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21話 月本家の血筋と、魔法少女と

「大人の話が長いんじゃなくて、ゆいくんに興味のない話をしているだけ。 わたしたちは楽しく遊んでいたわ」

「いつも誰とおはなししてるの? みどりちゃん」

ゆいとみどり、ふたりとゲーム機に夢中になっているだいふく。


その姿はゆいよりも年下な小学校低学年の少女そのものであり、影になっている部分はクリーム色、光が当たると金色に輝く、長い髪と同じ色の毛皮のような着ぐるみ。


もちろん毛はふさふさだ。


着ぐるみのフードにはウサギの耳が着いているが、フードを取っているために背中にだらんと垂れている。


――どう見てもコスプレをしている少女にしか見えないが、精霊だ。

……たとえ名前が「だいふく」で固定されてしまっていたとしても。


「……精霊さんたち。 みんな、あのように可愛らしい子たちなんですか?」


「いえ、基本は……そうですね、ぬいぐるみ。 犬、猫、鳥、ウサギ、キツネ、タヌキ、フェレット――種類は様々ですが、総じてそれらの幼体、つまりは子犬や子猫のような見た目の、ええ、愛らしく子供に好かれやすいものがほとんどです。 男の子相手に契約するタイプですと、同じぬいぐるみでも格好いい見た目が増えますね。 それ以外の姿の個体もいます……が、彼らは元々実体を持ちません。 ぬいぐるみの姿も子供に好かれるため。 ……そしてゆい君はどうもぬいぐるみよりも人型の方が好みだと言うことでして」


はぁ、とため息とともに尋ねるカップから唇を離したゆいの母親へ、慣れた口調で説明を続ける渡辺。


――だいふくの名誉にかけて、間違っても「自分の姿が気持ち悪いと言われたから」とは報告されていない以上、あの場面はふたりと1匹の秘密となっている。


……まあ、バレたとしても不憫だと同情してもらえたのだろうが、それはだいふくのプライドの問題の様子。


「……はぁ――……最初、渡辺さんがいらっしゃったときには、まさかこのゆいが、あの魔法で戦う子たちのひとりに、だなんて。 しかも、「魔法少女」としてー、だなんて、とても信じられませんでしたけど……実際にゆいが変身するところを見ちゃいましたら信じるしかありませんものね。 初めはぬいぐるみの姿でした精霊さんも、可愛らしい女の子ですし」


「ええ……魔法を使う子供たちがテレビなどで取り上げられるようにはしていますが、やはり身近で、その目でご覧にならないと信じるのは難しいですよねぇ。 ええ、分かります。 私も昔はそうでした」

「それも、持っていない服にまで一瞬で、光ったと思ったらもう変わっているんですもの。 ……それにしても、あの子にそんな力があるだなんて」


普段は朝早くに、目覚ましというものを使う前に家族の誰よりも先に目を覚まして走り回り初め、学校を全力で楽しみに行き。


大抵の場合は服のどこかしらを砂や泥、絵の具やボンドや粘土で汚して帰って来て――スカート姿だというのに――夕飯を食べ、兄と姉に囲まれている内にうとうととしてきてさっさと寝てしまう、見た目さえ普通の少年ならわんぱく坊主とでも表現できる、ゆい。


それが、稀代かつ前例の無い力を秘めているという。

――ゆいの母親はまだ、どこかで信じられない気持ちを抱えていた。


「あ。 ……ほいっ。 見て見て、みどりちゃんっ」

「……すごい。 見ただけで服、コピーできるんだ」


母親と渡辺の会話のことなどすっかり忘れているゆいは、みどりの前でころころと服を作り替えて楽しんでいる。

その横で、ソファに寝そべりながら……みどりからは距離を取りつつも、ゆいから見られるたびに相づちを打つだいふく。


「ときどき着せてもらったりしてるから形も分かってる……っていうのもあるのかな? うん、雑誌に載ってるのとかだと後ろとか裏側が分からないからきちんとはできないみたい。 なんかダサくなる」


「あなたたち、……いえ、いいわ。 とりあえず、ゆい、その服装を自由に変えられるのはあなたの魔力の特性でしょうね。 きっと……その。 男の子なのに女の子の格好が大好きっていう強すぎる願望で生まれたんだわ。 あたし、聞いたこと無いもの、そんな魔法」


「これでみどりちゃんとおそろいだね! ふたりで外歩いたらお姉さんと妹みたいに見られるかも!!」

「おそろい。 ゆいくんと、おそろい。 ……うん。 嬉しい」


「…………やっぱり聞いてない………………別にいいけど」

「聞いてるよだいふく。 物知りだよねぇ、ちっちゃいのに」

「何度も言っているけど、ゆい? あたしはゆいより年上よ?」


「でも、ゆいくんより小さいわよね、だいふくって」

「……人に似せた見た目なんだもの、しょうがないじゃない」


普段からお嬢様風の――普通の小学校に通う小学生には似合わない高そうな服を着こなすみどりは、自分と同じような姿になったゆいを見たために、ゆいの母親はともかく渡辺がいるにもかかわらず、ついに嬉しさのあまりにだらしない顔になっていた。


「こちらへは別にお答え頂かなくても結構ですが」という前置きをした渡辺に、母親は――いつものことだ、と勘づきながらも促す。


「……。 ところで、話は変わりますが。 近年の風潮が風潮ですからお答えいただかなくとも構わないのですが。 ……ゆい君のあの格好……変身する前にもスカート姿でしたけど……それや、あの長い髪は。 その、ご家庭の方針で?」


「いえ。 紛れもなく本人の意志です。 私たちは勧めることさえしていません。 ……否定することもしませんでしたが」

「しかし、ゆい君とのお話で聞いた限りですと、その……旦那様や、ゆい君のお兄様までが女性の姿を日常的にされていると」


「…………………………ええ、そうなんです。 私も、旦那と知り合ってしばらくは同じ女性だと本気で思っていた次第で。 ついでに言うのであれば義父も、ご先祖様方も大なり小なり同じような傾向だったご様子でして……あの子の兄も、小さいころから自然と女の子に混じって買い物に出たりしている内に、立派な女装を。 で、当然というようにゆいも、です……」


「そ、そう、ですか」

「……どうして夫の家系の男性は、みなこじらせてしまうんでしょう……いえ、私は別に良いのですけど……はぁ――……」


普通、ではない嗜好を持ったゆいの父方の家系の血。

ゆいの母と公務員の渡辺は、しばしそのことについて想いを馳せていた。


♂(+♀)


それから数日が経ち、いろいろと細かい書類のやり取りがあったり様々な肩書きの――いわゆる国のトップ層が黒塗りの車で次々と来てひと騒ぎになったりしたが、ゆいの記憶からは吹き飛んで行っていた。


主にゆいの両親が苦労しているあいだ、当のゆいはひたすらにいろいろな服装に変身してみたり、髪の毛や目の色を変えてみたり髪型を変えてみたり、ふわふわと浮かんでみたり物も浮かせてみたり兄や姉も浮かせて喜ばせたり……と、実に微笑ましい遊びをしていた。


まだ許可が下りていないと言うことで、自宅の中限定ではあったが魔法を好き勝手に使え、そこそこに満足していたゆい。


そして、魔法を実際に知った上にゆいと同じく魔法少女になる予定のみどりもまた、普段以上に……いや、毎日、ゆいが眠くなるまでの時間居座るようになっていた。


ついでで、だいふくも巻き込まれていた。


ゆいが何かをやらかさないように、と言う名目での監視――のために、主にゆいの突飛な思いつきとみどりの意味深な目つきや言動に苦労して。


だが、その生活もやっと終わり、ついにゆいは「魔法少女」――少年なのに、史上初めて魔法少女として正式に登録され、魔物の発生に備えて町の中で待機するという任務に赴くことになった。


つまりはパトロール、魔物が出ても出なくても給料もといお小遣いの出る、ごくごく簡単な任務へと。


時刻は夕暮れ、場所はゆいのよく遊びに来る公園。

そこに、5人と1匹が揃った。


「……それじゃ、改めて。 みんな既に顔見知りだし連絡先も交換して話もしたと聞いているけど、それでも儀式は大事だと思うんだ、僕は。 特に君たちは……最低でも1、2年は頻繁に顔を合わせる魔法少女仲間になるんだ、ここで1回、きちんとあいさつをしておこう」


渡辺の顔に、4人と1匹の視線が集まる。

慣れた感じで彼の前に、前屈みになりながらからかうように出てきたのは島内千花。


「渡辺さんって、そういうとこマジメよねー。 普段もシャキッとすればいいのに。 ワイシャツもスーツも靴も、もっと良いの着たらいいのに」

「はは……ボクはそういうの、興味ないから」


「残念……素材はいいのに。 ねぇ? 美希ちゃん」

「う、うん……あ、自己紹介。 わたしたちのときも、やった、ね……」


千花の後ろに隠れるようにしてうかがうのは、巻島美希。


そんなふたりを上から見下ろす渡辺は……一応は仕事中と言うことでスーツ姿。

男性の平均的な身長だからこそ、この中ではひとり飛び抜けたところから話しかける形になっていた。


「でも、わたしにとってはありがたい……です。 その、わたしはあんまり、初対面の人と話すの、得意じゃないから」

「美希ちゃんは学校でも静かだもんねぇ。 別に人と話すの苦手とかじゃないんだから、もっと友だち作れば良いのに」


「……好きじゃない子と笑顔作ったりして無理やり合わせるのって疲れるじゃない」

「…………美希ちゃんって、ときどき黒いよねぇ……」


既に魔法少女の姿となっている島内千花と巻島美希。


夕方とは言え人目のある時間帯だからか、制服のまま……に見える姿に変身しているふたりだが、島内千花は黄色に輝く髪がミディアムボブ……方に触れる程度で先がふんわりカールしたものに、巻島美希は銀色で肩甲骨の辺りまでをさらさらと覆う髪になっている。


魔力をほとんど持たない人たちにとっては気にならない姿……と言うのは、すぐにスマホを向けられる時代には必要なカモフラージュだった。


「……みんな、特に人づきあいが苦手と言うわけでもないし、お互いについてそれなりに知っているって聞いてる。 性格が合わないでもなさそうだし、実戦で知り合ったからお互いの獲物や特性も何となくで分かっていると思う。 うん、精霊……いや、これからはだいふく、…………で、ほんとうにいいんだね?」


「…………この子とのケイヤクでそうなっちゃったの。 ヘタに気を遣われちゃ、余計傷つくわ……………………………………はぁ……」


と、……ゆいにとってはとっくに見慣れた、一方で千花と美希にとってはまだまだ新鮮な、隙あらばモフりたいという欲望をひしひしと浴びている、ぬいぐるみではなく着ぐるみの少女の姿になっているだいふくが……今日もまた、耳と尻尾をへにょんとしている。


もはやどこにいたって不憫なままの精霊もといだいふくだった。


「……じゃ、いつもみたいに頼むよ。 将来有望、進路をそう決めたとしたら魔女として活躍することになって、テレビでもネットでも顔が売れること間違いなし……って言うか上が担ぐって決めてるらしいからがんばってね、千花君。 いや、実際、君は人と仲良くなるのが得意だし経験も長い、お世辞とかじゃないよ。 人受けするタイプだよね、クラスの真ん中にいる感じの」


「うっそー、渡辺さんったら私に魔法少女止めてほしくないからって、こういうときだけ調子いいんだからー! ……ま、専業にするかはともかく、せっかく力があるんだから臨時でやったりもしますし、実質的にだいふくと契約が切れちゃうまでは魔法少女しますから任せてくださいね?」


少し照れたような表情の横には、お玉。

…………料理で使う、お玉を握っていた。


「……それじゃ、本格的には今日が初めてだし、自己紹介しておくね? 私は島内千花、ここからちょっと離れたとこの中学2年生よ。 魔法少女歴はこの中でいちばん長い……からお母さんはやめてね? お母さんは。 ………………一応で町の子たちのリーダー任されているけど、別にかしこまらなくても良いからね? ふつうでいいの、ふつうで。 ただ、そこそこの経験で危ないのとかは分かるから、指示には従ってほしいってだけかな。 最近魔法使いになったばかりの同級生な美希ちゃんとペア組んで教えてたとこだからちょうどいいわね! ゆいくんとみどりちゃんもよろしくねっ」


と、ほぼひと息で、それでいて聞き取りやすくはきはきと答える島内千花。


「……むう? 美希ちゃん? 次は美希ちゃんの番よ?」

「あ? え? そ、そうなの!?」


「だって、もういちばんの新入りさんじゃなくなっちゃったもの。 もうセンパイよ、センパイ。 ほら、短くてもいいからっ」


「めんどくさい」

「美希ちゃん?」


「あ、うん。 …………………………やっぱりお母さん……あ、なんでもない。 ……えっと、わたしは、巻島美希、です。 ちかちゃんと同じ……クラスで、つい最近精霊さん、だいふくと契約したばかりなの。 だから、大したお手本になれないどころか大活躍したゆいくんの方が強いんだけど……えっと、当分は一緒だっていうし、よろしくね? わたしもまだまだちかちゃんに教えられないと、ろくに戦えないんだけど……」


「美希ちゃんネガるの禁止ー。 勉強だって魔力でブーストかける前でも私よりずっとできてたし、特に苦手なこともないのにもったいなーい」

「……そういう性格、なの」


ぷい、と顔を背ける美希と、それを抱きしめるようにしてじゃれる千花。

姦しい、とはこのことだろうか。


――ゆいとみどりのそれに比べたら、ずっと健全な方向で。


「じゃ、次は僕の番でいいみどりちゃん!!」

「うん。 そもそも私、まだ魔法少女見習いだもん」


そうしてついに……肉体上は間違いなく男子だが、魔法少女になってしまった少年が口を開く。


「――僕は月本ゆい! 10歳! みどりちゃんと同じクラスの小学4年生! です!! あと、念のためにお母さんが言えって言うから……えっと、男ですっ! 魔法少女だけど、男ですっ!!」

ゆいくんの名乗り。

普段のものに、ただ「魔法少女」が加わっただけです。

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