43話 キスとじゅうたんと
「サービスタイム継続よ、紳士淑女の同好の士たち」
ちゅぽっ、と、吸い付いていた唇同士が勢いよく離れる音が響いた。
「ふ、……あ」
「ふう、調整ばっちり! 君ももうちょっと休んだら戦えそうだね。 くすぐったいの落ち着いたら」
ゆいが吸い付いていた相手は見知らぬ少女………………………………彼の暮らす町にいる魔法少女の内の誰か。
そう、誰か。
名前も知らなければ顔も知らず、顔つきから彼よりは年上だということが分かる程度の相手。
そんな彼女とは、今し方知り合う……前に吸い付いた関係だった。
もしこの場で彼の性別が彼だと知られれば――一応は大変な騒ぎになること間違いなしの所業だったが、そんなことは彼にとっては知ったことではなかった。
ついでにその所業を唆したみどりにとっても、どうでもいいことだったらしい。
「ゆいくん、邪魔な魔物は排除しておいたよ」
「うん! ありがとみどりちゃん!」
息を荒くして焦点の合わない少女を抱きかかえたままずりずりとみどりの元へと向かうゆい。
「……ゆいくん。 それは、さすがに、ない」
「え? あ、ごめんね……えっと、君。 名前知らないけど」
「ゆいくん、良くも悪くもおおざっぱなんだから……ちょっと待ってて」
「はーいっ」
すでに分単位の接吻を終えた魔法少女のことはゆいの意識から遠のき、「あ、残ってるやつみっけ」と、獲物を抱えてひとっ飛びする彼のスカートのすき間を眺めていたみどりは、見えなくなってしまうと視線を下ろす。
――そこには彼女のせいで彼の獲物になった、憐れな名も知らぬ魔法少女。
魔物十数匹と戦い、……それでも充分な程度の実力の、ごく一般的な魔法少女のひとり。
取り立てて目立ったものはないが魔法少女になったからには、同世代の少女たちよりは強い芯を持つはずの彼女。
…………魔力が枯渇して物陰に隠れていた彼女がみどりによって補足され、ゆいとともに至近距離に表れ、「今から魔力分けてあげるから目を閉じて?」と言われ、疲労でぼんやりした頭のせいで言うことを聞いてしまい――唇の先から口の中までを蹂躙された被害者。
放心状態の彼女を――数歳上の少女を見下ろしているみどりの瞳には嗜虐的な感情が光ったが、普段の無表情に少しだけの申し訳なさだけを取り繕いながら介抱する。
「私たちのゆいくんが、ごめんなさい。 ――これで抜けていた力も戻ると思うんですけど……どうですか」
ぽう、と、みどりにしては珍しく暖かい光を放つ魔力で「その感覚」を抜いてやる。
「……ぁ、はい…………だいじょうぶ、そう、です」
「それは良かったです。 ――で、貴女はゆいくんの言うとおりに、ちょっと休めば魔力満タンで戦えるらしいんですけど」
すっ、と、みどりの唇が少女の耳元に向かう。
「――――――――――――これから何十人もの魔法少女の方達が、今の貴女とと同じ目に遭うわけです。 ので、みなさんのために。 この町の人たちのために、教えてくださいませんか。 さっきので、どのくらい「来ました」か」
「え、来たって」
「反対の表現の方がお好みですか?」
「来た、の、反対。 ……………………~~~~~!?」
「あ、よかったです、分かるんですね、それ。 美希さんみたいに初心なヒトだったらって思ってましたけど助かりそうです。 それで」
両手で魔法少女の頭を胸元に押し付け、耳のうぶ毛に唇が当たる距離にまで抱きかかえ、みどりは催促する。
「――――――――――――どのくらい、ですか? みなさんのために。 そう、この町の人たちのために恥を捨ててください。 ふふ……あ、失礼しました……私もゆいくんに同じ、いえ、もっと容赦ないキスを何回もされて「それ」のこと、よーく知ってますから大丈夫です。 さあ……次は貴女の横で気絶していた魔法少女の方です。 お友だちですか? ……そうですか。 その方のために、どのくらいなのか……教えて、ください?」
緩急を付け、抑揚を付け――まるで催眠のように吹き込まれるその言葉で、憐れな魔法少女の意識はなすがままになり。
「――――――――――――くらい」
「なるほど。 普通の……じゃなくって、貴女たちにとっては10回には届かないんですね。 ありがとうございます」
意識がはっきりとしたら……例えもう会うことのない間柄であったとしても少女として最大級にデリケートな秘密を口にしてしまったことで、悶えるのは間違いない未来。
それを想像して微笑むみどりはゆいを呼び寄せ、彼女が回収していた3人ほどの魔法少女たちへ、追加のキスを求める。
「魔法少女の人たちが倍がんばれたら、さっちゃんとかだいふくたちが外気にしなくていいもんね! 分かった!」
「……うん、そうだよ。 じゃあ、私は周り、警戒してるから……お願い、ね?」
――そうして、さらなる犠牲者が3人生まれた。
♂(+♀)
犠牲者はもうすぐ20を数えるころ……みどり主催のゆいの寄り道は終わる。
「これくらい戦える人いたらしばらく平気……かな。 うん」
「よく分かんないけどみどりちゃんがそう言うんだったらそうじゃない?」
「……ゆいくんも、なんでも丸投げしちゃうクセは変えた方が良いかも」
「そう? みどりちゃんだったらじょうずにしてくれそうだけど」
「あ、でも、私の出番がなくなるからやっぱりダメ」
「よく分かんないけど分かったー」
荒い息をする初対面の少女――最後の犠牲者はもうすぐ受験で引退の予定だったらしい――を優しく寝かせ、みどりに合わせて立ち上がろうとするゆい。
だが。
「……とと」
「ゆいくん」
ふらっとバランスを崩すも、一瞬で彼の体が傾いた方向に移動していたみどりが支える。
「……ゆいくん、魔力。 使い切っちゃった……? ごめんなさい」
「? なんでみどりちゃん謝るの? 僕がまだまだ行けるって言ったんだし」
と、ふらつきながら――今度は武器を杖代わりにして立ち上がり、すう、とひと呼吸すると目を閉じる。
「――――――――――――めがみさま。 今度は8ヶ月分、お願い」
「………………………………………………………………………………」
彼の呼吸が止まると、枯渇――意識が途切れるくらいに――していた彼の体は魔力で満たされ始める。
普段の彼とは違い、一切の元気というものを感じさせずに祈りを捧げるような姿。
そんな彼をみどりは……静かに見つめる。
「……ふぁ。 ちょーっと怒られちゃったけどちゃんともらえた」
「使いすぎ?」
「うん。 僕の命を……っとと、とにかくムダ遣いはだめだよーって」
「そう。 なら、言われたとおりにしないとね」
「うんっ! ……めがみさま、怒るとこわいし」
ひゅんとロッドを彼の身長ほどに整え「今はこれくらいかな」と何度か素振りをするゆい。
「……うん、だいじょうぶ」
「じゃ、行こっか。 だいふくたち待ってるよ、きっと」
「うんっ! さっちゃんがいるから大丈夫だろうけど、そろそろ行かないとね! あ、でも、途中の魔物は倒していきたいな」
魔力を纏って空へ飛び上がる「魔法少女」たち。
先日の襲撃の爪痕が……家の屋根のブルーシートや瓦礫をまとめた土地、工事車両などでまだまだ残っている彼の住む町を見下ろしながら空を駆ける。
街灯もまばらになっていて、夜となると地区ごと真っ暗になったままの場所まである風景を、すっかり見慣れた彼らはなんとも思わずに通り過ぎる。
そうして魔物の反応があると地面へ急降下、ほぼ毎回ゆいがロッドを一振りで片づけるという……普通の魔法少女が数分はかかる相手を数秒で片づけながら、先へ先へと。
「……本当に、無理。 してないよね」
「うん。 こんなのはぜんぜん疲れないし」
「……そ。 なら、いいの」
♂(+♀)
「…………ふぁああ――……」
「……もう目の前に結界、あるけど」
「眠いぃ……」
「ええと、今夜だけで魔物は523体、キスしてあげた人たちは46人。 『じゅうたん』2年3ヶ月分……で、合ってる?」
「みどりちゃんが言うんだから合ってる……あふ」
「私だってまちがえることくらいあるけど……そっか。 魔力もたくさん使ったって言うのもあるけど、単純に疲れだよ。 夕方だってあんなに戦ったし」
「んむぅ――……」
「……私が、運んであげるから。 ゆいくん、仮眠取ったら?」
「……そうする。 おやすみ、みどりちゃん」
「うん。 ……………………………………そこまで疲れちゃったんだ」
会話の途中で彼の変身も解け、そのまま倒れかかりながら眠ってしまうゆい。
すぐに寝息を立て始めた彼を抱きしめ、年下の少女にしか見えない彼の顔をじっと眺めるみどり。
「……それが、ゆいくんの望み。 だったら私は、ダメって言わない」
きょろきょろと辺りを見回し、彼を抱きしめたまま……足が着かないように数歩移動し「この辺かな」と足を止める。
――みどりの足元が漆黒に避ける。
そうとしか映らない光景に彼女は微動だにせず、目を虚空に泳がせて「その場所」を探る。
「……だいふくに打ったピンガー。 結構離れてる……ね。 これは、相当大きな魔物の……だから、町もこんなことに」
半径10メートルほどの地面が夜よりも昏い光に包まれると、そこから触手のように伸びてくるのは植物の形をした闇。
それらは音もなくみどりと抱えられているゆいの脚、腰――と絡みついていき、やがてふたりを頭まで包み込み、とぷりと水滴のように消えた。
「み、みどりちゃん……」
「千花先輩? 気がつかない振りをしておく方が初心を装えますよ」
「……みどりちゃん、ほんとに小学生だよね……?」
「ご想像にお任せします、美希さん」