20話 現代の魔法少女・少年の事情(ゆいくんはまったく聞いていません)
「大人たちの話って長いよねー。 お母さんたち同士だと倍になるし」
「ゆいくんが気にする必要なさそうな会話だったから、忘れて良いの」
「ぬぉぉ……。 あ、感覚消えた。 ってことはしばらく平気だけど、このあと……」
「……正座解いたときがキツそうだね。 がんばって」
「ひぅっ!? ……みどりちゃんのきちくー!!」
「うふ、うふ、ふ……………………………………」
正座を続け、神経が圧迫されて脚の感覚がなくなったゆいと、試しにと脚をつんつんとしているみどり。
「……あちらはご家庭の教育の賜……ですか?」
「いえ、私たち体罰は嫌いですし……ゆいってば、好き勝手しているように見えて、あれで、ゆい自身の判断基準があるようでして。 要は曲がったことが嫌いなアニメとかの主人公の子とかに影響されたみたいなんです。 昨日みたいに勝手に動くことは多いんですけど」
「今日はこのまま寝たらびりびり痛い思いしなくて済むかなぁ」と相談を持ちかけるゆいと「おふろ入らないとゆいくんの魅力が」と謎の理論で否定するみどりのやりとりを見つつ、大人たちは何とも言えない表情をしている。
「……そもそも勝手に連れ出した件については我々政府が責任を預かっています。 ゆい君が明け方に目を覚ましたのも、みどりさんが同時刻に目を覚ましたのも、学校外に、誰にも見つからないようにたどり着けたのも――精霊とコンタクトしやすい場所に移動するように仕向けたのも、元はと言えば、戦況が悪化していたところに彼らの魔力を見出した精霊がしたことです。 ……その精霊は私たちの監督下ですので、私たちの責任なのですが」
「それでも、たとえ信じられないようなことだとしても朝、うまく目を合わせないようにしてごまかそうとしていたのは事実ですから……私が怒ろうとして泣いてしまう前に、ああしているのでしょう。 多分、夫が帰ってきてからも、もう1回」
「……正直で、真面目な子ですね。 ですからこそ精霊に見出されたのでしょうが」
「ごまかそうとはしましたけどね? くすっ」
「ぬぉぉぉ!!? ちょっと脚ずらしてたら右脚が!! 右脚がびりびりしてきたぁぁぁ!?」
「……そういう痛いのとかって、変身して魔法とかで治したら」
「ダメ。 ケガとかじゃないし」
「…………ムリはダメ、だよ?」
うずくまって悶えていると、そのすぐそばで背中をさすっているみどり。
……あとは、その近くでゆいと同じ格好をして悶えているだいふくがいた。
「……精霊さんも、痛みとか感じるんですか?」
「基本的には肉体を持たない存在なのですが……わざと感じているんです。 感覚を、半分こして」
「……え、ええと?」
「あの、それよりもですね、お母さま。 ゆい君を正式に「魔法少女」として登録してこの町に限定して……まだ小学生ですから遠出はしない方が、と言う判断でして……戦うことについてのご許可はいただけるのでしょうか? 我々としてはぜひともお願いしたく思うのですが、こればかりはご家族のご許可が無ければ……。 今回のような緊急事態でなければ強制する権利もありませんし、今回のようなことはもう起きることはないでしょうから」
「ゆい自身はやりたさそうですし、ついででみどりちゃんもやりたいと言っていますし、あの精霊さんも懐いています……、ですけど。 魔物退治、ですか。 …………………………。 親としましては、その過程でケガや命の危険があるとなると、そう簡単には……」
「いえ、……こちらの資料をご覧ください。 この数十年、そして精霊たちが正式に現れる以前にも戦っていたと思しき少年少女の記録です。 ……ええ、そうです。 魔物との戦闘中に命を落とした子供は、これまでひとりもいないんです。 少なくとも、この国では。 ……もちろん相手によっては、状況によってはケガをすることもありますし、戦闘以外での偶然――たとえば巻き添えという形で事故が起きてしまうこともあります。 ……ですが、そこで精霊です」
手元のタブレットから精霊へと――きっと説明には慣れているのだろう仕草で母親の視線を誘導する渡辺。
そこには、やはりゆいと同じくうずくまりながら悶えているだいふくがいた。
「……いったぁい……正座って何なの、拷問なの!? なんでゆいはこれしようってわざわざしたのよ……」
「……だいふくまで一緒にやらなくてもよかったのにぃ、いだだだ……」
「あたしたち、痛みは半分こって決めてるの。 だからこれでも半分……いったぁ――……」
「――――あのようにして、精霊たちが肩代わりしますから。 戦闘中の……そうですね、日常で感じる以上のレベルの痛覚や、ケガや致命傷そのものを」
「……そんなことまでして、どうして精霊さんっていう方たちが……?」
「……それは、我々にも分かりません。 ただ、地球が魔物に本格的に教われるようになって、突如として各国の重鎮の前に姿を現し、「子供たちを護るため」と言って、今に至る。 ……それが、答えなのかも知れないとは」
「あ。 だいふくのしっぽ、丸まってる……ちょっとかわいい」
「……あたしは、最初っからかわ、いたぁ……」
「年端もいかない子供たちを、我々大人の代わりに戦わせてしまうんです。 配慮は可能な限りしています。 今のこちらは精霊たちからの提案による、船で例えるなら救命ボートなどに当たるものですが、我々人間、政府の側からも配慮と援助は惜しみません。 魔物の侵攻……発生地点不明でいきなり出現する存在に対する防衛という治安維持任務には、特別な手当が支給されます。 そちらは先ほどの資料の通りで、印刷したものも旦那様とご相談されてください。 また、緊急時――もちろんゆい君は小学生ですのでこの町、あるいは周辺限定となりますが、その際に出撃していただくにはご両親のご許可を以てとなりますし、昼夜にかかわらずその時間分の公認欠席などの学校側への対応、さらには勉学のサポートも致します」
「基本的には夜は担当しない、けれども人の命がかかっていて、ゆいがいちばん早くに駆けつけられるのなら出撃することもある、と」
「はい、そうなりますと生活リズムも崩れかねませんので、多めに休みを取れるような処置を組んでおり、どの教育機関にもマニュアルが備え付け済みです。 ゆい君も魔法少女として登録したら、そちらを受けて頂けると。 加えて、この町には常駐……中学生が大半ですね、昼夜でローテーションを組みながら、ええと、シフトの方が分かりやすいですかね、組んで巡回している子たちが100名ほどおります。 また、ひとりひとりの生活スタイルに合わせ、本人の意欲があろうとも魔法少女としての任務は、魔物と遭遇しない巡回も含めまして週に10時間が原則です。 小・中・高校生という大切な時期です、簡単なアルバイト以上のことはさせないようにしています」
「……よく考えられているんですね。 それは、ずっと前から?」
「ええ。 あと、親御さんが最も気にされるでしょう勉学ですが……必要とあらば公費で家庭教師を、ともできますが、その必要は無いのが大半ですね。 魔法とは生命エネルギーそのものです。 つまりは意欲も魔力に目覚め、行使できる前の我々とは違い集中力や記憶力、理解力、身体能力が格段に向上しますので。 私の知る限りでもほんの数件、ご家庭かご本人の性格に問題がある場合を除き、学校生活に支障をきたした例はございません」
「………………………………………………。 今の説明が本当だとしたら、私からは反対しません。 きっと、夫もそうでしょう。 だって、あの子がやりたがっているんですから。 とりあえずは賛成です。 ……お返事は、この番号へ?」
「はい、……ありがとうございます。 いや、ゆい君は本当に前代未聞のケースですので、ご同意頂けるように説得しろと上から強く言われておりまして……ほっとしています。 こうして事情を隠さずにお伝えしているのも、我々、ではなく、この町に住みこの町の子供たちを担当しています私の誠意のひとつだと受け取ってくだされば……」
まるで保険の契約をもらえた平社員のような脱力っぷりで、大きなため息をつく渡辺と、それを観察するゆいの母。
「……あの。 今さらやっぱり、ということはしませんけど、もしここで駄目だと言っていたら……?」
「まず私たちの部署そのものが……ええ、この町の担当の者が皆中央に喚ばれて再度説得しろとの脅迫まがいの圧力がかかるでしょう。 が、ご心配なく。 私たちが何をしようとしても、精霊たちはそれを複数の目と耳で識っています。 いざということも起きません。 精霊は、子供の味方。 その子供の親が困るようなことをしようとすれば、政府の方に文句が行くでしょうから」
「……精霊さんの方が、立場が上なんですね」
「加えるのなら、仲間である魔法少女や魔法使いさん方、さらに専業の方たちも、ですね。 何せ、この世界は彼ら無しでは……そうですね。 魔物の恐怖に怯え、隠れしのぶというお伽話のようなものになってしまうのですから」
「……じんじんが取れて、脚、あったかくなってきた。 ……あれ、お母さんたち結局どうなったんだろ」
「うん、良いんだって。 魔法少女やっても」
「ほんと!?」
「ゆいくんのお父さんも、ゆいくんがやりたいって言ったら反対しないでしょ? ……良かった、本当に。 ゆいくんに、お母さんたちに、手出ししようとしなくって」
「正座、あたし嫌い…………あと、みどりやっぱ怖い」
「それにしてもみどりちゃん、ほんと耳良いよね! あと頭も良い! 足も速い! かわいい!」
「…………………………………………………………………………♥♥」
もぞもぞと……同じ動きをして絨毯のある方まで這いつくばって行き、ソファによじ登ってほっとしているゆいとだいふく、渡辺という心を許すには遠い大人の男性がいるためか、普段の無表情に戻ってはいるものの、にまにまと口角が上がるのを隠しきれないみどり。
その3人は、まるで――初めから仲の良い子供たちのようで、微笑ましかった。
「…………ねぇ、ゆい。 そのゲーム。 あたしもやってみていい?」
「え? だいふく、ゲームできるの? だってその手、肉球でしょ?」
「……手首から先だけヒトのに変えるから。 ……ほら」
「わ。 光ったって思ったら指になってる!! 手、ちっちゃい!!」
「……そう言えば精霊ってそもそも肉体が無いのよね。 だから簡単に魔法で手先だけ変身して、…………………………柔らかい、すべすべ。 おいしそう」
「!?」
すすっと近づいてきたと思ったら、いきなり両手でだいふくの手を揉みしだき、指の1本1本をじっくりと見、……じゅるりと口から音がするみどりから距離を取るだいふく。
もちろん大人たちにも、さらにはそんな些細なことは気にしないゆいも気がついてはいなかったが……だいふくにとって、みどりの言動だけは恐ろしいものだった。
「みどりって、怖いの……色々な意味で」
「試してみ」
「いいえ結構だからゆいのところに行っていなさい!!!」