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44話 じゅうたんと変身と

「いたっ……もー、結界って痛すぎ……いたっ!」


光の差さない空間を進むのは抱き合うみどりとゆい。

墨汁の中のような中を迷うことなく泳ぐようにしてだいふくの元へ向かうみどりは、数秒おきに怪我をする。


「やっぱり魔法少女とか精霊とかって私たちの反対だもん……予想はしてたけど、こうちくちく痛いと困っちゃう。 ゆいくんもケガしちゃってるし……もうっ」


潜水している形のふたりの上からまばゆい光が降り注ぎ当たるたびに服が避け血しぶきが上がる。


「次からは気をつけなくちゃ……魔法で治せるけどゆいくんのお肌に傷残したくないもん。 私はどうでもいいけど……いった!」


ゆいへの被弾を防ごうとして庇ったみどりは、背中にひときわ大きい傷を負い、血しぶきが上がり……けれども足は止めずに前へと進む。


「……ゆいくん。 ようやく憧れの■■■■になったんだもんね。 なるべく活躍させてあげたいけど……あれ、バレちゃうよね。 どうするんだろ」


次第にみどりたちの周りの空間に弾けた血液が溜まるが、同時に振動と音も激しくなってきて出口が近いことを教える。


「…………ちょっと、血、流し過ぎちゃった……かな。 次からは本当、気をつけないと……ゆいくんの活躍、見てあげられなくなっちゃうもん」


ここかな、と手で探った先の水面。


みどりが頭を少し浮かせると景色が反転し――頭上に地面、そこに立っている千花と美希の後ろ姿が映る。


「ちかちゃんっ! 後ろ! 何か来る!!」

「えっ!?  ま、魔物!? ど、どうしよ、沙月センパイがっ!」


「あ、丁度いい感じに着いたのかな」と思いつつみどりは鉄棒の要領でぐるりと天地を返して降り……立とうとして、べちゃりと地面に顔から叩きつけられた。


「――――――――――――――みどりちゃん!?」

「え。 ……あ、ほんと、みどりちゃん。 ……え?」


「痛い。 ……ぐすん」


そう口にできる程度には平気らしい彼女は体を起こして観察する。


「……沙月さんとだいふくがダウンして、いるんですね」

「みどりちゃん!? ちかちゃん、みどりちゃんがっ!」

「酷い血の量…………け、けど、魔物がすぐそこまで!」


「あ、大丈夫です。 別に魔物のせいでついた血ではないので」


「え」

「……え?」


「ち、ちょちょっ!? それ、なんか危ない気がするわよ!? 離れた方が」

「で、でも、みどりちゃんそこから出てきた、よ……? え、えっと……?」


「……あ、そんなところに引っかかってた。 ……寝相、悪いんだから。 知ってるけど」


「それより」


血まみれであちらこちらが裂けている黒いシャツにクリーム色のスカート、赤い靴という格好、髪の毛も先の方が千切れているという有様。


しかしみどりは無表情のまま、よいしょ、と――どう見ても血だまりの足元を引きずって振り返り、まだ開いている黒い空間に両腕を突っ込み――苦労して連れてきたゆいを引っ張り出した。


「……え? ゆい君まで!?」

「ゆっ、ゆいくんも血だらけ」


どさりと彼女に被さるようにして落ちてきたのは目を閉じている、ゆい。

お気に入りの白いシャツに黒いスカートはあちらこちらが破れ紅く染まっていたのだが、深く眠っていたからか静かな寝息を立てている。


「…………す――……す――……」


「このまま寝させてあげたいけど……ごめんね。 ゆいくん。 ……起きて。 ほら、分かるでしょ? ゆいくんが話してくれた――――――が、すぐそばにいるよ?」

「ん」


ぴょこんとサイドテールを弾ませ体を起こしたゆいは、あたりをきょろきょろと見回して「ここ、だいふくの中なんだ」とつぶやく。


「だいふく? ……ああ、結界って言うの」

「あ、みどりちゃん。 おはよ」

「うん、おはよう。 怪我させちゃってごめんね」

「平気平気! 魔法で治せちゃうから!」


それを聞き、無意識でゆいを抱きしめるみどりは抱きしめられ返して。


「……あのー、ゆい君? みどりちゃん? ……おーい、ふたりだけの世界に入ってないで出て来てー」

「いつもだったら見てたいけど今は、その……ピンチだから、ねっ!?」


死闘とも表現できる戦いをしてきた魔法少女たちは、年下のアブノーマルにも見える距離感を愛でたら良いのか焦ったら良いのか分からず、とりあえずで今の状況を思い出して声をかける。


「あ、ちかと美希。 おはよ」

「んっ……」


みどりに体重を掛けつつ起き上がった彼は、普段通りの――千花や美希が見たことのない、寝起きでとろけたような表情をした彼は、そう挨拶をしつつきょろきょろと辺りを探り。


「――――――――――――ほんとだ、いる」


ぱあっと――冷風が吹き荒れる夜空の中、鋭い桜色に包まれた次の瞬間「魔法少女」が、獲物を「彼」の背丈よりも高く伸ばして立っていた。


「ゆいくん」

「……あのときも、そうだった。 変身できて楽しくってよく見なかったけど……やっぱり、あれだったんだね。 通りですっごく懐かしかったんだ」


「や、だから魔物……ふたりは自分で歩ける!? 走れる!? 私は沙月先輩を」

「う、うんっ! だいふく、ちゃんとだっこしたから」


「でも、ダメだよ」


じわり、と、彼の髪が美しい桃色から――毛先が、黒くにじむ。

じわり、と、みどりの口元が歪む。


「さっさとかえらなきゃ。 君たちは地球に存在しちゃいけないんだから」


そんなことを、ぼそりと告げる彼の声にも、顔にも……目にも、感情は映っていなかった。


♂(+♀)


「くいしんぼさんは、消さなきゃダメ。 他のみんなを食べちゃうんだもん」


「く、くいしんぼ……? ゆ、ゆい君、逃げるの! その先にいるのはこの前ゆい君が倒した魔王の子供だって! 沙月センパイもこうして眠っちゃうくらい戦ってるんだから!」

「……さっちゃん」


沙月を抱えた千花がゆいの元へたどり着き、今は逃げるのよ、と懸命に声をかける。


「あのときよりずっと強そう。 もう1年分くらい要るかも」

「ゆいくん……? あの、みどりちゃん。 ゆいくんを説得して」


「やです」


「……え?」

「やです。 そのためにゆいくん連れて来たんですから」


普段は素直なみどりから一蹴され、美希はだいふくを抱えたまま固まる。


「え、でも、今魔物がたくさん」

「――めがみさま、おねがい!」


ゆいが声を張り上げたと思ったとたん彼を中心にまばゆい光が放たれ、美希と千花は思わずで目を瞑る。


目をぎゅっとつぶって頭を背けてもなおまぶたに映る強烈な光は、数時間ものあいだ暗い結界の中で戦っていた彼女たちにとっては――魔物が迫っていると知っていても動けなくなるほどのもの。


ゆいの体は変身をするときと同じように桜色の光に包まれている。

しかし、変身をするときとは違いその光は彼自身から来たものではなく。


「ここではないどこか」から彼に向かって流れて来たエネルギーだった。


「――――――――――――あら、あたし。 魔力切れで寝ちゃってたの?」

「……どうもそうみたいね。 私も……って、千花? どうして私を抱きかかえて」


「うぇ!? だ、だいふく!? その格好に戻れるくらい元気になったの!?」

「この格好に? どういうことかしら美希、あたしは」


「あー!! なんでもないなんでもない!! だいふくちゃんも沙月センパイも戦いすぎてうとうとしてたのよ!!!」

「……それは分かったけれど、人の寝起きに大声を出さないで頂戴、千花。 私を連れて離脱してくれていたのは有り難いのだけれど」


ゆいからの光が収まると、意識を失っていた1人と1匹は急に目を覚まし――だいふくに至っては原形を留めていなかった体が、人を模した幼い少女の姿に戻っていた。


「……余波だけでこれ。 やっぱりゆいくんは……ふふ、ふふふふふ……」


こっそりと、いつの間にかに距離を取っていて……しかもまた、あの闇の中に入り込んでいたみどりは、にゅっと姿を現し。


ゆいが楽しそうにしているのを眺め、独り笑っていた。


「ヒーローの復活ね」

「ヒロインの方がいい!!」

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