23話 「魔法少女」の初任務・後
このおはなしは女装っ子ゆいくんと女装っ子ゆいくんを眺める女の子を眺めるおはなしです。
モフる至福を失って地面にうなだれる美希。
その感覚は、誰もが知る悲しみ。
「あ、ごめんなさい……けど、何も泣かなくてもいいじゃないの……。 ……で、えっと? まずはひと月、この4人で組んでから他の子たちともーって流れらしいけど」
千花によしよしとされる美希に少しの罪悪感を覚えつつ……触ってきた方が悪いのよ、と、だいふくが普段の調子に戻る。
「……で、ゆいの実力は初めからあるんだけど、ちーむわーくってものについては完全な素人ね。 普通の子より目が離せないし……だからゆいは千花の指示に従ってちょうだい。 魔物の出現とか場所とかについて報告して、みんなで移動してからまた千花の指示で前衛として戦ってみて」
「はーい!! ちかセンパイに任せたらいいんだね!!」
「うん、そだね。 ヘタに力ある分、力任せだけ覚えちゃっても困るし。 言うこと聞くのよー? 後輩くん?」
「はい!!!」
「元気ねー。 さすが男の子」
「……で、美希は遠距離だから後方の警戒と後衛よ。 前に集中しているときの……えっと、ばっくあたっくに気をつけて、あとは千花の指示で魔物を狙撃ね。 あと、まだ契約してないみどりも美希の側にいて」
「……はぁい」
「みどりがどうなるのか分からないけど……ゆいと千花が前衛で美希が後衛。 だからってのもあるけど、みどりが後衛だと嬉しいわね。 仲の良い子って、大体お互いを補う感じの魔法になるの。 だから多分、ゆいの近距離……あれ、近距離で良いのよね? ……に対しての遠距離、あるいは補助って思ってるけど。 ま、近距離でもそれはそれでいいわ、みどりの魔法のスタイル次第よ」
「……そうなんだ。 だいふくが言うなら、そうなんだね。 ……よぅし、補助と後衛になろうっと」
「いえ、なろうと思って……いいわ、好きにしなさい。 案外そういうのも影響するかもだし」
ふぅん、と言いつつ少しだけ後ろを向き、瞳に薄く光を宿すみどり。
「……みどりちゃん? 平気?」
「…………、うん。 平気だよ」
両手を軽く叩き、さて、それじゃそろそろ時間だね、と音頭を取る渡辺。
「……そんなところでいいかな、みんな。 今日は初回という事もあるし、なにより中学生の千花君や美希君と違ってゆい君とみどり君は小学生。 あまり遅いのは望ましくない……から、2時間くらいかな。 今日の任務は2時間で終わらせてくれるかい? …………千花君、分かっているね? 終わったら、先ほど伝えた駅前で集合だ。 ああ、ゆい君が普通の格好に戻ってからだよ?」
「はーい!! ………………でぇー、渡辺オニイサン? ご予算はおいくらでしょー?」
「……君みたいな子にそういう呼ばせ方をしているって通報来そうだからやめてね? いや、ほんと。 お願いだからさ」
すすす、と千花が渡辺の近くへとすり寄り、両腕を胸の前でぎゅっとするという渾身の上目遣いで「ご予算」をせがむ。
……同級生以上の男子にとっては凶悪な武器になる千花のそれだが、渡辺は無反応を貫きつつ、ごそごそと財布を取り出す。
「…………言っておくけど、これは本当に部下のねぎらいって言う意味合いだからね? だからお願いだから道端とかお友だちとかSNSとかで冗談でも僕にお金もらったとか言わないでね? 本当に頼むよ? 男は生きづらい世の中なんだから。 大変なことになった同僚もいるんだからね?」
その台詞も含めて、どう考えても「事案」に見えてしまうのだが……それでも言うしかないのがこのご時世の男という身分。
「こんなにカワイイ現役JCたちからタダでこういうことしてもらえてるのにー」
「ち、ちかちゃん……渡辺さんからかっちゃ……」
「……分かった分かった、今回はただの連携の確認と基本ルートを歩きながら話してもらって親睦を深めてもらうのが目的だからね。 ……普段の倍の人数……に加えてだいふくも人型でいる以上、これくらいかな」
「――――ごせんえん!! 美希ちゃん見て見て! ごせんえん札よ!! しかもピン札っていうの!! ひとりせんえん……これはドリンクバーとふた皿ずつくらい行けそう、いえ、おこづかいを足して甘いものを食べて帰ろうかしら!?」
「いや、いつも言っているように数百円から円単位まで使い切る必要は」
「これは魔法少女同士の大切な大切な親睦会なんです! これは必要経費というものですよ渡辺さんっ!」
「………………一応、僕のポケットマネーなんだけどなぁ、今回のは……まあいいや、それで楽しんできてくれ。 あ、そうだ、美希君? 今回からはお金は君が管理してくれるかい? いや、いつも千花君に渡しているんだけど、ほとんど返ってこないからね」
「え――――――――!? 信用してくれないんですかぁ渡辺さん!?」
「ち、ちかちゃん……は、はい、分かりました。 はわ、綺麗な5千円」
「うん、じゃ、そういうことで。 僕はこれからみどり君のご両親との話し合いってことになっていてね」
「およ? 渡辺さん渡辺さん、そういえばなんでみどりちゃんだけまだなんでしたっけ?」
「………………………………………………。 ……うん、まだみどり君、一ノ倉さんだけは正式に決まっているわけでもないし、ご両親もお忙しいらしくてなかなかね。 けど、今日ようやくお会いできることになったんだ。 みどり君自身も乗り気だし、恐らくは大丈夫だとは思うけど、念のために、ね。 ……いや、なんでもない。 それじゃ、またあとで」
何かを言いかけた渡辺は、そうして会話を打ち切るとスマホを耳に当てながらさっさと公園を後にする。
「……もうっ。 渡辺さんってノリ悪いんだからー。 もう少しテキトーな話してからでもいいのにっていつも言ってるのに、いつもああだし」
「仕方ないよ、あの人ってこの町の偉い人だから忙しいんだよ、きっと。 で、ちかちゃん、今日はどこだって?」
「んー。 ……あ、私たちの学校の駅だ。 その近くのエリアってなってる」
「そっか、だったらゆいくんとみどりちゃん、電車に乗るから、こっちだよ」
♂(+♀)
「――――――――っ! ああもうっ! なんでなの! 美味しいところだったのに! なんでドリンクで乾杯したとこでいきなり魔物出てくるのよ! しかも結構多め! んで、私たちが緊急招集って!!」
すっかり暗くなった夜を駆けるのは3人の魔法少女とひとりの少女と1体の精霊。
何事もなく……ほんとうに運が良く魔物も出ずにただ2時間、途中で休んだりしつつ過ごした後の豪華な夕食だ……と意気込んでいた千花は、走りながらずっとほっぺたを膨らませ続けている。
「はっはっ、……しょ、しょうがないよちかちゃんっ。 魔物だもん、緊急だもんっ。 この前みたいな緊急じゃないだけマシだよっ」
「や、アレと比べても……ま、そうなんだけどさ」
「僕嬉しい! 初日から戦えるだなんて! さっきまでがっかりしてたけど、もう元気! 幸先いいって言うのだよね、国語で習った!」
「嬉しいのかい少年君……っていうか、いい加減それ食べちゃいなよ。 いくらゆい君の頼んだのだけが先に出てきたからってさ。 ……ぱって終えちゃって、早く戻らなきゃね」
「だって味わわなきゃもったいないもん!!」
もぐもぐもぐもぐ、と、口を小動物のように膨らませて咀嚼しているゆい。
それでいてはきはきと話せて走っていられるのは魔法少女になったからか、それとも普段からなのか。
「――――――――で、さぁ……? ひとつ聞きたいんだけどー、みどりちゃん」
「はい、何でしょう」
ひく、と、千花が口元をヒクつかせながら尋ねる。
……3人の魔法少女たちは既に変身しており魔力を使いながら走っている。
それは普通の成人男性よりもずっと早いもので、ついでにだいふくも精霊である以上それくらいには着いて行けているのまでは良い。
――――――――そこに、危ないから待っていてと言われても着いて来てしまった、そして3人と1匹の魔法を使う存在たちに平然と着いてこられているみどりが――ゆい以外からの注目を浴びていた。
「……なんでそんなに速く走れるの?」
「私、体動かすの得意ですから」
「え、いや、そんな次元じゃ」
「体、動かすの得意ですから」
「でも」
「得意ですから」
「………………………………………………」
そう言いながらも、ゆいと……いつものように手を繋いで、けれども引っ張られているわけでもなくついて来ているみどりだった。
「私立の小学校通ってそうな格好のみどりちゃんが、運動部みたいにキレイなフォームで走ってる……」
「最近の小学生って、すごいね……」