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32話 同棲(という概念すら持っていません)

あなたは、忘れていた黒歴史の全世界大公開に…………耐えられますか?

「『ルーナエ・ウンブラ』――天童沙月。 魔法少女となってすぐに特例で魔女となった天才の中の天才。 彼女の名前にちなんだ二つ名、『月影』というその名の通りに、または彼女の青紫の魔力の通りに、そして彼女の魔法少女時代かつ低出力時の衣装のゴシックロリータな服装の通り(数ヶ月しか無かった魔法少女時代のもの)に……彼女は冷徹な魔女だ。 しかしこの写真(写真①)のようにかすかな笑顔が美しく、特に妙齢の女性を魅了して止まないというのが表紙のアンケートでも分かるだろう。 長い黒髪を――魔女や魔法使いと言った、魔法を使う専門職の常として腰まで伸ばし、先のほうで結っているその姿は私服を着ていても人目を引いて仕方が無い(写真②、③)。 アーモンド型の目と意志の強そうな唇、常に背筋を伸ばし凜とした立ち振る舞いは彼女の実家がとある家元だからだと言うものの、詳細は秘匿されている。 各地を転々としているために彼女を直接目にする人も多く、急にファンの女性に握手や写真をせがまれて困ったような表情を浮かべるのが」


「~~~~~~!?!? あのっ!  あのっ、な、なんでこれを渡辺特務がっ! っというか止めて下さい!! 止めてください読み上げ機能は!!」


「? ……止めたけど、何で、とは?」


沙月が載っているページを映したタブレットから顔を上げて不思議そうな表情をするのは渡辺。


「ねーねーわたなべわたなべー、続き続きー」

「あなたは黙っていて頂戴!? それより、」


二つ名、と連呼して止まなくなったゆいをなだめるためか、それとも別の目的があってか、渡辺がいつも持ち歩いているタブレットを操作してしばし、大きな画面いっぱいに映し出された沙月――それも相当昔、彼女が小学生時代の、魔法少女になったばかりでまだあどけない感じの――しかしすでに表情は今のように感情を余り見せない様子の彼女が、武器を構えた決めポーズというものをしていた。


年相応に幼い体にゴスロリがマッチし、小さい故に大きなポーズが……似合っている。


その写真の下にある文章が、ゆいがタップしてしまって再び再生され……だんだんといたたまれなくなってきた彼女はついに止めるよう懇願し、顔を赤くして訴える。


「――こんなものがどうしてあなたの手元にあるんですか!?」

「? いや、これ、僕のじゃなくて。 どころか、オンライン」


「え」


「オンライン」

「おんらいん」


「知らなかった? え、嘘」

「いえ、そんなの。 でも、……おんらいん」


「そ。 オンライン――政府公式の、魔女について紹介してるページのひとつだよ? うん、君は人気だから名前順じゃなくて最初に映ってるね。 おかげですぐに見つけられたよ」


「あの、なんで」

「? 説明のためだよ?」

「せつめい」


目を見開き、思い至る可能性でさあっと血の気が引く彼女を不思議そうに眺めつつ……黒歴史というものを持たない公務員が告げる。


「……もしかして忘れちゃったかな? あー、でも、君が魔法少女になったころのだもんね、仕方ないのかな。 魔法少女のごく一部もだけど、魔女は全員――ああ、もちろん男の子たちの方もあるけどね――こうして広報として載っているよ? だって、そもそもそれが目的のものだし」


「……あの、渡辺さん。 その、目的、ってなんですか?」


黒歴史という物を持たない大人、ふたりめの……大学生にしか見えない経産婦が問う。


「ええ、それはですね、ゆい君に限らず魔法少女や魔女は強くなるにつれて人から外れた力を持つのはご存じだとは思いますけど、それに対して初期のころは相当な反発があったようで。 なのでいっそのこと、アイドルみたいにしちゃえば? ってことで試してみたらよかったもんで、今みたいな感じになっているらしいですよ。 ほら、実際テレビとかに出ずっぱりの魔女さんとかいるでしょ? 戦うよりもトークで顔を売った方が良さそうな子とかに頼んでいるんです」


「ああ、なるほど……小さいころの沙月さん、可愛らしいですものねぇ」

「今の凜とした美しさとは違った人気がありましたね。 いえ、今でも」


言葉と感情の行き先が見つからずに真っ赤なまま固まっている沙月、渡辺の手元の写真を食い入るように見つめるゆい、渡辺と話をしているゆいの母。


「渡辺渡辺っ、これ、読んでいい?」

「ん? はい、どうぞ」


「………………………………え。 あの、ちょっと。 あなた、ゆい、何を」


「……るうなえ、うんぷら。 ルーナエ・ウンブラ。 よしっ、覚えたっ……で、なになに? あ、インタビューだって!! 「与えられたこの力を全力で発揮すべく、私は積極的に魔物の脅威を退け……うーんと、難しい……この身が及ぶ限り、魔物によって傷ついたり帰る家や故郷を失ったりする人がこれ以上現れないように、みじゅくなみではありますががんばりたいと」」


「それを音読しないで!! 止めて頂戴!?」


がた、と席を立ち……イスが倒れそうになって慌てて支えるあいだに距離を取りながらゆいが走る。


「私は決して慢心することなく――――――」

「止めて! お願いだからそれ以上は本当にっ」


「はは、昔の作文が恥ずかしいのかな。 ……あ、本部からもメール来てた。 ええと……そっか。 つまり沙月君は、こっちに来るきっかけになったあれ――精霊たちが「魔王」とか呼んでるあれの残した魔力の残滓についての捜査とか、あれのコア……精霊たちは卵とか呼ぶんだっけ……の部分が残っていないかって言うのの指揮権を貰って来たんだね。 ただこの町の警戒を手伝うだけじゃなくって」


「そうですっ……あと、お願いですからこの子の音読を止めさせてください!! 渡辺さんだって小学生のときの作文を他人の前でいきなり読まれたら嫌でしょう!?」

「そう?  僕は別に……っと、分かった分かった」


「……だ、そうだからもうおしまい。 お姉さんが嫌がっているから止めてあげて、ゆいくん」

「え――!? みどりちゃんまでー!? ……………………ぶー」


「膨れないの。 ……ゆいくん、人の嫌がることするの、好き?」

「……………………………………………………………………嫌い」


「そう、だよね。 …………はい、渡辺さん」

「ありがとう。 本当にみどり君はいい子だね」


自分の黒歴史、もとい子供時代の発言がこれ以上音読されないと分かり、力が抜けて崩れ落ちる沙月を見やりつつ、部屋の隅でだいふくを弄――抱きしめていたみどりがタブレットを取り上げ、持ち主に返す。


「……もっと、読みたかった。 あと写真も、もっとあったのに」

「ちゃんと、お姉さんに許可とってから、だよ? 勝手に見たら、駄目。 ……でも、ホームページに載ってるから見ようと思えばいつでも?」


「!!!!」

「………………………………あぁぁぁ――……」


頭を抱えている沙月に、さらに申し訳ない気持ちを抱きながらまた謝らないと……と考えたゆいの母親は、ふと思い至る。


「……あの、渡辺さん。 それで、沙月さん、しょっちゅうご家族と一緒にお引っ越しを? その、あちらこちらを転々としているって」

「いえ、おひとりです。 ……魔女になりますと、ああ、一部の魔法少女もそうですが、成人と同等の権利が与えられますので、その辺りは彼女の意志によるものです」


「……沙月さん、まだ高校生よね? なのに、ご家族と離れて……ひとり暮らしを?」

「…………あぅあぅ…………」


「……そんなに恥ずかしいものなのかなぁ、昔のって。 まあいいか、沙月君がまだ立ち直っていないようですので、僕から。 ええ、そう言うことですね。 何せ、特別な地位の国家公務員ですし、大型の魔物が出たらすぐに――時にはヘリとジェットを乗り継いで駆けつける日常ですから、基本的に定住できないんです。 これは国の主力になる魔女さんたちの宿命ですね。 宿泊先などはこちらで用意しますし、ご家族が希望されるのでしたらご家族も……ですが、彼女の場合は単身で構わないということ……だ、そうですので」


「つまりはその年で単身赴任のような……はぁ、魔女さんも戦い以外でも大変なんですね」


「……………………………………………………………………………………」


ぽんぽん、と背中を優しく撫でて慰めているみどりの視線に気づくこともなく、ゆいは突っ立ったままその話をじぃっと聞き入っていて――あることを思いついてしまうのだった。


「……ふぅ。 有り難う……ええと、みどりさん」

「いいえ。 ゆいくんが迷惑かけちゃったので」


「…………子供だから、許すわよ。 ああ、恥ずかしい……それでええと、話だけは聞こえていましたので、その。 渡辺さんの通り、私がこの町に来ていたので……そのまま、雑務や魔法少女の指導などもありますが、せっかく魔女が来たということで、様子を見るために2、3ヶ月ここにいるように、と。 ……あれの魔力の残滓やコアが息を吹き返さないとも限らないので」


「……さっちゃん、それ、ひとりで?」


「さっちゃん?」

「さっちゃん……ああ、沙月君のことか?」


「こら、ゆいったらまた勝手にあだ名を……けど、さっちゃんってかわいいわね。 沙月さんの雰囲気が和らぎそう」


「………………………………その名前で呼ばないで欲しいのだけれども……」

「で、さっちゃん。 ひとりで住むの? お家の人、いないの? 何ヶ月も?」


「……聞いていないわね……はぁ――…………ええ、そうよ。 それが魔女の日常なの。 サラリーマンの人でもそうでしょう? 転勤ばっかりする人は、ずっと転々とする。 それと同じよ」


「お父さんもお母さんも、来てくれないの?」

「……両親は家のことも仕事もあるし、簡単には離れられないわ。 たとえ来てくれたとしても、ある日指令が下って何百キロ離れたところへ度々……だなんて生活、ついてこられないもの」


「…………………………………………さっちゃん、さみしくない?」

「別に? 小学生のころから……あなたくらいの歳からだから、もう慣れているわ。 今ならスマホで毎日でも顔を合わせられるし、何なら電車や飛行機で」


だから心配なんて……と続けようとした沙月は、袖を、ぎゅ、と掴む感覚に気が付く。

――今にも泣きそうな顔をした少女、もとい少年が、涙ぐんで彼女を見上げていた。


「――――――――――――っ!? …………ふぅ、大丈夫だと言ったでしょう」


袖を離してくれないため、自由な方の手で恐る恐る……やがては静かに彼の長い髪を撫でる沙月。


撫でられるままに目を細めながら、じぃっと見上げてくる……少女もとい少年。


……今の、子猫や子犬と目が合ったとき見たいな、胸を締めつけられる感覚。

これは、何……と考え始めた。


「………………………………………………………………………………………………」

「………………………………………………………………………………………………」


言葉も無く、ただ撫で続ける沙月と撫でられながら見上げ続けるゆい。


それを見て――ああ、ゆいったらまた何か変なことを言い出しそう、とため息をつく母親と。


沙月もコミュニケーションが苦手だと言ってもできないわけでは無く、むしろまともな部類。 ただ……最初の手段を間違えやすいだけの子だ。

だからこの機に――沙月にしては長く話をしている相手のゆいと接することで良くできるものならしてやりたい、と策を練り始める渡辺。


――ゆいくんならきっと、――と「まるで思考を完全に読んでいるかのように」ゆいの次の言葉を予想して黒い微笑を浮かべるみどり。


その雰囲気にびびって逃げるだいふく。


そして……この感覚が、まさか母性というものなのかしら、と、変な方向へと思い至りそうになった沙月の真下で、ゆいが突然に叫びだした。


「――そうだっ! ねえねえさっちゃんさっちゃん!! ひとりぼっちでずっといるくらいなら、うちに泊まればいいよ! お母さんもお父さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんもいるし、みどりちゃんもだいふくもいるし、お友だちもたくさん来るし!!」


「ええ、そうね。 ………………………………………………え?」

「ゆいくんから、熱烈に同棲の求愛。 羨ましいです、さっちゃんセンパイ」

「いちいち蒸し返さないでちょうだい、みどり…………ああ、このときさっさとお暇していたら……」

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