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26話 唇を奪われた天童沙月と奪った月本ゆい

「もうやめて……やめて……」


「他人が以前のことを掘り返されて悶えている姿って、私好きです」

「みどりちゃん……分かる気がする、わたしも」

「はいはい、美希ちゃんもみどりちゃんもその辺にしなさい?」



「あ。 沙月さんの事情なんてどうでもいいから、さっさと真ん中くらいからのゆいくんのキスを見た方が良いと思うわ」

「……みどり……貴女、壁に向かって……!?」

天童沙月。


彼女は――この国の魔女の中でもひとつ抜きん出た存在。

潜在的な魔力も、それが精霊に見出された年齢も――ストイックに効率と向上を求める精神も。


彼女は幼い頃から人との交流が苦手だった。


人と目を合わせるのも、話をするのも、人が気に入りそうな話を探すのも、話をし続けるのも……コミュニケーションというもの全てが苦手だった。

だが、転機は小学生という……まだ学校での生活を通じて、友人を通じて少しでも馴染んでいけるはずだった頃に訪れてしまった。


彼女の、類い希なる魔力によって。


さらに、彼女を見出した精霊も、それと共に勧誘に来た国の人間も……残念ながら、一般的な精霊や人間ではなく、自身の評価と地位というものに固執する質のものだった。


彼らは幼い彼女に入れ替わり立ち替わり「説明」をした。


人々が、彼女の知らないところでたくさん傷ついて死んでいる。

多発する災害も犯罪も不幸も、その多くに魔物という未知の何かが関わっている。


そして、彼女が努力し同僚達を率いることによって、将来の犠牲者を少しでも減らすことができる。

逆に、彼女がならなければ……多くの人間が、死ぬ。


「だいふくとなる精霊」がゆいに説明したときよりもずっと狡猾に誇張し、有無を言わせない話し振りで、まだ事態を飲み込めていない彼女の家に数十人を伴って押しかけ、彼女の両親をも脅迫し。


……後に彼らは「適切な処分」を受けることにはなったが、それは彼女、天童沙月という少女が普通の少女――学校に通い、アルバイトとして魔法少女をするという生活に戻るには、遅かった。


彼女は、適応してしまった。


――魔法少女、そして魔女の世界は完全に実力が求められる。


ランク別の魔物をどれだけ効率よく被害を出さずに、かつ、連携を取り屠って人を護るか……それが求められ、トップ層の彼女たちは「英雄」として大々的に祭り上げられる。


だから彼女は、天才として……小学生にして既に魔女という異例の措置で迎え入れられた。


政府やマスコミはこぞって取り上げ、彼女は用意された台本通りに演じた。

……自然、彼女を見る同僚と先輩の魔女、後輩たる魔法少女たちも彼女を「自分よりも上となる人間」だと受け入れた。


受け入れてしまった。


だから、彼女のコミュニケーション能力不足は問題にならなくなってしまった。


だって、周りの人間が皆彼女を畏れと共に好意的に解釈するのだから。

多少きつい言い回しでも、余程のことがない限り腹を立てられることすら無くなった。


年単位の同僚達は彼女の意を理解してくれ、そうでない者もなんとかして意を汲もうとするものだから、彼女からきちんと話す必要が無くなってしまったのだった。


だって、生まれつき彼女は違う存在――生まれついての魔女、なのだから、と。


♂(+♀)


しかし彼女は……元々の気性から、別にそれを得意にして傲慢になることはなかった。

彼女は、多少人と接するのが苦手なだけで、ただ特殊な能力を持った人間なのだと理解していたからだ。


だから、彼女は曲がってはいない。


ただ、こと交渉ごととなると途端に……それも、初対面の相手ともなると、威圧的にしてしまいがちだというだけだ。


今回だって、そうだった。


いくら彼女がゆいや千花に対して言ったような説明であっても、虚偽は無いし……本気で怒らせる意図も無かった。


ただ、いつものように。


普段のように、ここ数年のように、彼女なりに状況を説明して――「交渉」しただけだ。

怒っている台詞も、相手に合わせた攻撃も、上位存在たる自分が現状に納得しておらず、譲歩を……という、彼女なりの誠意だった。


そこにちかという少女が予想以上に感情を露わにしてきたのは、天童深月にとっては驚く現象であって――だから、彼女が怒らせてしまった結果の路地とは言えども、建物の破壊というものへの賠償を買って出た。


本当に彼女は……俗に言う、極度のコミュニケーション障害、だったのだ。


さて。


――だから、彼女は恋愛経験以前に異性との触れあいもまともに行ったことが無い。

魔女と同格の魔法使いのほとんども、彼女よりも下の存在。


その上、政府からも重要人物だとわざわざ通知され認定され崇められるよう仕組まれていた……だから、粉を掛けるような真似をする男すらいなかった。


そして、彼女は実にストイックな生活を続けてきた。


流行りの小説や漫画にも手を出さず――少女漫画というものすらほとんど目にしていない。

だから――免疫は、皆無だった。


と言うよりも、それが終わるまでは何が起きているのかが理解できなかった。


「ん――――――――――――――――――――――――――――」

「!?!?!?」


年下の少女――にしか見えない少年からの、突然のキス。


「ぷはっ」


少し屈んだ状態の沙月を、つま先立ちになりながら抱きしめ――逃さない体制の、ゆい。


彼からのそれも、最初はただ唇を合わせるだけだったが、ひと呼吸置くと次は唇を離してはくっつけを繰り返すバードキス。


その刺激に沙月が慣れてきてこわばりが解けてきたら……たまに舌を、彼女の口の中に入れる。


そう言った、青少年が一般的にする恋愛の最初の行為を……数段飛ばしでされたからだ。

一切に説明も無く、一切に理解もできず……ただただ彼女は戸惑うばかり。


――周りは、そうではなかったが。


「え? ……え、ぇ? あの、ゆい、くん? ……うわぁ……あんなに抱きついて、キス、してる……」


顔を真っ赤にして顔を背け……られずに目でしっかりとふたりとその口元を捉えている、感情が昂ぶり魔力が暴走気味となり髪から銀色の光を放つ巻島美希。


「あの、ちょっとこれ、は、一体………………………………ん、んっ……」

「ん――――――――――――――――――――――――――――――っ」


「うわ、魔女さんが離れようとしたのにもっかい抱きついて……うぇぇ!? 今度はそんなに、ち、ちゅっ、ちゅっ、て……外国の映画とかで出てくるみたいな……うわ、うわぁ……」


戦意は彼方へと消え、創りだしていた武器などはとっくに忘れ去り、ただただ棒立ちになって、あんぐりと……美希よりもずっと近い位置で、ふたりの口元を――そのすぐ後でゆいの舌が深月の口へと入っていくのを見てしまい、知らずに身もだえながら見つめる島内千花。


「……ぷはっ、ま、待ちなさいっ、い、息が苦し、……~~~~~~!?」

「んーん。 ん――――――――――――――――――――――――――」


「ふふ。 ふふふふ。 ああ、あんなにも激しい。 ゆいくんの、キス。 体を内側からしっかりと解してくれるの。 触ってくれるの。 知ってくれるの。 ヤサシクしてくれるの。 激しく、激しく。 頼めば、いくらでも。 ……私も、また今度。 ……うん、魔法少女になれば、理由なんていくらでも。 ううん、そのうちにその先へも……ふふ、ふふふふふふ……」


地面にへたり込み、しかし目だけはしっかりとふたりの口元を凝視し――「かつて自分が数え切れないほどにされた経験」を思い出しながら味わう、一ノ倉みどり。


本当は彼女だけがこの地球で知っていたもの。

だが、彼女は知っている。


彼はあれを、異世界で学んできたものなのだと。

年上の少女たちから学んだことなのだと。


だから、彼女は平気なのだ。

――どうせ彼はそういうものを多くの少女に求められるのだから。


ならいっそのこと、彼が「ただの子供」から「少年」になる前に、できるだけ――今しか得られない、限りなくプラトニックなそれを味わう仲間を増やしておきたい……とも、思っていた。


だから、目の前で彼が初対面の年上の少女とそれをしていても、気にしない。

だって、この地球においてのいちばんは――みどり、ただひとりなのだから。


そうして……この中で、彼女だけが激しく燃えていた。

されている沙月よりも、ずっと、ずっと。


「……あり得ないわ。 あり得ない。 だって、人にそんなことができるだなんて。 あたしたちみたいなのが、なんて、聞いてない。 聞いてないわ。 いえ、不可能よ。 だって人は器が肉体だもの、魔力なんていう魂の奔流を……その、口からで交換するだなんて。 いえ、でも、もしこれが異世界のだとしたら、この世界の常識が――――――――――――って、ゆい! 貴方、ちょっと!」


魔力という魂だけの存在のはずのだいふくは、自分でも初めてなことに、ぼうっとして得体の知れない感覚に戸惑っていた。


だが、魔力を直接に感知できるだいふくは、直ぐにそれに気がついてゆいたちの元へ走って行き……キスですっかりとろけてはいるものの、変わらずなんだか怖い印象のある沙月には触れず、ゆいだけを引っ張りなんとかそれを止めさせる。


「ゆいっ! 魔力、その子のっ! ……え、ええと、それ以上流し込んじゃうと、その子、あふれちゃう。 今はこれ以上するの、危険よ」

「あ、そ? あ、そんな感じだね、ごめんごめん……よっ、と」


最後の方は口腔内の感触だけしか脳が受け付けず、思考を停止していた沙月が……不意の中断によって体の制御を失い、そのまま倒れ込みそうになったところをゆいが支える。


「――――――――――――――――~~~~~~~~っ!?」


……口の中だけだった刺激を、今度は全身に――服越しではあるが感じさせられ、頭が真っ白になる深月。


……彼にとっては「彼とキスした少女がなるその現象」は当たり前すぎることだったため「いつもと同じように」転ばないよう、そっと抱きかかえて起き上がらせる。


「んー。 ねーねー、あとどれだけ上げたらいいのー? 魔力。 僕はまだまだ平気だけど、このくらいでいっぱいってことは……あ、そっか、たくさん休んでお友だちのももらってきたって言ってたもんね、だからかー。 けど、あとどのくらい上げたらいいか先に教えて……。 ………………。 ね、だいふく」


「ふぇっ!? な、にゃにっ!?」


「あのさー、この子。 あ、名前忘れちゃったけど……この子。 寝てはいないはずなんだけど、返事してくれないよ? 魔力いっぱいで眠くなっちゃったのかなぁ? いや、でも、これするとこうなる子、結構いるし……」


「あ、や、…………? え……? ………………、…………? な、に? この、かんかひゃっ!? は、だ……が、ぴりぴり…………んぅっ!?」


ゆいに抱きかかえられ、おーい、と揺さぶられ、ついでにと髪を撫でられたりして……沙月は、キスでの魔力の譲渡という未知の現象――地球においても未知のそれだが――を初めて知り、その余韻のせいで体に起きている新たな現象に困惑していた。


「……んんっ。 ゆ、ゆい? ……とりあえず、その子、離して上げて」

「え、でも、へにゃってなってるから抱っこしててあげないとーって昔」


「んっ、……~~~~~!?」


「……お願い。 その子のためなの」

「そっか。 ちゃんと立てそう? ……じゃ、離すよ? いい?」


だいふくが何かを察して……ゆいに、なるべく穏便に彼女を解放するようにと説得し、おかげでようやくに肌からの刺激が減って、いくらかは楽になった深月。


……だが、その感覚は消えることは無く。


「ふっ、ふっ、…………な、あ、に…………、こ、れ…………?」


息は荒く、顔も手も真っ赤、腰が引けていて立っているのもひと苦労という有様で。

……変身も完全に解け、元々着ていたと思しき私服へと戻り、体から放っていた青紫の光も消えていた。


「…………………………千花。 悪いけど、あの子のこと介抱してあげて」

「……え? え……わ、私? 別にいいけど……なんだか具合悪そうだし」


と、今度は千花の元へ駆け寄ると、こっそりと耳打ちする。


「本当は言いたくなかったんだけどね。 ショック受けそうだし……だけど、これ、千花が悪いんだから」

「へ?」


「千花。 あの子の様子。 よーく見てみて。 ……この中であれを理解できるの、多分貴女だけ。 ……みどりも……かもだけど、あの子怖いし」

「え、ええと……」


「ん、…………あ、なた。 何を、した、の……よ。 これ、……精神汚染とか、そういうの、じゃ」

「違うよー? あっちの世界で普通に、魔力上げたりもらったりするときはみんなこうしてたんだよ?」


「何をっ、…………~~っ、……」

「あー、なんか思い出してきた。 そういう風になってしばらく動けなくなっちゃう人いたなぁ。 気にしなくていいって言ってた」


先ほどの口づけからは体の自由が利かなくなっているのか、口は開きっぱなし、口づけの残り香の液体がつつ、と垂れ続け、それが街灯で照らされている。


無意識に体を抱きしめる形になって座り込んでしまっていて、ときおり来る謎の感覚に耐えるので精いっぱいの様子の……先ほどまでとはまるで別人のようになってしまった沙月。


その様子は、まるで。


「……はぁ……。 あのね? 初めのころ、言ったわよね? そのあとも何回か、さりげなく忠告してあげたのよ? ……ぜんっぜん気にしてくれなかったけど」

「え……っと、だいふくちゃん? 何を」


「……いい? あたしたち、戦闘中は感覚共有しているでしょう? 痛いのは半分こって決めてるから。 …………だから、その。 それは、変身を解かなければずっと、なの。 …………………………デリケートなことだからその時間帯だけ伝えるわ。 おとといの夜。 巡回から帰ってきて。 千花、あなた。 寝る前……何、してたかしら?」

「おととい? おとといは特に眠くも無いからーってごろごろしてて、で、……………………………………っ!?」


さあ、と顔が真っ赤になったと思いきや、一気に青くなる千花。


ぶわっと魔力が焔に染まり……沙月と同じく、一気に変身が解けて制服姿に戻ってしまった。


……それほどの衝撃が、沙月という思春期の乙女のとある秘密を直撃したのだった。

小学生の男の娘が高校生の女の子にキスをしているだけです。

深い意味はないはずです。

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