#1 雲居にまどう
おきつしらなみ(まにまにとは言ってない)
「みんな、こ~んに~ちわ~!!」
オレは空々しいのを承知でわめいた。
虚空。それが第一印象の、初仕事だ。
「こ~んに~ちわ~!」
ヒーローショーの司会。なんとも割のいいアルバイトだが時給は安い。だけど割がいいというのは、クソッカス丸出しのお天道さまのご機嫌次第であるがゆえに雨天なら問答無用でシフト――いわゆるフリーター業務の時間割――がキャンセルされる点にある。
もちろん、普通の司会業なら事務仕事に変更など色んな代理処理くらいある。だがここは、はっきりと田舎だ。
はっきりと田舎だから緩くていい加減。
つまり、――。
「適当なんだよね?」
「そう、そうなんですよ。って、オレの心の声が聞こえちゃってますぅ?」
「聞こえてるみたいなもんさね。だってアンタさ、ヒマそうなのを隠しもしないで。いや、なんでもねえのよ」
マネージメント担当の中年女性がコツコツと語りかけてきた。
見た目からしてお茶目な感じ。三枚目で通してきたらしい笑顔は零細人生が板に付いたらしく微妙に枯れ果てていらっしゃる。
ふと周囲に目をやると、なぜこちらのマネージャー様が堂々と声なんて寄越したのかよく分かる。
閑散。無人。殺伐。
全てがオレの独壇場、しかも悪い意味でのそれであることを物語っており、そしてそこで物語として完結している。
「変なヤミ金がフラフラしてないだけマシよね。なんだかんだ人は往々にして堅実かつ聡明ということなのかしらん」
「さあ」
「アンタは受け答えが常にアホねえ。これでハキハキ爽やかなら高倉健か高橋英樹なのに」
「高倉、高橋、さん。ですか」
「知らないなんてマジメなのかねえ」
いっそ実際に閑古鳥なる鳥がふわふわ浮いてりゃ世話ないほどすっきりとしたショー会場。子どもはおらず、死にかけでしかない老人が3人まとまって座り込んでいた。
「あんちゃーん、交際してくれえ」
「ぎゃっはは。ホテル、ホテル」
これは驚くべきことに今の老人たちの言葉だ。
どこがヤミ金なんていないのか。
ああした中高年こそ事実上のヤミ金であり財政破綻側であり、生活困難者に違いない。
そして情けないことにオレもなぜだか確実にいつかああなるという予感がしている。
理屈はシンプル。
すなわち田舎者は田舎者であるだけで末期なのだ。
「もう、やだ」
オレはそうつぶやいた。
すると、何気ない乾いたコンクリート製の地面が特別な死神に見えた。
そしてそれと同時に猛烈な眠気が襲ってきてオレは否応なしにその場に突っ伏した。
◇◇◇
「妖怪だあ」
聞こえてきたのは悲鳴だった。
先ほどまでいたはずのデパート屋上とは明らかに様子が違う世界にいつの間にかオレはいて、更には痛々しい叫び声を聞かされる羽目になったというわけだ。
「なんだ、妖怪がどうかしたか」
「天狗だろ。食らえ、清めのお塩!」
「えっ。目に入ってヒリヒリする。やめろ、やめてくれ~」
天狗が塩でお陀仏になるなんて相当に理不尽な話だ。それほど聞いた試しがない。
だけどオレは不思議なことに天狗呼ばわりされて塩を投げつけられていた。
「やめろって。やめないと、こうだぞ」
「ひっ」
「いやいや。そんな怖がるなら気を付けて行動しなよ」
「すみません、すみません」
謝り出したのは、よく見るとまだ年端もいかない子ども。単なるガキンチョ(=死語)だ。
「あれっ。おい小僧、オレのこの着物はお前さんが用意したのかい」
「違います。それより、てっきり天狗かと思ったんですけどあなたは一体」
「オレかい。オレは玉梓タクミ。キミの名前は?」
「ヒコ」
「へえ。変わった名前だな」
オレの玉梓とかいう異常に立派なファーストネームもどうかと思う。
しかしヒコなんてやはり変わった名前だ。もしかしたら冬彦とか乙彦とか前に付く文字を省いて告げたのかもしれないが、そうだとしたら本名が気になる。
まあ、所詮は他人。どうでもいいには違いない。
「天狗ってのはどういうことだ」
「タクミさん。それは言えません」
「ええっ、そうなると話が見えないぞ。遠慮するなっつうの」
「はあ」
「ちっ、要領を得ぬ」
ところで今、オレは装備を身に付けている。
装備。それはワイシャツとかタキシードとかそんな次元じゃあない。いわゆるクロース・アーマー。
特別品でもないがありふれてもない、なんとも中途半端なファンタジーテイストだがオレが知る限りじゃビデオゲームやアートワークによく出てくるカッコいいほうのヨロイだ。
「ケムリの本と念じてみてください」
「今、なんて?」
「いいから。早く」
ヒコという子どもに言われるがまま、オレはケムリの本と心に言葉を浮かべてみた。
すると目の前にオレが知らない情報が煙となってもうもうと紡ぎだされた。
『タクミック=イモシラン
努力スキル《粘り》A、展開スキル《ティンクル》C』
なんだこれ。
「なんだこれ」
「タクミさんは実はタクミックさんで、粘りは致命傷を高確率で防ぐスペック高いスキル。でも」
「でも?」
「いや、なんでもないです」
すると間の悪いことに「キシャアアアア」という怒号と共に上半身がサメの怪人がオレとヒコの前に現れた。
「なんだコイツぅ」
「ひいい。お助け」
ヒコはオレがビックリしていると、とてつもなく素晴らしい足の速さでどこかに行ってしまった。
「ちくしょう。来いよ!」
「クワァッ」
サメ人は腰に帯びていた小刀を勢いよく引き抜くとオレ目掛けて駆け寄ってきた。
戦い慣れしており、まるでプロサッカーの選手のように力強く巧妙なフェイントを入れてくる。はっきり言って、そんなの冷静に観察している場合ではなかったけどいっそのこととオレは敵対生命体を淡々と見ていたのだ。
「やっぱり来るんじゃねえ。そらっ」
「ギャース!」
サメ人はオレによる渾身の一撃を浴びて気絶した。
流石、オレ。ヒーローショーの司会なんてやる前はテコンドーで地方大会入賞するくらいだから決してザコではない。
それがたまたま今回の急場をしのぐ結果につながったというわけだ。
「やれましたか、タクミック」
「タクミでいいよ。つうか、本名はタクミな」
「はあ」
「まあ、なんでもいいけど」
オレはため息混じりに手元に目をやった。
今しがたサメを倒した武器がそこにあった。
サーベルのようなマンゴーシュのような、曖昧なのに特徴がうっかりある変な刀だ。
「ヒコ。どこか安全な場所に案内してくれよ。助けてやったろ?」
「いいですよ」
「やったぜ」
サメをやっつけたことを恩着せがましくも交渉カードに、オレはヒコを一時的に味方に付けつつ首尾よく良さげな道案内人に選んでやった。
「ん、ぎゃあああ」
「うわああ」
しかし悲劇は直後に起きた。
オレたちがいる岩場感が半端ない場所で頭上の崖が崩れて大量の岩石が落下してきたのだ。
「うおー、発動しろ。粘り!」
「パッシブは詠唱型じゃない。無駄です」
意味が分からない説教を受けながら――パッシブとかいうのがいつでも出ているスキルで詠唱とは何だだのを知るのは、もっと先の話だ――オレたちは岩石の下敷きになってしまった。
「ぐっ。うう」
「コーラル・ライト」
ぱあっと明るく光る玉がヒコの手から放たれた。
するとオレが受けたダメージはすうっと引いていった。見ればヒコの傷も癒されていく。
と、そのときである。
少年にはないはずのものをヒコが持っていることにオレは気付いた。
「おっぱい。お前、まさか女かよ」
「えっ。言いませんでしたっけ」
年の割には豊満なそれを殊更に寄せるヒコという少年もとい少女はそっと微笑んだ。
状況が状況でなければ単なるメスガキのいたずら顔。ただ、変に近い距離でうっかり意識してしまいそうになる煩悩をオレは義理の兄か何かになりきることで一生懸命に抑制するのだった。