45話 じゅうたんとキスとみどりの暴走
きゅぽんっ、と、勢いのいい音が静かになった結界に響く。
「ふうっ。 これでばっちり! 今日たくさん『つじプリースト』っていうのしてきたから入れる速さも注ぐ具合もばっちりでしょー!」
「は、はわ。 はわわわわわ……」
ゆいの唇が、吸い付いていた先の――――――――――美希の唇から離れる。
ちなみにその前には千花の、そのさらに前にはだいふくの唇に吸い付いていた。
今のところ被害に遭っていないのは、沙月だけ。
その沙月は、ゆいの唇がだいふくの唇に吸い付いたのを見て気絶していたからこそ無事だった。
まだ、無事だった。
まだ。
「あふれて来ちゃう少し前くらいまでだから、ちょっと体動かさないとびみょーかも。 おかし食べ過ぎちゃったときみたいな感じ?」
「…………………………………………………………………………」
「…………………………………………………………………………」
「…………………………………………………………………………」
元気にあふれるゆい以外身じろぎもせず、しんと静まりかえる場。
ちなみに先ほどまで吹き荒れていた吹雪も襲ってきていた魔物も、ゆいの変身時の光で吹き飛んでいた。
「……私、キス、したことなかったのに」
「…………ちかちゃんって、男の子ちぎっては投げなんじゃないの」
「そんなことないわよ。 告られることはあるけど、そういうのはまだ早いって、……数分前まで思ってたし」
「………………そうなんだ」
ぽつりぽつりと千花と美希が再起動。
最初に被害を受けただいふくはまだまだフリーズ中。
みどりはそんなだいふくを好きにしていて、沙月は気絶中。
ゆいは満足したのか何やら魔法少女に支給されるスマホを弄っていた。
「ま、まあ……ね? 小学生の男の子からならノーカンにも……できる?」
「し、しようと思えば……? 恋愛的な意味、無いだろうし?」
「そ、そうよねっ! 遊んであげてたら何かの拍子に転んじゃってキスしちゃったみたいな!!」
「わたし、漫画とかでそういうのみるたびに。 ……前歯同士が当たって折れちゃうんじゃないかってひやひやするの」
「美希ちゃん……ヘンなとこでリアリストよね」
「そう?」
よたよたと歩み寄るふたり。
……内股で、吐息はまだ荒く――顔は真っ赤なままで。
「魔力、感覚でしか分からないけど……確かに、うん。 たくさん、かな。 ……ちかちゃんも?」
「……ええ。 魔法少女になって、睡眠時間で回復する量把握するクセついてるから……ほぼ満タンって言うの、合ってそう」
「え、すごいね」
「美希ちゃんもそのうち分かるわよ。 けど」
「「…………………………………………気持ち良かった」」
思わずで同時に同じセリフが口をついて出てきたふたりは……何となく気まずくなって目を逸らしつつ、スマホを弄っているゆいを見やる。
「…………………………………………あの、ね? ちかちゃん」
「…………………………………………なに、かな、美希ちゃん」
「……ちかちゃんもおんなじだってなんとなく分かるから言っちゃうけど。 ……その。 キスされてるときの、あの感覚。 えっと、お口の中……あ、恥ずかし過ぎるからこれはなし!! …………………………………………で、その。 もしかして、考えすぎかもしれないんだけど……この感覚。 お口の中とか頭とか……お腹とかに、えっと。 きゅん、って来るようなくすぐったさ」
「…………あ――――――――――。 うん。 ……うん。 そうだよね、美希ちゃん。 さすがにケイケン無くても少女マンガとかのアレで分かっちゃうわよね」
ぶるっ、と体が震える美希のことを、千花は見なかったことにした。
……彼女も同じだったし、さらに言えば少し前のだいふくも――さらにさらに、ゆいとの初対面のときの沙月や、このすぐ後の彼女のことを思って。
「え、えっとね。 美希ちゃんにこういう話するのすっごく恥ずかしいんだけど」
「おふたりのご想像の通り乙女が想い人から求められたときの感覚です」
「みどりちゃん!?」
「み、みどりちゃん」
すすっ、とにじり寄ってくるみどりにさっと距離を取ってしまう千花と美希。
ちなみにだいふくはあいかわらずにみどりに抱きかかえられておもちゃになっている。
「男子の方ならともかく、中学生の一般的女子ならほとんど知識では知っているそれです。 誤解のないようにもっと直接的に言うのでしたら性行」
「誤解はないからオブラートに包もうかみどりちゃん!?」
「あら。 千花先輩がそう言うのでしたら。 ある程度成長した男女が恋愛感情を持つ相手に覚える感情に伴うそれです。 もっとも、覚えなくてもというヒトもいるようですけど。 ……ふふ」
「は、はわ…………」
口から魂が抜けたような印象のだいふくの胸元にみどりの両手が行く。
「魔力。 口移しのそれって、とてもとても気持ちいいですよね。 動物的な衝動で行われるそれを、ゆいくんからされるとやみつきになりますよね」
「……みどりちゃん。 いつもの倍くらいのスピードで話してるね……? しかも、なんか嬉しそう」
「そうです。 私、ゆいくんのこと好きですから」
「なんか、すごい笑顔」
「そうです。 私、ゆいくんのこと好きですから」
口から魂が抜けたような印象のだいふくの胸元をみどりの両手が蠢く。
「だいふくから聞き出しましたけど、これ、精霊同士もできるそうです。 なんでも魂から魂へ魔力を直接交換するという仕組みだそうで。 で、これ、人同士も……魔法少女や魔法使いでなくても本当はできるそうですね。 もちろんゆいくんほどじゃなくて、ちょっと元気になる程度で。 あ、私は別に男性同士も女性同士も良いと思いますけど。 えっと、何の……そうです。 ふつうの人でも動物でもできるそれは、つまりは子孫を残すための行為のことで」
「みどりちゃん、ちょっと、もうちょっとペース落として……ね?」
「千花先輩」
「私は……えっと、前から……それのこと知ってたけど美希ちゃんは今が初めてだから」
「つまりゆいくんは美希先輩が無知なのを良いことに初めてを強引に奪ったと」
「どうしてそういう表現がさらさら出てくるのかな!?」
口から魂が抜けたような印象のだいふくの腹部にみどりの両手が行く。
「だって、私はその体験をもっともっと前にゆいくんからしてもらいましたから」
「……み、みどりちゃん、それって」
「私の初体け」
「みどりちゃんお願いだから落ち着いて!? いきなりぶっちゃけてきてどうしたの!?」
「だって、おふたりも私の仲間になりましたから。 ふふ」
「はつたいけん?」
「美希ちゃんはそのままの美希ちゃんでいて……」
「? うん」
口から魂が抜けたような印象のだいふくの腹部を、みどりの両手が服の下で蠢こうとして。
「……あと、だいふくちゃん離してあげようか。 みどりちゃんだって、私とかに……えっと、うとうとしてるときとかにそういうこと」
「私は女性相手も行けますから大歓迎ですよ?」
「そういうことじゃないの」
「そうですか」
口から魂が抜けたような印象のだいふくは、千花によって解放されて介抱された。
心なしか安心したような表情になるだいふく。
「……もしかして、前からだいふくちゃんのことやけに追っかけてたのって」
「反応がおもしろかったのと、ゆいくんに色目使っていたので」
「…………あ、うん。 そうなの」
一瞬だけ声のトーンが落ちたのを聞かなかったことにして……千花はだいふくを横にならせ、そっと両耳を塞いでやる。
「……だいふく、お耳そっちだったんだ」
「だいふくちゃんのこれ、フードよ……?」
「それはそうと、つまりさっきのキスでおふたりが感じたのは端的に言いますと裸になった恋仲の二人が直接に粘膜」
「よーし! みどりちゃんの本性が分かってきたけどわからなかったフリしたげるからもうちょっとエンジン落とそっか! この後魔王の子供だっけ、との戦闘もあるし!!!」
「……千花先輩は初心がお好み。 分かりました、それで満足します」
「…………最近の小学生って、進んでいるのね」
「私だけだと思いますよ?」
「あ、みどりちゃん自覚はあるのね」
「ええ。 ゆいくんに近づくムシを排除してきましたから」
「……聞かなかったことにしておくわね」
「そうですか」