19話 面談
「みどりちゃん、お願い」
「ゆいくんが魔法少女になって、お役所の人が来ていろいろ説明したの。 ゆいくんのお母さんに、……夜の学校を探検していたところから魔王と戦って来たところまで。 …………どうして告げ口をしたんだろうね?」
「告げ口なんかじゃなくていつもどおりなの!!! ゆい、みどりをあっちにやって頂戴!!!!」
「……ふいーっ! みんな、無事に還ったねっ! ■■■■のお仕事……じゃないんだ、魔法少女のお仕事、おしまいっ」
ほんの数分で町中を全力で駆け巡り、隅に隠れていた……ゆいの「じゅうたん」でも消滅されなかった魔物たちがことごとくで駆除され尽くした。
それでもなお、使い切れなかった魔力はゆいに残っているまま。
その高揚感で気が昂ぶったままのゆいはぶるぶるっと髪を揺らしつつ、思ったことをそのまま、誰も居ないはずの瓦礫の中で声をうわずらせる。
「……それにしても、やっぱり気持ちいい! 派手に魔法使っていいのって! おまけに「また」かわいいカッコし放題だし! あ、そうだ、みどりちゃんもなるんだっけ! だったらおそろいにしてもらおーっと! 僕がピンクとか赤だからー、みどりちゃんは……名前の通りの緑系かなぁ。 みどりちゃん、まぶしいのキライだからなぁ」
ぶんぶん、と長さや太さ、しなやかさを変えつつ槍となったままの棒を振り回しつつ考える……ついでのひとり言。
小学校低学年な身長によく馴染む長さと太さと重さになったその武器を、良い感じの木の枝のようにふりふりしつつ続ける。
「うん、もうすっかり朝だ! ……あ、それなら早く戻らなくっちゃ、お母さんたちに心配……じゃなくて、スカートはいて来ちゃったから……あれ? なんかだいふくがそう言うのぜんぶ何とかしてくれるって言ってたっけ? ……うーん、ま、いいや! とりあえず帰ろーっと。 みどりちゃん置いてきぼりにしちゃったから、今日はずっと一緒にいてあげなきゃだし。 ……あ、だいふくにはちゃんと言っておかないとね、あいさつは大事だもん! ……あ!! もしかしてだいふくの横の人たち、ひょっとして魔法少女さんたち!? センパイさんたち!? じゃ、余計にあいさつしてかなきゃ! 急げ急げー!!」
ざくっ、と穂先を地面に突き刺し、両脚の跳躍と同時にそれを伸ばすという楽な方法で、数十メートル上にいるだいふくたちの元へと向かうゆい。
「……………………………………………………………………………………」
ゆいが上に降り立ち、話し始めたのを確認したそれは――地面を割るようにして昇ってきた黒い蔦。
それはするすると解かれ、中でうずくまっていた一ノ倉みどりが、よいしょっと、と立ち上がる。
「……ゆいくん、今日は私とずっと一緒。 これからのお昼寝とご飯とおふろとベッド。 ふふ、ふふ……ん。 でも、やっぱり凄い力。 すごいって言うのは聞いてたけど、あれだけ、って知らなかった。 ――――すごかった、な♥ ……………………………………んんっ、それはあとあと」
黒い蔦を半分くらいに減らしつつ――その根元、彼女の脚から直接生えている闇から生まれた植物を操作しつつ、みどりはぐるりと、何も無くなって一面に広がる朝の景色を眺める。
「……いいお天気。 念のため、って傍にずっといたけどまるで意味なかったな。 まあ、そもそもあの魔王って言うの、私じゃどうしようも無かったんだしいいんだけど」
ずぶん、とみどりの足首が真っ黒になった地面に沈む。
まるで、タールの海のようになった、ただの瓦礫が転がっていた地面だったはずのところへ。
「……すぐに戻って、学校で待ってたってことにしなきゃ。 きっと、眠くなるまで活躍したこと話したがるだろうし。 きっとかわいい顔で……って」
彼女が腰まで沈んだところで、ふと――常人の肉眼ではまだ、豆粒大にしか見えないはずの迷彩柄のヘリが目に入る。
しばらく見ている内に旋回し――開いたドアからゆいたちのいる方向を見ている、とある少女にも。
「――――――――――――――――「アレ」。 ゆいくん……? ……ううん、ゆいくんだけにじゃないけど、暗い感情浴びせてる。 アレ……って言ったらゆいくんに怒られちゃう、あの人、気をつけておかなきゃ」
みどりはその少女を視界に入れつつ闇の中へと沈んでいき……目元まで地面に来た瞬間、目を光らせてから完全に姿を隠し。
――あとには、朝日に照らされる瓦礫だけが残されていた。
♂(+♀)
「――と言うことでして。 精霊とは事実を誇張したり、大きな勘違いという失態を犯したり。 他人――種族も含めまして――を陥れたりする意思を持つ存在ではありません。 ……裏を返せば、我々政府の人間をすぐには信頼していただくことは難しいのは重々承知の上です。 ですがその上で、重ねてお願いをしたく思います。 ゆい君を――失礼、月本ゆい君を、その、特例で魔法少女として……魔物と闘い治安を維持する、我々の仲間となって欲しいのだと。 はい」
月本家、その居間。
対魔物――、などと漢字が20に迫る勢いで並んでいる堅苦しい肩書きが書かれた名刺を前に、ひとりの訪問者がゆいの母親と顔を合わせていた。
「爆弾低気圧」が予想外に早く勢力を落とし……安全だと確認された地区から順に帰宅が許可され、ゆいたちもまた自宅へと戻ってきていた。
避難所というものは眠りがどうしても浅くなるもの。
ましてや暴風雨が体育館の屋根や窓を叩きつけていたため、家族揃って睡眠不足だったおかげで寝ていなさいと、昼過ぎまでゆいを含めた子供たちは眠っていた。
もちろんいちばんの睡眠不足はゆいだったわけだが、普段から睡眠時間が長い彼のこと、特に不審がられるわけでも無く兄と姉に囲まれながら幸せな一時を過ごしていたのだった。
……その安寧が崩れ去ったのは、その日の夕方。
報道では「爆弾低気圧」がどれだけの破壊を町にもたらしたのか――また、同時に「たまたま活発になった魔物の大群が町に押し寄せ、魔法少女たちがやむを得ず戦った痕跡としての道路や家屋の破壊」についての情報が流されていた。
加えて「偏西風や上空の気流のおかげで」ひと晩の内に勢力を急激に落とし、朝にはちりぢりの雲になってしまったという……納得できてしまいそうな情報操作も与えられていた。
もちろん、精霊が「魔王」と呼んでいた存在が来ていたなどとはひと言も触れられていない。
「――表向きのニュースでは今のようですが、事実はこういうことです。 ゆい君は、精霊たちが「魔王」と呼称する存在――人間の世界に精霊と名乗る彼らがやってきてからの数十年確認されていなかったものを、ただの一撃で葬り去ったわけです。 それから分かります通り、彼の潜在能力は飛び抜けています」
「………………………………………………………………………………」
「……そして、魔力の制御。 自由なコントロール。 それを、生まれつき使えるという才能は……ご存じかとは思いますが、希有なものです。 国防の要たる魔女の方たちや魔法使いの方たちにも引けを取らないそれをゆい君が持っていると、彼と行動を共にした精霊が口にしています。 ――彼には、それほどの才能があるんです」
現在月本家にを訪れているのは、ごく普通の公務員のような風貌をした男性。
名を渡辺と言い、夕方の突然の訪問を失礼しますがー、と、自らの肩書きとともにやって来た、どこにでもいそうな30代の男だった。
「しかし、再三で申し訳ないのですが――精霊たちが表れてから現在まで、いえ、昨夜まで、でしたが――「魔法少女」となった「男の子――少年」は、確認されていません。 もちろん魔力を備えた「少年」は「魔法使い」として精霊たちと契約します。 そこに男女の差は無く、ただ……そうですね、契約時に望む衣装、戦い方、男女どちらかだけを好む精霊の有無……その程度の差はあります。 しかし、魔法という我々人類が未確認の部分が多い力、稀少なそれの量と質、それに性差は無いと断言できます。 なにしろ、持って産まれた魔力と性格などに強く依存するものですので」
「……………………………………………………………………そう、ですか」
いただきます、と、テーブルに置かれた茶菓子に軽く口をつける渡辺は……肩書きさえ無ければ、ただの訪問販売員とも見える、本当に特徴の無い男性だった。
ただ、災害対応に追われていたためか……身ぎれいにはしてきた形跡はあっても一睡もしていなさそうな、疲れたという印象は拭いきれない。
「……で、です。 しかしながら、精霊によると男女の魂は肉体と同様に仕組みが異なる……と言うこと。 我々の科学ではまだ観測し得ないそれですが、精霊との契約の際には重要なものとなってきます。 少年は魔法使いになるための術式をもって、少女は魔法少女になるための術式をもって契約を成立させるのですが、ゆい君の場合にはそれが」
「……女の子だと思われたまま、女の子として魔法少女に。 女の子の格好をしていたから」
「……そう言うことです。 が、それでも、契約する段階で……肉体でも魂でも性別が違っていたら精霊だって気がつきますし、術式は弾かれます。 変身するための……仕組みが違うのですから。 それに、彼を魔法少女として契約をした精霊は……これまで少女としか契約したこともなく、少年とは相性の悪い存在です。 それはその精霊「ご本人」も認めています。 ですから、前代未聞なのです」
ゆいの母親――ゆいをそのまま大学生に成長させた見た目でしかない彼女は、初めは半信半疑ながら聞いていた。
しかし、話が女の子に間違われた、というところでああ、やっぱり……と、目の前の渡辺という男性に気がつかれないようため息をついていた。
「……近年では心と体の性が一致しない方々への配慮も、ずいぶんと浸透してきています。 加えて魔法少女、魔法使いの方々はいくらいても困ることのない、かけがえのない存在です。 ――それが、精霊の嗜好によって……かなりの数の精霊が、男女どちらかとしかうまく行かないものでして……ゆい君のような例が気がつかれずに埋もれていたら。 あるいは、これまでの古い常識のせいで精霊さえも気がつかなかっただけで、ほんとうは少なくない数の少年少女が反対の性別の契約さえもできるのだとしたら。 ――――と。 上は、大騒ぎです。 災害に当たった私たちとは別の方向性で、です」
「……細かいことは分かりません。 なんだか、私にとっては難しそうですし。 ですけど、この騒ぎの中何が起きていたのか、あと、ゆいが何をしていたのかはよく分かりました」
と、ゆいの母親が答える。
「まさか、あの中で避難所を抜け出して――そもそも早めに眠って明け方から冒険しよう、だなんて考えておいて、それを実際にやっていたことの方が問題ですけどね。 ともかく、そうしてみどりちゃんと一緒にいたときに精霊さんに見初められて、勝手に魔法少女になって戦って――強い魔物を倒した、だなんて驚きましたけども」
「……………………………………………………うぉぉぉぉぉ……」
「……ゆいくん? もうムリに正座とかしなくていいんじゃない?」
「……ところで……あれは、いいの、ですか? 随分と辛そうです、が」
「私が強く怒ることができないので……あの子が自分から考えた謝り方です。 ほどほどのところで我慢できなくなるでしょうから、気にしないでください?」
ゆいの母親の視線の先にいるのは……政府の人間が来たという母親からの問いかけと、実際に入って来たと思ったら一緒に着いて来ていただいふくを認め、真剣な表情のまま居間の隅で正座を始めたゆい。
……彼なりの贖罪の意志だった。
それも、地味に床の凸凹した辺りを選んでするというのが彼なりの誠意……らしかった。
床の凸凹と足の裏の筋。
正座はどうしてあれだけつらいのでしょうね。