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28話 魔法少女の日常の幕開け

日常という名のゆい君の独壇場。


――――――――――――――――ゆいが、幼いながらに職業として魔物を狩る魔女・天童沙月に対してやらかしてしまってから、しばらくの時が過ぎ……ついでで一ノ倉みどりも「魔法少女」となり、島内千花と巻島美希、だいふくとなった精霊と共に研修期間のようなものを無事に済ませる。


いろいろとあるにはあったが……とりあえずゆいは素直だし、みどりはゆいにくっついていれば大人しいし、ふたりとも飲み込みは早いしで――小学4年生の「魔法少女」としては、充分だった。


聞き慣れた音で響く。


全員のスマホから軽いアラームが鳴り、渡辺からの電話で今日の巡回が終わったことと共にゆいたちが正式に「魔法少女」になったことを伝えるのを聞き、先頭に立っていた千花が変身を解きつつ振り返る。


「今日もこれでおしまいっ。 ……んー、最近は平和で実に楽だよねぇ、ただお話しながら歩いてるだけだもん。 でも、これでようやくふたりとも晴れて一人前の魔法少女だね、おめでとっ。 これから私たち、結構な頻度で仲間として戦うことになるの。 これからも楽しみねっ」


「ゆいくんもみどりちゃんも、おめでと。 なんだか前よりもあっという間に時間が経っちゃう気がするよ」


千花に合わせて変身を解除しつつ、少し寂しそうな顔をする美希。

人見知りをする彼女にとって、ようやく打ち解けてきた相手と離れるのは堪えるようだ。


「だって4人だったもの。 普通はペアで行動だから、話も弾んだわねっ」

「そっかー。 ……だけど、これからもずっと4人じゃダメ、なんだよね」


「そんな顔しないの、美希ちゃん。 ただの警戒任務で4人固まって動くのは多過ぎだもん。 普通はひとりかふたりでするものだし……この前ので魔物が大分減ったから、巡回自体少なくしたらーって話らしいし」


「戦力も、……わたしが必要ないくらいだったもん、ね。 楽しかったけど、しょうがないのかなぁ」


しゅん、としつつ、千花とお揃いの制服をいじり始める美希。

年下とは言え、さらに片方は女装男子とは言え、話し相手が増えるのは彼女にとっても楽しかった様子。


――それが、女子にしか見えないとは言え男子――しかも年下の、と言うのもあったようだが。


「そっか、リーダーちかって今日までだっけ! ざんねん」

「その呼び方好きだったわねぇ……ゆい君。 でもこの町のリーダーのひとりってのは変わらないわ。 あくまで新人の後輩君たちのお世話が終わったってだけ。 シフトが合えば、こうして終わったあとにおはなしとかできるだろうし」


ととと、と千花へ近づき、じいっとその顔を見上げるゆい。


……それはただの彼の癖なのだが、これがまた距離感を意識させ――女子にしか見えない年下の男子を何となく意識してしまう原因だった。

いやいや、そもそもゆい君にはみどりちゃんがいるし――と、毎回こみ上げてきそうになる何かを押しとどめる千花。


ただでさえ人の世話を焼くのが好きな彼女にとって……ゆいのように懐いてくれる年下は、ふとした瞬間に何かが浮かんでしまう存在だった。


「けど、毎日おはなしできなくなるのはほんとなんでしょー? ざんねんだなぁ」

「これでさよならってわけでもないよ。 あと、この週末にもまたおでかけしようってことになったからいいでしょ、ゆいくん」

「んぅ――……」


「チャットでもいつでもおはなしできるから。 ね?」

「……リーダーがそう言うんだったら」


「そうだね。 お母さんがそう言うんだもん」

「……みどりちゃん、だからそれ止めてね……?」


いつもぎりぎりまで変身を解かないゆいに近づきつつ、みどりが――浅い緑から深い緑までで彩られた魔力をすぼめる。


みどりの「魔法少女」としての姿は、ひと言で言うならゆいの色違い。

それも、細部に渡って完璧に仕上げていることから、彼女が彼の服装を細かく観察していたのだと――ゆい以外は知っている。


ゆい自身は、ただおそろいだと喜んでいただけだったが。


その服装を解き、普段着へと戻り、当たり前のようにゆいの手を取り感触を確かめているその姿を見ながら――いつもの通りにみどりからだけは距離を取りつつだいふくが口を挟む。


「あたしとしては、おんなじ時間に4人と繋がってるってのは疲れるから嬉しい限りね」

「けど、だいふく以外にも精霊さんいるでしょ? 応援とか」


「……あなたたちの魔法のサポート、あたしがしてるんだから。 千花なら放っておいても大丈夫そうだけど、他の子はずっと見てないと不安なの」


「! だいふくいつもお疲れさま! なら僕の魔力」

「いらない」


「遠慮なんていらないから! ねっ、だいふ」

「いらない」


「だい」

「いらない」


「ぶー、なんでさー。 いつもやだやだって」

「……なんっかいも言ってるけど。 ゆい、それ、気軽に誰とでもするんじゃないわよ。 ここは地球で、そんなことする子他にいないんだから。 て言うかそもそもあなたは男の子で」


だいふくという……人の形に変身しているときの姿も、普段の口調も少女な精霊が、契約してしまった女装男子の魔の手、もとい魔の唇から逃げ回る。


これも、この研修期間というものですっかりおなじみとなった光景だった。


「……受け入れちゃえば、楽で気持ちいいのに。 ね?」

「そういう訳にはいかないの。 みどりこそ、止めなくても良いのかしら」


「私はもっともっとゆい君を他の子とくっつけてあげたいの」

「…………はいはい、それは余所でやって。 とにかく、ゆいとみどりっていう魔法少女のペアが正式に認められたからそれでいいでしょ」


「……そうね。 ゆい君と、ずっと、いっしょ……♥」


「………………え、ええ、よかったわね。 ……みどりもまたゆいとの相性ぴったりな魔法適性だったし、あなたたちも将来的には千花と美希みたいな良いペアになるでしょ。 まだ小学生だから遅番はできないし時間制限も厳しいけど、町を守るだけならそれで充分だわ。 ローテ、全体的に少し楽になるはずよ」


みどりの脅威から逃れるためには、とりあえずゆいとの繋がりを指摘すれば良いという真理にたどり着いているだいふくは……そうしてみどりの脅威から逃れ、みどり以外の顔を見て回る。


「そうだねぇ……魔物って夜が深くなるほど、しかも満月と新月が近づいてくると強いのが、それもたくさんいきなり出てくる傾向だから……うん。 ゆい君たちが中学生だったら、もすこし楽にはなっただろうけど……贅沢は言ってられないわね。 美希ちゃんが来るまでは私、基本ソロでみんなのところ飛び入りだったし。 こういうのも楽しかったわっ」


「……わたし、足、引っ張ってないかなぁ」

「後方警戒と遠くの奴にダメージ出してくれるだけでありがたいんだってば、あと、真夜中の暗い時間の話し相手がいるだけでも。 それが同級生ならさらに嬉しいの。 もっと自信持って良いの、美希ちゃんはっ」


ふわ、と軽く美希の髪の毛を手に取り、ここ、枝毛、と……どうしても自己肯定感の低めなペアの片割れを励まそうとして、千花は言う。


「それにさ? ゆい君たちが夕方をがんばってくれたら私たち、放課後から夜中まで……ずっと、なんてならないでしょ? そういう意味でも仲間は多い方が良いの。 そう言えば分かるでしょ? ひとり増えてくれるだけでもありがたいんだって」


「……うん。 魔法のおかげで夜起きていても平気だし、そういうときは学校午後からだけだったりするけど、ものすごく眠くなったりお肌が荒れたりもしないけど。 でも、他の子の都合が付かなくて何日も昼から真夜中までふたりで巡回っていうのも疲れるもんね。 ……わたし、この歳で残業代なんかもらっちゃって」


最近お小遣いの使い道がなくなって来ちゃったんだ……と、まるで働き盛りの社会人のような言い回しをしつつ、でもふたりが来てくれたから少し楽になるね、と、新人の「魔法少女」たちへ話しかける。


「わたしはつい最近からだからかもしれないけど、でも……やっぱり小学生のふたりに助けてもらうの、なんか申し訳ないな」


「平気ですよ、美希さん。 そもそもゆいくん、魔法少女の任務が無いときでも魔法使って遊んだりしていますし。 それよりは、こうして先輩方のお役に立てる方がよっぽどためになります」


「……これ、ゆい君や。 魔法で遊んじゃダメじゃない」

「ゆいくん、魔力を展開すると寝なくても平気だって言うのが分かってから、何日か続けて徹夜して……家族の人から隠れてゲームとかしてて、怒られたりしていましたし」


「していました」


みどりの告発に、素直に正座で対応するゆい。


「ゆいくん……こ、ここ、アスファルトだから痛いでしょ?」

「でも、悪いことしたもん」


「律儀ねぇ……で、なぜそれをみどりちゃんが知っているのかって聞いていい?」

「はい、私もお付き合いしていましたから。 ……あと、ゆいくんのお母さんに見張っていてと頼まれていますから。 去年から、ずっと」


「……黙っててくれるって、言ったのに……みどりちゃん」


「ゆいくん? こっそり遊ぶ程度なら黙ってたけど……いくらなんでもクラス中に、発売したばかりのゲームでこれだけ強くなったんだって自慢して回ってたら、すぐにお母さんに知られちゃうよ……だから先に言ってあげたの。 だって、週に100時間とか、どう考えても普通は無理だもん」


曲がったことは嫌いでも、少年らしい嘘は当然ながらにつくし、いたずらだってする。

いくらそれが悪いことだと分かっていても止められない――それが小学生男子というもの。


だから、ある事件から仲良くなった、もとい押しかけるようになったみどりがゆいの見張り番も務めているという形の様子。


「お母さん、すーぐに泣いちゃうんだもん。 ずるいよねぇ、泣くのって」

「ゆいくんのお母さん、優しすぎる人だから……あ、で、話は戻しますけど。 私たち、平気です。 ゆいくんはもともとやる気満々ですし、私たちはそんなに長くは巡回しませんし。 あと、魔物って滅多に出ないものなので、大半はおはなししているうちにおしまいですし……だよね?」


「あ、うん。 僕はもっと」

「それは駄目。 私たち、まだ、小学生だから」


「はーい……早く大きくなりたいなぁ……。 あ、けど、そう言えばおわかれじゃないのかぁ。 ふたりとはだいふく繋がりだし、僕の番のときもだいふくとみどりちゃんがいるし、寂しくないから平気、ですっ」


集中が切れたのか、一瞬だけ桃色に光り、私服に戻るゆい。


……私服に戻ってもツーサイドアップの長い髪の毛と母親譲りの顔立ち、低い背丈とスカート姿である以上、相変わらずに知らない人からは少女としか映らないのだが。


それは、父親と兄直伝、ついでで姉の全力のコーディネートで日々「より少女らしくなっていく」ものである以上避けられない宿命だ。


何よりも、彼自身の少女の格好をしたいという欲望が――誰にも気がつかれない内に、彼に内包されている魔力を通じて「少年らしさ」が「少女らしさ」へと変換されているものだということは――誰にも知られていない。


だから彼の背丈は変わらずに低めのままだし、第二次性徴も……このまま行けば、男寄りよりも女寄りのものとなる。


実はものすごく危険な「異世界の魔法」の後遺症のひとつ。

それは――誰にも知られることの無く、今夜もひっそりと彼の体を蝕んでいる。


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