夏ラムネ。想い譲り愛。
※この作品は、香月よう子様主催「夏の夜の恋物語企画」参加作品です。
企画を立ち上げてくださった香月よう子様に、この場を借りて感謝を!
ここF町は、海に面した地方都市。
この町の海岸では毎年、夏になると夏祭りが開催される。
打ち上げ花火まで行なわれる、大きな祭りである。
夜空の下の浜辺にて、たくさんの屋台がズラリと並ぶ。
砂浜の遥か先まで、人ごみでごった返している。
波打ち際には特設のライブステージが設置されており、そこでは毎年様々なイベントが開催される。老人会の盆踊りから、DJを呼んでのラップパフォーマンス、さらには人気アーティストのライブまで。そして締めは毎回、プレゼント抽選会だ。
そして、これらのイベントにも負けないくらいの人気を誇る、この夏祭り最大の目玉イベントがある。それが「ラムネ早飲み競争」である。
ルールは簡単。六人くらいの、同じ年ごろの子供たちがステージに上がり、誰が一番早く一本のラムネを飲み干せるか競争する。以上。終わり。実にシンプル。
そして今年。
このラムネ早飲み競争に、並々ならぬ闘志を燃やす少年が一人。
この町に住む中学二年生の男子、鳥羽 想介である。
「よっしゃああああ!! オレが絶対に勝ってやるぜぇぇぇ!!」
人目も憚らずに叫ぶ鳥羽。
道行く人々が、珍獣を見る目で鳥羽をチラ見している。
すると一人の男子が、そんな鳥羽に対して冷静にツッコミを入れてきた。
「……鳥羽。五月蠅い。叫ぶなら砂浜に穴を掘って、そこに向かって叫んでくれ」
この冷静なツッコミ役の名は布川 譲。
鳥羽の幼馴染の一人である。
小さい頃から、いつもやかましい鳥羽のブレーキ役を務めている。
そんな布川のツッコミに、鳥羽はやれやれと首を振ってみせる。
「お前なぁー、布川。考えてもみろよ。この暗くて人が多い中、穴なんか掘ってみろ。たくさんの人が穴に足を取られちまうぞ? 危ないぞ?」
「普段は人前でも騒がしいくせに、変なところで思慮分別がしっかりしてるの何なのお前」
無表情ながらもげんなりとした様子で、布川が鳥羽に言い返す。
騒がしい鳥羽とは対照的に、布川は無気力な性格だ。
そんな二人の男子に、可愛らしい声がかけられる。
鳥羽のもう一人の幼馴染の少女、小森 愛の声だ。
「そういえば鳥羽くん……それと譲くん……二人とも……今年のラムネ早飲み競争、出るんだよね……? 頑張ってね、応援してるから……」
「おう! 俺が絶対に勝ぁつ!!」
「まぁ、頑張る」
鳥羽はガッツポーズをして、そして布川は軽く頷いて、それぞれ小森の声援に応えた。相変わらずやかましい鳥羽の声が夜の砂浜にこだまして、布川の静かな返事がそれに続き、布川が返事を終えたあたりのところで、小森も微笑んでうなずいた。
今のやり取りを見てもらったら分かる通り、小森は非常に引っ込み思案で大人しい女の子である。不器用なので嘘をつくのも下手であり、何か隠し事をしていてもすぐに身振り手振りに現れる。
この幼馴染三人でババ抜きなどをやらせると、いつも小森が分かりやすいためビリになり、鳥羽と布川にからかわれてしまう。
やかましい鳥羽が二人をグングン引っ張っていき、小森が振り回され、布川が冷静にツッコミを入れる。この三人組は、そんな関係性であった。
やがて小森に見送られながら、鳥羽と布川は肩を並べて、早飲み競争が行なわれるライブステージへと向かっていった。
実は、鳥羽と布川は現在、小森に内緒で、とある賭けをしている。
それは「これから開催されるラムネ早飲み競争で、勝利した方が、小森に告白できる」という内容である。
鳥羽は、小さい頃から小森のことが大好きだった。
布川もまた、鳥羽ほどではないかもしれないが、小森のことはそれなりに想っている様子だ。
鳥羽と布川、どちらが小森に想いを伝えるか。
二人は幼馴染みであり、親友だ。抜け駆けなんて真似はできない。
だから、このラムネ早飲み競争で正々堂々と決着をつける事に決めた。
鳥羽がこのラムネ早飲み競争に、並々ならぬ闘争心を燃やしているのはそのためだ。
「なにせ布川は万能超人だからな……。気合い入れて挑まねえと、オレの勝利は有り得ねえぜ……!」
そう。布川はハイスペックな万能男子なのだ。
学校の成績はいつもトップクラス。運動神経抜群。
ルックスも整っており、口数こそ少ないが、謙虚で礼儀正しい性格。
指先も器用で、裁縫や料理の腕前は女子顔負け。
なんかピアノとかギターとかも演奏できる。
カラオケに連れて行くと、こぶしの入った歌声で演歌を熱唱していた。
そんな布川は、もちろんラムネ早飲みも相当な腕前だ。鳥羽は過去に何度か布川とラムネ早飲みで競ったことがあるが、手も足も出なかった。
「布川と来たら、開始から終わりまで、ずっとラムネのビンをまっ逆さまに傾けて、いっさい止まることなく飲み干しちまうからな……。有り得ねえだろアレ、普通ビー玉が飲み口に嵌まるだろアレ。どうなってるんだよアレ」
そんな布川に勝利するために、鳥羽もまた今日に至るまで、血のにじむような特訓を積んだ。朝食と夕食には常にラムネを飲み、そのたびに飲み干すまでのタイムを測った。
「今のオレには、血潮の代わりにラムネが流れていると言っても過言ではない! 先ほど『血のにじむような特訓』って言ったけど、今のオレなら血の代わりにラムネがにじむことだろう……!」
「それはそれでホラーだよ」
独り言と呼ぶにはあまりにも大きな声を発し続ける鳥羽に、布川は再び冷静にツッコんだ。
そしていよいよ、二人はライブステージへと上がる。
横長の机の上に、六本のラムネが並べられている。
そのラムネの前に、六人の男子が立っている。
鳥羽と布川は、それぞれ隣同士の位置だ。
二人の他にも四人の男子が参加しているが、彼らはしょせん有象無象。今のこの二人には敵わないだろう。背負っているものが違う。
ステージの近くでは、小森が二人の方を見ていた。
鳥羽が小森に向かって大きく手を振る。
布川もまた、小森に向かってヒラヒラと小さく手を振る。
小森はそれを見て、微笑みながら手を振り返してきた。
……と、ここで時間いっぱい。
試合開始まで、いよいよ秒読み段階。
ステージ上の六人が、一斉に身構える。
スタートの合図が鳴った。
六人はほぼ同時にラムネのビンを手に取り、蓋のビー玉を押し込む。そして一気にビンを傾け、喉の奥へと流し込む。
鳥羽もまた、凄まじい勢いでラムネを飲み始めた。
その速度たるや、他の参加者たちより頭一つ抜きん出ている。
(おりゃあああああああああっ!!)
ごっきゅごっきゅとラムネを飲みながら、鳥羽は隣の布川の様子を見てみる。自分は確かにいいスタートを切れたが、あの万能超人は自分のさらに上を言っているのではないか。そんな風に思って。
……が、鳥羽の目に飛び込んできたのは、予想外の光景。
(あれ……? 布川のラムネ、全然減ってねえぞ……!?)
そう。布川のラムネを飲むスピードが、いつもと比べてはるかに遅いのだ。よく見れば、布川はそもそも急いでラムネを飲んでいるような様子が無い。いつにも増してのんびりとラムネを飲んでいる。
(な、何やってんだよ布川!? やる気あるのかお前!? そんなんじゃ、オレが勝っちまうぞ!?)
布川に声をかけたい鳥羽だったが、ラムネ飲みを中断するわけにもいかない。必死に視線で布川に訴えかけながら、鳥羽自身はラムネを飲み干していく。
やがて、鳥羽のビンが空っぽになった。
見事に一位に輝いたのは、鳥羽だった。
観客たちが鳥羽に拍手を送る。
しかしそんな中、鳥羽は隣の布川と話をしていた。
「お、お前、あのひどい飲みっぷりは何だったんだよ? いつものビン逆さま飲みはどうしたよ? 今日はなんか、熱々のスープ飲むみたいにチビチビ飲んでたじゃねえか……」
「あー、まぁ、調子が悪かったから、とか?」
のらりくらりと受け答えする布川。
……しかしここで、鳥羽がハッとした表情で、布川に再び言葉をかける。
「……もしかしてお前、わざと負けたのか……? オレと小森をくっつけるために……」
「んー……」
そう聞かれた布川は、答えにくそうにしていた。
しばらく頭を掻きながら、布川は鳥羽にようやく返答した。
「俺も確かに小森は好きだけど、きっとその想いの強さは、お前には負けるよ。そんなお前を蹴落としてまで小森に告白する勇気は、俺にはなかったっぽい」
「『なかったっぽい』って、お前……それで良いのか……?」
「ああ、いい。一つだけ頼むなら、俺のぶんまで幸せにな」
「あ、ああ! もちろん! ごめん、けど、ありがとうな、布川……」
布川に礼を言った後、鳥羽は改めて小森の姿を探す。
ステージの近くで声援を送っていた小森は、苦笑いを浮かべていた。
それから鳥羽と布川はライブステージを降りる。
布川は、しばらく海辺を歩いてくると言って、去っていった。
布川が別行動をとったのはもちろん、鳥羽と小森を二人きりにするためだ。
そして鳥羽は、小森と二人で、浜辺から続く桟橋へと来ていた。
このあたりは人が少なく、喧騒も少ない。
天に煌めく月と星、そして波のせせらぎが、ロマンチックなムードを演出する。
桟橋の淵に並んで、海の方を見ながら座る二人。
鳥羽の手には、二本のラムネ。
一本は自分用。もう一本を小森に差し出す。
「ほら、小森。一緒に飲もうぜ」
「わ、ありがとう、鳥羽くん……。それにしても、さっきも早飲み競争でラムネ飲んでたのに、またラムネ飲むの……? そんなにラムネ好きだったっけ……」
「まぁ、夏の飲み物と言えば、やっぱこれっしょ」
「まぁ、たしかにね……。あ、えっと、ところで、譲くんは……?」
「布川なら、ちょっと海の方を歩いてくるって。夜風に当たりたいんだって」
「そっか……」
話をしながら、二人は同時にラムネのフタを開け、瓶口に自身の口をつけてラムネを飲み始める。
「ごっきゅごっきゅ……ぷはーっ! やっぱ美味いなぁラムネって!」
「ふー……うん、美味しいね、ラムネ。でも……鳥羽くんも譲くんも、よくそんなに一気にラムネ飲めるよね……。私はちょっとずつ飲まないと無理だなぁ……」
「まぁ、訓練したからなオレは! これくらい楽勝だぜ!」
「そういう割には、まだ半分くらい残ってるけど……?」
「これはまぁ、アレだよ。今は競争でもないのに、一気に飲んだらすぐに楽しみがなくなっちゃうじゃん。味わって飲まないとだぜ!」
「あー、なるほどぉ……」
感心したような表情を見せる小森。
それからも二人は、雑談に花を咲かせる。
「いやー、しっかしようやく、布川にラムネ早飲みで勝てたぜー! アイツいつも意味分からないくらいラムネ飲むの速いんだもん」
「ね、すごいよね、譲くん……。でも今日は、いつもより飲むスピードが落ちてた気がするなぁ……調子悪かったのかな……?」
「あー、えっと、そ、そうらしい。布川、今日は調子が悪かったって」
「やっぱり、そうだったんだね……。鳥羽くんは今日、ラッキーだったね……」
「あ、ああ。ラッキーだった……」
本当は、布川に勝ちを譲ってもらったのだが。
気まずくなった鳥羽は、話題を切り替えにかかる。
「……そういえばさ、打ち上げ花火の時間って、もうすぐだっけ?」
「うん、たしかもうすぐのはずだよ……。この桟橋から見る打ち上げ花火が一番綺麗だって、何年か前に譲くんが教えてくれたんだよね……」
「あー、そうだったっけ? オレとしちゃあ、花火はやっぱり最前列で、ド迫力で楽しむのが一番だと思うんだけどなー!」
「わ、私は、人ごみとか苦手だから、この桟橋の方が好きかな……」
「そっかそっか。あとさ、この桟橋で三人一緒に魚釣りしたの覚えてる?」
「うん、覚えてるよ。譲くんや鳥羽くんがたくさん魚を釣ってる中で、私は一匹も釣れなくて……。それで私が泣きそうになってたところで、譲くんが、自分が釣った中で一番大きな魚を譲ってくれて……」
「名前が『譲』だからって、アイツは何でもかんでも譲り過ぎだよなー」
「ふふ、そうだね……」
「ところでさ、オレも布川と一緒に、お前に魚を分けてあげたんだけど、覚えてる?」
「そ、そうだっけ……? あ、思い出した。鳥羽くんも三匹くらい、私にくれたんだっけ……。あの時はありがとう……」
「ほっ。良かったぁ覚えててくれた」
「……でも、譲くんのはすごく大きな魚だったけど、鳥羽くんのは三匹合わせても、譲くんの魚より小さかったよね……」
「ぐふっ……。い、いやでも、あの三匹は、オレが釣り上げた中では一番大きい三匹だったんだぞー! 断じて、小さいのを押し付けたワケじゃないからな!?」
「ふふ、わかってるよ……。ごめんね……」
そう言って、柔らかく微笑む小森。
想い人の笑顔が見れて、鳥羽の心は有頂天へと昇る。
その一方で、鳥羽は内心では、タイミングを見計らっていた。
小森に、自身の想いを伝えるタイミングを。
(……周囲に人の気配はナシ。ムード良し。俺の精神状態、良し。たったいまラムネを飲んで心も落ち着いた。良し……いってみよう!)
そして鳥羽は。
小森に向き直り。
恐る恐る、口を開き、言葉を紡ぎ始めた。
「な、なぁ、小森……」
「あ、なに、鳥羽くん……?」
「そ、その、俺、お前に伝えたいことがあるんだ……」
「え……」
鳥羽の言葉を受けて、小森は短く、声を発した。
……だが。
その声を聞いた鳥羽は、思った。
今の小森の声は、『期待』から出たようなイントネーションではなかった。むしろ、その声に含まれていたのは、恐らく『落胆』。今から鳥羽に何を言われるか察して、困ってしまったような口調だった。
(……あぁー、もしかして、そういうことなのかなー)
鳥羽は思う。
薄々、感じていたのだ。
最近、小森は布川に対して、すごく距離が近いように感じる、と。
先ほどの雑談にしたってそうだ。
小森が口を開けば、まず最初に出てくるのは布川のことについてだ。
鳥羽のことは、いつもその後。
そして、なによりも。
小森は、先ほどから鳥羽のことは「鳥羽くん」と呼ぶが、布川のことは「譲くん」と下の名前で呼ぶ。昔は二人とも名字呼びだったのに。
(小森は、嘘つくの下手だからなぁ。すぐに身振り手振りや言葉に現れちまう)
内心、肩をすくめる鳥羽。
一方の小森は、話を切り出しておいて黙ってしまった鳥羽を見て、首をかしげている。
「鳥羽くん……? どうしたの……?」
「あ、ああ、ごめん! ちょっと考え事」
「そっか……。それで、その、お話っていうのは……」
「ああ、えっと……」
鳥羽の心臓が高鳴る。
だがこの高鳴りは、もはや「恋の成就」を願ってのものではない。
鳥羽は、迷っているのだ。
このまま小森に、自分の想いを打ち明けて良いものか。
彼女の想いを後回しにして、自分の想いを優先させるか。
小森は、不安そうな表情で鳥羽を見ている。
やがて鳥羽も、絞り出すように、言葉を発し始めた。
「お、俺、小森に伝えたいことがあるんだ……」
「う……うん……」
「そ、その、だな……」
「うん…………」
「えっと…………あー、ぬ、布川がな! お前に話があるって!」
「え……え? 譲くんが……?」
キョトンとして聞き返す小森。
一方の鳥羽は、もう口が動くままに小森に話を続けた。
「そうなんだよー! ワケわかんねえよなアイツ! 自分だけ海の方に行っておいて、やっぱり小森に話があるとかさ! そういうわけだから、ほらっ、布川のところに行って来いよ小森!」
「あ……う、うん、わかった……!」
鳥羽の言葉を聞いた小森は立ち上がり、嬉しそうにその場から立ち去っていった。
桟橋には、独り残された鳥羽が、海の方を見ながら座っている。
「……あーあ。オレ、何やってんだろうな」
鳥羽が呟く。
ため息交じりに吐き出されたその言葉が、夜の闇に消えていく。
ふと、鳥羽は、先ほど小森が座っていた場所を見る。
小森が飲んでいたラムネが、その場所に残っていた。
「小森あいつ、ラムネ忘れてやんの。……まぁ、持ってても邪魔になってたかもな」
呟きながら、鳥羽は小森が残したラムネを手に取ってみる。
ラムネの中身は、まだ残っている。
このラムネは先ほど、鳥羽の想い人だった小森が飲んでいたもの。
もし鳥羽がこのラムネを飲めば、それはつまり……。
ジッと、小森のラムネを見つめる鳥羽。
……やがて鳥羽は、そっと、そのラムネを元の場所に戻した。
「……オレって、こう見えても思慮分別はあるんだぜ。そんな格好悪いマネできねえや」
微笑みながら、鳥羽はそう呟いた。
月明かりの桟橋に、海を見ながら座る鳥羽。
彼の隣には、飲みかけの一本のラムネが寄り添うように。
海の向こうで、打ち上げ花火が上がった。
ひゅるるるる、どん、どどん。
赤、青、緑の光が夜空に咲き、桟橋に腰かける鳥羽を照らす。
鳥羽は、手に持っていた自身のラムネを飲んだ。
一気に飲み干そうと思って、少し胸につっかえるような感覚がして、中断した。
「ごくっ、ごくっ……ふー。
はぁ~あ。このラムネ、なーんかすっげぇ、目に染みるぜ……」
海の向こうの打ち上げ花火を眺めながら、鳥羽は震える声で呟いた。