなんて」
「気持ちでは認められないんですね。 あいかわらずにはずかしがりやさんです、沙月先輩」
「だからちがっ」
「いいんです、私が分かっていれば」
「だから待ちなさいみどり!! 私はこの子のことなんて何とも!! ……あ、いえ、違うのゆい。 そういう意味ではなくて、その、恋愛的な」
じぃ、と2対の視線が自分に突き刺さっているのを感じる沙月は――キスのときよりも顔を赤くして主張するが、それが一層に……恋愛もののヒロインみたいな反応になっているなぁと思われているとは露知らず。
ついでに全員の興味が自分から移ったことに安心したゆいが、その意味を理解できずに沙月を見つめる。
さっちゃんのおもしろい反応、としか思っていないらしいが。
「とにかく私はゆいを」
「とりあえず引き上げませんか? 沙月先輩」
「だから」
「結界の外には町の魔法少女さんたちも、きっと来ているでしょう魔女の人たちもいるはず。 でもいきなり結界を解いちゃうと魔物が町にわーっと出ちゃって誰かを襲うかもしれませんよね?」
ぱん、と手を叩いてゆいの手を握るみどり。
「でしょう?」
「……ええ、でも」
「ゆいくんのこと。 今聞かなくたって、お家に帰って休んでからでも聞けるでしょう? だって、ゆいくんとドウセイしているんですから」
「同居ね」
「同棲では?」
「ホームステイだと」
「ではそういうことにしておきましょうか」
「…………………………………………………………」
「……みどりちゃん、ひょっとしてこっちが本性なの……?」
「な、なんか、ちょっとこわいね」
「怖くなんかありませんよ? 美希さん」
「あと。 ……せっかく親玉を倒したんです。 ゆいくんも、それで怒られていたらかわいそうです。 今くらいは嬉しい気持ちでいさせてあげたいです。 ね?」
「…………………………………………………………」
視線も合わさずひと言も発さずにいる、ゆい。
――普段とはまるで違う彼の姿に、さすがの沙月も落ち着いたらしい。
「……分かったわ。 それもそうね」
「ちなみにゆいくんのこの顔はですね。 ウソをつきたくないけど言いたくもなくって、でも良い具合にとぼけるっていうのはできなくって、ついでに話してないはずの秘密が沙月先輩に知られていてどうしよう。 っていう感情です」
「……みどりちゃんありがと」
「……みどりちゃん、心読めたりする?」
「いえ。 経験です」
「けいけん……」
「はい」
「……みどりの言う通りでもあるし、先に魔物を倒し切って結界を解きましょうか。 ゆいに……ええと、補充してもらったとは言っても私たちは夜通し戦っていたわ。 緊張が切れたら眠気で立っていられないでしょう」
「そうね。 ならさっさと片づけちゃいましょ。 沙月、飛び回れるわね? なら結界の端っこの方からお願い。 千花と美希は近くから……」
「ゆいくんはどうするの? だいふく」
「ぴ……え、ええ。 ……ゆい」
「…………だいふく」
「普通の魔法少女な範囲だったら戦ってほしいわ。 けど、もし沙月の言うような……可能性のあるものだったら、ここであたしと待っていてほしいの。 戦いたいんだったら、アレは使わないで。 ――お願い」
「……うん」
そうしてロッドを握りしめた彼を見てひとまずで安心した少女たちは、長かった夜の後始末に向かった。