24話 魔女・天童沙月との邂逅
20話にしてメインヒロインの登場です。
最初は、とある事情からつんつんしています。
王道です。
魔力という未知の力で人を超えた力を体に影響させて常人よりもずっと速く、息が切れることもなく走り続けている3人と1匹……に、ぴたりとくっついて走る、これもまた汗ひとつかかず呼吸も乱さず、ゆいの真横を走っているみどり。
はっきり言って異常なほどの身体能力だった。
これがあれば、まず間違いなくスポーツ界の……どの種目でも世界で活躍できるだろう。
年齢どころか性別を越えて――――もし、魔法を使っていないのなら。
「みどりちゃんって、いっつも運動会で1番だし、みんなから頼られるもんねっ! あと、休み時間僕たちとサッカーとか鬼ごっことかしてるもん
、ふつーだよふつー」
「そうです、ふつーなんです、ふつー♪」
「……えっとね? ゆい君や。 私たち、もう何分もおとなの人以上に速く、しかも足音立てないようにして走ってるんだけど」
「? だってみどりちゃんだもん、それくらいできるに決まってるよ?」
「そういうことです、先輩方」
「………………………………………………………………………………………………」
「………………………………………………………………………………………………」
「あのね、みどりは……い、言わないからっ! 貴女の秘密のことは言わないってばっ!!」
「どしたのだいふくちゃん。 うん? なんでもないの? ……けど、きっと小さいころから魔力多くて精霊ちゃんと契約してなくても自然と使えちゃうタイプ……なのかなぁ? そういう子、いるっていうし」
「うん、この前の魔女さんのインタビューでも似たようなこと言ってたね」
「ま、いっか。 それだけすばしっこいなら、いざってときにも先に逃げてもらえて安心だもの」
「そうだね、わたしが守り切れなかったりしたら」
「――――――――――――――――あら。 残念ね」
「どしたのだいふく? またなんかヘンなこと言って」
「ヘンじゃないわよ……と言うか、また? ……じゃなくて、えっとね、あの角っこの先にたくさんいたはずの魔物。 今、この瞬間にみんなまとめて消えちゃったのよ、反応」
「………………………………………………ふぇ?」
「魔物が自然に消えちゃうだなんてことはないわ。 ……たまたま別の子が近くにもいて、駆けつけてくれた? いえ、それにしては連絡が」
「え――――――――――――――――!? 僕の初めての戦いはー!?」
「いえいえ、あなた、もう戦い自体はこなしたじゃない」
「あ、そっか。 ……けどなー、せっかくふつーの戦いができるって張り切ってたのになー。 ……もぐもぐ、ごくん」
魔物が消えたと聞きゆっくりと脚を緩めていく一行。
……ゆいも、咀嚼していたものを飲み込んでしまう。
「……それにしても、あんな『最初の一撃』使って、もう平気なんだね、ゆい君って。 すっごいなぁ」
「ね。 わたしも、何日か、体動かすのも大変だったもん」
「……なるほど、初めての後は体が怠くて大変。 ……覚えておきますね」
「? うん、そうなのみどりちゃん。 だからみどりちゃんも……みどりちゃんはなんか平気そうだね、今もこんなに走ってきて平気なんだし」
「あ。 ……そうですね、ではそういうことにしておきましょう」
ぎゅ、とゆいの腕を取りつつ、噛み合っているようで噛み合っていない会話をしているみどり。
……それに気がついているのはだいふくだけだった。
「ちかちゃん、とにかく、会ったらすぐにお礼言わなきゃね。 わたしたちが間に合わなくて誰かが傷つけられたりしてたらって思うと」
「美希ちゃんはマジメっ子さんねぇ。 けど、魔物ってじめじめしたとこ好きだから、こういう路地裏だと普通の人がばったり……っていうのもあるって言うし。 うん、間に合ってよかったわー」
「……ええと、相手もあたしたちのこと感知しているみたい。 精霊の反応……は、ない? これって、もしかして」
「うぇ、この先ここよりもっと狭いじゃんっ。 こういうとこ私苦手だなー」
「でも、巡回するのって大抵こういうところじゃない?」
「そうなんだけどさー。 ほら、急にばったりってあるからさ?」
魔物が全て討伐されたと聞いて気が抜け、ゆっくりと歩いて角を曲がる魔法少女たち。
――――そこには、青と紫という魔力を髪から放つ、暗闇に溶け込みそうな少女がいた。
彼女は獲物――どうやら短刀を使うらしく、それを地面からカチャリカチャリと拾いつつ、ベルトに収納しているところだった。
ちょうど背中を向けてしゃがんでいたのは彼女の事情を優先してのことらしい。
……魔力で敵味方や位置が分かるのだから、別に危険はないということだろうか。
立ち上がり、失礼、と振り返ったのは……ゆいよりも長い髪を腰の辺りで結っている少女。
暗闇だからか目つきは鋭く、にこりともしない。
――みどりの普段の表情がうつむきがちの無表情だとしたら、この少女のそれは、前を見ているようで見ていない無表情と言ったところ。
服装はゴシックロリータ……つまりはゴスロリで、ますますに夜に溶け込むと言った様子。
この少女の変身時の姿なら、そのまま町を出歩いてもコスプレをしているだけだと思われるだろう。
痛いことは痛い……が、突き抜ければそういうものだと納得せざるを得ない雰囲気を持つ彼女は、ゆいたちのような派手な色でない分目立たない。
「……この町の魔法少女の子たちね。 ごめんなさい、私の方が早そうだったから先に倒してしまったわ。 丁度、歩いてすぐのところにいたものだから……お仕事を奪ってしまって申し訳なかったわね。 けれど、普通巡回ってそんなに大勢でやるものかしら? 精々が3人くらい、で、………………………………………………あら」
途中で会話を止め、目つきが鋭くなり……ざ、っと構えると――その少女は、その状態からさらに変身をした。
――今度は派手なゴスロリからライダースーツのような、戦闘に関しては無駄の多い衣装から無駄だけを省いたような――同じように漆黒の衣装へと。
それが変身を解いた姿でないのは、その体のラインに沿ったスーツからも魔力の色が放たれているからだ。
「あなた。 あのときの。 ………………………………………………そ、ここにいたの。 ずっと探していたわ」
「………………………………………………僕のこと? あ、そう、けどなんっ!?」
音もなく距離を詰めてきた青と紫の少女は両手に短刀を構え、いきなりゆいに斬りかかる。
きん、と、ゆいがとっさに出した棒――槍形態ではなく、まだただの、彼の身長程度のロッドのまま――で、ふたつの刃をいなす。
「……なるほど、秘蔵っ子だけはあるのね。 他の子たちは反応できていないのに、魔法少女になりたてのはずなのに、あなただけがそうして即座に私に対応できた。 ――――あれが『最初の一撃』だと聞いていたから実力を知りたいと思っていたのだけれど、なるほど……ねっ」
ぎん、っと、今度はもっと体重のかかった刃が角度を変えてゆいに降り注ぎ、少しだけ険しい表情をした彼もまた……それで向けられてきた力をそのまま受け止める。
「………………………………………………………………………………………………」
「……けれど、あれは私の獲物のはずだったのよ。 最初にあれと遭遇し、惨めな敗北をし、どうにか最初に立ち直ることのできた私が、みんなから魔力を特別な方法でもらって、それで向かっていたの。 あとほんの1時間……いえ、30分もあればたどり着けたの。 けれどあなたは、この町の上が隠していたあなたは、あなたが、それを横取りして。 ――私たちの栄誉を、価値を、持って行ってしまったのよ。 ――――――――――――――――――だから」
短刀を弾くようにして後ろに大きく跳ぶ少女と、構えたままの姿勢で、何も言わずに待つゆい。
「――――――返して、もらうわよ。 私たちの得るはずだったもの、そのすべてを」
♂(+♀)
何回かの短刀とロッドの――執拗な攻撃と徹底的な防御の応酬が続く。
その速度も威力も――衝突するたびにまき散らされる魔力の量も尋常ではない。
だからこそ、他の存在はただ見ているしかなかった。
きんっと再び……今度は3本の短刀を投擲された直後に両手での詰め合いだったが、それもまたいなしてゆいが口を開く。
「……ふー。 君、結構強いんだね……あ、じゃない、年上の人っ。 お強い……んん? お強いんでございます……?」
「………………………………………………………………………………………………」
「よく分かんないからいいや、とにかくもう止めない? 僕に戦う理由ないし、そもそもなんか僕君に悪いことしたっけ? だったら謝るよ、ごめんって」
「たった今説明したじゃない、なにを寝ぼけたことを!」
「……あのー。 そこの魔法少女、さん? で良いんですよねー」
と、事態を把握できないものの止めなきゃ、と、千花が漆黒の少女に話しかける。
「何。 貴女たちに用はないから邪魔を」
「あの……えっと。 その子、あなたが今言ったこと、本当に分かっていないんだと思いますよ?」
「……え」
「その子、そ、ちっちゃいですよね? まだ小4なんです。 あとついでに新鮮な情報長く浴びせるとぜーんぶ聞き流しちゃう。 つい最近に私が経験済みなんです」
「そ、そうなんです……ゆいくんには、もっと、ゆっくり、分かりやすく言わないと」
「………………………………………………」
おずおずと手を上げ、恐ろしい雰囲気に怯えつつも……ゆいがもっと怒らせる前にと、あと、できたらまともな会話な雰囲気になってほしいなとちかと美希が助け船を出す。
ゆいと、自分たち自身への。
「………………………………………………あなた。 私の話、どのくらい理解できたの」
「えっとねー、…………うーん。 とりあえず、なんか怒ってる? よく分かんない理由で。 お友だちとケンカしちゃったとか?」
「――――――――――――――――――はぁ――……」
激高しかけていたところに、まさかぶつけた怒りがすべて伝わっていなかったと知り、少しだけだが勢いが衰える少女。
「……そう、小学生の子なの。 暗がりだと分かりにくいったら……なら、もっと分かりやすく教えてあげるわ。 ……あのね、私たちはあの魔物、……あの雲みたいな魔物が最初に現れたときに招集を受けて戦ったの。 ここまでは良いわね?」
「うん」
「で、最初に大きな傷と魔力の消耗を……ではなくて、戦って傷を負って、魔力も空になった私たち。 でも、何日か回復に努め……ではなくて、きちんと眠って魔力をある程度取り戻した。 ……ここまでも?」
「うん、分かりやすい」
「そう。 ……まどろっこしいけど、仕方ないわね……で、私たちの中でいちばん早く元気に……でいいのかしら、元気になった私に、みんなが少ない魔力を託してくれたの。 それも、使い切りの道具を使って、私何人か分以上の魔力を、ね。 だから、私はみんなの代わりに奴を倒さなければならなかったの。 ……どう?」
「うん」
少ししゃがんでゆいの目を見つつ、諭すように……その目線にはてなが浮かぶたびに表現を変え、注意を引きつけつつに彼女は説明する。
「……子供の相手って、本当苦手……で、だから私が奴を斃さないとみんなの名誉、この国でいちばん強い集団なのにすぐにやられてしまって、でもその力を集めて追ってきた私が倒して、魔女たる私たちこそが国民の命を守っているのだと、そういう希望。 それを取り戻すところだったのを、あなたが倒してしまった――つまりは横取りしてしまったの。 分かる?」
「んー、それだけが分かんない。 別に、結果的に悪いやつがいなくなったら良いんじゃないの? だって、悪いの殺すだけなのに」
「…………まだまだお子様ね。 名誉、尊厳、プライド、誇りというものを」
「国語で習ったよ? あ、プライドは英語だよね。 今年からやってるから知ってる! マンガとかゲームでもよく出てくる言葉かっこいいだよね!!」
「………………………………………………………………………………………………」
怒りにまかせて来た少女――天童沙月は、ここで初めて悟り、その後もずっと思うことになるし、振り回される。
「この子」の相手。
純粋過ぎる「少年」たる魔法少女の相手をするというのは……ものすごく面倒くさいのだ、と。
「いきなりちっちゃなゆい君に襲いかかったかって思ったら、伝わらないから丁寧に言い直す辺り。 ……沙月さんの素の性格出てるわよねー」
「うん、ほんとうはいい人、なんだよね……凄い人だし。 ただ、ちょっと融通って言うか、委員長さんタイプって言うか?」
「猪突猛進、頑固、意地っ張り」
「みどり……程々になさいよ?」
「……情けないわ。 一時の衝動で、よりによって小学生の、しかも……だなんて。 はぁ……」