41話 苦戦と創痍
ゆいくんが颯爽と来ておいたをするまで……みんなは必死に戦っています。
ゆいくんが颯爽と来るまではシリアスです。
ゆいくんが颯爽と来るまでは。
ゆいくんが颯爽と来るまでの、シリアスの最後です。
空間が揺れる。
「わ。 ……わ、何これ!?」
「きゃっ!? ……凄い魔力」
「…………孵ったのね、卵が」
「ええ。 この前よりはずっとマシ、だけど……」
頻度はいくらか落ちたと言っても依然魔物が繰り返しやってくる。
それを何とか凌いでいた魔法少女たちと魔女と精霊は――離れているはずなのにすぐ傍に迫られているような、鳥肌が立ち内臓を押される感覚を覚えて顔色を悪くする。
「美希、千花……落ちついて。 私が居るしもう1時間もすれば私の仲間も来るわ。 冷静に、変身を解かないようにしながら今までどおりにしなさい」
「あ、うん……分かりました」
「ありがとうございますー、さっちゃ、沙月センパイ。 こういうのは経験がものを言うんですねー。 こんだけひたすら戦ってると心ささくれてきますもん」
「今、町の方でも避難する地域を広げているらしいけれど……夜だからってのもあって、もたついているみたいね、沙月。 魔女の子たちが来るまで、あと少し」
「ええ、守り切るわよ。 ……と言っても、この感じだと私が出向かなければならないかしら。 だいふくも、無茶はしないで」
しゅんっ、と短刀を魔力に戻した沙月は――これまでのライダースーツ、または軍事用スーツからゴシックロリータな服装へと変わる。
「……わー、さっちゃんセンパイ、似合ってます」
「きれい……」
「……あまりじろじろと見ないで頂戴。 今では恥ずかしいから、普段はこっちらにはならないんだから」
沙月の深い青の髪を結っていた紐がほどかれてふわりと――黒のリボンでひらひらとした服を包むように広がる。
「……やはり最初に変身した服装の方が戦いやすいの。 魔力も回復するし」
「ってことは、センパイってリジェネ持ち!?」
「MPをふたつ、満タンで持てる……感じですか?」
「貴女たちの例えがさっぱりだけれど……継戦能力は貴女たちの数倍、の2倍ね。 まあ持っている魔力の量は違うのだし、こちらまで使うと緊急事態で困るから滅多に使わないのだけれど」
「……沙月」
「ええ、だいふく。 私たちに意識を向けたわね。 魔物が急に連携を取るようになって来たわ。 ……貴方達も気をつけて」
1時間凌げば良いだけだから、と、心配する魔法少女たちに構わずだいふくが前に出る。
「魔王って言うのの子供よ。 どのくらいの時間でどのくらいに成長するか見当が付かないわ……人間たちの避難、間に合うかしら」
「この町を守る人たちも守られる人たちも、この前のを経験しているわ。 大丈夫でしょう。 ねえ、千花」
「え? ……あ、はい」
「ちかちゃん、こっちに10体くらい来る。 行くよっ」
これまではただ、人間を見かけたという単純な行動原理で直線に近づいてくるだけだった魔物たち。
しかし今美希たちの元に向かってきたのは、明らかな連携というものをしていた。
囮の2体が千花に突撃し、残る数体が――魔力量的にも精神的にも未熟な美希を囲むようにして襲いかかる。
「わ、……ち、ちかちゃっ!?」
「……なるほど、もっと気が抜けなくなっちゃうのね。 大丈夫?」
「う、うん……ありがと」
「…………数の有利不利を意識する魔物は厄介よ。 ふたりとも、絶対にお互いから離れないで。 ……指揮官がいるって厄介ね……孵化したばっかりでこれなの」
「それも、あと1時間よ。 沙月、お願い」
「ええ。 ……私たちも行くわ」
♂(+♀)
「……あの、だいふく。 思ったのだけれど……魔王というの、もしかしたらゆいが倒しきったわけでは無くて……いえ、倒せなかったというわけでは無く、その。 危機を察して、本体の方を卵に……とは考えられないかしら。 孵化前の子供にしては…………強すぎるわ。 周りの魔物も操っているし」
「考えたくはないわね……せっかく、貴重なゆいの初めてを使ったのだもの。 ……でも」
「ええ、強すぎるわ。 単純に魔力量が多くてぜんぜん削れない。 それに……美希?」
「だいふく……ダメ。 電波、回復しない」
「直前まで外では大きな変化がなかったはずよ。 だから外は無事……あくまでも結界の中だけ電波が遮断されている、と思いたいわ」
「そうなると、外の魔女さんたちは」
「入って来られないかも」
「だいふくちゃん、そんなぁ」
「………………………………………………」
もう応援が来てもいい頃合いなのに、だいふくの――契約している魔法少女たちとのテレパシーも、千花たちのスマホも通信できず。
彼女たちは少しずつ押され始め、沙月を殿に後退していた。
「いざとなったらあたしが貴女たちの身代わりに」
「だいふくちゃん、やめて」
「そうだよ、そんなの……」
「落ち着きなさい、ふたりとも。 私もまだ……半分以上は」
「でも、沙月センパイも大分疲れてるんでしょう? 私たちが足ひっぱっちゃって、だからさっきから動きが」
「……これは、結界の維持で、よ」
「結界? で、でも、だいふくがって」
「……あたしもすっからかんなの。 だからこっそり沙月に肩代わりしてもらっていて……貴女たちが心配するから黙っていたの」
「そ、そんなっ」
「……こうなるんだったら、彼から魔力、回収しておけばよかった。 せっかく空の容器が届いていたのに」
「魔力……ゆいくんとのキスですね沙月センパイ!!!」
キス、と言う言葉を口にした千花が飛び起き、つられて美希もよろよろと起き上がり……彼女たちの表情から疲労の色が消えていた。
……どうして同僚たちもこの子たちも、そういう話になるとこうなるのかしら。
集中力が切れて口から出てしまった自分の言葉を後悔しつつ、ひゅうとムチを振るう。
――ゴスロリで、鞭。
魔法少女時代の彼女が人気な理由のひとつだった。
更には成長した今でこそその服装が嬉しい、と。
一部削除されるほどの界隈の人気を誇るコスチュームだった。
「急に元気ね。 ここを任せて良いかしら」
「あ、それはさすがにムリです……けど、なんでしなかったんですか? キス。 ちゅーで魔力って言うの。 沙月センパイがゆい君のお家にいる理由のひとつだったはずじゃ?」
「……………………あれから1回はしたのよ」
「ゆいくんとのキスですねさっちゃん先輩!」
「美希……良いわ。 したけれど、あの子の魔力が多すぎたのか……同僚に渡すための器を壊してしまったのよ。 だから今回は慎重に」
「キスをするんですねさっちゃんセンパイ!!」
「…………………………………………、そうね」
「沙月が持ってるの、普通は壊れないんだけども……ゆいは、いろいろとおかしいから仕方ないわ。 そもそも彼の魔力だって、まだよく分からない成分が含まれているみたいだし」
「ゆい君が男の子だからじゃ?」
「うん、貴重な男の娘だもんね」
「……美希のイントネーションがおかしかった気がするけれど、そんなことはないわ。 普通は、ヒトの血みたいに取り回しが聞くの……だけれど」
「また大群よ。 貴女たちもいくらか元気になったし、私の後ろをお願いできるかしら。 ……同僚たちも魔女よ、いずれ結界に向こうから来てくれるはず。 それまで……だいふくを犠牲にしないで守り切るの」
「は、はいっ! 美希ちゃん、行けそう?」
「わたし、ちょっと眠くなってきちゃったけど……まだ、だいじょうぶ!」
「……では、行くわ。 いざというときには、だいふくに――――――――」
♂(+♀)
どさり。
変身が切れ、それまで着ていた私服姿になった沙月が倒れ込む音。
彼女をその状態にした元凶は――遠いところで、彼女たちを気にも留めないで漂っていた。
結界の限界すれすれの高度で、渦を巻く黒い塊。
サイズこそ追いつかないものの、それはあの日の再現だった。
「センパイ。 ……沙月、センパイ。 起きて、ください……せん、ぱい」
「わたしのせい。 わたしが、転んじゃったから」
「……逃げなさい。 沙月を、抱えて。 貴女たちなら、逃げ回るくらいは。 ………………………………………………」
そう言い残して固まったのは、だいふく「だった」何か。
魔力を限界まで使っているのか、体が半分透けている。
――――――――――――絶体絶命、という状況だった。
「――――――――――――っ!」
ぱん、と、魔力がほとんど漂わなくなり髪の色から黄色が抜けてしまった千花が、自分の手で自らの頬を叩くと、足を引きずりながら沙月に向かう。
「美希ちゃん。 だいふくちゃんをお願い。 まだ、助かるかも。 今動けるのは、かばってもらってた私たちだけよ」
「でもっ、それじゃ結界が!」
「魔女さんたちが来てるはずなんでしょ? ……ここまで来たら逆に結界解けちゃった方が良い……と、思うの。 魔女さんでさえ、魔力、使い切っちゃったんだもん」
「………………………………うん」
恐る恐る、と、美希がだいふく「だったもの」に触れる。
……あ、綿みたいな感触。
そう思いながら優しく抱き上げた彼女は――とっさに後ろへ振り返り。
「――ちかちゃんっ! 後ろ! 何か来る!!」
「えっ!? ま、魔物!? ど、どうしよ、沙月センパイがっ!」
彼女たちから数メートルの場所に――空中に炭を垂らしたような、光を飲み込む闇が現れる。
美希が気づいた瞬間にはまだコイン程度だったそれは、ほんの数秒で1メートルと――ちょうど、小学生の背の高さくらいにまで膨らみ。
「――――――――――――――みどりちゃん!?」
「え。 ……あ、ほんと、みどりちゃん。 ……え?」
血だらけになったみどりが、ぽとりと倒れ込んだ。
「もうダメ、おしまい。 あとはゆいくん、お願い。 ヒーローは……遅れて来るんでしょ?」