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29話 帰り道にて


「……じゃ、いつも通りにまずはゆい君とみどりちゃんをお家の近くまで……って。 ほーら、美希ちゃん。 まーたリボンずれてる。 今日は反対方向だねぇ」

「あ、ほんと。 ありがと、ちかちゃん。 ……けど、なんでわたしが変身解くと「必ずどこかがずれてる」んだろうね……?」


「さあ? 美希ちゃんの、ぽやぽやってした性格が出るんじゃない?」

「……わたし、ぽやってしてる? …………って言うか、ぽや、って?」


島内千花と巻島美希は、普段から制服のまま任務に就く。


……遅くなった場合に警察に見つかっての面倒を避けるために、生徒手帳と魔法少女としての証明書を一緒に入れているというのがひとつ。


もうひとつは……いちど家に帰るときもあるが、私服に着替えたとしてもそれを着ているのはせいぜい数時間。

しかも、大抵は人目を気にする必要の無い路地や魔法少女たちに解放されている高層ビルの高層階や屋上などだ。


明らかに魔物がいない場合には……こっそりとモールや繁華街を食べ歩いたり買い物をしたりもするが、それでもわざわざ私服のコーディネートを考えるよりも決まり切った制服を着ていた方が楽だし、何よりも報酬としての「お小遣い」が貯まる。


だから彼女たち、彼たちの大半は制服で行き来する。


そして変身すると着ていた服の素材は魔法という都合の良い力で「着ていた状態そのままに」記憶され、変身を解くと瞬時に変身時の衣装から「記憶されていた服装」へと書き替えられる。


……しかし美希の場合、どう気をつけようと「服装のどこか1カ所」が必ずズレる。


本人の性格の問題で無いことは精霊たち――だいふく以外にも相談が行ったが――にも分からずじまいだ。


少しズレるだけだし、別に服装の一部が再現されないなどと言う大変な状況になるわけでもないため、それが美希の顕現していない魔力特性の一部なのだろうと解釈されている。


らしい。


「……おふたりとも。 今日もお熱くて、何より。 です」


「…………みどりちゃんには言われたくないなぁ」

「みどりちゃんのゆい君への……えっと、いろいろ。 こっちが赤くなっちゃうわぁ。 最近の小学生って進んでるのね」


「ち、ちかちゃん……それ、ますますお母さんっぽい台詞」

「ウソ!?」


「いいですね。 なら、加わりますか? ゆいくんのハーレムに。 ――――――――――艶美な世界に」


「んなっ!?」

「ハーレム?」


「………………ふふふ。 千花先輩はよーくご存じのようで、美希先輩は教え甲斐がありそうです。 だいじょうぶですよ、いずれおふたりもゆいくんの魅力に惹かれて……気が付いたら私の仲間ですから。 ふふ、ふふふ……♥」


普段はゆいの隣で手を握り体をくっつけすり寄せ話しかけ。


かと思いきや唐突にだいふくに迫って焦らせ。

……数歳年上の少女たちをからかう一ノ倉みどり。


彼女は、その底知れ無さから――事情を全く知らない渡辺を除き――あと、まったく無頓着なゆいも除いて――この場の誰もから恐れられていた。


普段は完全な無表情なのに、ゆい関係になると表情が別人のように豊かになるところなども含めて。


「と、冗談はこのくらいにしまして」


「……ほんとに冗談……だよね?」

「じゃ、ないかなぁ………………」


「………………………………………………」

「ヒミツ、だからね? だ・い・ふ・く」

「わっ、分かってるわよ!? だから何か飛ばしてくるの止めて!!」


変身を解きだいふくとの接続……パスが切れているはずなのに、何故かみどりの感情を流し込まれるという未知の現象で、すっかり上下関係ができあがっているひとりと1匹。


だいふくは、とことん貧乏くじを引き続ける憐れな精霊だった。


「でも、いつかぎゃふんって言わせてあげるんだから……!」


けれどもめげないだいふく。


そんなだいふくを眺めて満足したのか……ぺこり、と頭を下げ、改まっての会釈とともに……今までの会話などなかったかのように切り出すみどり。


「先輩方、これまでありがとうございました。 ずっと、私が魔法少女になってからも、ゆいくんと一緒に送り迎え、してくれて。 おふたりのお家、となり駅ですのに」


「あー、毎回そーいうとこは丁寧よねぇみどりちゃん。 さすが、ほんもののお嬢さま。 いいのいいのー、私たちはふたつの意味で……あ、年齢的な意味と魔法少女の、ね? ……で先輩なんだから。 ましてや新人さんだし、面倒見るのは当然っ! 部活とかでもおんなじだしね、こういうの。 それに送り迎え、電線に気をつけなきゃだけど魔法で屋根伝いにぴょんぴょんってひとっ飛びだし。 ね?」


「……わたしは普通に電車で帰りたいよ、ちかちゃん。 普通に、安全に」

「日が暮れてからの往復1時間が、往復10分よ? ほんとうにいいの?」


「でも、やっぱり」

「電車代。 1ヶ月で、2000円くらい貯まるわよ?」

「よくないかも」

「でしょ?」


そんなことを言いつつ、4人と1匹は慣れた道を……今日は少しばかり感傷的になりながら話して歩く。


いい加減に戻りな?と説かれ、とうとうにゆいも変身を解き……みどりの服装の色違い、清楚な純白を身につける彼女のそれを桃と梅と桜で染めたような服装へと戻り、やっぱりどう見ても女の子だねぇ、と先輩な少女たちに褒められつつ歩くこと10分ほど。


「…………………………………………あ!! お兄ちゃん!!」


「ゆい君? いつも言ってるけど、いきなり叫ぶの止めてね?」

「……わたしたち、びっくりしちゃうよ、ゆいくん」


「あ、ごめんなさい!!!」


「ゆいくん、感情が高まると止められないもんね」

「うん、そういうことで!!  ……お兄ちゃーん!!」


せっかくの「お嬢さま」風の服装なのも忘れ、全力で走り出すゆい。


……たなびかせる髪の毛と嬉しそうに紅潮している顔、叫び声は少女そのもの、だが走り方は紛れもなく男子のもの。


なんともアンバランスな彼だが、それが月本ゆいだ。

端から見ても、運動をしていて活発な少女としか見えないだろう。


「おや? その声はゆいではないか。 ああ、みどり嬢と魔法少女の先輩たる……ええと、島内嬢と巻島嬢か。 今日も日が沈むまで巡回か、お疲れ様」


どん、と……いくらかの魔法を用いて走り続け、体当たりするように思い切り抱きついた相手はゆいの兄だった。


……背丈は並の成人男性を上回り、しかし首は細く、なで肩。

体のラインも細くしなやか。


パッドと矯正下着、服装を駆使して女性らしさを備え、軽い化粧と長い髪、作っているときの女性の声――女声というものらしい――が合わさっているため、どこからどう見てもモデルでもしていそうな乙女な――ゆいの、兄。


女装の先達のスキルは伊達ではない様子だった。


今日もストールを肩から掛け、ファッション誌にそのまま載っている服装をしている彼は、妹にしか見えない弟からの魔法まで使っての全力のアタックも難なく受け止め、3人と1匹に一礼する。


その優雅な仕草もまた、彼女たちに――特に大人な女性に憧れる中学生女子たちにとっては憧れであり、複雑ながらもしばしばコーディネートの相談などをするようになった相手だった。


たとえ、それが男であっても。


「お兄様、ご機嫌よう。 それともやっぱり、おねにーさま、とお呼びした方が?」


「それは大変な栄誉だが、その称号はかの有名な……少女となった少年のものだからね。 兄でも姉でも構わないよ。 しかし、いつものことながらこのゆいの手綱を握ってくれて有り難う。 大変だろう?」


「とんでもありません、麗しのお姉様。 ゆいくんとは両手両脚の小指を「黒」の糸で結んでいる間柄ですから、お美しいお兄様」

「…………ふむ、君と話していると機嫌が良くなる。 それに、ゆいの世話をして貰っている。 ……今度、「あれ」をあげよう。 そろそろ録り貯まったのでね」


「……………………………………ありがとうございますっ♥♥」


「……ね、ね。 あれってどういう感情の応酬なの? だいふく」

「…………………………そこは人間のあなたたちが考えなさいよ」


「だって、ほら。 ゆい君でしょ、ゆい君のお兄さんでしょ、ゆい君のお父さんでしょ、で、みどりちゃんでしょ。 ……あのへん見てると、なんだか私の常識、おかしなことになりそうなのよ、最近」

「……ちかちゃん、しっかり……」


「…………………………そうね。 あたしも、ヒトとは何かって考えるようになったわ。 あの子と会ってから」

「そこまで!?」


出会ってからたったのひと月程度。


それだけでもう、ゆいは……ゆいとその血縁の男性陣は、いたいけな乙女たちの純粋な価値観を崩しかけていたのだった。


「……ええと、こんばんは、ゆいくんのお兄さん……」


「うん、君はいつでも奥ゆかしいね、巻島嬢。 声が小さいだとかもっと勇気を持て、などという「一般論しか口にできぬ輩」の言うことなど真に受けず、もっと堂々とそれを貫いてくれ。 君が将来どのような乙女になるのか、今から楽しみにしているのだからね、私は」


「は、はわ、はわ」


「ちょっとー、お兄さんってばー。 なーに、手ぇ出してる女の人何人もいるってのに、こーんなちんちくりん……ちんちく……うん。 年下の女の子も毒牙に掛けようとしてるんですか……」


「ちかちゃん、わたしのことそんな風に」

「ち、ちがうわよ!?」


「そう言ってくれるな、島内嬢。 君だってその元気で明るい性格、身だしなみには人一倍気を遣い眉や髪型に手を入れているのが分かる君だって、将来は」


「お兄ちゃん? またお姉ちゃんとか、せいさいさん? の彼女さんに怒られちゃうよ?」

「…………ふむ。 どうも私には、こと女装と女性に対する話題となると口が回りすぎるというきらいがある。 が、これが私なのだから仕方あるまい?」


「じゃ、今の会話そうしーん」

「ゆい!?」


「うそ」

「……冷や汗をかいたぞ……分かった分かった、今日はこのあたりにしておこう」


女装している癖に女性に対してはどのような状況でも圧倒的に優位な彼にも苦手はある。


……誰よりも気にかけている、自分を追いかけてきている弟のゆいなどだ。

兄に対するストッパーとして密かに重宝されているゆいにたしなめられ、改めて少女たちへと向き直る。


「悪かったね、ふたりとも。 ゆいに止められなければ、そこのヒトならざる存在にしてヒトならざる可憐さを誇る精霊嬢のことも褒めたかったのだが」

「……止めてって、言ってるでしょ。 ほんと、ゆいのとこにいるといつもヘンなことばっか言ってくるんだから。 あと、あたしは別に男でも女でもないわ」


千花と美希の後ろに隠れ、さらにポシェットを顔に当てるようにしてゆいの兄からの視線を徹底的に避けるだいふく。


「だいふくのこと、いじめないでね? お兄ちゃん」

「褒めているのだがなぁ……彼女もまた恥じらいを秘めた乙女」


「……あたしたち、性別は無いの。 正確には無性で、殖えるときにだけどちらかになる。 そう言ってるでしょ。 だからあたしは乙女でも無いわ」


「ふむ……まあ良いだろう」

「…………偉そうに……」


「……そうやって意地っ張りなだいふく。 ああ、可愛い……」

「ぴぃっ!?」


だいふくの真後ろに回り込んでいて、いきなり耳元で囁くみどりに……全身の毛を逆立てて、みどりの大好物だろう反応を見せてしまうだいふく。


……だいふくは、みどりの捕食対象としてロックオンされている様子だった。


「で、その。 ……お兄さん「も」、ゆい君みたいに……その、外でもずっと」

「ああ、当然だとも!! 伊達にゆいよりも幼い頃から女装に目覚めていない!」


「……お兄さんもまた、筋金入りだねぇ……あ、ですねぇ」

「うむ、そうだともそうだとも! 分かっているでは無いか! お陰で今や、男だった頃の私の素顔を知る人間も、いや、私が男であると本気で信じて知っている人間も数えられるくらいだからな!!」


「……すごい気合いだね、美希ちゃん」

「う、うん……流石は月本家の男の人だね、ちかちゃん」


「うむ! 理解してくれていて何よりだ! ゆいの女装の全ても私あってのものだし、ゆいが目覚めたのも私のおかげでもあるからな! ほら、私をいつものように褒め称えるが良い、我が愛しい妹たる弟よ!!」


「ありがとー。 お礼にもーっとぎゅーってする」

「はっはっは、姉たる兄として妹たる弟にハグされることほど嬉しいことは、……これ、ゆい。 魔法を制御せよ。 少しばかり苦し、……痛いぞ」


「あ、ごめん」


ぱっと離れ、しかし腰に手を回しながら兄を見上げる弟と、そんな弟の髪を梳きながら撫でつける兄。


――通勤、通学の時間帯。


人通りは多い。


そんな中、彼らがいるところを通りがかった人たちは……ある人は足を止めて「美しい女性と可愛らしい少女」の抱擁に足を止め、ある人は見惚れ。


ある人はその光景を記憶に留めつつ家へと戻り、あの人はその姿を見て……その人の大切な何かを少し以上に狂わせた。


魔性の男たち――それが、月本家の男たちだった。


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