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36話 「おふろ(withゆい)」と、異変の始まり


「……さっちゃん、僕のこともう怖くなくなった? 足、伸ばしてくっついちゃったりしてもだいじょうぶ?」

「………………………………ええ。 あと、怖いのではなく驚いただけなの。 私、他人と入浴することが無いから」


「? お父さんとかお母さん、お友だちとも?」

「ええ。 ……ほら、貴方くらいの歳にはもう転々としていたから」


「そっかー。 ……ふぇー、お姉ちゃんとは違ってあんまりくっつかないけど楽しー。 お姉ちゃんだったらおしりとふとももが僕のと当たるし、そもそも抱っこしてきたりするもん。 油断してるとすーぐくすぐりっこするー」

「………………………………………………………………………………そう」


ぽつぽつと会話が飛び、心の安定を取り戻せた沙月と、元から全く気にせず――彼女がこわばっているのには気が付いていた様子だが、もうすっかりくつろいでいるゆい。


「…………………………………………………………………………………………」


しかし、彼女の心にはある言葉が刺さっていた。


――沙月の胸が、彼の姉のものよりも小さく……スレンダー、と言う表現を使われたことについてだ。


沙月は理解している。

幼い頃から体を鍛え、戦場を行き来する毎日。


一般人よりも緊張することの多く、不規則な生活で時には徹夜が続き、さらには自分の母親も決して大きいとは言えない胸を抱えている。


――だから、中学に上がってすぐに女らしい体つきになるのが止まった。

なのに身長だけは伸びた。


けれど、そうなったのは早くに魔女になった先輩や同僚たちも同じ……ではなかった。


個人差が、普通の少女と同じように現れただけだった。


でも――胸の大きい同僚が、走るのは嫌だと愚痴るのを聞いていた沙月は――これで良かったのだと。


魔法少女時代の姿、ゴシックロリータな服装ならともかく、今のライダースーツ……正確には、ぴっちりとしたインナーの上にジャケットとホットパンツかスカートが装着される服装では、体のラインが強調される代わりに戦闘時には有利になる。


だから、良かったのだと――普段から嫉妬を覚えるたびに思い込んでいたコンプレックスを刺激された沙月は、何かしらの報復が出来ないかと思いを巡らせる。


それに、別に小さいわけじゃない。

普通、平均というものよ。


そう考え、しばし。


「…………………………………………………………………………………………」


流石にこれは下品かしら。


いえ、でも。

彼が私の胸に言及したのだから、おあいこよね。


少しはやり返さないと、私の気が済まないの。


「………………………………………………………………………………でも」

「んぇ?」


「……あなたの……、その。 お股にあるもの」

「おちんちんのこと? 触ってみる?」


「さわっ!? ……い、いえ、結構。 絶対に結構よ。 ……それで、その」

「おちんちん?」


「……それなのだけど。 貴方のそれ、相当小さいじゃない。 そんなので将来は大丈夫なの?」


こう言えば男性は屈辱的に感じるものなのだと、どこかで仕入れた知識のままに言ってみた沙月だったが……ゆいは、不思議そうな顔をするだけだ。


「え?」

「え?」


「だって、ちっちゃい方がいいじゃん」

「…………………………どう、して?」


「女の子の格好しやすいんだもん。 女の子のパンツとか、それとスカートとか。 ホットパンツとかは今のうちだぞーってお兄ちゃん言うもん」

「……………………………………………………貴方はそうだったわね……」


「お兄ちゃんもだよ? お父さんもだけど」

「ええ、でしょうね」


そうよね、この子の価値基準は「自分が可愛らしい少女の姿をしたい」という一点だけだもの。


だから、おち、……ではなく、その、男性器が小さいと言っても効かないのね。


いえ、そもそも……この子、第二次性徴を迎えていないから、その。

ええと、つまり。


生殖に必要な反応がまだ……って、何を考えているの私は!?


「さっちゃんさっちゃん、だいじょうぶ? 顔赤くなったよ? のぼせちゃった?」

「…………いえ、平気。 魔法で平衡は保つことが出来るのだし」


「ふーん? あ、だけど、中学生高校生になったら大きくなって行っちゃうんだよね、おちんちんって。 女の子のおっぱいとかおしりとおんなじだよね」

「ぶっ!?」


「お兄ちゃんが言ってた。 だからスカートとかタイツとかの格好をするのに苦労するんだって。 ぎゅーって抑え続けないといけないから大変なんだって言ってたことある。 で、お父さんも」

「その辺りで充分……、はぁ……筋金入りなのね、貴方達は」


「ふっふーんっ!」

「……楽しそうで、何よりだわ」


ふぅ、と……すっかり心を乱され尽くされて疲れ切った沙月は、後頭部までをちゃぽんと沈ませ……ただただ放心して天井の灯りを眺める。


……本当、この家はいろいろとおかしいのよ。

特に、この子は。


ぽんぽんと変わる話題を投げかけてくるゆいに適当に返事をしつつ……自分は実は年下の少年、つまりはショタコンという、概念だけは知っていた存在なのでは、と自問する。


――その瞳は、よくだいふくが……みどりに構われた後にしているものなのだと気が付くのは、無心で体を洗っている最中に映った、鏡の中の自分の姿を見てからだった。


……あの子、みどりに一体何をされているのかしら、と思いながら。


♂(+♀)


「あー、今日ももうおしまいかぁ――……2時間って短いよねー。 もっとさ、こー、この辺を回って? って命令じゃなくて好きな場所で、好きなだけ戦えたらいいのにねー」


路地裏でぶんぶんと……魔物が見当たらないためロッド状に調節している槍を振り回し、なんともつまらなそうな顔をしてつぶやくゆい。


学校から帰り、ひと眠りし……夕方、日が沈むまでの時間の担当だったのが不満だった様子だ。

普段通りのスケジュールなのだが、ゆいにしてみるとどうも物足りないというのが全身に出ている。


スマホにインストールさせられているアプリからのアラームが鳴り響き、止めると……システム上、自動的に巡回の持ち場から離れるよう促され、その日の仕事を止めなければならないことになっている。


ゆいにとってそれは不満でしかない制約のようだが、ルールはルール。


ごまかしはしても嘘は嫌いなゆいは、しぶしぶと振り回していた杖を小さくしていき、ペンほどにしてからスカートのポケットに入れる。


「……ゆいくん、元気だね……。 私はこれでも長いって感じるよ」

「みどりちゃん、もっとやれるでしょ?」


「……そうだね、やれる、けど。 けど、こっちの意味での戦いは疲れちゃう。 魔物、結構出て今日は気が休まらなかったし」


自然な形でゆいに近づき、ぎゅっと手を繋いだのはみどり――「魔法少女」へと変身し、ゆいに言わせれば「悪役なんとかみたい」との評価の、深い緑がアクセントの黒をベースに白い袖口の衣装。


白と桃と桜と梅色のゆいとは真逆なその姿は、見た目だけなら沙月と近いものだった。


戦闘スタイルも性格も、中身もまるで違うものではあったが。


「……仲が良いこと。 とにかくお疲れさまね、ふたりとも」

「だいふくー」


「……邪魔する気?」

「しない! しないから!!」


魔法少女としての仕事が終わったからいつも通りに声をかけただけなのに、いつも通りにみどりから鋭い眼差しで見つめられ、ぶるっとして2歩3歩退がるだいふく。


……いつもの通りにフードのうさぎ耳も、犬の尻尾もへにゃりとなっている。


「……んんっ。 あたしは離れてるから好きにして頂戴……で、いつもよりも少し遅れるらしい、千花と美希が来るまで待機してから交代ね。 ちょこっとお小遣いが……お菓子分くらいは増えそうよ」


「そうなの? なに食べて帰ろっか」

「……お夕飯、食べられなくなるよ」

「あ、そっかー」


みどりは半径1メートルに入ると……だいふくにとって良くない気配と実害が来る。

ゆいの周囲に入っても同じ。


だが、ゆいは自分からやってくる。

ホーミング性能を持つ地雷みたいなもの。


だから、みどりがいるあいだはなるべく注意を引かないようにと……学校って面倒なものね、と、彼女たちの遅刻の原因を口にしながら、することもなくきゅむきゅむと歩き回るのだった。


「……けど。 ほんとう、最近は魔物が増えてきたわ。 あなたたちの研修ってのをしてた辺りは静かだったんだけど」

「そうなの? この程度で?」


「この程度……ま、あなたのときは状況が状況だったものね。 ええ、そう。 この町の規模じゃ珍しいくらいなのよ、これって。 おかげでみんなシフト組むのにてんてこ舞いよ。 そのしわ寄せ、高校生の子とかに行ってるし。 ……魔女のあの子がいなかったら大変だったわ。 ちょっと無理させちゃってるかしら……」


きゅむっ、と、適当な壁によじ登り室外機に腰を下ろしてふたりを見下ろすだいふく。

……ゆいの目は輝き、みどりの目は深いままだが、これだけ離れたら気分が楽ね。


そう思いつつ、自分が寝るのも遅くなるだろうことに――たとえ5分だったとしても――嫌がりつつ、愚痴をこぼす。


「本来ね、この地域は人の数も生き物の数もそこまでじゃないし、魔力も多い方じゃないの」

「魔力って生命エネルギー……だった?」


「そうね。 人でも動物でも植物でも……土地そのもの、川や山から湧くもの。 だけど、ここはただの平地――そりゃあ山には囲まれているし川もあるけれど、町の外の野山の方には別の子たちが行っているから関係無いもの。 なのに、これだけ急に多くなってきたの。 ……やっぱりこれ、あの魔王の残した」


「……やー、ごめーんだいふくちゃーん! それにゆい君とみどりちゃん! 今日もお熱いねぇ!!」


「あ、千花。 美希も来た」

「……許します」


「何をよ、みどりちゃん。 ……そこまで独占欲あったっけ?」

「別に、です」


「? ご機嫌ななめ? ……けど、最近シフト、なーんか合わないねー。 前は週2、3回くらいは交代だったり別の地域を同時にやって、帰りに食べてー、とかしてたのに、減って来ちゃったね。 ま、いっか。 試験期間とかになるとねー」


アスリート寄りのデザインの衣装と赤い魔力を漂わせながらやってきた千花は、その両手でゆいとみどりの頭をひとしきり撫でる。


……その光景をだいふくはハラハラしつつ見ていたが、みどりの判定はどうも偏っているらしく、彼女からされるのはセーフのようだ。


「けど、交代の時も合流の時もさ、ふたりとも変身解いてるでしょ? だからゆい君の……大変にファンシーな衣装と、みどりちゃんの悪役令嬢っぽい衣装、新鮮だよっ」


「悪役……そう、ですね。 ふふ、ふ……」

「可愛いでしょ!! いいでしょっ」


「はっ、はっ……もうっ、ちかちゃんったらっ、……ふぅっ。 わたし、ちかちゃんみたいに速くは……あ、ふたりともこんばんは。 ごめんね、待たせちゃって」

「美希ちゃん、ごめん! つい!」


既に息を切らせて来たのは、美希。


銀色の魔力が散るようにして渦を巻き――つまりは結構に消耗してしまっている証拠なのだが――「いわゆる魔法少女」そのもののデザインの衣装で表れ、息が整うまでちかに背中をさすられている。


「ごめんごめん、とにかく急がなきゃって思って。 ほら、ゆい君たちの戦闘情報。 今日はずいぶん戦ってたみたいだし、心配はしてないけど念のためにって、さ」


「……もう。 そんなのだいふくちゃんに聞けば一発でしょ……?」

「…………………………………………………………………………あ」


ほぼ強制的にゆいの家に寝泊まりし――そうしないとゆいが拗ねて出撃してくれないことがあったからだ――、その間に月本家の人間や、毎日のように訪れる恐怖のみどりに地獄の時間を味わわされるだいふくは。


――ああ。

ゆいを見つける前までが、本当に懐かしいわ。


そう――光を移さない瞳で、ポシェットを両腕で抱きしめながら下の4人を眺めていた。


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