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38話 異変・後編

「やめて……やめて。 わたしの恥ずかしいところ思い返さないで……」

「分かるわ、美希。 けれど、あの子には無駄なのよ……」

「……、ええと……?」


天童沙月は……彼女としてはあり得ないことに、変身しているにもかかわらず一切の警戒を解いてしまっていた。


目の前の余りの光景に――脳が追いついていかないためだ。


「ねーねー、なんかこないねーまものさーんたち。 やーい、くやしかったらちかちゃんめがけておそってこーい」

「………………………………沙月、先輩」


「おー、こんなところにいたかー。 おのれまものめー、えいっ。 ……あー、でんちゅうさんでしたかー、これはしつれい。 あ、そういえばさっちゃんせんぱいがきてたんだったー」


「………………………………あの、その。 美希……は、駄目そうね、千花。 これは」

「まものはしょうどくだーせいきまつだーひゃっはー」


「……あの大人しい性格の美希が、その」

「えーい☆ ……あははー、またわいたのみつけたから、えーい☆ってまほうとばしてみーんなふきとばしたよー。 ほめてほめてー」


ふらふらと意味の分からないことを口走りながら……倒れ込んでい千花の周りをくるくると周り、ときおり電柱やゴミ箱に攻撃を仕掛け、かと思いきや……沙月が魔物の反応を探知した瞬間に、顔つきはどう見てもお花畑にトリップしているはずの沙月が上を向き、魔力を矢にして数十本を放つ。


――数秒の後に、発生したばかりの魔物たちが全滅したのも確認できてしまい、尚更に困惑する沙月。


「……あの」

「さっちゃんせんぱ、あ、やば……けど、そんなことより助かりました、先輩……」


「……あなたたち、影であの子のあだ名を使っていたのね」

「お叱りは受けますから、どうか、どうかお助けを……」


体内の保有魔力量――この町では上位の中の上位を誇るはずの千花のそれが、今や枯渇寸前までに減っている。


……ほんとうに、いったいなにがあったの。


そう思いながら、そっと千花を抱きかかえ、回復魔法で多少は楽になるようにとの応急処置をこなす沙月。


――これじゃ、いつかの真逆じゃない。


「……ありがと、ございます……も、1歩も動けなくて」

「救援要請。 しなかったの? その状況で? どうして」


「そー思ったんですけどねー、私が疲れ切ってきてからは美希ちゃんがあの調子で……とんでもないことになってる癖に、魔物はピンポイントに仕留めるもんですので、危険自体はないって言うか……でしたので。 だいふくちゃんも見ていてくれましたし……微妙な顔つきでしたけど。 あと、そろそろさっ、……沙月先輩が来るって分かっていたので」


「そう。 ……あだ名については後日話すとして」

「そこをなんとか聞かなかったことに…………」


沙月はぐったりしたままの千花を抱き上げ……その間にもイントネーションも内容も全くにおかしい状態の美希がくるくるとふらふらとよたよたとさまよい続け。


「あー、よいしょー。 ……さんたいおだぶつだー」


と、……一瞬で展開した魔法で、また、魔物を討伐した。


……この子、ここまでの技量も魔力量もあったかしら……?


美希の――少なくとも千花と同じようにして戦ってきただろう経緯を考えると、潜在魔力が知らぬ間に増えていたのか、それとも何かを「掴んだ」のかは分からなくとも、巻島美希という新人から脱した程度の後衛の魔法少女が、一気に町のエース、千花に迫り――何かしらの方法で継戦能力が上回っているというのが理解できる。


「……あー、すごいですねぇ、美希ちゃんったら。 インドアとは思えない……あのゆい君みたいなバカ体力なんですもん。 ハイって言うのなんでしょうか……?」

「……魔力で酔っているのかもしれないわね。 それで? あなたがそこまでになるなんて……何があったのか、話せるかしら?」


「……はい……あのですね、データ入力するヒマもなかったんで、もー正確には分かんないですけど……魔物が、ですねぇ。 ええと、2、3分おきくらいに、それも今みたいに複数で出現するようになっちゃいまして……」


「それが異常事態だと」

「さっきみたいに……私が疲れてきたころから、美希ちゃんがあの調子で。 ええ、ほんと……大変なことになっちゃってますけど、危ないとは感じなくって」


「……魔女候補のあなたが、ここまで」


「はいぃ……もー、カップ麺じゃないんですから、止めてほしいんですけどね――……。 あ、あと。 美希ちゃんなんですけど、あれ、混乱魔法掛かってるっぽいのでお願いします……軽いヤツ、それも被害がないどころか率先して魔物退治してくれてるので、あえて放置してるんですけどね……あ、こんな状態でしたけどスマホにはばっちりと」


「馬鹿」

「あいた!?」


千花を抱きかかえる反対の手で軽く額をはたいた沙月は、その手で魔法を展開し――今度は道路標識に丁寧な挨拶をしている美希へと、治癒の魔法を掛ける。


「……ん……ん? あ、あれ? わたし……あ、沙月先輩?」


「あれが軽いもの、しかも質の悪いものでなくて良かったわね。 ま、だから避難しているはずのだいふくからの救援要請も来なかったのだろうし、貴女達の手に負える程度のものだと判断したから放っておかれたのでしょうけれど」


そろそろ大丈夫よね、と、背中をぐいと押し上げ、無理やりに千花を立ち上がらせた沙月に対し、2、3歩よろめいた後にじとっとした目を向ける千花。


「………………………………、あなたたち」


「お説教は止めてください……」

「沙月先輩? これはいったい」


すう、と息を吸い、吐き……ふたりの眼差しから顔を背けつつ、ぼそりと胸の内を明かす。


「……頼りなさいよ」

「…………えっと?」


「……私たち、知り合いでしょう。 いえ、ゆい、……ではなくてあなたたちによれば、私はあなたたちの……ゆう、じん。 なのでしょう? 仲間、なのでしょう? ……なら、この程度なら遠慮なんて要らないわよ」


言いきった後の沙月は……それはもう耳まで赤くしているが、幸いにして灯りの乏しい夜、それは気が付かれなかった様子。


「……沙月先輩が、デレた……盛大にお祝いしたいですけど、済みません。 も、体力の限界で」

「先輩……」


「だから言ったのよ。 普段のあなたなら騒ぎ出すでしょうから、ね」


「……あの。 ところでなんですけど、沙月先輩にちかちゃん。 わたし、何か変なこと言っていませんでした? その……うろ覚えなんですけど、クレヨンで描いたみたいな世界で遊んでた幻覚見ていたので、その」


「…………………………………………………………忘れた方が身のためよ」

「……そですね。 ……ほら、録画消しといたから安心して、美希ちゃん」


「…………………………………………………………………………わーんっ!? やっぱり夢じゃなかった!? なんで、なんでそんなことしたのちかちゃん!!?」

「や、だっておもしろかった……けど、うん。 流石にあれは……なんていうか、その。 美希ちゃんのイメージぶち壊しで流石にかわいそ過ぎるから」


「………………………………………………………………………………………………」


元気がないとは言え、普段に近い調子に戻ったふたりを横目で見やりつつ、じっと考える沙月。


――この子たちの処理を済ませて、調べて分かったわ。


だいふくは……救援要請をしなかったのではなくて、できなかったのね。

沙月の視線の先には――奇妙な物体があった。


顔だけは人間形態の少女、しかし首の途中からは――いや、胴体はぬいぐるみ、手足が中途半端に人になろうとしているという――グロテスクとも見える、いや、そうとしか見えないだいふくらしきものの姿を。


「……だいふくも、途中までサポートしてくれてたよ、ね……?」

「う、うん。 だから、変身を解いて魔力節約しようとして、それで……? 危なくなったら応援呼ぶって……だいふくちゃん!? だいふくちゃん大丈夫!?」


「……………………大変だったのね」


ぴくぴく、と、蠢くだけになっているその物体を眺めつつ……いえ、流石にこれは可哀想ね、と、近づいて――直接に手を触れるのはためらわれたため、ぎりぎりまで近づいて治癒をかけ始める沙月。


――精霊とは、普通はここまでの疲労、魔力の損耗を引き起こさない種族。


なのに、ぬいぐるみ形態も維持できないほどになって……このような惨めな姿になって。


ほんとう、この町で何が起きて――――――――――?


「……けれど、それにしたってないでしょう、これは」


「だいふく……可哀想。 あんなにかわいいのに」

「……だいふくちゃん。 元に戻ったら、優しくしてあげないと、ね……」


「……ええ。 ゆいたちには当然に内緒にしなさい。 でないとこの子が傷つくわ」


何も考えていない小学生男子だ、何か変なものを見つけただけで1時間でも2時間でも何日でも平気で笑い転げられる存在だと――この半月で思い知らされているため、念のためにと釘を刺す優しさを持つようになった沙月。


――けれど、ほんとう。

これは、異常よ。


そう考えた沙月はスマホを取り出し、片手でだいふくを治癒しつつ……今回の顛末を、渡辺と同時に彼女の所属している魔女の支部の方へと送るのだった。


沙月の夜番の交代まで、5時間程度。


千花によると……息つく暇も無くひたすらに魔物が発生し、そのことごとくが討伐されはしたものの……明日にでも正確な数字を出すために、痕跡を鑑定する人材を速やかに派遣するようにと、応援も頼む。


魔物は周囲の生命体の数に比例する。


だから、この地方都市にしては異常な数というのは――間違いなく、精霊たちの言う「魔王」――私がこちらへ来た因縁の相手に関係があるわね。


そう、混乱から立ち直っていないふたりと1匹を眺めながら警戒を最大にまで引き上げるのだった。


「先輩たちのピンチも、ゆいくんの活躍のスパイス。 ふふ、うふふふ……」

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