25話 衝突と勝利
「いきなり喧嘩を売ってきた魔女さん……沙月さんと、ゆいくんをかばった千花さんが初対面で喧嘩よ。 でも大丈夫、すぐにゆいくんが素敵な方法で収めるから……ふふ、ふふふふふふ……」
「やっぱりこの子怖いわ……」
青紫の天童沙月が赤桃の月本ゆいに迫る。
小学生だからと目線の高さで威圧しようとしている沙月と、同学年でも下の方のため普段から見上げるのに慣れていて平気なゆい。
小学校4年生の低身長と――高校1年の高身長は、頭ひとつ以上の差があった。
「とにかくそういうことなの。 あれは、私たちが最初に戦ったの。 あなたの頭でも理解できたかしら」
「なんとなく」
「そう。 それは良かったわ……つまりあなたたちの、いえ、あなたはね。 この国の守りを司る私たち魔女としての誇りをかけた再戦の機会を、横から奪い取って行ってしまったのよ。 はぁ……お陰で全て台無し。 私の同僚たちが預けてくれた魔力も、彼女たちの思いも、全て全て。 それに、奴が最初に出てきた頃にもっとも削ったのは私なの。 だからあなたは私たちが奴を散々に痛めつけた所を、何の努力もしないで出せてしまう『最初の一撃』で横取りしたのよ。 横取り。 お分かり?」
「だから、それがよくわからないんだってば。 あれは悪い奴だったんでしょ? 町もこんなに壊されちゃったし、これからもまだまだたくさんの町が壊されて、たくさんの人が困って……ケガする人とか死んじゃう人がいたかもしれないんでしょ? だったら誰が偉いとか誰のおかげでー、とかじゃなくて、たまたまでも何でもいいから悪い奴を弱らせたり倒してた人がいればいいんじゃない。 何で分かんないのかなー、お姉ちゃん、僕よりも年上でしょ? 頭良さそうな顔と話し方してるのに、なんでそこだけおバカさんなのかなー」
「………………………………………………………………………………………………」
ぐっ、と……説き伏せようと、自分のやるせなさを理解させようと、ゆいの相手を我慢していた天童沙月もさすがに耐えきれなくなってきたのか……短刀を構える両方の手に今まで以上の力が掛かる。
と、そこに。
「……ちょっと待って頂戴、そこの魔女の子。 さっきから聞いていたけど、あなた達は最初に魔王……じゃなくてあの魔物を相手に戦った子たちのひとりでしょう?」
「魔女?」
「魔物退治をメインの仕事に……って言うのは良いから」
再びゆいに襲いかかろうとしていた沙月に対し、だいふくが声をかけながら近づき……さりげなくゆいを庇うように、ふたりの間に立つ。
――ゆいよりも更に低い目線に、沙月の目が一瞬だけ泳ぐ。
「あなたの言っていることが全部本当だったら、きちんとその活躍に見合った報酬や評価もこのあとすぐに得られるはずよ。 あなたたち魔女、全員に。 それに、魔力を回復するために休んでいたあなたたちはまだ聞いていないかもしれないけれど、あの魔物はここに来るまでに何回も魔力を吸い上げてより巨大になっていたの。 いくら魔力を……その特殊な入れ物に入れて、強いというあなたがやって来たとしても……勝てたのかどうかなんて、誰にも分からないわ」
「ちょっとあなた、今私はこの子と話をしているのだから……いいえ、貴女、もしかして精霊……?」
「あら、すぐに見抜くのね。魔女ということ自体は本当だろうけれど、現れたと思ったらいきなり攻撃を仕掛けてそうしてまくしたてて……年下の子に迫るの、乙女としてどうなのかしら。 魔女なのにエレガントじゃないわね」
「……人の形になっている聖霊なんて初めて見たわ。 話には聞いていたし、信じなかったというわけではないけれども。 ……そうしてその子を庇おうとしている辺り、その姿もその子のためなのかしら? ずいぶん可愛らしいこと」
「あら、ありがとう。 ええ、この子にとってはこの姿の方が良いみたいだから。 それでいい加減に退いてくれるかしら? 魔法を使う子同士のケンカは見たくないのよ」
「そう。 普通の姿からそうして、魔力の消費の多い姿を維持してまで期待するほどにこの子は潜在魔力が多いのね。 だからこそ、上層部の一部がこれまであなたを通してこの子を隠し通してきた。 ……けれど、私たちにだって、普段から昼夜を問わずに戦っている私たちにだって、意地はあるの。 ねぇ、想像できる? これから数日の内にこのことが知られたらどう思われるかしら。 魔女たちが束になっても勝てなかった敵を、たったひとりの子供に倒させた――という噂が流れたら。 私たちがどのような想いをするかって」
「――――――――――――――ちょっと待ってよ……じゃなくて、ください! 魔女の先輩さんっ!」
「……あら、今度はそっちの魔法少女の子。 貴女も同じようなことを言うのかしら」
ずい、と……後ろでは魔法少女の衣装に付いているリボンを引っ張りつつ、ちかちゃんやめなよ、とささやきながら引きずられている美希がいるが、千花は止まらずに青紫の魔女の元へ迫る。
「……私は魔法少女で、あなたの後輩です。 生きてきた時間でも魔法少女として……魔女として戦って来た時間も、ずっと短いです。 だから、偉そうなこと言えません。 私だって、私たちこの町の子だって、あれの手下にすら勝てなかったから。 ……けど、ゆい君の活躍についてはただの逆恨みってやつじゃないですか。 精霊ちゃんもさっき言いましたけど――あんまりに大人げないです。 私よりも、年上……ですよね? そう。 なら……年上、なのに」
「――――――――――――――何ですって」
「ちかちゃんっ、ちかちゃんってばっ」
「だいふく、……そこの精霊ちゃんのことですけど、言ってましたよね? あの敵を食い止めようとした評価とかはきちんと出るって。 ゆい君も、……そこの子です、言ってましたよね。 この先の町で出るかもしれない被害を止めるのが、そのどこが悪いんだって。 ――人の命守る「魔女様」なら、そう言うのよりも先にありがとうって、そういう気持ちしか出てこないんじゃないですか?」
ぶわっ、と黄色の魔力が千花の全身からほとばしる。
「私、本職の魔女様がどんだけ偉いのかは知らないですよ? けど、でも、第一線で戦っているプロの中のプロが束になっても敵わなかったんですよね? だったらあなたがもし、ゆい君よりも先にあいつと戦ったとしても。 ええと、魔力を……どうにかして何人分も持って来たんでしょうけど、それで勝てたかだなんて誰にも分かんないじゃないですか。 負けて、さらに被害が続いたかも」
「――――――――――――――何よ貴女っ! 何も知らないで!」
ひゅんと飛んできた短刀が千花を掠める。
カッとなった割にはコントロールが効いていて、千花に当たらない軌道ではあったが……どう見ても、やりすぎだった。
「……年上なのに、年下に正論言われて暴力ですか。 それが大人気の魔女様ですか」
「貴女……っ!」
「感情のコントロール。 ゆい君の方が、ずっと上手ですね」
「あのね………………! 私たちは貴女みたいな歳からずっと。 ずっとよ? ……学校へも通わず、ただ才能があるから。 魔女は人気と尊敬を集める仕事だから。 人の命を守る仕事だから。 ――私たちがならなかったら、それで死ぬ人が大勢出るかもしれないから。 そう言われて……ある子は乗せられて、ある子は脅されて。 ある子は……やむを得ず、なっているの。 青春なんてもの、私たちは知らない。 だって、国の指示に従って魔法少女なんかじゃ到底勝てない魔物を叩くため、常に移動し続ける生活だから。 それが、貴女達みたいに……何だったかしら? 最近は随分と甘くなったのよね、特にこんなド田舎じゃ。 何、アルバイト感覚でローテーションを組みながら町を護る? 嫌だったら断っても良い? やる気なくなったらこういう緊急時以外は何の義務もない? ……笑わせるわ、そんなのただのオママゴトじゃないの」
「えー? そんなこと、マジョサマが言ってもいいんですかー? 私たち魔法少女だって、私たちなりの正義と生活でがんばってるんですけど?」
「ええ、人生を犠牲にしてまで戦う生活をしているのは事実だから」
そう言われ、咄嗟に出てしまった千花の攻撃。
長い包丁を振り回すという、普通の武器異常に物騒な見た目のそれは――鋭い金属音を立てつつ、容易く、沙月の短刀にあしらわれる。
先ほどのゆいとの戦いからしたら、明らかな実力差が……千花にも分かってた。
だが、止められない。
元々、将来は魔女になろうかと本気で進路を考えている彼女だ、将来の自分の先輩や同僚となる魔女という存在が、皆「こう」なのだと思ってしまい……体が、気持ちが、魔力が止まらない。
だから、力任せに斬りかかる。
……そうして、短刀も使わずにひらりひらりと躱して見せられ、それがまた千花の怒りを煽る。
もちろん、沙月も意図してのことだった。
「………………………………………………………………………………………………」
「………………………………………………………………………………………………」
「………………………………………………………………………………………………」
そんなふたりを、……いつの間にかだいふくを引っ張るようにして下がり、心配そうに見上げてくるだいふくと手を繋いだゆいと、ゆいの真横の定位置に立ち、彼のもう片方の手を握るみどり。
1匹ははらはらと、今すぐ渡辺や他の精霊に連絡しようか迷っていて。
もうひとりは、ふたりの問答と実力差がありすぎて戦闘にもなっていない戦いをじっと見つめ。
――もうひとりは、そんな彼を見つめていた。
「事実ですよ……ねっ! センパイが来ても勝てたかどうか、そもそも弱らせられたかどうか、分からなかったのって! ……あとー、この先の町で起きたでしょう被害とかも考えたことあるんですか? エリート様だからー、ひとりひとりの生活とかどうだって良くて、結果と自分たちのプライドが守られたらどうでもいいんですかー?」
「……お子様ね。 貴女、同じ歳の時の私なんかとは比べられないほど魔力少ないじゃないの。 潜在魔力は、基本的に上がったりしないわ。 貴女は確かに魔女にはなれるでしょうけど……私のように、ごく一部の。 あら良かったわね、さっきの箝口令が敷かれているような強制的な毎日を送らずには済みそうよ? 喜びなさい? ごくごく一般人の想像する魔女としての生活が待っているのだから」
「そうですか。 それは良かったです、私、魔女になるとしてもフツーになりたいだけですから。 センパイのようなごく一部のキザったらしいエリート様な生活、したくないですし」
「……も、もう、ちかちゃん、止めようよ。 わたしたち、魔物と戦うん、で、しょ? ……なんで、同じ仲間同士で、戦うの」
「……美希ちゃんは甘過ぎ。 ………………、ごめん。 けど、私は許せない。 こんなのが、私の目指してた魔女だなんて」
「こんなの、ね。 貴女たちは、こんなの、に日々の生活を守られてきたのよ。 これまでも、これからも。 ……その残りカスな魔物を倒してくれてどうもありがとう? 私たち、忙しすぎて小さすぎることには手が回らないのよ」
「そ。 ひとりひとり、家族や友だち、仲間たち、自分の町。 それを守ることができない魔女様。 さぞ大変なんでしょーね。 ……理解したくも無い。 あ、シツレイしました。 理解したくも無い、「です」」
「………………………………………………………………………………………………」
「………………………………………………………………………………………………」
青紫と黄色の魔力がぶつかり合い、渦となっていく。
ふたりの意地と――怒り。
その感情が、魔女と魔法少女という人外の存在と戦うためだけの力を、お互いにぶつけようと……半ば本気になりつつあって。
そうして、先に手が出てしまったのは……普段は温厚な千花が、売り言葉に思わずで斬りかかってしまったが――そこにいたはずの沙月がふっと消え、バランスを崩した力を振り下ろしてしまい……路地の壁や床、配管やエアコンと言った設備があったところを……魔法少女としての力で、破壊してしまった。
「……あらあら、行けないわね。 賠償金、払えるのかしら? アルバイトなんでしょう? 大した金額出ないんでしょう? ……代わりに私が払ってあげましょうか。 将来のやんちゃな後輩さんに」
「………………………………………………っ、くっそっ……」
千花や美希が視認できず、だいふくが魔力の感覚を頼りに辛うじて……みどりは、そこに移ったのだと理解したように。
ゆいは――沙月が瞬発的な魔力を用い、人の動体視力を超えた速度で千花の真後ろへ移動したのを視ていた。
「……分かったでしょう。 貴女達は弱いのだから、今は守られていなさい。 ……………………………………ふう。 ――――――――ごめんなさい」
手に残っていた担当を収めた沙月は、大きなため息を吐き……バランスを崩して転んでいた千花に向け、手を差し伸べる。
「……急に。 なんのマネ。 ですか」
「……今貴女に言われたように、私、大人げ無かったわ。 ええ、途中から気が付いていたの。 だけれど、つい貴女にも喧嘩を売ってしまったわ。 それも、わざと。 ……ええ、分かっていたの。 貴女が余りにも、こうなる前の私みたいな正義感でいっぱいな子だったから。 最近、本当にストレスが……と言うのは言い訳ね。 私自身の歯止めが利かなかったの。 私は駄目ね、だから人間関係が下手なのよ」
「………………………………………………………………………………………………」
「……私が用があるのは、その子だけ。 ええと、ゆい、さん、だったかしら。 ともかく、その子だけ。 私はその子と交渉さえできれば」
「魔女さん。 交渉って?」
ずい、と、ゆいがふたりの会話に割って入る。
「え? え、ええ、皆から預かった魔力――渡しすぎて何日か動けなくなるぎりぎりまでのものよ――を容れるものなのだけれど、これ、時間とともに減って行ってしまうの。 だから最低でもそれ以上の魔力を受け取って仲間に返したいの。 万が一のことを考えて空のものも貰ってきたから、それに入れてもらって。 あと……評価のときに随分と弱っていたという証言さえもらえたら、何も言うことはないわ。 迷惑も、こうして掛けてしまったもの。 あ、でも、よく考えたらまだ魔力も戻っていないだろうし」
「なーんだ、そんなことでいいの。 いいよ、あげる」
と、……美希とだいふくが驚き、みどりが恍惚とした表情で眺める先にはゆいが――千花と沙月の間に、いつの間にかに立っていて。
「あげるって、そんなに簡単に……というか貴女、今どうやって」
「…………んー。 ちょっと屈んでくれる? 僕、背、低いから」
「……相変わらずに話を聞かないのね…………ええと、こうでいいのかし、……――――――――――――――!?」
「ん――……」
深月はゆいよりも頭ひとつぶん以上背が高い。
だから、……話をよく聞こうと、腰を下ろしてしゃがんだ深月と目線を合わせたゆいは。
何の躊躇いも無く、何の説明も無く――男女だというのにも全く意識もせず、いきなりのキスをした。
「キスって楽しいよね!」
「……………………そう」
「ファーストキスは何味でした? 沙月センパイ?」
「……………………………………みんな、忘れたわ」