Prologue - 市民A
────2021年4月8日 すすきの駅
昔から、僕は中心にいる人物では無かったと思う。
何かを発案する様なクラスの中心人物では無かったし、本当に陰の様な存在だった。
高校の頃のクラスの人達に僕の事を聞いたら、口を揃えて「そんな人いたな」と言うのが容易に想像できる。
所謂ゲームで言う所の『市民A』の様な、名前すら持たないモブキャラクターだ。
だから今日も僕は市民Aらしく、市民Aの勤めを全うする為に普通の日常を生きていた。そしてこれからも生きていく筈だった。
あの日、彼女に出会うまでは。
× ×
────2021年4月6日 大通り公園
「これが……夜の都会!」
少年は夜の暗闇に負けじと、煌びやかな光を纏う街に心底見惚れていた。
夜の八時だと言うのに人の波は絶え間なく流れ、その波は収まる所を知らない。
少年────東堂 三春は、初めての都会に心底胸が躍っていたのだ。
────凄い!閉まってる店が何一つない!
辺りを見渡すと大手雑貨店、レンタルビデオ店、大手洋服店、飲食店……その他諸々が爛々と光り輝いていた。
どの店もまだまだ人が行き来を繰り返しおり、店を閉める様子など微塵も見受けられない。
────来たんだ!
三春はそんな店の光に負けない程の強い光を双眸に浮かべ、期待に胸を膨らませる言葉を胸の中で呟く。
────都会に!
三春は今年の春から北海道の札幌、すすきのにある専門学校に入る事になっている為、地方から安いアパートを借りると言う形で引っ越して来た十八歳の学生である。
外見はまさに何処にでもいる学生と言った感じであり、本当に特に目立つ特徴が見当たらない、ごくごく普通の学生であった。
強いて特徴を挙げるとするならば、気弱な性格という部分であろうか。しかしそれは外見的な部分に反映されない為、特徴とは少し外れているかも知れない。
本来は今日札幌へ引っ越して来た為、実家からの荷物を整理しなくてはならないのだが、途中で早く夜の街へ赴きたいという好奇心が勝り、気付けば改札口を華麗に通過していた。
地下鉄に揺られている最中に『初の都会へ』という投稿を改札の写真と共にピンスタというアプリにアップすると、そのアプリで知り合った春から同じ学校に通う、都会慣れしていると思わしき同級生が「挨拶も兼ねて案内してやる」とDMを送って来たので、三春のテンションは早くも最高潮に達していた。
三春の地元は田舎という妄想を、これでもかと言う程に体現した場所であった。
前を向けば一本道、右を見れば山、左を見れば田んぼ、後ろを見るとやはり一本道、と言ういかにもな場所であった。
夜に出掛けようとも、コンビニ以外の店は基本全て閉まっている為、出歩く事はまずない。
そしてその地元で唯一のコンビニには、この時代に未だにヤンキー面をしている強面の男達が屯している為、そんな場所にわざわざ好き好んで向かうなど、臆病な三春には到底無理であった。
更に言えば、三春には夜に遊ぶ様な友人などいなかった為、やはり出歩く事など無かったのだ。
そんな彼が今、これから友人になってくれるであろう同級生と待ち合わせをし、これから夜の街を闊歩しようと言うのである。本人の胸が高鳴りを隠せない事は、勿論言うまでもない。
そうして三春は都会の空気を肌で感じ、そのワクワクを胸にこれでもかと溜め込みながら大通り公園で案内してくれると言う同級生を待っていると、その人物は何処となく飄々とした態度で三春の目の前に姿を表した。
「え〜と、君が三春君かい?」
念の為、案内をしてくれると言う同級生は確認の意を込めて三春に名前を聞く。
すると三春は更に強い光を目に宿して返事をする。
「はい!一応僕も聞きたいんだけど……君がピンスタの阿波内 久志君だよね!?」
「ああ!そうとも!俺が阿波内 久志だ!ようこそ夢と希望の街札幌へ!歓迎するぜ三春!」
質問の時よりも遥かに溌剌とした声で、久志は両腕を大きく広げながら挨拶と同時に歓迎の言葉を送った。
そして三春はそんな久志を見て、再度心の中にあの言葉を浮かべる。
────来たんだ!都会に!
× ×