49話 決着のあとの戦闘
「ゆいくん、お疲れさま。 こっちだよ、こっち」
「…………………………………………………………」
「ゆいくんは特別だから。 強いから今回も楽勝。 ……先輩方、このあとはどうなるんですか? まだ小さいのは残っているみたいなので見回りしてから……お昼とかでしょうか」
沙月と視線が合ったことなど気にせず、みどりは尋ねる。
「そうねー、緊急だったとは言え徹夜だったから変身解いたら眠くなっちゃいそうねぇ。 ……ま、今日のお昼じゃなくても良いけどみんなでがんばったんだし、焼き肉とかステーキとか行っちゃう?」
「……すてーき……!」
「美希ちゃんはステーキの方ね? そう考えたらお腹が空いてきたわー」
まだ魔法少女の格好を続けたままだが、すっかり気が抜けてこの後のことを話し始める千花と美希。
彼女たちは連続で半日以上戦っていたから無理もないだろう。
今回は町への被害も無いわけだし、ゆいのおかげで大元が消し飛んだのをその目で見ていたしで、魔法少女たちは定期試験の最後の科目を終えた心境になっていた。
「――いえ、おかしいわ。 いくらなんでも……ゆいが特別だとは言っても。 だって、あんなの、今まであたしが見てきた子たち……魔女の子たちと比べたって飛び抜けすぎているんだもの」
朝日がまぶしいのか、だいふくはフードをかぶりうさぎの耳を風に任せながらひとり言を言っていて。
「――そうよ。 あたしたちのこと知ってたのも魔力をあそこまで上手に扱えるのも……みんな異世界の知識と経験のおかげだって、長老たちも納得してたけど。 でも、おかしいの。 なんで、人が、精霊と同じことをできるの……? それに2回目だから彼自身の魔力よね……それで、あんな規格外を倒しちゃうだなんて。 あそこまで行くともう、ヒト以前に肉体を持つ種族ができる限界を……才能の有無とか言う問題じゃ……」
「……………………………………………………………………………………」
風って、本当に言葉を運ぶのね。
魔法少女たちから離れてひとりぽつぽつと声に出してしまっているだいふくのそれを、沙月は聞いてしまっていた。
「おまたせー!!」
とん、とロッドを使って急停止しながらゆいが舞い戻ってきた。
「……………………………………………………………………………………」
「ゆいくん、疲れてない?」
「みどりちゃんに運んでもらってるあいだ寝てたから!!」
「……ほんの数分のはずなんだけど……」
「いやー、ゆい君すごいわ! 同い年の私の頃よりずぅっとすごい!」
「僕すごい!?」
「ええ、すごい!」
「う、うん、すごかったしかっこよかったよ、ゆいくん」
「えー? 美希ー、そこはかわいかったって言ってほしいなー」
「え……え? あ、うん、かわい、かった……?」
「……………………………………………………………………………………」
魔法少女たちに囲まれて嬉しそうに顔を上げている「魔法少女」。
彼を知らなければごく普通の、オーソドックスな魔法少女にしか見えない姿を眺めて考えるだいふくと。
「あ、さっちゃんも起きたんだね! けどざーんねん! ボスは僕が倒しちゃったから! あ、それじゃまだ残ってるちっちゃいの倒さなきゃだよね? 僕はまだまだ平気だから僕も一緒に」
「待ちなさい」
ひゅんと――沙月の持つ短刀の切っ先が、ゆいの目の前で止まる。
「――え? さ、沙月センパイ!?」
「え……え?」
「ちょっと沙月!? 貴女何やって」
「……………………………………」
お祝いムードから一転、どこかで見たような光景にひとりを除いて驚きで固まってしまう。
どこかで――初対面のときのように沙月からの一方的な敵意で、武器を向け。
そっくりではあったが、今回ゆいは、防御しなかった。
「……………………………………さっちゃん?」
それは沙月のことを知ったからなのか、それとも何かに勘づいたのか。
「答えなさい、ゆい」
「なぁに、さっちゃん」
「あなたの、その力。 私たち魔女、魔法少女……いえ、現代の地球で使われている魔力と同じ――ではないわよね。 異世界だったかしら、そちらのものを使っていると以前言っていたけれど、ただの魔力、魔力という表現が正しいのかしら」
ゆいが防がないのを見て獲物を下ろしつつ近づき、彼の顔を見下ろす。
「あなたの、その力。 『神様』の『じゅうたん』」
「…………………………………………………………」
「嘘を吐かないで答えて。 それは、あなたの命を削るものでは、ないのよね」
「…………………………………………………………」
ゆいは、ただ沙月を見つめるだけ。
その場の誰も、それ以上の言葉を口にすることができなかった。
♂(+♀)
スマホの通知音が響いて時間が動き出すと沙月はそれを手に取り、渡辺からのものだと分かると――千花に投げる。
「うわっ!? さ、さっちゃんセンパ」
「連絡をお願いするわ。 今は私、それどころではないの」
「は、はひ。 ……あ、渡辺さん。 は、はい、えっと……」
「それで、だいふく」
「な、何? 沙月」
「私たちの契約について聞きたいわ。 時間が経っているから多少の記憶違いをしているかもしれないけれど、私たちはあなたたち精霊と契約する際こう伝えられたわ。 ――魔力というものは人類のごく一部に備わっている珍しい力。 私たち人類は魔法なんて使わずに来たけれど、それを引き出せたら人を超える力を発揮できるからこそ、あなたたちは私たちと契約というパスを開いて、あなたたちがそれをコントロールしている」
「……え、ええ、そうね」
「本当に人が、人だけで扱えないものなの?」
「ほとんどは、ね」
「……例外が?」
「ええ。 この世界のお伽話では当たり前のように魔法が出てくるわね」
「……そうね。 昔話や神話などでは。 でも、あれは作り話」
「じゃ、ないそうよ。 長老たちの観測では、昔はこの世界自体に魔力がたくさんあったの。 最後の方では……何だったかしら。 えーてる? とか言って人間も観測しかけていたけれど……今はもう、少なくともそこここで補給できるほどにはないわ。 山奥とか特別な場所なら別でしょうけれど」
「で、でも、だいふく。 ゆ、ゆいくんはよく神社とか行ってたって」
「それだけであれだけの魔法使えるなら、とっくに魔物なんて片付いているわ。 あたしたちも、あのときはそれで納得しちゃったけど」
「あう」
「……それで、そういう時代にも数えるほどだったでしょうけど、魔力を自分で扱える人間もいたらしいの。 それこそ、ゆいの好きなマンガとかアニメって言うのに出てくる人たちみたいなことを」
「……だいふく。 先ほどからずいぶんと曖昧な発言ね」
「それはそうでしょう? あたし、あなたたちと歳は近いのよ。 それより前のことなんて長老たちからの又聞きよ」
「それもそう……いえ、待って」
ばっと、ゆいをにらんでいた沙月の視線が、だいふくに移る。
小学校低学年くらい、金色の髪を魔力で漂わせている着ぐるみの少女……に変身している精霊へ。
「……あなた、そんな歳だったの? ゆいよりも幼い格好に変身するから」
「契約する子に威圧感を与えないためよ。 人だって個体差があるでしょ」
「それもそうね。 ……とにかく、私たちの扱う魔力。 これは睡眠で回復する疲労や睡魔と似ているわ。 使えば使っただけ減るし、鍛えたら少しずつ成長する……けれど、限界はある。 何より、私たちの命……寿命を削ったりなんか。 …………………………しない、のよね?」
「当たり前でしょう。 あたしたちを舐めないで」
珍しくだいふくが語気を強めて沙月に言う。
「あたしたちは人も……なによりも子供が好きだからこうして一緒になるって決めたの。 なのに魔法を使う代わりに……ってひどいじゃない。 確かに代償を伴う力って言うのもあるんでしょうね、あたしみたいな若い個体には教えてもらえないでしょうけど。 けど、それだってきっと……まずはあたしたち精霊が使うんだし、それで足りなければそう言った上で人間の大人。 魔女か魔法使いの大人に頼むわよ」
「……そうね、あなたたちはそう言う存在だったわね。 ごめんなさい」
「良いわ。 けど、ええと……『かみさま』とか『じゅうたんって』」
「ちょちょちょ、センパイ待って? かみさまとかじゅうたんって何の」
「その話は後よ」
電話は終わったのか、千花も戻って来ていたが……沙月の怒りは止まらない。
「…………………………………………………………」
そんな彼女たちの様子を、みどりはじっと眺めていて。
ゆいも、ただじっと待っていて。
「……そんなものがあるんだったら、あたしたちの大先輩の魔女の人たちが今でも元気に生きているのはおかしいわよね。 いえ、むしろ魔法少女を経験した人は若いって有名。 だいふくを疑ったわけではないけれど、それに間違いはなさそうね。 ――と言うことは」
「ゆい」
「…………………………………………………………」
全員の目が、彼に降り注ぐ。
彼は、真正面から受け取る。
「……そもそも最初からおかしいと騒ぎになっていたわね。 男子なのに魔法少女になってしまったと。 今のところ、あなたのように異性のそれに変身できた人はいないと言うわ。 そうして、その馬鹿みたいな魔力。 1回目、あのときだけならまだ納得はできたわ。 『最初の一撃』は素質のある子なら誰だって出せる。 けれど、もう言い逃れはできないわ」
沙月は膝を折り、彼の両肩に手を置き、目線を合わせて問う。
「昨日の昼から夕方。 あなたたちは少なくとも50の魔物を倒したと記録されている。 そして、渡辺さんからおかしな問い合わせがあった。 あなたとみどり、昨日の夜に――何十人の魔法少女の人たちに、魔力をあげたそうね? 私たちへと、同じ方法で。 それなのに魔王の子供を倒して、まだそんなにも元気。 ――――――明らかに不自然よ」
「…………………………………………………………」
「貴方。 異世界で『神様』として使っていた力。 命を対価にするでしょう、危険な力。 それを――今この瞬間も、使っているのでしょう?」