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33話 同棲(の衝撃と思惑の一致)

純粋な子供の「お願い」は断りづらいものです。

「さっちゃんは、うちに泊まればいいんだよ! そうでしょ? うちって元々お客さん用のお部屋あるし、いつも人多いから気にしないし! あと、うちの近くって電柱があんまり無くて移動しやすいし! 屋根伝いで!!」


ぐい、と天童沙月の袖を引っ張ったまま、月本ゆいが続ける。


「さっちゃんってさ、この町にお友だちいる? 親戚の人とか道でよく会っておはなしするおじいちゃんおばあちゃんとか」

「いない、けれ、ど」


「だったらうちがいいよ!! 何ヶ月もいるんじゃ、友だちいないと寂しいし!! あ、でも、みどりちゃんの所の方が広くていいのかな。 豪華だし」

「ゆいくんのおうちで良いんじゃないかな、おもしろ……ゆいくんが嬉しそうだし。 ……ゆいくんのお母さんたちが、良いって言うか分からないけど」


早速に退路を断たれ……てはいないため、何とかしてここから抜け出したいと思うも、斜め下からの少女にしか見えない少年の顔から目を離せない沙月。


普段はくりくりとしている目が上目遣いとなり、長い髪と相まって、……余計に幼く見える「彼」。

自分のことでもないのに、どこか泣きそうな雰囲気がある気がして、沙月の鼓動が少し跳ねる。


「……お母さん。 さっちゃん、ひとりぐらしだよ? ずっとだよ? 何年もだよ? さみしいよ?」


「……そう言うことは、先に大人に相談しなさいって……まぁ、いいわ……。 ですが、渡辺さん」

「はい、月本さん」


「……私としましてはゆいの意見には賛成ではあります。 いくら魔女さんで、ずっとおひとりで平気だったとしても――沙月さんは、まだ高校生になったばかりの歳。 しかも学校とか、通っている時間も無いと聞きましたし。 ……それに、年ごろの女の子です。 沙月さんなら大丈夫だとは思いますし、魔女さんですから問題は無いとも思いますけど……でも」


「……そうですね。 家主が是非にと言っている以上には前向きに考えても良いんじゃないかな、沙月君。 僕としてもそれがいいと思うし、ね」

「渡辺特務一佐……御免なさい、渡辺さんまで」


一佐、佐官……確か、軍隊用語でもかなり上の方だったかも……と、みどりが考えながら、本気で悲しんでいるゆいの後ろから抱きつく形になる。


みどりはゆいに甘えたがる――という共通認識で、沙月とだいふく以外には疑問にも思われない仕草。

渡辺は、小さい子らしい無意識の嫉妬か、微笑ましいな……と思い、沙月はそれどころではなく。


「……………………………………!!!」


だいふくは――みどりが変身していない以上パスが途切れているはずなのに、相変わらずに何故か、理由も分からない原理で飛んでくるみどりの心の裡が伝わってきて――――リビングの隅で怯え丸まっていた。


だいふくの周りには、はらはらと毛が散らばっていた。


「――うん。 僕も、前から何度も上に進言はしていたんだよ。 沙月君のように幼いころから先頭に明け暮れる生活を……僕たちのせいで強いられている子たちの多くが、精神状態やコミュニケーションに何らかの不安があるってこと。 かと言って君たち、同じ魔女同士が同じ家に住んでいても事務的な接し方しかしないだろう?」

「……だから、何年か前から異動の度にシェアハウスを勧められるように」


「そういうこと。 だけど、それで仲良くなる子は元から人と仲が良くなるのが得意な子ばっかりで、中にはひと言も話さないだとか、喧嘩をして早々に出て行っちゃう子とかで問題ばっかり。 だからこれを機に、理解のあるお宅にホームステイって形にしてみたらどうかなって、今ひらめいたんだ。 ゆい君のおかげだね」


「……いつもですね。 思い立ったらすぐに……って」


「うん。 僕も、精霊たちと同じように……あれ、だいふく君はどうして隅の方で? 丸まって昼寝でも……まあいいか。 とにかく、僕も魔法を扱っていた者の端くれ、これも何かの縁ってやつだからさ、沙月君にはもっと人間関係を学んで欲しいんだ。 戦闘も学業も飛び抜けているんだ、なら後は人間関係。 それも、同じ世代の子との――、ね。 どうかな?」


沙月は袖の感覚を意識から剥がしつつ周りを見る。


ゆいの母親は――ぽやんとした様子で歓迎している。

渡辺は言わずもがな。


みどりは――何となく、本当に何となくだが、彼女の本能がみどりのところだけは駄目だと訴えている。

だいふくは――何故か怯えている。


怯えているの?


ちら、と見えるだいふくはと、うさぎの耳が出たフードを深く被り、その耳を握りしめて震えていて……尻尾の部分も丸まっている。


「……で、でも。 私は今の通りに人とトラブル起こしてばかりですし、この――ゆい、君、は男子で私は女です。 それに私は生活が不規則ですし。 あ、あと、他人がお邪魔したら月本さんのお宅が面倒だと」


「思わないよ!! あと、僕も魔法少女だから実質女の子!!」

「……その理屈はおかしいと思うけれど」


「それにひとりぼっちは駄目だよ! 絶対!!」

「…………また、聞いていないのね…………」


ぎゅ、と、両手で――彼の体重を掛けて沙月を引き寄せようとするゆい。


ついででみどりも彼に抱きついて体重をかさ増しし、わざわざ魔力を使って抵抗しようとも思えなくなっていた沙月は仕方なくしゃがんで彼と目を合わせる。


――本当、女の子みたいな男の子。


男子にしては長すぎる……いえ、女子にしても長くて手入れが面倒だからと切る子が多いでしょう長髪。


私自身が伸ばしているから――今は魔法で手入れが簡単だけれど――それを維持するのがとても大変だというのは知っているわ。

なのに先日までは、自分の意志で伸ばし続けて維持し続けて……いつも両サイドに結う髪型なのね。


そこまでのこだわりがあるから魔法使いではなく魔法少女になれたのかしら……と、ほぼ諦めているからか、彼女にとってはどうでもいい感想しか浮かんでこない。


こんな子にされたのだったら、まだ……いえいえ何を考えているの!? ……などと咄嗟に浮かんだ考えをはねのけるように首を振る沙月。


「……いやなの? さっちゃん」

「え? ……い、いえ、今のは違って……そう、髪が邪魔だったから、つい癖で」


「……そっか! ならよかった! そうだよね、うちだったらお父さんもお母さんもお姉ちゃんもお兄ちゃんもだいふくも、昼間はみどりちゃんもいるし、僕もいるし! さみしくなんてならないもんね!!」


「………………………………………………………………………………………………」


本当に純真、なのね。


私が女だからこそ分かる、この歳の――ゆいの歳の女の子だって、スレていたり腹黒かったりする子はいっぱいいる。


なのにこの子は、今まで会った女の子の誰よりも、明るくて。

明る、過ぎて。


……私とは、大違いね。


そう思って微笑んだ沙月を、ゆいの提案で喜んでいるのだと思ったのか、更に続ける彼。


「そうだ! 魔物! この町だって、ときどき強いの出るって渡辺言ってたし! だからさ、僕がパトロールしてるときに見つけて、間に合いそうだったらさっちゃんに連絡して! そしたら戦果ってのも上げられるでしょ? ねーねー、いいでしょいいでしょーさっちゃんさっちゃん」


「だから……はぁ、せめてみんなの前で連呼するのは止めて。 けど……そうね。 話す人が何日も居ないと、流石の私も寂しくなったりもするから……いいけど。 でも、やっぱりその呼び方は止めて?」


「? なんで?」

「……何でも何も、呼ばれている私が嫌がっているのだから」


「…………あ、あのー。 ごめんなさいね? 沙月ちゃん」

「……え?」


急に申し訳なさそうな声が聞こえ、顔を上げた沙月はゆいの母親を見つめる。


「その……ね? あ、沙月ちゃんって呼んでもいいかしら? ……良かったっ。 あのね? ごめんなさいね、沙月ちゃん。 話遮っちゃって。 あと、ゆいのことも。 ……この子ね、1回呼び方決めちゃうとそれで覚えちゃうのよ。 …………そのせいでお友だちの名前とか、地名とか……勉強とかでもどうしても直せないところがけっこうあって……」


「……ゆい、君、って、その……いちど聞いたら忘れられないって言う」


「いえ、違うの。 よく人の話を聞かなかったりするし……けど、ね。 勘違いが強くなっちゃうときがあるって言うか……。 だから、去年からはみどりちゃんに、ほんっとうにお世話になっているの……」


沙月がリビングを眺めると……いつの間にか隅で丸まっているだいふくをつついていたみどりが立ち上がり、……ゆいの話題なのに珍しく疲れたような表情をしながら歩いてくる。


「……はい……先生にお願いして。 いえ、先生からお願いされて、いつもお隣の席です。 移動教室とかでも、必ず。 特に国語と社会と理科と英語……教科書とかで、先生の言いまちがいとかふりがなの読み間違いとか、お友だちとおはなししていたりして……1回でも間違って覚えちゃうと、もう、どれだけ言っても直らないので。 毎日言い続けて、直るのは……」


「……一応直りはするのね。 どのくらいかしら? 1週間? 2週間?」

「……………………次の学期、です。 お休みも使って、毎日何回も言い直せて、それで、ようやく……」


「………………………………………………そう。 あなたも、苦労しているのね」


こく、と、すっかり冷めたお茶を啜るも、目はどこか遠くを見つめるみどり。


「多分。 多分、毎日……数時間おきに教え込めば、一緒に住んでいたなら、もう少し早く覚え直させられるとは思います。 けど、それでもきっと何ヶ月で……あの、その。 ゆいくんがごめんなさい、沙月さん」


「………………………………………………覚えたてならまだ何とかなるかも知れないわ! ゆい、今すぐに……って、え? この子、眠って?」

「ふにゅう……」


「……その上、楽しいことを満足するまですると、その……こうして電池切れになっちゃって、寝てしまうんです。 こうなるとしばらくは起きないかと……」


「……みどりちゃん。 おやすみの日のご飯、何でもリクエスト聞くからね? だから、その……ゆいのこと、本当にお願い。 去年までは、それはそれはもう、あっちこっちのお宅にご迷惑を……」


へにゃりと眠ってしまったゆいを……魔力も使わずに平然と抱きかかえているみどりに一瞬の疑問が生まれたものの、沙月にとって今はそれどころではなくて。


「……そうよ、魔法を使えば! この子、魔力が多いのでしょう!? なら、それをうまく使えば」


「ゆいくん、言いたいことを言うと満足してしまいますので。 ……それに、沙月さん。 ゆいくんがそんな器用なことできそうに、見えます、か?」


「………………………………………………………………………………………………」


「ゆいくん。 思いついたことが口と体からそのまま出てくる性格ですよ?」

「一応、周りに合わせて我慢はできるんだけど……やっぱり、その。 元気な男の子だから」


「……それなら、尚更に仲良くやって行けそうですね」


先ほどから距離を取っていた渡辺が、ゆいの母親に声をかける。


「ゆい君の性格と……上手く合っているようです。 それに、沙月君の方も本気で嫌がっているわけでもなさそうですし、先ほどは乗り気のようでしたし。 この件、進めてもよろしいでしょうか? もちろん生活費などは彼女からでは無く国から……予約していましたホテル代をそのままという形でお渡ししますし、後ほど彼女のご両親のご連絡先もお伝えします。 ご両親からも、心配だという話は度々ありますし。 ……ああ、先方には私から説明はしておきますのでご安心を」


「……そうですね。 せっかくの縁ですし、お願いできるでしょうか……?」

「私たちの方こそ、お願いします。 何かありましたらすぐに飛んできますので」


「……あの。 ホームステイは嫌ではありません……けれど、とにかくこの子。 あの、本当、どうにか」

「……ゆいくん、起きない。 ………………………………だいふく?」


「ぴぃっ!?!? …………そ、それは、寝ながらゆいの表面だけに結界魔法張っているのよっ」

「だいふく……で良いのかしら? ……何で不満そうな表情で必死にうなずくの……? まあいいわ、だいふく。 ……この子、そんな精密なことができるのなら起きられるでしょうにっ!」


ずるずるずるずるとゆいを引きずりながらだいふくに詰め寄る沙月と、熟睡した彼の頬をつついて嬉しそうにするみどりと、みどりとの距離を取るべく離れようとするだいふく。


3人と1匹は、ぐるぐるとリビングルームのソファを中心に回っていた。


「……あの、ごめんなさい。 ゆいのせいで、騒がしくって」

「いえいえ、普段は担当の子たちや親御さんたちとも事務的なやり取りしかしませんので、このようなにぎやかさは大歓迎です。 特に最近は例の魔物でそれはもう大変でしたし、癒やしですよ」


――そうして。


ゆいの突飛な発想により、天童沙月のホームステイ、もとい同居、もとい同棲が始まったのだった。

「いい? 私は同棲なんて」

「ゆいくんのこと、5つも6つも離れているのに男の子として好きになる、さっちゃんセンパイ。 本当に断言できます?」

「……みどりって、こわいわ」

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